167話―レスキュー・メッセージ
「どうしたのじゃ、テレジア。昨日は結局帰ってこなかったが」
「うーん、まあ……いろいろあったんだよ。あまり聞かない方がいいかな……」
翌日の昼、ワルダラ城のバルコニー。ようやくアニエスたちはマリアベルから解放された。ナニが行われていたのか知る由もないコリンは、アニエスの代わりに出てきたテレジアに聞く。
が、ナニがあったのかは教えてもらえずはぐらかされてしまった。首を傾げるコリンを、テレジアは苦笑いしながら見つめる。
「お待たせ致しました、お坊っちゃま。ただ今戻りました」
「おお、帰ったかマリアベル。昨日は何をしておったのじゃ?」
「ふふ、秘密です。強いて言えば、ちょっとした乙女の語らいといったところですね」
少しして、マリアベルが姿を見せる。何故か妙に満ち足りた表情をしていたが、コリンが気付くことはなかった。
「お坊っちゃま、ここからはわたくしも共に戦いましょう。……フリード様より授けられた、例の力を解禁しましたので」
「! そなた、アレの封印を解いたのか! なるほどのう、じゃから戻ってこられたのじゃな」
「んー、ちょっといいかな? アレとは一体、何のことなんだい?」
二人だけの世界に入っているのが面白くないらしく、テレジアがコリンのほっぺを摘まみながら質問を投げ掛ける。
問いを受けたコリンは、少しの間マリアベルと顔を見合わせる。言っていいものかと悩んだが、打ち明けることにしたようだ。
「うむ、実はのう。マリアベルは……十三人目の星騎士なのじゃよ」
「はい。わたくしは蛇使い座の力を持つ【アルソブラの大星痕】を所有しているのです」
「ええええええええ!?」
『えええええ……ひうっ!』
予想外の答えに、テレジアだけでなく沈黙していたアニエスまでもが驚く。もっとも、アニエスは尻が疼いたせいで途中で変な声を出してしまったが。
「じゅ、十三番目の星騎士って……」
「わたくしは、お坊っちゃまをお守るためにフェルメア様とフリード様の手で造られた存在。わたくしを造る際、フリード様は核に力を込めました」
「それが、テレジアたちも持っている星の力じゃよ。パパ上は、いつの日かヴァスラサックが復活するだろうと睨んでおった。故に、万が一の時にわしを守れるよう、新たな星騎士を生み出したのじゃ」
驚愕するテレジアとアニエスに、コリンたちはそう説明する。ヴァスラサックがよみがえった時、コリンが生き延びられるよう守り抜く。
それが、マリアベルに与えられた力の意味。だが、星騎士の力は強烈無比。万が一暴走すれば、大地を滅ぼしてしまいかねない。
「ですが、この力はそう簡単に使えるものではありません。ヴァスラサックが復活するまでは使えぬよう、封印処置が施されておりました」
『なるほどね~、そういう事情……ん? ししょー、鳥が飛んでくるよ』
「む、えらく傷付いておるのう。急ぎ保護してやらねば」
コリンたちが話をしているところに、一羽の鷹がやって来た。全身に傷を負っており、息も絶え絶えといった状態だ。
バルコニーの手すりに降り立った鷹を保護しようと近付いたコリンは、鷹がネックレスのようなものを首にかけているのに気付く。
「む? 何じゃろうな、これは。小さな水晶玉がくっついておるのう」
「それを調べる前に、まずは鷹の手当てをしましょうか。随分とボロボロですね……一体何があったのでしょう」
「私も手伝おう。アニエス、確かワルドリッターの備品によく効く薬草があったはず」
『うん、それを使えばすぐに傷も治るよ!』
ネックレスを回収した後、マリアベルと双子は鷹を連れ城内に戻っていった。手当てを彼女たちに任せ、コリンはネックレスを調べる。
淡い水色の水晶玉を陽に透かして見ていると、内部で魔力が渦巻いていることが分かった。コリンはどうにかして、魔力の正体を見極めようとする。
「うーむ、ここをこうして……いや、こうした方が……」
