151話―再会への道しるべ
宴から一ヶ月が過ぎた。ゼビオン帝国の復興も順調に進み、人々は喜びに満ちた日々を送っている。そんなある日、コリンは夢を見た。
「すー、すー……」
『……ちゃま。お坊っちゃま。きこえていますか? わたくしです、マリアベルです』
『! その声は! マリアベルよ、ようやくコンタクト出来るようになったのか! よかった、もしかしたらこの四年の間に死んでしもうたのかと思ったわい』
かつてラファルド七世が使っていた私室を借りて眠るコリンに、夢の中で語りかけてくる者がいた。いまだ行方の知れない、マリアベルだ。
夢の中の出来事とはいえ、久しぶりの従者との再会にコリンは喜びをあらわにする。真っ黒な空間の中に、少しずつ彼女の姿が浮かぶ。
……だが。
『……申し訳ありません、お坊っちゃま。わたくしはまだ、完全に自由になったわけではないのです』
『その、姿は……。マリアベルよ。何故、首だけになっておるのじゃ?』
現れたのは、マリアベルの生首だった。漆黒の闇の中に生首が浮かんでいる光景は、あまりにも異様であり……コリンでなければ、トラウマになっていただろう。
『わたくしは現在、身体を六分割され邪神の子どもたちに封印されています。お坊っちゃまがゼディオを倒したことで、頭部の封印が解けたのです』
『そういうことであったか……。しかし、パパ上の証言を鑑みれば、そなたが封印されたのはわしが消えてからさほど間が空いていない時期のはず』
マリアベルの言葉に、コリンは頷く。それと同時に、一つの疑問が浮かんだ。当時のヴァスラサックは、神殿の爆発に巻き込まれ重傷を負っていた。
時期的にはまだ子どもたちも復活していない、あるいは復活していたとしても十分な力を持っていなかったはず。では、誰がマリアベルを襲ったのか。
『お坊っちゃま、敵はヴァスラサックだけではありません。奴の背後には、強大な存在が潜んでいます。わたくしは、その者に襲われ……こうして、封印の憂き目に』
『一体何者なのじゃ、そやつは。そなたを倒し、六等分して封印するなどただ者ではあるまい』
『はい。わたくしを襲ったのは……序列第十位の魔戒王、エイヴィアスです。奴は、フェルメア様を含む上位六人の王を追い落とし、成り上がろうと企んでいるのです!』
『なんじゃと!?』
マリアベルの言葉に、コリンは目を見開き驚きをあらわにする。エイヴィアスの名前だけは、父母から聞かされていた。
権謀術数を巡らせ、情報戦を得意とする陰険な王であり……第十三位から第八位までの下位の魔戒王の中で、もっとも危険な存在。
奴にだけは何があっても関わるな、と。何度も何度も念を押され、忠告を受けるほど危険視されている厄介な相手なのだ。
『あの日の後、わたくしはこの大地を離れお坊っちゃまの行方を追っていました。その途中でエイヴィアスの襲撃を受け……』
『なすすべなく捕らえられてしまった、というわけじゃな?』
『……はい、申し訳ありません。焦りが募っているところを不意打ちされ、ロクに抵抗も出来ず……』
申し訳無さそうに謝るマリアベル。そんな彼女の元に歩み寄り、コリンはそっと宙に浮かぶ生首を抱き締めた。
『よいのじゃ。マリアベルが生きていると分かっただけで、わしはとても嬉しい。待っていておくれ、残る五人の邪神の子を倒し……そなたを助け出すからのう』
『おぼっ、ちゃま……』
コリンの優しさに満ちた言葉に、マリアベルは涙を流す。マリアベルの頬を流れる涙をそっと指で拭い、コリンは微笑む。
『エイヴィアスの件も、わしが何とかしてみよう。もう一度パパ上たちとコンタクトを取り、奴の暗躍を伝え』
――そうはさせぬぞ、フェルメアのセガレよ。ワレのことは忘れてもらおう。お前はヴァスラサックだけを見ていればよいのだ――
その時、重々しい声が闇の中に響く。その声に聞き覚えがあったマリアベルは、コリンに向かって大声で叫んだ。
『エイヴィアスに見つかりました! お坊っちゃま、お逃げください!』
――愚かな。夢の中だというのに、どこに逃げるというのだ? さあ、忘れるがいいコーネリアス。ワレに関する全てをな!――
『ぐっ……! なんじゃ、この耳鳴り……は……』
『お坊っちゃま!』
突如、強い耳鳴りに襲われたコリンはその場に倒れてしまう。強制的に意識を覚醒させられたようで、消滅してしまった。
――お前にも困ったものだ。まあいい、奴はワレのことを忘れた。しばらくはこれで安泰だ――
『……果たして、本当にそうでしょうかね。お坊っちゃまを甘く見ていると、取り返しのつかないことになりますよ?』
――ククク、そうなればよいなァ。え? フェルメアの従者よ。お前はただ見ているがいい。この大地が絶望で染め上げられていくのをな――
