165話―よみがえる森の国
デオノーラを討ち取ったコリンとテレジアは、一休みして身体を癒す。その後、再びワープマーカーを起動させ元いた場所へ戻る。
総大将は討ったが、アシュリーたちがどうなっているか確認しなければならない。【翡翠色の神魂玉】を回収し、コリンたちは転移する。
「戻ってきたな。だいぶ静かじゃが、みなは無事に勝てたのじゃろうか……」
「少なくとも、地上には邪悪な気配はないね。地下のトンネルがどうなっているかは、確かめる必要があるけど。さ、行こうかコリンくん」
「うむ、了解したぞよテレジア殿」
「おっと、殿付けはなしだ。アニエスだけ呼び捨てなのはズルいからね。私も呼び捨てにしておくれ、コリンくん」
身体を屈め、テレジアはちょんとコリンの鼻先を指でつっつく。子どもっぽいアニエスとはまた違う、からかうような仕草にコリンはみじろいだ。
「む、そ、そうか。あい分かった、ではテレジアと呼ばせてもらうぞよ。さ、急ぎみなのところへ」
「ああ、行こうか。そうだ、はぐれないようにしっかり……手も繋いでおかないと、ね?」
「そ、そうかのう?」
覚醒状態を解除したテレジアはコリンの手を握り、トンネルの中へ進んでいく。その様子を、体内でアニエスが見つめていた。
(むー、お姉ちゃんったら! ししょーにベッタリしちゃってー。ししょーを取られちゃったら困るなぁ)
(大丈夫だよアニエス。別に取ったりはしないさ。二人で仲良く愛でればいいだけだろう?)
(そっか! それもそうだね!)
コリンを巡って姉妹ケンカが始まる……かと思われたが、そうはならなかった。むしろ、二人仲良くコリンを手込めにしてしまおうと画策する。
もっとも、そう簡単にはいかないのだが。双子の内心など知ることもなく、コリンはトンネルの中へと足を踏み入れた。
「むう、あちこち戦いの跡だらけじゃな。あれは……ダルクレア兵の死体か」
「かなり激しい戦いになったようだ。皆無事だといいんだけど……」
トンネルのあちこちに、ダルクレア兵の死体が転がっている。幸いにも、エルフや帝国からの救援部隊の者たちの遺体はまだ見つけていない。
幸運にも死者が出なかったのか、他の死体と紛れてしまっているのか。疑問の答えを得るべく、二人は奥の方へと進んでいく。
「! コリンくん、気を付けて。この先から人の気配がする。もしかしたら、ダルクレア兵かもしれない」
「うむ、少しずつ慎重に進んで行こうぞ」
「私が前を進もう。もし敵だったら、サポートを頼むよ」
盾となるべくテレジアが前に進み、壁に背中を預けゆっくりと摺り足で移動する。なるべく音を立てないよう、コリンも真似をして先へ向かう。
「まだ生き残りがいやが……って、なンだコリン……と、もう一人は誰だ?」
「わ、びっくりした。私だよ、覚えていないかい? アニエスの姉のテレジアさ。四年ぶりだね、アシュリーさん」
「おおっ!? お前、目ぇ覚ましたのか! そっかそっか、そりゃよかったぜ!」
少しして、左右に分かれた道が姿を現す。右の道の方から、埃まみれのアシュリーが顔を覗かせた。どうやら、敵が攻めてきたと思っていたようだ。
やって来たのがコリンとテレジアだと分かると、アシュリーは嬉しそうに表情をほころばせる。後ろへ振り向き、通路の奥にいる仲間に向かって叫ぶ。
「おーい! コリンたちが帰ってきたぞ! 喜べ、アタイらが勝ったんだ!」
「ここに来るまでに、ダルクレア兵たちの遺体をたくさん見たが……そっちも終わったようじゃな」
「ああ。負傷したのはたくさンいるけど、幸い死人は出てねぇ。コリンの作戦が大当たりしたってわけだな! ハハハハ!」
「それはよかったよ。私としても、これ以上同胞を失いたくはないからね」
トンネルでの戦いも、コリン陣営の勝利に終わったようだ。アシュリーの声を聞き付け、ユミルやフェンルーたちがやって来る。
「コリンくん、おかえリ! ワタシ、たくさん頑張ったヨ!」
「今戻ったぞよ。そんなに汚れて……よう頑張ったのう、フェンルー」
「おかえりなさいませ、アニ……。そのお姿、まさかあなたは……テレジア様!?」
「おや、すぐ分かるとは嬉しいね。そうさ、不祥テレジア……ついさっき、目覚めたばかりさ」
テレジアが目覚めたことを知り、エルフたちは大喜びする。四年前に起きた巌厄党の事件を、みなが覚えていたのだ。
デオノーラを討ち取っただけでなく、テレジアが復活を果たした。望外の嬉しい知らせに、みな笑顔を浮かべている。
