155話―師と弟子の再会
「ふ~ん。で、まんまと国境突破されちゃったってわけだ。――あんたら、バカなの?」
「も、申し訳ございませ……うぎゃあああ!!」
コリンたちが無事アニエスと合流しようとしている頃、ヘミリンガにあるワルダラ城ではデオノーラの怒りが爆発していた。
ビボルダルツリーを通してコリンたちの入国を知ったデオノーラは、急遽国境防衛隊を呼び戻した。そして、彼らの失態を知りキレる。
「あんなガキの変装一つ見破れず、おまけに色仕掛けでやられたぁ? ふざけてんじゃないわよ、このゴミどもが!」
「あぐ、あ、ああ……」
爪先に鉄板を仕込んだ靴を履き、一人ひとりの股間を蹴り上げて折檻するデオノーラ。最後に体内の水分を奪い、ミイラに変えていく。
「はー、全く。使えないったらありゃしな……ん? 何であんたハァハァ言ってんの」
「デオノーラ様……実は自分、その……。目覚めて、しまいましてね……。あんなカワイイ子が、実は男の子だったなんて……」
折檻をして回っていると、デオノーラはやたら興奮している一人の兵士に気が付いた。頬を上気させながら、その兵士は呟く。
その言葉の意味にすぐさま気付いたデオノーラは、ニヤリと笑う。面白いことを思い付いた、という表情をしていた。
「……へぇ。じゃあ、あんたには一回だけチャンスをあげる。力をくれてやるからさ、失態の尻拭いしてきなよ。上手いことガキを拐ったら、好きにしていいから」
「やります、ヤります! 是非ヤらせていただきます!」
「そ、んじゃ顔こっちに向けて。女神パワー……注! 入! ファイア!」
「おおあおお!! 力が溢れるぅ……高まるぅ……!」
指先に魔力を集め、デオノーラは兵士の額にずぶりと突き刺した。魔力が注ぎ込まれ、兵士の身体が変化していく。
筋肉が膨れ上がって鎧をブチ破り、背中には天使の翼が生える。おぞましい欲望が変化に影響を与えたのか、体色がダークグリーンになった。
「ふおおおおおおお!! この姿、このパワー! これならば愛しのコリンきゅんを我が物にィィィィィ!!!」
「早速行きなさい。えっと……」
「ベンジャミンと申しますデオノーラ様ァァァァァァァ!!!」
「そ、じゃあさっさと行きなさいベンジャミン。ほどほどに期待して待ってるから」
「お任せあれェェェェェ!! リビドォォォォォ、パワァァァァァ!!!」
ベンジャミンは翼を広げ、城の壁をブチ破って飛翔する。見送った後、デオノーラは残りの兵士たちへの折檻を再開するのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「はあ、ヨアヒム、大丈夫かな。無事に手紙、ししょーに渡せたかなぁ」
砦の最上階にある自室にて、アニエスはため息をつく。四年の時を経て美しく成長し、王女に相応しい風格を身に付けていた。
窓辺に座って外を眺める姿は、それだけで絵になりそうな気品と美しさを漂わせている。変わり果てた景色を見ていると、扉がノックされる。
「アニエス様、アニエス様! 大事なお客様がご到着されました!」
「客……? 今は会いたくない。悪いけど、帰ってもらっ」
「コーネリアス様が参られたのです! 私たちを助けるために!」
「ししょーが!? おっけー、今すぐ行くから!」
アンニュイな対応をしていたアニエスだったが、客の正体を知ってからの行動は早かった。わずか四十秒で化粧と身支度を整え、部屋を飛び出す。
部下に案内してもらうまでもなく、トップスピードで応接室へ走っていった。裾の長いドレスを着ているのに、一切バランスがブレない。
「何じゃ? 廊下が騒々しいが……」
「そうですね、様子を見てきまへぶぅ!?」
「ししょおおおおおおおお!!! 会いたかったよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「おわあっ!? そ、そなたアニエスか!?」
