161話―三位一体、乙女の進撃
「全員纏メテ、ミンチニシテクレルワ!」
「だってさ。やれるものならやってみなよ、ボクたち三人をどこまで追い詰められるかな!」
ジュラカは幹から枝を大量に生やし、本格的にアニエスたちを仕留めようと戦闘態勢に入る。それを見た三人は、一斉に走り出す。
アシュリーとフェンルーが左右に別れ、相手の裏側へ向かう。残るアニエスは、真正面からジュラカへと挑みかかる。
「ターゲットヲ分散シテ我ノ動キヲ鈍ラセル作戦カ。クダラヌ、我ノ眼ヲ甘ク見ルナ! トリニティ・ウッドアックス!」
「おっと、最初の狙いはアタイか。へっ、なら力比べといこうかじゃねえの! 燃え上がれ、フラウルダイン!」
木の枝を束ね、巨大な斧を作り出したジュラカ。ターゲットになったのは、アシュリーだった。脳天目掛けて、斧が振り下ろされる。
「ここはアタイが抑える、お前らは本体の幹をぶっ潰せ!」
「はいはーい、任せてネー!」
「ソウハイカヌ! 貴様ニハコウダ! グライダー・ナックル!」
炎を纏った槍で斧を受け止め、つばぜり合いを繰り広げるアシュリー。その間に本体を攻撃せんとフェンルーが走る。
が、ジュラカにはまだ余裕がある。六本の枝を束ねて、先端に大量の葉を生やす。すると、葉っぱが集まり巨大なゲンコツになった。
「叩キ潰シテクレル!」
「わあー、凄いネー。でも、動きが遅いヨー!」
「バカメ、全テ折リ込ミ済ミダ!」
正面から向かって来るアニエスを木の枝と根っこで足止めしつつ、ジュラカは緩慢な動きでゲンコツを振り下ろした。
余裕を持って初撃を避けたフェンルーだったが、続けて放たれた薙ぎ払いは避けられずモロに食らってしまう。羊毛が散り、フェンルーは上空に吹き飛ばされる。
「おうっフ!」
「フェンルーちゃん、危ない!」
「トドメダ! 死ネェ!」
「ザンネン、そうはいかないヨ。グラビディ・ウール、フリーズ!」
フェンルーにトドメを刺さんと、ジュラカは羊毛が付着したゲンコツを振り上げようとする。その瞬間、重量操作が行われた。
羊毛が鉛色になり、重さが格段に増す。アッパーでトドメを刺そうとしていたジュラカは不意を突かれ、攻撃を潰される。
「グウッ、ナンダコノ重サハ!?」
「今だよ、アニエスチャン! 本体を攻撃しテ!」
「任せて! 食らえ、ダブルムーンリッパー!」
ゲンコツを無力化したフェンルーは、アニエスに叫ぶ。頷いたアニエスは即座に走り出し、両手を横に伸ばし身体を回転させる。
円を描くように斬撃が放たれ、木の枝や根っこを両断する。続けざまに、今度はジュラカに向かって勢いよく跳躍した。
「ていやー!」
「グヌウッ!」
次は身体を捻り、縦方向に回転させた。刃が朝日にきらめき、暗黒の樹木を切り裂く。その傷は深く、これで決着と思われたが……。
「バカメ! 迂闊ニ我ヲ切リ裂クトハ愚カナ奴ヨ!」
「うわっぷ! 何コレ!? ……樹液だー!?」
直後、切り裂かれた箇所からハチミツ色の液体が吹き出してくる。モロにソレを浴びたアニエスは、液体が何なのか気付く。
それと同時に、異変が彼女を襲った。空気に触れた樹液が固まり、一切の身動きが取れなくなってしまったのである。
「ククク、我ノ樹液ハ空気ニ触レルト即座ニ固マル性質ガアルノダ。獲物ヲ逃ガサヌタメニナ。サア、死ネェ! トリニティ・ウッドハンマー!」
「やべぇ! フェンルー、アニエスを助けろ!」
「分かったヨ! そレー!」
動けなくなったアニエスを仕留めんと、ジュラカは木のハンマーを振り下ろす。間一髪、フェンルーが帯を伸ばし救出に成功した。
「ウオラァッ! よくもやってくれたな、次はアタイが相手だ!」
「炎使イカ……我トノ相性ガ良クナイ。貴様モコノ小娘ノヨウニ固メテヤル!」
「やれるもンならやってみろ。星の力を覚醒させたアタイに、簡単に勝てると思うなよ!」
アニエスを戦闘不能に追い込んだジュラカは、次の狙いをアシュリーに定める。相性の悪い炎による攻撃を警戒し、樹液を飛ばす。
同時に、アニエスを連れて離れようとするフェンルーに木の枝を伸ばし捕らえようと狙う。樹皮に浮かぶ大量の目が、アシュリーたちを見つめる。
「イツマデ逃ゲラレルカナ? コレダケノ枝ニ追ワレテイルノダ、イツマデモ逃ゲラレヌゾ!」
