162話―決戦前の大事な会議
ジュラカを仕留めたアニエスたちは、急ぎ砦へと戻る。拠点の位置をデオノーラに知らされてしまったことを、コリンたちに伝えた。
「まずいですね。デオノーラは大軍を送り込んでくるでしょう。こちらの戦力は精々十数人程度、このままでは数の暴力でなぶり殺しにされてしまいます」
「なれば、ワープマーカーを使って援軍を呼ぶとしよう。新生ゼビオン帝国軍から、そこそこの人数を引っ張ってこられるやもしれぬ」
結果、急遽作戦会議が行われる。アニエス率いるワルドリッターは数が少なく、とてもではないが真正面からの戦いは無理だ。
コリンがさらなる援軍の打診を提案するも、本国の守りを崩せないため、精々百人程度が関の山だろう。そこで、アニエスがある判断を下す。
「こうなったら、籠城戦しかないよ。トンネルの中に籠って、敵を迎え撃つしかない」
「まあ、確かにな。まともにやりあったところで、返り討ちにされるのは目に見えてるし」
旧公国領のあちこちに張り巡らされた、地下トンネル。そこに拠点を移し、敵の攻撃に耐えながら各個撃破する。
それが、アニエスの考え出した作戦だった。籠城に必要な条件は、ほぼ満たしているのが幸いと言えた。
「物資の補給は、ワープマーカーを使えば安全に行える。トンネルの拡張も、ビルディングアントに頑張ってもらえば数日で出来るよ」
「ええ、連絡用の魔法石も十分な数があります。枝分かれした通路に敵を誘い込み、罠に嵌めれば……」
「時間はかかるけど、ボクたちにも勝ちの目が見えてくる。もう、これ以外に策もないしね」
当初の目的であったトンネルの拡張を早急に済ませて拠点にし、敵を迎え撃つ。その作戦を採用したアニエスとユミルに、コリンが声をかける。
「じゃが、それだけではまだ不完全じゃ。いくら物資と地の利があろうとも、そう簡単に数の差は覆せぬ」
「じゃあ、どうするノ? コリンくん」
「わしとアニエスで、デオノーラを暗殺する。この数日、ワルドリッターの者たちに聞き込みをして奴の情報を集めさせてもろうたでな」
フェンルーに問われ、コリンはそう答える。黙り込むアニエスたちに向かって、自分の考えを話し出す。
「奴は常に、自分が最大の手柄を立てねば気が済まぬ性格なのじゃろう? アニエス」
「うん、そうだよ。四年前の侵略の時も、いの一番にボクやお父様を殺しに乗り込んで来たからね」
「そこを突くのじゃ。今回も、奴が第一陣を率いて攻めてくるじゃろう。狙うのは当然、わしやアニエスの首じゃ」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。コリンは頭の中で粛々とプランを練り、構築していく。失敗は絶対に許されない。
少しでも成功率を高めるために、必死に頭脳をフル回転させていた。
「確かにね。ボクを殺し損ねて悔しがってそうだし」
「ならよ、アタイらも加わった方がいいんじゃねえのか?」
「うむ、わしも最初はアシュリーやフェンルーにも参加してもらおうと思うておったのじゃが……そうなると、トンネル内の守りが薄くなるでな」
「まあ、それはそうだ」
「デオノーラの暗殺に成功しても、味方が全滅したら本末転倒。二人には、ワルドリッターと共に守りに回ってもらいたいのじゃ」
手札が少ない中で、有効なカードの使い方を間違えれば即ゲームオーバーだ。あらゆる可能性を考慮し、最適な手を打たねばならない。
「……でもさ。本当にボクでいいの? ししょー。だって、まだ星の力を覚醒させられてないしさ」
「アニエス様……」
だが、コリンの立案した作戦に対しアニエスは消極的であった。心の中では、まだ覚醒出来ていないことに負い目を感じているようだ。
ジュラカとの戦いでは、機転を利かせて活躍出来たが……デオノーラとの戦いではそうはいかない。邪神の子を倒すには、星の力が必要なのだ。
