154話―地下トンネルのその先へ
エルフたちに案内され、トンネルの中を進むコリン一行。数日後、無事に出口にたどり着いた……のだが。
「ぎゃああああ!! あ、あああ、アリだー!」
「おー、デッカいネ。ワタシよりもおっきいヨ?」
トンネルのすぐ外では、成人男性よりも大きなアリ型の魔物……ビルディングアントが土を運んでいた。エルフたち曰く、彼らを使役してトンネルを掘ったらしい。
今もまだ拡張工事は継続しており、公国領のあちこちにパイプラインを伸ばしているのだという。いつの日にか来る、デオノーラへ逆襲する時に備えて。
「なんじゃ、相変わらず虫が嫌いなのかアシュリーは。ほれ、はよう行くぞ?」
「やめろコリン! アタイをアリの方に寄せるんじゃねえ! 待て、やめ」
「ギィ?」
「ああああああああ!!! ……きゅう」
いたずら心を刺激されたコリンは、アシュリーをビルディングアントの方へズズイッと押し込んでいく。アシュリーは滝のように汗を流し、抵抗する。
が、目と目があった瞬間、絶叫してから気絶してしまった。それを見たコリンは、少しいたずらが過ぎたと心の中で反省する。
「やれやれ、ちとやり過ぎてしもうたか。済まぬが、誰ぞアシュリーをおぶって……ん? なんじゃ、向こうで煙が上がっておるぞ?」
「! あっちはグリヴェラの町がある方向です! まさか、町に何か……」
「心配じゃな、もしかしたら敵に襲われているのかもしれぬ。急いで向かわねば!」
「はい、すぐ案内します!」
気絶してしまったアシュリーの世話を任せようとしていたところ、コリンは北東の方角にいくつもの煙が立ち昇っているのに気付く。
案内人のエルフたちも気が付き、焦りはじめる。コリンたちは彼らの案内の元、急ぎアニエスの待つ町へとひた走る。
数十分後、コリンたちは枯れ果てた森を抜け煙の昇っている場所のすぐ近くまで到着した。彼らが予想した通り、町は敵に襲われていた。
「お? なんだ、他にもいやがったか。ワルドリッターの連中め、我らを挟み撃ちにするとは小癪なことを。お前たち、かかれ! 後方の敵も仕留め、女神に捧げよ!」
「おおーーー!!」
「フン、来おるか。みな、下がっておれ! フェンルー、奴らを倒すぞ!」
「はーイ! 任せテ!」
町を守るイバラの壁を、ダルクレア聖王国軍の兵士たちが燃やそうとしているところにコリンたちは出くわした。
コリンたちに気付いた聖王国軍の将軍は、アニエス配下の騎士団ワルドリッターの別動隊と勘違いをしたようだ。
挟撃の罠に嵌められたと勝手に思い込み、コリンたちへ攻撃を仕掛けてくる。無用な犠牲を出してしまわないよう、コリンはフェンルー以外を下がらせた。
「たった二人か。面白い、何が出来るか見せてもらおう。全員、かかれ!」
「愚かな。わしのことを知らぬとは、おぬしモグリじゃな? なら教えてやろう、わしの力を! ディザスター・ランス【豪雨】!」
「ワタシもいくヨ! 白羊剛拳、飛燕脚刃蹴!」
大挙して押し寄せてくるダルクレア兵に対し、コリンは挨拶代わりの闇の槍を雨あられと降らせた。その隙間を縫うように走り回り、フェンルーも攻める。
勢いよく地面を蹴り、水平に伸ばした脚で放った蹴りを炸裂させて相手の首をへし折る。三十人はいた兵士たちが、あっという間に半分になった。
「ば、バカな!? 今の魔法……貴様ギアトルクのガキだな!? 何故この国にいる! 貴様が入り込んだなどという知らせは来ていないぞ!」
「当然じゃ。こっそり侵入させてもらったからのう。ま、こうして地上に出た時点でデオノーラにはバレるじゃろがな」
闇魔法を見て、将軍はようやくコリンの正体に気が付いたようだ。それと同時に、ゼビオン帝国にいるはずのコリンがここにいることに驚く。
「ぐっふふ、そうだとも! 見るがいい、あの曲がりくねった漆黒の木を! あのビボルダルツリーはデオノーラ様の化身、あの木が」
「ゴチャゴチャうるさーイ! ワタシ、難しい話キライだネー! 白羊剛拳、鋼破正拳突き!」
「うぐあぁっ!」
「マドラ将軍! 大変だ、将軍がやられた! こうなったら撤退だ、逃げるぞ!」
