164話―双生の星、覚醒
「もう……遅いよ、お姉ちゃん。ボク、ずっと待ってたんだよ? お姉ちゃんが、目を覚ますのを」
『ごめんな、アニエス。長い間、待たせてしまって』
テレジアはアニエスに歩み寄り、優しく妹の身体を抱き締める。彼女の左手の甲には、アニエスと同じ【オーレインの大星痕】が輝いている。
『さあ、今こそ戻ろう。大切な人たちのいる、現実の世界に。みんなを守るために、戦わなければいけないだろう?』
「うん、でも……ボクは、デオノーラに」
『大丈夫。今度は私が戦うから。アニエスは、身体が癒えるまでゆっくり休んでおいで』
アニエスの肉体は、すでにデオノーラによってミイラにされてしまっている。今こうして生きていられるのも、テレジアと繋がっているからだ。
故に、表舞台に舞い戻るのは――テレジアの方だ。姉と入れ替わり、アニエスの意識が闇の中へと沈んでいく。今は眠り、身体を癒さねばならない。
「ありがとう、お姉ちゃん。少しだけ……眠らせて、もらうね……」
『ああ、大丈夫。何も心配はいらないよ。私はお前のお姉ちゃんだからね。必ず、ハッピーエンドで終わらせるさ』
光の粒となって消えたアニエスの代わりに、テレジアは前に進む。戦いを終わらせ、愛する同胞たちを救うために。
今――眠れる星の力が、目覚める。
◇―――――――――――――――――――――◇
一方、現実の世界。アニエスの命を吸い尽くした後、彼女の身体を投げ捨てる。すでに相手が死んだものと思い、次の標的へ狙いを定めていた。
「あっはっはっはっ! ざまぁないね、あっさりくたばったわ。さて、次ね。あのクソガキを殺せば」
「ほう、どこに行くんだ? まだ私が生きているというのに」
「なっ――!?」
デオノーラは背を向けて、コリンが埋もれている瓦礫の方へ向かおうとする。その直後、背後からアニエスではない者の声が響く。
振り向いた瞬間、鼻先を鋭い剣閃が通りすぎていった。切れ長の目に強い闘志を秘めたテレジアが、そこに立っていた。
「お前……! 何者? あの小娘とは違う……!」
「私の名はテレジア。アニエスの双子の姉にして、オーレインの血を継ぐ星騎士。邪神のしもべよ、妹に代わって……私が相手だ!」
「……チッ。面倒くさいわね。あんたも、あんたの先祖も。どうしておとなしく殺されてくれないのかしらねェェェェ!!」
弾き飛ばされた剣を手元に呼び戻し、テレジアは高らかに宣言する。それに対し、デオノーラは苛立たしげに叫ぶ。
背中から生やした三つの武器を一斉に振るい、テレジアを抹殺せんとする。が、相手に攻撃が当たることはなかった。
一瞬で後ろへ跳び、テレジアは攻撃を避けた。両手の甲に星痕を輝かせ、内に眠る星の力を呼び覚ます。
「星魂顕現・ジェミニ!」
すると、テレジアの身体に変化が起こる。肩から左右一本ずつ、新たに腕が生えてきたのだ。同時に、全身を緑色の鎧が覆う。
「これが、私とアニエスの力のカタチか……。ふふ、悪くない。むしろ、これがいい」
「舐めたことしてんじゃないわよ! ここで死ねェェェェ!!」
星の力を目覚めさせ、ご機嫌なテレジアにデオノーラの猛攻が炸裂する。テレジアは双剣を魔力で複製し、四本に増やす。
「死ぬのはお前だ! アニエスと記憶を共有させてもらった。この四年で働いた悪行の報い、ここで受けてもらうぞ! ルナティックソード・リッパー!」
テレジアは素早い足捌きで動き回りながら、相手の攻撃を避けていく。すれ違い様に剣を振るい、木の武器に斬撃を浴びせる。
双子の力を宿した剣は、普段より鋭さを増しているようだ。太く頑強な木の枝を束ねて作られた柄を、いとも容易く両断してみせる。
「う、嘘……」
「今度は私の番だ! ムーンライト・フィドル!」
「はや――ぐうああっ!」
地を蹴って走り出し、テレジアは神速の突きを放った。デオノーラに触れた瞬間、突きに加え残る三振りの剣で斬撃を見舞う。
避けきれなかったデオノーラは脇腹を抉られ、全身を切り刻まれる。邪神の子から少し離れた場所に着地したテレジアは、後ろを向く。
「もう一度だ! 私の……いや、私『たち』の怒りはこんなものではないぞ!」
「黙れ……! 調子に乗るんじゃないわよクソエルフが! シードボム・レイン!」
距離を離しつつ、デオノーラは空中に魔法陣を描く。そこから大量の種子爆弾が降り注ぎ、テレジアに襲いかかる。
「多いな……。アニエス、済まないが交代出来るか?」
『任せて、お姉ちゃん! あっという間に回復したからね、スピード重視の時はボクが出るよ!』
「ありがとう。行くぞアニエス! ソウル・チェンジ!」
自分の機動力では全てを避けきれないと考えたテレジアは、アニエスと交代する。僅かな時間で完全復活を遂げたアニエスが、姉に代わり表に出た。
持ち前のスピードを活かし、降り注ぐ種子の雨の隙間を縫って走っていく。それを見たデオノーラの脳裏に、かつての記憶がよみがえる。
『スイッチだ、シルヴァード! 一気に畳み掛けて邪神の子を倒すぞ!』
『分かったわ、ゴルドーラ! さあ、これでトドメよ。覚悟しなさい、デオノーラ!』
(また、繰り返すの? あの日の屈辱を、もう一度。嫌、そんなのは嫌よ! こんなところで……死んでたまるもんですか!)