「おかえりなさいませ、テレジア様。あなたがお目覚めになられて、アニエス様もさぞお喜びになられたことでしょう」
『もちろん! ボクだって大喜びだよ。さ、みんな! いつまでもこんな狭っこいトコにいないで帰ろう。ボクたちの街、ヘミリンガに!』
「おおーーーーー!!」
テレジアの体内から、アニエスが仲間たちに呼び掛ける。トンネルの外に出て、ワープマーカーを使いヘミリンガへ向かう。
四年前に陥落して以来、デオノーラに占領されていたかつての首都に……エルフたちはついに、帰還を果たしたのだ。
「長かったなぁ……生きてるうちには帰れないだろうって、諦めてたけど……うっうっ」
「これでやっと、私たち家に帰れるのね。よかった、本当に……」
エルフたちは喜びの涙を流し、ヘミリンガに帰還出来たことを祝う。そんな中、テレジアは街の広場……デオノーラと戦った場所に立つ。
「アニエス、出てきてくれるかい? この国を、あるべき姿に戻したいんだ。協力してほしい」
『そうだね、せっかく戻ってこられたのにこんな殺風景なんじゃ感動も半減だもんね。じゃあ、出るよ!』
テレジアに請われ、アニエスは肉体を分離させて表に現れる。テレジアは星遺物たる剣を一振り取り出して、先端を軽く地面に突き刺す。
「グーラヘイムは、植物を自在に操る力がある。そこに私とアニエスの魔力を与えれば……きっと、枯れ果てた森をよみがえらせられるはず」
「きっと出来るよ、お姉ちゃん。だって、ボクたち――星騎士だもん!」
「ふふ。そうだね、アニエス。みんな、危ないから離れて。巻き込まれないようにね」
コリンたちは頷き、二人から距離を取る。互いを見つめ、集中力を高めた後――双子はそれぞれの手を重ね合わせ、剣の柄の上に置く。
そして――ありったけの魔力をグーラヘイムへと流し込み、勢いよく地面に突き刺した。枯れた森を、在りし日の姿へと戻すために。
「森よ、今こそよみがえれ! 悪しき神の縛めより、今こそ解き放たれる時!」
「大地よ、ボクたちの魔力を受け取って! 実り豊かな木々を、花々を。もう一度この国に!」
剣を通して、魔力が国じゅうに広がっていく。変化はすぐに現れた。街を囲む枯れた木々が、生命の力を注がれよみがえる。
「おお、すげぇ! 見ろコリン、森がよみがえっていくぞ!」
「素晴らしいのう。双子の力が、奇跡を起こしたのじゃな」
少しずつ、木々に葉が繁っていく。絶望の象徴だった、枯死した森の残骸はもう存在しない。今ここに在るのは、鮮やかな色を取り戻した豊かな森だ。
「やったね、お姉ちゃん! みんなも見てよ、あの森を!」
「これから数ヵ月をかけて、私たちの魔力がこの国の隅々にまで行き渡る。時間はかかるけれど、必ず……全ての森がよみがえる!」
剣を地面から引き抜き、アニエスとテレジアは天高く掲げる。そして、高らかに宣言する。絶望の時代が終わり、新たな始まりの時が来たことを。
「今この時より、この国は生まれ変わる! 私たちの手で、もう一度造り直そう。私たちエルフによる、エルフのための楽園を!」
「おおおおおおおお!!!」
新たな始まりを祝し、エルフたちは拳を天に突き上げる。そんな彼らを見守っていたコリンは、ふと足元を見る。
割れた石畳の隙間から、新たな芽が伸びていた。公国の未来は――明るく照らされている。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……済まないな、エリザベート。私の様子を見に来たばかりに、この大地に閉じ込められることになろうとは」
「仕方ありませんわ、エルカリオス様。とはいえ、まさか四年も立ち往生することになるとは思いませんでしたわ」
旧ランザーム王国北東部にそびえる大山、ラガラモン連峰。その奥地にある洞窟の中に、一人の女性と一体の竜がいた。
金色の髪を縦ロールにした女性は、真っ赤な鱗を持つ竜を見上げる。やれやれとかぶりを振り、近くにあった岩の上に座り込む。
「全くもう、困りましたわね。例の協定のせいで、おおっぴらに外の『問題』に首を突っ込めないんですもの」
「仕方あるまい。神の勢力である我々……特に、現役の【ベルドールの七魔神】の一角であるお前が下手に動けば、より問題を大きくする。今はまだ、見に回るしかない」
「はあ……早く旦那様に会いたいですわ。今ごろ、何をしていらっしゃるのでしょうか」
女性……エリザベートは退屈そうにそう呟く。そんな彼女を、赤竜はジッと見下ろしていた。