将軍は自分のすぐ近くに生えていた木を指差し、得意気に語りはじめ……たところで、しかめっ面をしたフェンルーの攻撃を食らった。
肋骨が折れたようで、苦悶の表情を浮かべながらのたうち回っている。勝つのは無理だと判断した兵士たちは、将軍を担ぎ退散していった。
「情けない奴らじゃのう。……で、フェンルーよ。流石にあれはいただけぬぞ。もう少し有用な情報が得られたかもしれぬというのに」
「ゴメンナサーイ……」
コリンに怒られ、フェンルーはしゅんとしょげかえってしまう。とはいえ、これ以上責めるつもりはないためコリンは軽い注意に留めた。
敵は去り、イバラに付けられた火もすでにエルフたちが鎮火した。今は逃げた者たちを追うよりアニエスに会うのが先だと、コリンはエルフたちを呼ぶ。
「一つ聞きたいのじゃが、町にはどうやって入ればいいのじゃ?」
「少々お待ちください、今中にいる仲間に合図しますから。……それにしても、参りましたね。また拠点を移さないといけません」
「それは、あそこに生えておる木が関係あるのかの?」
イバラの向こうにいる仲間に合図を送りながら、エルフの青年はため息をつく。すると、コリンは一本の木を指差しながら尋ねる。
指の先には、目玉のような膨らみがあちこちに付いた黒い木が生えている。不気味なことに、膨らみが時おり動いていた。
「ええ、あの木はデオノーラの化身でして。枯死した木のフリをして、私たちの動向を探っているんです。そして、アレがここに生えたということは……」
「この町のことが、バレたというわけじゃな?」
「はい。ただ、幸いあの木がデオノーラに伝えられるのは音声だけみたいなので……」
そこまで言うと、エルフの青年は懐から手帳とペンを取り出す。そして、文章を書いてコリンに見せる。
開いたページには、『相手に知られると不味いことは、こうして文章を見せ合ってやりとりしています』と書かれていた。
「わぁ、大変なんだネー。でも、大丈夫だヨ。だって……コリンくん、紙とペン貸しテ?」
「仕方ない奴じゃのう。これを使うといい」
「エヘ、ありがト」
手帳を持っていなかったので、コリンはちり紙とペンを取り出しフェンルーに渡す。受け取ったフェンルーは、何かをちり紙に書き皆に見せる。
そこには、『ワタシたち帝国救援部隊が来たからネ!』と思われる文章が、ヘタクソな字で書いてあった。正直、それで合っているのかコリンにも分からない。
「ま、とにかくじゃ。まずはアレをこうしてしまおうか。ディザスター・ランス!」
「おお、お見事! 見事命中、木っ端微塵ですね」
いちいち文章にして見せ合うのがかったるいと感じたコリンは、ビボルダルツリーなる木に闇の槍を叩き込んで粉砕した。
これで、目と鼻の先にいる相手とわざわざ文章でやり取りする必要はなくなった。……のと同時に、町を囲むイバラの一部が消える。
「お待たせいたしました。ようこそ、コーネリアス様とそのお仲間の皆さん。こうしてお越しいただき、ありがたく思います」
「なに、困った時はお互い様じゃよ。……それにしても、見ない顔じゃな。新入りさんかの?」
「ハッ、ユミル・レジテンバーと申します! 若輩の身ではありますが、今は亡き副隊長、ベルシ様の後任としてアニエス様にお仕えしております」
イバラの向こうから、数人の騎士を引き連れた女エルフがやって来る。猛禽類を思わせる、キリッとした目が特徴の美人だ。
ユミルと名乗った女は、ビシッと敬礼しながら自己紹介をする。新たなアニエスの右腕として、辣腕を振るっているようだ。
「そうか……ベルシ殿、亡くなられたのか。お悔やみを申し上げまする」
「ありがとうございます。ベルナック王を守るため、ベルシ様は立派な最期を遂げられました。彼の名誉に恥じぬよう、日々心がけている次第であります。さ、アニエス様の元にご案内しましょう。お前たち、荷物を持って差し上げなさい」
「はいっ!」
控えの騎士たちは、救援部隊が持ってきた物資を受け取り背中に担ぐ。町の中に入ると、またイバラが現れ内と外を分ける。
「……もうすぐじゃ。もうすぐ、会いに行くからな。アニエスよ」
そう呟き、コリンはユミルに案内され砦に向かうのだった。