「むー、ホントにしつこイ! これじゃ反撃に移れないヨ!」
「フェンルーちゃん、それならボクに任せて! 動くのは無理だけど……ここにはまだ森が残ってる。なら、きっと彼女たちがいるはず!」
首から上は無事だったアニエスは、大きく息を吸い込む。唇を震わせ、虫が羽根を擦るような大きな音を口ずさみはじめた。
「何ヲシテイル? ソンナコトヲ……ム? ナンダ、コノ音ハ」
「あはっ、やっぱりまだ生き残ってた! おいで、キラービーたち!」
虫の羽音に似た音を出すことで、アニエスは僅かに残った森の中で生きていたキラービーたちを呼び寄せたのだ。
「みんなー、あそこの木から美味しい樹液がいっぱい出てるよ! ロクにエサが無くてお腹すいてるでしょ? たくさん食べておいで!」
「ギィー!」
「ヤメロ、来ルナ! コノ樹液ハ貴様ラノ餌デハナイゾ!」
デオノーラのせいで蜜が採れる花が枯れたことで、キラービーたちは飢えていた。そんな彼女らの前に、美味しそうな樹液を流す木がある。
その結果、何が起きるか。答えは一つ。飢えを満たすための、数の暴力による蹂躙だ。十数匹のキラービーたちは、一斉にジュラカに群がる。
「来ルナト、言ウノガ……分カラヌノカ! コノ下等生物ガ!」
「キュイィ!」
「ギシャー!」
木の枝を使い、ジュラカは群がってくるキラービーをはたき落とす。だが、その行為が彼女たちの逆鱗に触れた。
食事を邪魔されたことに怒ったキラービーたちは、強靭なアゴを使ってジュラカの枝を根本から噛み千切る。
ついでと言わんばかりに樹皮も噛み千切り、より多くの樹液を分泌させようとする。キラービーの唾液に含まれる成分により、樹液は固まらず液体のまま流れていく。
「おお、凄いネー。あんなに群がられてたら、すぐ樹液もカラッポになるヨ」
「む、虫……いや、気を強く持てアタイ。虫は無視しろ、こンなところで気絶してる場合じゃねえぞ……」
巨大なハチが木に群がる光景は、虫嫌いのアシュリーにはキツいらしい。もぞもぞ揺れるキラービーたちの尻から目を背け、顔を青くしていた。
「これで少しは、二人の役に立てたかな? さあ、そろそろトドメを刺さなきゃね!」
「分かったよ、アニエスチャン! キラービーが満腹になったら、一気に攻撃を仕掛けるネ!」
キラービーたちに枝をほとんど落とされ、樹皮も剥がされ……ジュラカは声も出せないほどに弱りきっていた。アニエスの機転は、予想以上の成果をあげたようだ。
「アシュリーちゃーん、聞こえるー? もうすぐキラービーたちが満腹になって巣に帰るから、トドメ刺しちゃって!」
「え? あ、おう! 任せとけ!」
「グヌ、オ……オノレ、ヨクモコンナ……」
樹液を吸い尽くされ、ジュラカの体力はガタ落ちしていた。枝を新たに生やすだけの力も残っていないようで、されるがまになっている。
数分後、アニエスの言った通り満腹になったキラービーたちがジュラカから離れていく。それを見たアシュリーとフェンルーは、同時に仕掛けた。
「今だ! 獅子星奥義、ギガブレイブ・ドリラー!」
「食らうネ! 白羊星奥義、活殺天地破断衝!」
「ヤメロ、来ル……グアアアアッ!!」
アシュリーとフェンルー、二人の切り札が同時に放たれる。炎を纏う槍による神速の突きと、八本の帯が巻かれた腕によるパンチ。
二つの攻撃がジュラカの幹に炸裂し、見事粉々に粉砕した。断末魔の叫びをあげ、デオノーラの尖兵たる暗黒の樹木はバラバラになった。
「バカ、ナ。コノ我ガ敗レルダト……。クク、ダガ……貴様ラノ拠点ノ位置ハ、デノオーラ様ニ送信サセテモラッタ。スグニデモ……アノ方ノ軍勢ガ、オ前タチヲ皆殺シニスルタメニ……ヤッテ、来ル……ゾ……」
最後にそう言い残し、ジュラカは機能を停止した。それと連動し、アニエスを固めていた樹液も溶ける。
「やれやれ、キモい木をブチのめせたのはいいが……面倒なことになったな。アニエス、また拠点を動かすか?」
「……ううん、もうボクたちは逃げないよ。ここから先にはもう、逃げる場所なんてない。向こうから来るっていうなら……返り討ちにするだけさ!」
アシュリーの言葉に、拳を握りながらアニエスが答える。そんな彼女の右手の甲に、【オーレインの大星痕】が浮かぶ。
双子の覚醒の日は……近い。




