157話―第三のレッスン
「消し炭はノン! 燃えるのはお邪魔なユーの方だァァァァい! マッスルドロップ!」
のたうち回っていたベンジャミンは、斬られた腹を再生させてアニエスに挑みかかる。勢いよく跳躍し、ドロップキックを放つ。
コリンを背負っていることを忘れさせるような華麗なステップで攻撃を避け、すれ違い様に一撃を叩き込む。が、今度はかわされてしまった。
「チッチッチッ、俺に触れていいのはマイスウィートエンジェルコリンきゅんだけ。あの日……俺は魅了されたのだ! あの艶やかな舞いに!」
「舞い? ……まさか! 貴様はあの時の兵士か!?」
「え? なになに、話が読めないんですけど」
戦いの最中、突如自分語りを始めたベンジャミン。その語りに覚えがあったコリンは、思わず叫び声をあげる。
何の話か理解出来ていないながらも、アニエスはジリジリと距離を詰めていく。それに合わせて後退し、一定の距離を保ちつつ変態は話を続ける。
「知らないか。今から七日ほど前、ゼビオン帝国との国境でつまらない任務をしていたあの日……俺は出会ったのだ」
「要約するとじゃな、こやつらを欺きロタモカに入国するために策を練ったのじゃよ。わしとフェンルーが踊り子の格好をして」
「はいいいい!? ちょぉーっと聞き捨てならないなぁその一言! 何でボクにも見せてくれなかったの!? ズルいよししょー!」
「いや、距離的に無理じゃろ……というか、そなたもあの変態みたいなことを言うでないわ!」
長くなりそうだったので、先手を打ってコリンが内容を話す。が、それがよくなかった。あろうことか、アニエスまで興奮しだしたのだ。
「ええい、後で見せるから今は戦いに集中するのじゃ! あやつを倒し滅するのじゃあ!」
「はーい! よーし、やる気がグングン湧いてきたぞー!」
このままでは戦いを忘れ、一方的にボッコボコにされた挙げ句【ピー】な事態になる。そんな結末を容易に察したコリンは、アニエスにそう叫ぶ。
それが後々、とんでもない事態を引き起こすことになるとは知りもせずに。が、とりあえずアニエスの暴走が収まったのでよしとすることにした。
「ノンノン、あの艷姿を見るのは俺だけでいい! こんな薄汚い【ピー】女にはもったいな」
「誰が【ピー】女だってぇぇぇ!? もーあったまきた、そこまで言うならもう手加減なんてしないから! これでも食らえ! ジェミナイ・サーバント!」
またしても暴言を吐かれ、アニエスはぶちギレる。全身に魔力を行き渡らせた後、勢いよく横にステップした。
すると、緑色をした、アニエスと同じ姿をした魔力の分身がその場に残った。分身にすぐ色が着き、アニエスと全く同じ容姿になる。
ご丁寧に、背中におぶったコリンや彼を巻くつるまで、全て後付けで完全再現されていた。
「おお、見事な分身じゃ。そなた、相当な鍛練を積んだな?」
「そうだよ。いつかししょーが帰ってくるって信じて、ずっと修行してたんだから!」
「面白い技だ。では、俺も見せてやろう。筋肉の神秘を! ぬぅぅうん、見よ! マッスルファンタジー!」
アニエスに対抗心を燃やし、ベンジャミンは反復横跳びを始めた。すると、飛び散る汗が集まり……二体の分身になる。
世界一汚い分身が、誕生した瞬間だった。おまけに、二体ともテカテカしているのでよく見なくても一発で偽物だと分かる。
「ヌフハハハ! これで三対二! 数こそ力、これでもう俺は負けなァァァい! ていやぁー!」
「うっ、来た! こーなったらしょうがない、纏めて返り討ちだ!」
「その意気じゃ、アニエス。おお、そうじゃ。再会を記念して……レッスン・スリーを行う。アニエス、『数の差を覆すフィジカルを身に付けろ』じゃ!」
「うん! 分かったよ、ししょー!」
コリンからアニエスに、新たな修行が課せられた。その瞬間、アニエスの身体に闘志が満ちていく。四年ぶりの試練を、必ず乗り越える。