種子の雨を切り抜け、走り寄ってくるアニエスを見ながらデオノーラは心の中で叫ぶ。両手に緑色の光を宿し、身構える。
「あんたたちはここで! アタシに殺されなきゃいけないのよ! 神将技、エメラルド・サクション!」
「おっと、二度は食らわないよ、その技はね! ジェミニ・パージ!」
「ぶ、分裂した!? 嘘、あんたらの先祖はこんなこと出来なかったのに!」
デオノーラの手が触れる直前、アニエスはテレジアと分離することで攻撃を避けた。彼女たちの祖先ですら出来なかった離れ業に、デオノーラは驚愕する。
元の人の姿に戻り、双子の姉妹は敵に向かって接近していく。分離したことで剣の数が元に戻るが、問題は何もない。
「私たちは元々、普通の双子として生まれてきた。今になって、その意味をこうやって実感出来るとはな!」
「そうだね、お姉ちゃん! 元々別の存在だったんだもの、こうやって分離することも……一時的に出来るんだね!」
「ああ、そうさ。さあ、やるぞ! 二人のコンビネーションを見せてやろう! ツインドレス……」
「スラッシャー!」
アニエスは、分離したテレジアに剣を片方投げ渡した。二人は両手で剣を握り、ななめ十字の斬撃をデオノーラに叩き込む。
両手を突き出して剣を掴み、防御しようとするデオノーラ。だが、それは叶わず……彼女の両手は、切り落とされた。
「あっ……あああああああああ!!!!」
「それでもう、厄介な技は使えないな! アニエス、再融合だ! これで終わらせるぞ!」
「うん! ジェミニ・ユニゾン! トドメは任せたよ、お姉ちゃん!」
両手を切り落とされ、絶叫するデオノーラにトドメを刺すべく二人は動く。もう一度肉体を融合させ、今度はテレジアが表に出る。
再び四本腕の姿になり、剣も四振りに増やす。テレジアはデオノーラに向かって、奥義を放った。
「これで終わりだ! 双児星奥義、ツインソウル・ワルツ!」
「あぐあああっ!!」
四振りの剣が乱れ舞い、デオノーラの身体を切り刻む。剣の乱舞が終わった後、テレジアはゆっくりと相手の後ろへ歩いていく。
背中に現れた鞘に剣を戻した、次の瞬間。デオノーラの身体に刻まれた傷が全て開き、大量の血が吹き出した。
「また、負けた……クソみたいな……エルフ、なんか……に……」
そう呟いた後、デオノーラの身体が細切れになり崩れ落ちる。彼女が消滅した後、身体に埋め込まれていた【翡翠色の神魂玉】が地面を転がる。
「……終わったな、これで。もう、我が同胞を苦しめる者は……いない」
『やったね、お姉ちゃん! ボクたちの大勝利だよ! さ、早くししょーを助けにいこ!』
「そうだな、いつまでも瓦礫に埋もれさせておくわけにはいかない。アニエス、手伝って」
「心配は無用じゃ、これくらい……自力でどかせるわい! ふんっ!」
テレジアがコリンを助けに行こうとしたその時、闇の魔力がほとばしり瓦礫を吹き飛ばす。気を失っていたコリンが目を覚まし、自力で脱出したのだ。
「全く、酷い目に会うたわ。ん? そなたは……そうか、ようやく目を覚ましたんじゃな。テレジア殿」
「おや、一目見ただけで分かるのかい?」
「うむ。アニエスにしては、雰囲気がシュッとしておるでな。それに、魔力の波長を注意深く見ておればすぐ分かるわい」
「ふふ、そうか。これからは、私も共に歩むよ。君と一緒に、大地を救うために」
「よろしくのう、テレジア殿!」
コリンとテレジアは、固い握手を交わす。暖かな陽の光が、いつまでも二人を照らしていた。