コリンのいなくなった闇の中で、マリアベルとエイヴィアスは互いを挑発し合う。そして……二人とも、闇の中へと消えた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ん、むう……もう朝か。ハッ、そうじゃ! マリアベル……必ず助けるからのう、待っておれよ」
朝、コリンは目を覚ました。夢の中での出来事のうち、マリアベルのことだけは覚えているようだ。が、エイヴィアスのことは忘れていた。
「……? はて、他にも何か大切なことがあったような気が……うーむ、思い出せん……」
「コリンくん、起きてるかしら~? お部屋、入ってもいい?」
「ん、カトリーヌか。よいぞ、入ってくりゃれ」
忘れてしまったなにかを思い出そうと首をひねっていると、扉がノックされる。コリンが返事をすると、カトリーヌが入ってきた。
あくびをしながらカトリーヌを出迎えるコリンだったが、すぐに気を引き締める。カトリーヌが真剣な表情を浮かべていたからだ。
「その顔……何かあったようじゃな」
「ええ、ついさっき、傷だらけになってるエルフの騎士さんがアディアンに来たの。この手紙を、コリンくんに渡してほしいって」
「エルフ……手紙……もしや、差出人は」
「ええ。アニエスちゃんからよ」
カトリーヌの言葉を聞いた瞬間、コリンはベッドから飛び降り差し出された手紙を手に取る。封を破り、便せんを取り出す。
――ししょーへ。ようやく、イゼア=ネデールに帰ってきてくれたんだね。ボク、とっても嬉しいよ。今、ボクたちは追い詰められてるんだ。邪神の娘、渇命神将デオノーラに――
「話には聞いておったが、やはりアニエスも苦戦しておるようじゃな」
「そうみたいよ。噂だと、ワルドリッターも一度全滅したとか……」
手紙を読みながら、コリンとカトリーヌはそう呟く。その間にも、目線を動かし先へ読み進める。
――首都を占領されちゃって、ボクたちは叔父さんが治めてた東の方に撤退してるの。この四年、頑張って抵抗し続けてたけど……それも、もう限界なんだ。お願い、ボクたちを助けて! ボクとワルドリッターだけじゃ、デオノーラに勝てない!――
便せんにはロタモカ公国の現状と、いかにエルフたちが苦しめられているかが鮮明に記されていた。読み進めていくにつれ、コリンの手が震える。
「アニエス……! 待っておれ、必ずわしが助けに行くぞ。カトリーヌ、至急みなを呼び集めておくれ。メンバーを選抜し、アニエスの救援に行く!」
「分かったわ、任せて! ただ、この国の防衛もしなくちゃいけないから、星騎士全員で……とはいかないけれど」
「うむ、それは承知の上じゃ。最悪、わしと救援部隊だけでもよい。まずは支度を整えねばならん。事は急を要する、すぐに動こうぞ!」
「ええ!」
便せんを折り畳み、懐に仕舞った後コリンはカトリーヌを伴い部屋を飛び出す。離ればなれになってしまった一番弟子を救うための旅が、始まる。
◇―――――――――――――――――――――◇
同時刻、旧ロタモカ公国の首都ヘミリンガ。美しい森と、咲き誇る花々に囲まれていた都は様変わりしていた。
木々も花も、全てが枯れ果てた死の都市に変貌していたのだ。かつて、ベルナックやアニエスが暮らしていた城もまた、ゼビオン城のように乗っ取られていた。
「ねー、まーだ見つけらんないわけー? あのクソエルフどもが潜んでる場所」
「も、申し訳ありませんデオノーラ様。奴らは頻繁に拠点を変えているようで、中々足取りを追えず……」
「言い訳とかいらないし。もういいよ、お前死ね」
「そ、そんな! お待ちくださ……う、があああ!」
玉座の間に、二人の人物がいた。一人は、偉そうな態度で玉座に座る緑色の髪をした少女。もう一人は、彼女と相対する部下の女。
少女――渇命神将デオノーラは、端整な顔を不快そうに歪め指を鳴らす。すると、部下が苦しみはじめ、見る間に身体じゅうの水分が失われていく。
一分も経たずして、苦悶の表情を浮かべたミイラが完成していた。玉座から立ち上がったデオノーラは、ミイラの元に歩み寄り、何度も踏みつける。
「もー、ムッカつく! ゼディオにぃは死ぬし、あのクソエルフどもは見つかんないし! イライラがバリマックスなんですけど!」
粉々になるまでミイラを踏み砕いた後、デオノーラは深呼吸する。落ち着きを取り戻し、小さな声で呟いた。
「ま、いっか。あたしの力でこの国の食料生産力はほぼ壊滅してるし。もうしばらくしたら、飢えで勝手に死ぬかもねー、キャハハハハハ!」
大笑いするデオノーラの胸元に埋め込まれた【翡翠色の神魂玉】が、不気味な輝きを放つ。新たな邪神の子との戦いが、始まろうとしていた。




