158話―十三番目の星、輝く
暗い闇の中を、コリンが必死に走っていた。時おり後ろへ振り返り、迫り来るソレを見やる。
「待ってぇぇぇ~~~!! マイスウィートラブリーエンジェルゥゥゥゥゥ!!」
「さあ! 俺と熱いキッスを交わそう! そして朝まで【自主規制】しよう!」
「嫌じゃ! 嫌じゃぁぁぁぁぁぁ!! 変態の相手などしとうない! しとうないのじゃぁぁぁぁぁ!!」
追いかけてくる大量のベンジャミンから逃れるべく、全力疾走するコリン。絶叫した直後、夢から覚めた。
「はあ、はあ、はあ……。ぐぬぬ、嫌な夢を見たわい。あの変態め、死してわしを苦しめるとは生意気な。やれやれ、全身汗でびっしょりじゃ」
変態を仕留めた日の夜、コリンは朝までたっぷり悪夢にうなされることになった。夢の中に侵食してくるほど、悪い意味でインパクトがあったようだ。
全身にかいた脂汗が不快感をさらに高め、コリンは顔をしかめる。朝風呂を浴びてさっぱりしようと思い付き、部屋を後にした。
「おっとっと、少し揺れるのう。……しかし、エルフたちの魔物を手懐ける能力は凄いわい。こんなにも大きな、オオトリデマイマイを使役するとはな」
変態を始末して帰還した後、アニエスは拠点を移すことを決めた。デオノーラに居場所がバレた以上、同じ地域に留まるのは危険だと判断したのだ。
てっきり、コリンたち救援隊は砦を捨てて移住するのかと思っていた……が、その予想は覆される。何と、砦自体が巨大な魔物だったのだ。
アニエス曰く、大きな砦を殻にするカタツムリの魔物、オオトリデマイマイを住み処にし、定期的に場所を移動することで敵の目を逃れているのだという。
「お、コリン。どうした、えらい汗かいてるけど」
「アシュリーか。いやな、酷い悪夢を見てしもうてのう。気分転換に風呂でも入ろうかと思うてな」
「ああ、もしかして例の変態か? だとしたらまあ……ご愁傷様だ」
風呂に向かう途中、コリンはばったりアシュリーと出会った。朝の鍛練をしていたようで、首からかけたタオルで汗を拭いている。
「うむ。全く、デオノーラの奴め。とんでもない刺客を送ってきたものよ。トラウマになりそうじゃ……」
「そりゃ災難だなぁ……あ、ならよ。一緒に風呂入って嫌な気分吹き飛ばそうぜ。ゆっくり風呂に入れば、気分すっきりリフレッシュ出来るしな」
「アシュリーも汗をかいておるしのう。よいぞ、ではお風呂にレッツゴーじゃ!」
「おう! さ、行こうぜ!」
意気揚々と風呂場へ向かうコリン。だが、彼は気付いていなかった。自分の後ろを歩くアシュリーが、舌なめずりをしていることに。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……暇ですね。まあ、生首の状態では何も出来ませんから仕方ないことですが」
その頃。ダルクレア聖王国の首都、神都アル=ラジールの地下深く。厳重に封印された地下室に、マリアベルの生首が安置されていた。
首が置かれた台座は、三重の円筒状の結界で覆われている。ゼディオが滅び、封印の一部が解かれたことで警戒心を強めたエイヴィアスが移送したのだ。
部屋の中をうろうろしている六人の見張りを見ながら、マリアベルは退屈そうに呟く。
「少しずつ力も戻ってきましたし……久しぶりに、お坊っちゃまの様子を見てみましょうか。お元気であればいいのですが……」
一部とはいえ、封印が解けたことで力が少しずつ戻ってきていた。自分の命よりも大切な主君、コリンの様子を見ようと、マリアベルは目を閉じる。
(……よかった、僅かながらも本体とのリンク出来ますね。これなら、お坊っちゃまの魔力をたどれます)
力が戻ったことで、沈黙していた本体……アルソブラ城も再起動する。魔力の波長をたどり、コリンが何をしているのか確かめる……が。
