153話―フェンルーの秘策
「ふあ~あ、暇だなぁ。少し前にヒョロいエルフが出てきたっきり、だ~れも出てきやしねぇ。こんなの、見張る必要があるのかぁ?」
「あんまりデカい声でそういうこと言うなよ。デオノーラ様に知れたら、カラッカラのミイラにされるぞ」
トンネルの前で、数人の兵士たちがだらだらしていた。誰も通らないトンネルを見張るのに飽きてきたらしく、皆暇そうにしている。
そんな彼らの元に近付く影が、二つあった。踊るような軽い足取りで、兵士たちの前に現れたのは……。
「ハァーイ、こんにちハー。ミンナ、元気してルー?」
「してるー?」
「ん? なんだおめぇらは。そのカッコ……旅の踊り子か?」
「そうだヨー。ワタシたち、姉妹であちこち回ってるんダー」
妖艶なベリーダンスの衣装を身に付けた、二人の踊り子だった。両人とも、顔の下半分を紫色のベールで覆っている。
ノリノリで腰を振りながら、兵士たちを誘惑する。娯楽に飢えていた兵士たちは、二人の踊り子を見て鼻の下を伸ばす。
「どうかナ? オニイサンたち、踊りを見ていかなイ? 今なら安くしとくヨー」
「そうしたいのは山々なんだけどなー、こっちも仕事が……」
「その様子だと、退屈してるんでしょ? だったら、少しくらい息抜きしてもいいと思わない?」
踊り子たちのうち、小柄な方がウィンクをする。大柄な方も、妖艶な雰囲気を醸し出しながら流し目を送っていた。
「息抜き……うへへ、そうだよな。ちょっとくらい、遊んだってバチは当たらねえよな」
「決まりだネー。それじゃあ、ミンナ集めてきテ。とびっきりのダンス、見せてあ・げ・る♥️」
「お兄さんたち、おひねりも忘れずにね♥️」
「よーし、待ってろ! すぐに全員呼んでくる! お前ら、行くぞ!」
「おう!」
鼻の下を伸ばし、デレデレした兵士たちは待機小屋の方へすっ飛んでいく。その様子を、踊り子……に変装したコリンとフェンルーは、ニヤリと笑いながら見ていた。
(ここまでは順調じゃな、フェンルー。しかし、この衣装……ちと露出が多すぎるのではないかのう?)
(そんなことないヨー。コリンくん、とっても似合ってるネ。うふふ、眼福眼福~)
(? よく分からんが……まあよい。ここからが肝心じゃ、しくじらぬようにせねばな)
(おっけおっけ、このお香を使えばみんなグースカ寝ちゃうヨ)
フェンルーの考え出した作戦はこうだ。色仕掛けで兵士たちを全員集め、踊りを見せている間強力な催眠効果のあるお香を焚く。
兵士たちが全員眠りこけたのを確認した後、国境ギリギリで待機しているアシュリーたち救援部隊を呼び寄せる。そして、一気にトンネルに入る。
名付けて、『踊りでイェイイェイ! グースカ作戦』を実行したのだ。
「待たせたな、全員呼んできたぜ! さあ、早く踊りを見せてくれ!」
「はいはーい、任せテー。それじゃ、準備するからちょっとだけ待っててネー」
しばらくして、見張りの兵士たちが全員集合する。フェンルーたちの前に座り、今か今かとその時を待っていた。
コリンは腰から下げていたお香入りの箱を地面に起き、魔力を流して起動させる。それに合わせて、フェンルーも胸のバンドから小さな玉を取り出す。
「お待たセ! それじゃあ始めるヨー。ミュージック、スタートー!」
フェンルーが玉に魔力を込めると、あらかじめ録音しておいた音楽が流れ始める。彼女の故郷、ガルダ草原連合に伝わる民族音楽だ。
最初はしみじみとしたゆるやかな曲調だが、途中からは少しずつテンポが上がり陽気なリズムに切り替わる。その変化に合わせ、コリンたちは舞い踊る。
時に激しく、時にゆっくりと。腰布やベールをひらめかせ、巧みなステップを踏む。
「ひゅーひゅー! いいぞいいぞー!」
「こっち向けー! もっと脚あげろー!」
「くぅー、こいつはいいぜ。こんなイイ女の踊りが見れるなんて、ちょーラッ……キー……ぐぅ」
しばらくの間、兵士たちはおひねりを投げつつ踊りを楽しむ。が、やがて一人、二人と眠っていく。眠りのお香が効きはじめたのだ。
そんな中でも、コリンとフェンルーは眠らない。正体を隠すために顔に着けているベールに、お香を遮断する魔法効果があるからだ。
「ぐー、すかー」
「ぐごー、ぐおー」
「案外寝るのが早かったのう、この阿呆ども。フェンルー、今のうちに合図を」
「うん、分かっタ。それっ、飛んでケー」
全員が熟睡したのを確認したコリンは、フェンルーに合図を送るよう促す。フェンルーは小さな羊毛の塊を呼び出し、ウーグの町へ放った。
「アシュリー様、合図が来ました! 今なら行けます!」