「そうだよぉー。ぐすっ、会いたかった、ずっと会いたかった……びぇぇぇん!!」
一方、応接室に通されたコリンとフェンルー、アシュリーの三人は廊下の騒がしさに気付く。様子を見に行こうと席を立ったユミルが扉に近付いた、その時。
勢いよく扉が開け放たれ、ユミルが吹き飛ばされる。直後、アニエスがコリンを捉え全力でダイブをかました。
「済まなかったのう、寂しい思いをさせてしもうて。じゃが、これからは一緒じゃよ」
「う゛う゛ー、ひっく、ひっく……」
「感動の再会ってわけか……っつうか、こっちは大丈夫か、ピクリとも動かねえぞ」
「医務室に運ぶネー。アシュリー、手伝っテー」
熱い抱擁を交わすコリンたちを見ていたアシュリーとフェンルーだったが、扉の直撃を食らったユミルが心配になり退場することとなった。
コリンは二人の動きに気付き、『そっちは任せた』とハンドサインを送る。アシュリーたちは頷き、そっと部屋を後にした。
「ぐすっ、ぐすっ……」
「落ち着いたかの、アニエス。……それにしても、随分とまあ成長したのう」
「えへ、そうだよ。背も伸びたし、ほら。ココもおっきくなったよ? それっ、ぎゅー!」
「ふわっ!? これ、急に抱き着くでない! ビックリするじゃろうが!」
しばらくして、泣き止んだアニエスはコリンにもう一度抱き着く。今度は、四年の間に成長した豊かなソレをコリンに押し付ける。
……が、まだまだお子ちゃまなコリンには、アニエスの意図がまるで分かっていなかった。普通に驚くだけなコリンに、アニエスは頬を膨らませる。
「ぶー、ししょーってば鈍感なんだから。まあ、いっか! こうやって再会出来て、とっても嬉しいもん!」
「うむ、わしもじゃ。……そういえば、ユミル殿から聞いたぞよ。ベルシ殿、亡くなられたそうじゃな」
「……うん。ベルシだけじゃない。苦楽を共にしたワルドリッターの古参たち、ほとんど死んじゃった……」
コリンの言葉に、アニエスはうつむく。少しして、この四年の間に起こった出来事を話し始めた。
「……ししょーがいなくなって、ランザーム王国が陥落した少し後にね。攻めてきたんだ、渇命神将デオノーラとその部下たちが」
「む……時期的には、ゼビオン帝国が侵攻されたのとほぼ同じか」
「うん。最初は、迷いの森でさ迷ってる敵の部隊を各個撃破してたんだ。でも、中々侵略が進まないことに業を煮やしたデオノーラがね……枯らしたの。迷いの森を全部」
当初、ロタモカ公国側が優位に立っていたという。エルフたちしか抜け方を知らない迷いの森に守られていたおかげで、敵を撃退出来ていたらしい。
「あの広大な森を、か?」
「うん。あの時、ボクもみんなと一緒に森にいたんだよ。目の前で、デオノーラが枯らしたんだ。両手を地面に付けて、木々の命を奪った」
その時の記憶が、アニエスの脳裏によみがえる。まばたきする一瞬の間に、森が枯れていく光景が、鮮明に思い出された。
「それからはもう、ずっと負けっぱなしで。ヘミリンガを包囲されて、ボクやお父様を逃がすためにみんな、みんな……」
「もうよい。辛い思いをしてまで話すことはないぞよ、アニエス。安心するがいい、みなの仇は必ず討とう。力を合わせて、共に」
「ああ、よかった! アニエス様、こちらにいらしたのですね! 大変です、砦に謎の生命反応が高速で接近してきています!」
身体を震わせるアニエスに、コリンは力強く声をかける。その途中、エルフの騎士が応接室に飛び込んできた。
アニエスを探していたようで、切羽詰まった表情を浮かべている。部下の報告を聞いたアニエスは、即座に態度を変える。
「分かった、すぐに迎撃に向かうよ。ししょー、早速だけど力を貸してくれる?」
「もちろんじゃとも。誰が相手だろうが蹴散らすのみよ」
アニエスの言葉に、コリンはそう答える。師匠と弟子の、四年ぶりの共闘が実現しようとしていた。