『あーあー、ただいまマイクのテスト中。……アタシの声、ちゃんと録音出来てるかしら?』
「のじゃっ!? び、びっくりしたのう。この水晶に込められた魔力、音声の録音と再生をするためのものじゃったか」
水晶玉をいじくり回した結果、何かしらのスイッチが入ったようだ。突然マデリーンの声が流れはじめ、危うくネックレスを落としそうになる。
『……そう、なら問題ないわね。じゃあ、続けるわ。この水晶玉には、アタシたちからの救援要請のメッセージを封入してあるわ。誰かに届けばいいんだけど』
「救援……やはりマデリーン殿も苦戦しておるようじゃな」
込められていたのは、助けを求めるマデリーンからのメッセージだった。彼女もまた、カトリーヌやアニエスのように追い詰められているらしい。
コリンはバルコニーの柵に身を預け、彼女からのメッセージに耳を傾ける。グレイ=ノーザスもまた、邪神の子によって滅ぼされているようだ。
そこまではコリンも予想していたが、直後に語られたマデリーンからのメッセージを聞き、度肝を抜かれることになる。
『もし、誰かがこのネックレスを手に入れたら、コリンちゃんに伝えて。イザリーにかけられた呪いが、元の強さに戻っちゃったことを』
「なんじゃと!? ……いや、そうか。呪いの元凶が復活したせいで、呪いの濃さが戻ってしもうたのか!」
邪神の子によって、イザリーの一族にかけられた呪い。それは、二十歳の誕生日を迎えた時、醜い小男へ変貌した上で子孫を残す能力を失う。
さらには、他者の憎悪を掻き立て敵意を生じさせてしまうという、とんでもないものなのだ。一度、コリンが呪いを薄めたのだが……。
「確か、四年前の時点でイザリーは十五歳……来年には呪いが発動してしまう! 彼女のためにも、何としても助けに行かねば!」
もし呪いが発動してしまえば、イザリーは絶望にまみれた人生を過ごさなければならなくなる。そんなことは、コリンとしても許せない。
何としてでも、イザリーたちを助ける。そう決意したところに、マリアベルが戻ってきた。
「鷹の手当てが終わりました、お坊っちゃま。数日もすれば、傷も完治するでしょう」
「ありがとうのう、マリアベル。わしの方も一つ分かったことがあってな、実は……」
鷹の容態を報告したマリアベルにお礼を言った後、コリンはマデリーンのメッセージの内容を伝える。話を聞いたマリアベルは、真剣な表情を浮かべた。
「放置しておくことは出来ませんね。明日にでも出発しましょう、お坊っちゃま」
「うむ。そなたの能力は……まだ使えそうにはないかよう?」
「使うことは出来ますが……まだ肉体が不完全なので、強力な結界で覆われている場所には通路を開くことが出来ません。お役に立てず、申し訳ありません……お坊っちゃま」
「よいよい、そなたが謝ることはない。出来ぬことは仕方ない、普通に旅をすればよいことよ」
不完全な肉体では、居城としての本来の力を上手く発揮出来ないらしい。申し訳なさそうにしょげ返るマリアベルを、コリンが慰める。
「さて、グズグズしていないですぐに身支度を整えようかの」
「かしこまりました。アルソブラ城にてアシュ虫さんたちが休んでいるので、彼女たちにも荷造りを手伝ってもらいましょうか」
「うむ、そうじゃな。イザリーだけでなく、マデリーン殿やダールムーア殿たちも助けねばならん。待っておれよ、イザリー。すぐそちらに向かうからのう」
マリアベルが作り出した扉を潜り、コリンはアルソブラ城へ向かう。四年前にイザリーから聞いた、恐るべき呪いから彼女を守るため。
もう一度、遥か北にある北風と氷が支配する帝国へと向かうことを決意する。だが、コリンはこの時まだ知らなかった。
かつて、共に手を取り合い平和に生きてきた竜人とドワーフたちは……邪神の子の力によって、昔のような敵対関係に戻ってしまっていることを。