「よし、迅速に行動しろ。物音は出来るだけ立てるなよ、踊り子の服着てるコリンに興奮するのもダメだぞ」
「いや、それはあなたぐらい……何でもないです」
合図を受け取った騎士が、待機していたアシュリーたちに声をかける。返答に対して思わずツッコミを入れるも、アシュリー含めた女性メンバーの殺気のこもった視線に黙らされた。
「みな、来たな。さ、急ぐのじゃ。ぐっすり熟睡しておるとはいえ、いつ目覚めるか分からんからな」
「トンネルはこっちだヨー。さ、ゴーゴー」
国境を越え、救援部隊は素早くトンネル内に入り込む。全員が突入したのを確認し、しんがりを務めるコリンとフェンルーが最後に足を踏み入れる。
「ふふ、ここまで上手く行くとはいい意味で想定外じゃわい。さ、ここからはわしがみなを先導しよう。はぐれぬように着いて」
「あー、もう我慢出来ねぇ! コリン、ちょっとだけ抱っこさせてくれ! な? 五分だけでいいから!」
「あー、アシュリーさんずるい! 私も!」
「私もー!」
「のじゃっ!? これ、こんな時に何を……おぁーーーー!!!」
ある程度トンネルを進んだところで、不意にアシュリーがコリンに抱き着いた。妖艶な格好に、自制心が消し飛んだらしい。
女の子と見間違うほど端整な顔をしているため、自制が利かなくなっても仕方ない部分もあるだろう。たぶん、きっと。
「あー、肌がもちもち! こいつー、そのハリを分けやがれー」
「ぬああああ! フェンルー、わしを助けてくれ!」このままでは女体に圧殺されてしまう!」
「んー、じゃあワタシも混ざルー!」
「!? 待て、何故そうな……ああああーーーー!!」
揉みくちゃにされるコリンは、一縷の望みを抱きフェンルーに助けを求める。が、それが彼女の本能を呼び覚ましたようだ。
アシュリーたちに混ざり、コリンに抱き着く。その様子を、男性騎士たちが生暖かい目で見守っていた。
「……元気ですね、あの人たち」
「コーネリアス様がうらやま……しいかな、あれ」
「いやー、自分はちょっと……遠慮します」
女性陣の間をたらい回しにされ、悲鳴をあげるコリンを見つめ……男たちはそう呟くのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
それから数日、コリンたちはトンネルの中を進んでいた。アニエスのいる旧公国領東部までは、まだまだかかるようだ。
ヨアヒムから譲り受けた記憶に照らし合わせた結果、あと数日はかかるだろうとコリンは考える。
「やれやれ、本当に長いトンネルじゃ。分岐もあちこちにあるし、ヨアヒム殿の記憶がなかったら遭難しておるな」
「だな、早いとこ抜けて外に出たいもンだ」
元の軽鎧に着替えたコリンは、アシュリーと共に先頭に立ち先へ進む。その時、前方から何者かの気配を感じ取った。
右手を挙げ、後続の者たちに警戒せよとハンドサインを送る。全員が身構える中、トンネルの奥からいくつもの矢が飛んできた。
「危ない! ディザスター・シールド!」
「ダルクレアのゴミどもか? ったく、いきなりのご挨拶だなおい」
「いや、それはないはずじゃ。ヨアヒム殿は、連中がトンネルに入ることはないと言うておった。つまり、この矢は」
闇の盾で矢を防いだ後、コリンはトンネルの向こうを見つめる。すると、いくつかの松明の明かりが接近してくるのが見えた。
少しして、槍や連射式クロスボウで武装したエルフたちが姿を現した。コリンたちに武器を向け、敵意を剥き出しにして叫ぶ。
「止まれ! お前たち、何者だ? どうやってトンネルをここまで進んできた!」
「どうどう、待たれよエルフたち。わしはコーネリアスじゃ。そなたたちの仲間、ヨアヒム殿の要請を受けて、アニエスの救援に来たのじゃ。ほれ、証拠を見せよう」
「えっ!? こ、コーネリアス様!? これはとんだ失礼を。てっきり、ダルクレア軍がトンネルを突破してきたのかと……申し訳ありません!」
コリンが【ギアトルクの大星痕】を額に浮かび上がらせると、エルフたちは慌てて武装解除した。謝罪をしたのち、コリンの元に歩み寄る。
「よくおいでくださいました、我ら一同深く感謝します。ヨアヒムは、無事手紙を届けてくれたのですね」
「うむ。今はゼビオン城で治療してもらっておるぞ。命に別状はない、安泰じゃ」
「よかった……。無礼のお詫びに、ここからは私たちが皆様を案内します。さ、こちらへ。アニエス様が、首を長くしてお待ちしていますよ」
救援部隊の方も武装解除し、エルフたちの案内を受けトンネルを進む。コリンとアニエスの再会の時がまで、あともう少しだ。