『何でアニエスたちまでおるのじゃ!? 流石に四人で入るには湯船が狭いぞよ!?』
『大丈夫だよししょー、かわりばんこに挿入れば……じゃなかった、入れば狭くても平気だよ。だから、一緒にお風呂……うぇひひ』
『そうそう、親睦を深めるにはハダカのお付き合いも大切なんだヨー』
幸か不幸か、マリアベルが見たのは……コリンがアシュリーやアニエス、フェンルーと朝風呂を堪能しているコリンだった。
煩悩全開なアニエスを見た瞬間、マリアベルは――キレた。それはもう、尋常ではないほどの怒りでぶちギレることとなった。
「……ふふ。わたくしがいないのをいいことに、随分と好き勝手しているようですね。これはもう……お仕置きが必要ですねぇ」
やりたい放題な悪い虫たちに、マリアベルは裁きを下すことを決めた。フェルメアによってかけられていたリミッターを強引に解除し、奥の手を発動する。
「……本当は、もうしばらく様子を見るつもりでしたがもうやめましょう。やはり、お坊っちゃまの守り人に相応しいのはわたくしだけのようですね! 目覚めなさい、【アルソブラの大星痕】よ!」
バギン、と何かが壊れるような音が部屋の中にこだまする。見張りの兵士たちが音の発生源を見ると、そこには……台座から浮かび上がる生首があった。
「な、なんだ!? 首が勝手に浮いてやがるぞ!」
「急いでヴァスラサック様に知らせろ! 異常事態だ、行け!」
「ダメだ、扉が開かない! 何かがノブに絡み付いて……ん? ひいっ! へ、蛇だぁぁ!!」
悪鬼羅刹のような表情を浮かべるマリアベルの生首に恐れをなし、兵士たちは異常事態の発生を外に知らせに行こうとする。
が、何かがドアノブに巻き付いて扉を開けられないよう妨害していた。よく見ると、正体は……巨大な毒蛇だった。
「ふ、ふふふ……。フリード様、このような形で貴方様より与えられた力を振るうことをお許しください。ですが、まあ……もうどうでもいいですね♥️」
にっこりと笑うマリアベルの額に、紋章が浮かんでいた。二重の円に囲まれた、とぐろを巻く蛇を模した紋章。
七百年の時を経て、フリード・ギアトルクによって新たに造られた十三人目の星騎士。蛇遣星マリアベル・ファンティーヌ・アルソブラが、目覚める。
「さて、まずは……邪魔な見張りを仕留めさせてもらいましょうか。サーペントラッシュ!」
「げっ、封印をやぶ……うわぁっ! この蛇ども、どっから湧いてきやがった!? 離れろ、あっち行けこのっ!」
「シャアアアアア!!」
「ぐああっ! か、噛まれ……がふっ!」
マリアベルが目を見開くと同時に、円筒状の結界が粉々に砕け散る。直後、天井付近にポータルが開き大量の毒蛇が降ってきた。
見張りの兵士たちは毒蛇の群れを全滅させようとするも、多勢に無勢では不可能な話だ。あっという間に蛇たちに噛まれ、毒を流し込まれる。
「あが、あがが……身体が、動かな……」
「血が、血が止まらねえよぉ……誰か、助け……」
「これで邪魔者は排除しましたね。次は……ボディを確保しましょうか。ああ、ついでに……わたくしをここに閉じ込めた者たちに、お礼参りもしなければなりませんね」
神経毒や出血毒にやられ、悶え苦しむ見張りたちを尻目にマリアベルはふよふよ宙を漂う。蛇たちを使役し、器用に扉を開ける。
「……邪神復活の時まで、使ってはならないと釘を刺されていた蛇使い座の力ですが。ヴァスラサックも復活しましたし、解禁の大義名分は出来ましたね。ふふ、ふふふふふふふ」
眷属たる大量の毒蛇を引き連れ、マリアベルは部屋の外へ向かう。その数分後、兵士たちの悲鳴がそこかしこで響き渡る。
予想外の形で従者が復活したことをコリンが知るまで――そう時間はかからないだろう。