強い決意と共に、アニエスは素早く視線を動かす。自分が相手取るべきなのは、敵本体か分身たちか。
「――決めた! ボクの分身、お前は変態(本物)を足止めして! その間に、変態(偽物)を潰すから!」
「……コク」
相手の手数を減らすべく、まずは二体の分身を片付けることにしたアニエス。自分の分身に命令を下した後、地面に剣を突き刺す。
「伸びろイバラ! ローズウォール!」
「分断したか、だが無意味! 分身は俺と同じ強さがある! つまりお前は勝てないィィィ!!」
「本当にそうかな? ししょー、しっかり掴まっててね!」
「心得た!」
両手を広げ、走り寄ってくるダブルエンジェル。極力ブツを見ないようにしつつ、アニエスは迎え撃つため地を駆ける。
「殲滅!」
「抹殺!」
「オツムの方はてんでダメだね、この変態(偽物)たち。この程度なら、どれだけパワーがあっても……」
「抹殺!」
「ボクには当たんないよ!」
ベンジャミンの分身たちが振るう豪腕や鋭い蹴りを、アニエスは全てかわしていく。この四年、ワルドリッターを率い転戦する傍ら、アニエスは修行を積んできた。
次元の狭間に消えたコリンがいつ帰ってきても、一番弟子として恥じることのないように。寝る間を惜しんで、己を高め続けてきたのだ。
「当たらぬ!」
「何故だ!」
「何故じゃと? フン、わしには分かる。この動き、一朝一夕で身に付けられるものではない。血の滲むような鍛練を続けて来た者だけが得られる、達人の技よ。貴様らのような、即席の捨て駒とは違う!」
「そうだよ。その姿、たぶんデオノーラにパワーでも貰ったんだろうけどさ。そんな紛い物の力、ボクには通用しないね! ダンシングムーン・ソード!」
一向に攻撃が当てられないことに苛立つベンジャミンの分身たち。彼らに対し、コリンとアニエスは力強く言い放つ。
直後、アニエスが分身たちの間に割って入り剣を振るい舞い踊る。斬撃の嵐が放たれ、分身たちはバラバラに切り刻まれた。
「ノン!」
「死んだァァァ!」
「わっ、ヤバ! 変態の汗まみれはイヤーッ!」
見事分身を撃破した……はいいものの、形を保てなくなった結果、分身が元の汗に戻りはじめた。このままでは、二人とも変態の汗まみれになる。
絶叫しながら猛スピードで駆け抜け、何とか汗を被るのを回避したアニエス。ホッと一息ついていると、イバラの壁がブチ破られた。
「んんんんん、パッショォォーン!! うぬぅ、俺の分身を破るとは! 油断ならぬ奴よ。だが、恋は障害が多いほど盛り上がるとい」
「もう喋るでないわ! ディザスター・スライム!」
「ノォォォン! 我が自由の翼がァァァァァ!!」
アニエスの分身はすでに倒されており、魔力の残骸に成り果てていた。今度は本人たちを襲おうとするベンジャミンだが、ついにコリンもキレた。
杖を呼び出してベンジャミンの方へ向け、スライムを放つ。放物線を描いて飛んでいったスライムは、変態の翼に取り付き溶かしていく。
「これでもう、奴は飛べん! 飛べない変態はただの変態じゃ。アニエスよ、トドメを!」
「はーい、任せて! 覚悟しなよ、この【ピー】野郎ー!」
「まだ終わらぬ! 俺のラブは尽きないのだァァァ!! マッスルタックル!」
「遅い、ダンシングムーン・ソード!」
翼を失ったベンジャミンは、それでも諦めない。コリンを手に入れるべく、肩を怒らせて突進する。が、アニエスの放った本気の攻撃には勝てなかった。
デオノーラの力で造られた強靭な筋肉も、星遺物の前には意味を成さない。分身同様、ブツを含めて全身バラバラに切り刻まれた。
「ノォォォォォン!! 我が、エターナルラブ、これにてジ・エンド……おぼあっ!」
「はあ、ようやくくたばりおったわ。悪夢のような戦いじゃったわ……」
「そうだね、ししょー。みんなを起こして、砦に帰ろっか」
無事ベンジャミンを葬った二人は、倒れていたエルフの戦士たちを助け起こす。グロッキー状態の彼らを連れ、砦へと戻るのだった。




