150話―取り戻された夜
ゼディオを討ち取ったコリンたちは、その勢いのまま南進した。三日をかけてダルクレア聖王国軍を完全に滅ぼし、旧帝国領の全てを奪還する。
苦しみと悲しみに満ちた四年に幕が降り、最後の皇族であるエレナがゼビオン城に帰還する。それはすなわち――帝国の復活を意味していた。
「お集まりの皆様、今日はよく来てくださりました。今宵、私は皆様にお伝えすることがあります」
奪還完了から三日後の夜、エレナは復興しつつある帝都に国民を呼び集める。帝国各地に設置したワープマーカーを利用し、民がゼビオン城に集う。
「今日を以て――ゼビオン帝国を復活させます! 若輩者ではありますが、私が皇帝となり……民を導き、かつての繁栄を取り戻すことをここに誓います。今は亡き、お父様の名にかけて!」
「おおおおおおおお!!!」
「新皇帝の誕生だー! ばんざーい!」
「エレナ陛下に祝福あれー!」
帝国の復活と、新たな皇帝の誕生に民衆は沸き立ち、歓声をあげる。城の前の広場が、人々の活気で満ちていく。
参列していたレジスタンスの面々や各星騎士の一族たちも、みな嬉しそうに笑っている。彼らを見渡した後、エレナは高らかに告げた。
「さあ、みなで喜びを分かち合いましょう! 今宵は無礼講。身分の違いを忘れ、夜明けまでおおいに歌い、踊り、騒ぐのです!」
「わあああああ!!」
帝国復活を記念しての、大きな宴が行われた。次々と花火が打ち上げられ、星々がきらめく夜空に華を添える。
「……終わったのじゃな。この国の苦難も。これで、亡くなった者たちも浮かばれるかのう」
ゼビオン城三階のテラス。そこに、コリンがいた。夜空を見上げ、想いを馳せる。ダズロンやレイチェル、ラファルド七世たち。
戦乱の最中で命を奪われ、死んでいった者たちを想い目を閉じる。かつて、母フェルメアから教わった鎮魂歌を口ずさみながら。
「……いい歌だな、コリン。誰から教わったンだ?」
「む、アシュリー……だけではないか。みな、どうしたのじゃ? 広場でみな楽しそうに歌い踊っておるが」
「へっ、なーに言ってンだよ。主役がいなくちゃ盛り上がらねえだろ?」
コリンが一人、死者たちの魂を慰めているとアシュリーやカトリーヌ、エステルにフェンルーがテラスにやって来た。
みなドレスを身に付け、艶やかに着飾っている。宴の途中で姿を消したコリンを、探しに来たのだ。
「みんな待ってるわよ~? 主役はどこだ~って大合唱してるわ」
「コリンはんがおらへんと、締まるモンも締まらへんわな。ほら、一緒に行こうや」
「そーだよ、美味しいゴハンもいっぱいあるヨ?」
カトリーヌたちは、コリンにそう声をかける。頷いた後、コリンは星遺物を呼び出し魔力を込めていく。
「では、今から行こう。じゃが、その前に……帝国の復興を祝し、犠牲になった者たちの慰霊のために。どデカい花火を打ち上げようかのう! それっ!」
「おあっ!? おお、すげぇ!」
コリンは杖を掲げ、魔力を打ち出す。遥か天の頂へと打ち上がった魔力の塊が、勢いよく弾け……【ギアトルクの大星痕】を模した、大きな花火になる。
この花火は、残る邪神の子と戦い、祖国を守るために戦っている星騎士たちへのメッセージでもある。大いなる希望が、帰ってきたと。
暗闇、あるいは強い光の中で孤独に戦う星騎士や、絶望を嘆き悲しむ各国の民への。『次は君たちを助ける』という、決意の証。
「あら~、とっても綺麗ね~。わたし、感動しちゃったわ~。……あ、そうだわ。コリンくんには一つ文句があるんだった」
「へ? 文句? 一体なに……ふにゃう!?」
「シュリから聞き出させてもらったわよ~? コリンくん、シュリとちゅーしたんですって? 最初はわたしがするって決めてたのに~」
「なんやて? それはちと聞き捨てならんわぁ。マリアベルはんが知ったら、下手すると消されるで?」
「うぐっ! いや、アレはだな! ほら、その場の雰囲気でついヤっちまったっていうか、ここしかねえってなったっつうか」
カトリーヌはズカズカ歩を進め、コリンの頬っぺたを思いっきり摘まむ。ゼディオとの戦いの最中、こっそりアシュリーとコリンがキスしたのが気に入らないようだ。
「ヌケガケはダメだヨー。だから、ワタシたちもチューするノ!」
「なっ!? ま、待つのじゃ! あの時も内心こっぱずかしくて死にそうだったんじゃぞ!? それを今もと」
