16話―微笑みのカトリーヌ
「隊長、あいつ一人で向かってきますぜ」
「バカな奴だ、【ウィンターの大星痕】持ちだからってたった一人で何が出来る? 投石機を起動させろ、大岩で潰してやれ!」
「承知しました!」
教団の戦士たちを束ねる隊長格の男は、ゆっくり近付いてくるカトリーヌを嘲笑いながら部下に指示を出す。
要塞の上部に取り付けられた投石機が、ゆっくりと起動する。岩山から切り出された丸い大岩がセットされ、発射態勢が整う。
「隊長、上の部隊より準備完了の報告が来ました!」
「よし、撃てーッ!」
隊長の合図が連絡用の魔法石で伝えられ、岩が発射される。寸分違わず、カトリーヌを押し潰さんと飛んでいく、が。
カトリーヌの左の鎖骨付近に、二重の円で囲まれた牛の顔を模した紋章……【ウィンターの大星痕】が浮かび上がる。
「あらあら~。わたしを潰したいなら、もっと大きくて硬いモノを用意しないとダメよ~? ……ハッ!」
ギリギリの距離まで岩を引き付けた後、微笑みを浮かべたままカトリーヌはハンマーを持った右腕を勢いよく振るう。
打面が触れた瞬間、直径十メートルはあろうかという大岩が粉々に砕け散った。破片が飛び散りカトリーヌに当たるも、何事もないかのように平然としている。
「……は?」
「おお、凄いのう。あの怪力……星痕の力か」
教団の戦士たちが唖然とする中、コリンは一人感心していた。ハンマーを肩に担ぎ、カトリーヌは歩みを再開する。
「うふふ、もう終わりかしら~? じゃあ、次はわたしの番ね~」
「……ハッ! も、もう一度だ! 今度は岩を連射しろぉぉぉ!!」
カトリーヌの言葉で我に返った隊長は、再び岩を放つよう指示を出す。四基ある投石機がフル稼働し、大岩が雨あられと降り注ぐ。
「ムダなことね~。でも、そろそろ鬱陶しいから~、叩き壊してあげるわ~」
落ちてくる岩をハンマーで叩き砕きつつ、カトリーヌはそう口にする。下から掬い上げるように岩を叩き、要塞に向かって跳ね返してみせた。
岩は投石機に直撃し、要塞の壁ごと派手に破壊する。落下してきた瓦礫に戦士たちが狼狽えた隙を突いて、カトリーヌは加速する。
「隙だらけよ!」
「! 来るぞ、構えろ! 槍兵隊、迎撃せよ!」
「お、おおお!!」
隊長に促され、槍を持った戦士たちが十人ほど走り出す。先頭を端っていた戦士が射程圏内に敵を捉え、無防備な腹を狙って槍を突き出した。
「これでも食らえっ!」
「あらあら、お腹を狙うのはいい判断ね~。わたしが相手じゃなければ、だけど」
「何言ってやが……!? う、嘘だろ!? 槍が折れごぱぁ!」
「消えなさい、邪魔よ」
鎧に守られていない腹を狙うのは、間違った戦略ではない。が、バキバキに割れた腹筋に槍が触れた瞬間、破壊されたのは槍の方だった。
極限まで鍛えられた筋肉を貫くことが出来ず、逆にへし折れてしまった。驚愕する戦士は、カトリーヌが振り下ろしたハンマーに潰され一生を終える。
「な、なんだあいつは!? クソッ、なら魔法で槍を強化すれば!」
「いけるかもしれねぇ! 死ねっ、オーガ女!」
強化魔法で槍の貫通力と耐久性を大幅に強めた戦士たちは、カトリーヌを取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。今度こそ、槍が貫く……と、思われた。
が。
「うふふ、そんな低レベルな強化魔法をエンチャントしたくらいじゃあ、わたしは貫けないわよ~?」
「う、嘘だろ……これでもダメだってのか!?」
「攻撃するのがへたっぴね~。それじゃあ、お手本を見せてあげる。攻撃というのはね……こうやってやるのよ! メタル・クラッシュ!」
「げぴゃっ!」
下から掬い上げるような一撃を食らい、木の葉のように三人の戦士たちが宙を舞う。恐るべき怪力と耐久性を、誰も突破出来ない。
「クソッ、クソクソクソクソクソォ! 死ね、頼むから死んでく……げあっ!」
「や、やめろ! 分かった、降伏、降伏すべばっ!」
「ダメよ。一人残らず……死んでもらうわ」
ヤケクソになり突撃する者や、戦意を喪失し命乞いをする者も関係なくカトリーヌは屠っていく。その様子を見ていた隊長は、顔を青くして冷や汗を流す。
側にいる部下たちも、完全にビビッてしまっているようで誰も仲間を助けに行かない。割って入っても、殺されるだけだということを理解しているのだ。
「ゆ、許し……ぐはっ!」
「これで全員ね、他愛ないわ。コリンくん、もうそろそろ来てもいいわよ~。あなたも、暴れたいでしょう?」