「そなたが必要なのじゃよ、アニエス。それに、覚醒出来ていないことを必要以上に恥じることはないぞ? わしを含め、みな土壇場での覚醒だったからの」
「要するに、アニエスちゃんもデオノーラとの戦いの中で覚醒出来る可能性が高いってことだよネー?」
「そうじゃ。強い想いを抱けば、内に眠る力は必ず応えてくれる。なに、安心せい。わしと違って、そなたはもう成熟しておる。代償を払う心配はないわい。わっはっはっはっ!」
弱気になるアニエスを、自虐を交えながらコリンが励ます。代償が代償なだけに、笑っていいのかダメなのか微妙な空気が広がる。
「……ありがと、ししょー。おかげで決心出来たよ。デオノーラを暗殺するために、ボク頑張る! 死んでいったみんなの仇を、必ず討つんだ!」
「うむ! よう言った、それでこそわしの一番弟子」
「あ、そうダ! ワタシもコリンくんの一番弟子になりたいんだっタ! ねーコリンくん、ワタシも一番弟子にしテー!」
「はああああああああ!?!??!???!!?! そんなの認めないんですけどー!?!!?! というか、あんた順番的に二番弟子でしょーが!」
コリンがアニエスを誉めた瞬間、フェンルーが弟子になりたい願望を思い出しコリンに抱き着く。それを見たアニエスは、目を見開いて叫ぶ。
「ヤダヤダヤダヤダ! ワタシだってコリンくんの弟子になりたいモン! 独り占めはダメなんだヨー!」
「いや、わしは別にダメだとは」
「ボクがダメなんですうううううう!!!!! アイデンティティーの崩壊は認められませぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
フェンルーの駄々に対し、アニエスは大人げないことを平然とのたまう。それだけ、今の自分のポジションを大切にしているのだろう。
「むー、そこまで言うなラ! ワタシの弟子入りを賭けて勝負ネ!」
「あーいいよ望むところだよ! 【ピー】臭い【ピー】なんて返り討ちにしてやるもんね!」
「あー! そこまで言うなんてひどーイ! そっちだって【ピー】な【ピー】のくせニ!」
「てめぇら……くだらねぇケンカは外でやれやぁぁぁぁぁぁ!!」
聞くに耐えない罵詈雑言が飛び交う中、コリンはひたすらオロオロし、ユミルは頭を抱えてうずくまる。結局、アシュリーの実力行使で二人揃って会議室の外に放り出された。
「あー、バカの相手は疲れるぜ……。こういう時にマリアベルがいてくれたら、楽なンだけどなー」
「言うでない。マリアベルもマリアベルで、大変な状況に置かれておるのじゃ。ロタモカの件を片付けたら、マリアベル救出にも目を向けんとのう」
今はここにいない、有能な従者に思いを馳せるコリンたち。だが、彼らはまだ知らなかった。すでにマリアベルが自力で脱出していることを。
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「あいつを止めろ! ここから先へは進ませ……ぐあっ!」
「ダメだ、毒蛇が多すぎて対処出来ね……ぎゃあああ!!」
「全く、弱いものですね。まだ五分の一程度しか魔力が戻っていないのに、ここまで簡単に蹴散らせるのですから」
コリンたちがデオノーラとの決戦に備えて作戦会議をしている頃、マリアベルはダルクレア聖王国の北部を爆走していた。
封印されている首から下は、倒したダルクレア兵の身体を魔力で型どりしたものを具現化させている。兵士たちを倒して生気を奪い、少しずつ生身のモノに作り替えているのだ。
「少しずつですが、身体も出来上がってきていますね。この分なら、聖王国を脱出する頃には……」
「いたぞ、後ろからねらぐぶっ!」
「身体も元通りになるでしょう。さて、グズグズしてはいられません。急ぎお坊っちゃまのところに向かいましょうか」
コリンと再会するべく、マリアベルは先を急ぐ。彼女が通った後には、ダルクレア兵たちの死体の山が出来上がっていた。