「うふふ、だ~め。シュリとだけなんて不公平だもんね~? 諦めてちょうだいね、コリンくん」
「……まあ、そういうこった。頑張れ、コリン。骨くらいは拾ってやっから」
爛々と目を輝かせながら、カトリーヌたちが迫ってくる。アシュリーの方にヘルプの視線を送るコリンだったが……救援は来なかった。
「やめるのじゃ! わしが恥ずかしさで死んでしまうぞよ!?」
「大丈夫よ~。一回ヤっちゃえば、もう慣れっこになるもの~」
「ま、まって……ああぁぁーーー!!!」
その日の夜、コリンはカトリーヌたちと口付けを交わすこととなった。その様子を、アシュリーが大笑いしながら見つめていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……感じる。わらわの子が一人、倒された。イゼア=ネデールを守る七重の結界が、一枚砕けた……」
新たに創造された南方大陸の中央、ダルクレア聖王国の首都……神都アル=ラジール。白亜の輝きを放つ城の中に、邪神ヴァスラサックがいた。
「ほう。それは例の子どもの仕業だな? お前の孫でもある……」
「エイヴィアス、それ以上言ったらお前の心臓を抉り出す。ヤツはわらわの孫などではない。全く、虫酸が走る!」
「それは失礼。しかし、こうなると……ワレも動いた方がいいかな? 子飼いの大魔公を何人か、送り込むことも出来るが」
城の遊戯室にてチェスをしながら、ヴァスラサックは苛立たしげに髪を掻く。黒のポーンを乱暴に盤面に叩き付け、目を血走らせる。
一方、対局の相手は黒のナイトを手に持ち、次の手を思案していた。闇の眷属特有の紫色の肌が、月明かりに照らされ妖しく輝く。
「今はまだダメよ。ベルドールの七魔神や、上位の魔戒王たちが介入の機会を狙っている。下手に動いてあなたの協力が明るみになれば、総てを巻き込んだ大戦争が起こるわ。それはまだ避けたいの」
「ふふ、了解した。魔神どもはともかく、魔戒王の方は何とかしよう。ワレは下位の王だが……フェルメアとその王配の妨害は可能だ」
「ええ、頼んだわよ。序列十位の魔戒王……エイヴィアス」
「ふふ、この数百年の付き合いだ。ここまで来たからには、皿ごと平らげてやろう。星騎士という猛毒どもを、な」
男――エイヴィアスはそう口にし、笑みを浮かべた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……はぁ。もう毎日毎日、嫌になっちゃうよ。あっちこっちで戦いばっかり……」
「アニエス様、アニエス様! 大変です、大変なことが起こりました!」
「なに? また敵が夜襲でも仕掛けてきたの?」
「違うんです、南西の空に! とにかく、テラスに来てください!」
コリンが花火を打ち上げた頃。滅ぼされた各国に潜み抵抗を続けていた星騎士たちが一様に空を見上げていた。
「一体なんなの――! うそ、あれって……まさか、ししょー?」
「きっとそうに違いありません! ゼビオン帝国領の上空にあった太陽も、もうありませんし……きっと、帰ってきたんですよ! 彼が……コーネリアス様が!」
「ししょー……よかった……」
旧ロタモカ公国の北東部にある砦に、アニエスがいた。双眼鏡を覗き、南西の空に浮かぶ花火を見る。コリンの帰還を知り、涙を流す。
「ラインハルト様、ラインハルト様! 空を、空をみ」
「もう見ているさ。コーネリアス……ふふ、随分と待たせてくれたな。こちらはもう、待ちくたびれたぞ? なにせ、四年も堪え忍んでいたからな」
旧ランザーム王国領のどこか。高山にある反乱軍のアジトからも、花火がよく見えた。血で汚れた鎧を洗っていたラインハルトは、ニッと微笑む。
「あら……ふふ、やっと帰ってきたのね、コリンちゃんったら。イザリー、来なさいな。ほら、空を見上げてごらんなさい!」
「コリンくん……! 生きてたんだ、よかった……本当に、よかった……」
旧グレイ=ノーザス二重帝国領の北端、ノースエンド。マデリーンとイザリーの親子もまた、寄り添いながら夜空に浮かぶ花火を見ていた。
希望が、帰ってきた。四年前、パンドラの箱が開けられた。数多の災いが飛び出し、人々を苦しめてきたが……ここに来て、箱に残されたモノが姿を見せる。
「……箱の中には、『希望』があった。今、それが……ボクたちの元に、来てくれたんだね」
空を見上げ、アニエスは呟く。この夜を機に、世界は変わる。絶望が、今――希望に、変わったのだ。