「ん、なら行かせてもらおうかのう。しかし、アシュリーからそなたもSランクの冒険者だとは聞いておったが……ふむ、この暴れっぷりなら納得じゃな」
「うふふ。ギルドのみんなからはね、『微笑みのカトリーヌ』って呼ばれてるのよ~」
「なるほど、いつもにこにこしておるそなたに相応しい異名じゃな」
和気あいあいとした空気を醸し出しながら、コリンたちは死体を跨ぎ要塞へ近付く。戦士たちは戦う意志が折れ、要塞内に逃げようとする。
「だ、ダメだ! あんな化け物になんか勝てるわけがねぇ!」
「逃げろぉぉぉぉ!!」
「こ、こら戻れ! 戦闘を放棄するんじゃない!」
隊長の制止を振り切り、戦士たちは必死に走る。先行した者たちのような末路を迎えるのはごめんだと、我先にと逃げていく。
が、逃走を許すほどコリンとカトリーヌは甘くはない。二人は魔力を操り、分厚い氷と闇の膜による二重の結界で要塞への入り口を塞いでみせた。
「は、入れない! 扉が凍ってやがる!」
「なら裏口だ、別のところから逃げるんだ!」
「させないわよ~? フローズン・フィールド!」
別の場所にある出入り口へ向かおうとする敵を見たカトリーヌは、ハンマーに氷の魔力を宿し地面に叩き付ける。
すると、要塞正門の前の広場全体が一瞬で凍り付いた。滑るせいでまともに動けず、次々に転んでいく。
「ぐ、クソ……! こうなれば魔法だ、魔法なら筋肉に弾かれないだろう! お前たち、全力で魔法をブチ込め! ファイアボール!」
「は、はいぃぃぃ!!」
物理攻撃がまともに効かず、逃げ道も失った……とあれば、もう出来ることは一つしかない。ありったけの魔法を叩き込み、仕留められることを祈るだけだ。
「およよ、熱そうな火の玉じゃの。カトリーヌ、流石に魔法は分が悪いじゃろ?」
「そうね~、だから盾を持ってるのよ~。ほら、こっちにおいで。わたしと一緒に、盾で身を隠しながら進みましょうね~」
巨大なタワーシールドを構えて魔法攻撃を遮断しつつ、カトリーヌは右手を背中に回す。背中に氷のホルダーを作ってハンマーを収納した後、空いた手でコリンを抱える。
「なんじゃ、自分で歩けるというに」
「うふふ、転んだら危ないわよ~。それとも、抱っこされるのが恥ずかしいのかしら~?」
「なっ!? そ、そういうわけでは……あうう」
肌面積が圧倒的に広いカトリーヌに密着され、コリンは顔を真っ赤にしてしまう。いつもの自信満々な態度はどこへやら、すっかりしおらしくなっていた。
「うふふ、かわいいわ~。こういうコリンくんも、悪くないわね~」
「ぐぬぬ……奴らめ、ノロけおって! もっとだ、もっと魔法を叩き込め! あの盾を粉砕してしまえ!」
「……うるさいわね。コリンくんをいいこいいこしてるんだから、邪魔しないでほしい……わ! アイススパイク!」
コリンに頬擦りしていたカトリーヌは、相手の攻撃が激化していくのにカチンときたようだ。左足を振り上げ、おもいっきり地面を踏みしめる。
すると、前方に大量の亀裂が走り、それに沿って氷の魔力が進んでいく。敵の足元に到達した瞬間、鋭い氷のスパイクへと変化し相手を貫いた。
「うぎゃあああ!」
「ぐえ……があっ!」
「やっと静かになったわね~。さあ、そろそろ進みましょうコリンくん。そ~れ、つるつる~」
「おお、速いのう! 氷の上を滑ると快適じゃな!」
僅かに盾を持ち上げ、カトリーヌは氷の上を滑って要塞へ向かう。ただ一人氷のスパイクの餌食になっていなかった隊長は、必死に魔法を放つ。
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁ!!」
「弾け散りなさい。シールドタックル!」
「うっぎゃあああああ!!」
が、抵抗も虚しく、猛スピードで滑走してきたカトリーヌの振るった盾に弾き飛ばされる。隊長は岩壁に激突し、血と肉の染みになった。
「このまま扉を破るわ~。コリンくん、ちゃ~んとぎゅってしててね~」
「そ、そう言われてもどこを掴めばいいのじゃ!? その、いろいろ……うう……ええい、もうどうとでもなれぃ!」
切羽詰まったコリンは、仕方なくカトリーヌの胸を覆うアーマープレートを掴む。真正面に盾を構えたカトリーヌは、分厚い氷ごと扉を粉砕し要塞に乗り込んだ。
「さあ、先へ進みましょう。敵の親玉さんが逃げちゃう前に……ね?」
「……なら、離してほしいのじゃが」
「だ~め。もうちょっとだけ、抱っこさせて? コリンくん、お顔真っ赤でかわいいんだもの」
「もう好きにせい……」
げんなりするコリンを抱えたまま、カトリーヌは要塞内部を進む。仇敵の居場所に到達するまで、もうすぐだ。




