149話―猛る獅子、幻を滅す
アシュリーが目覚めようとしている頃、現実の世界ではコリンが必死に戦っていた。深い眠りに着いたアシュリーの肉体を守りつつ、ゼディオの猛攻を凌ぐ。
「くっ、やはり……邪神ヴァスラサックの直系だけあって中々に手強いわ。これまで戦ってきたオラクルたちが、どれだけ楽な相手だったか痛感するわい」
「すでに滅びたとはいえ、彼らの活動あってこその我らの復活。ちょうどいい、我が親衛隊と合わせて敵討ちと洒落込ませてもらおうか!」
「フン、よう言うわ。邪悪の権化どもが敵討ちなどと片腹痛いわい! ディザスター・ランス【回転】!」
コリンは背中におぶったアシュリーの身体を闇のロープで固定し、あちこち走り回りながら攻撃を行う。対するゼディオは、どっしり構える。
回転しながら飛んでくる闇の槍を見据え、左手を振るう。すると、薄いベールのようなものが現れた。それを身に纏い、魔力を流す。
「そんなものは、我には当たらぬ。ファントム・カーテン!」
「ぬうぅ、本当に腹立たしい奴じゃ! 何でもかんでも透過しおって、ズルいぞ!」
「ンフフフフ、戦いに卑怯も何もない。あるのは……勝利と敗北、二つの結果のみ! ファントム・コール!」
嫌らしい笑みを浮かべ、ゼディオは左手をコリンの方に向け手招きをする。すると、二人の間の空間が歪んでいく。
気が付くと、コリンはゼディオの目の前に移動させられていた。咄嗟に後退しようとするが、それよりも早く左手で首元を掴まれてしまう。
「ぐっ、このっ! 気安く触るでないわ!」
「ンフフフフ、つれないことを言うな。血縁上、我はお前の叔父ぞ? 甥の顔をじっくり見てもいい……だろう!」
「あぐっ……!」
ゼディオはガッチリとコリンの首を掴んで締め上げつつ、腹に膝蹴りを叩き込む。暴れて逃げようとするコリンだが、手や足が相手に触れる直前に透明にされてしまう。
「さて、まずは一度お前を殺そう。後で母上の力を借りて蘇生させ、拷問してからもう一度殺す。ンフフフフフ、実に楽しみだ」
「……サイコパスめ。皇帝陛下たちも、そうやって殺したのか?」
「そうとも。爪先から少しずつ……魔法で延命しながら細切れにしてやったのだ。実にいい絶望の声で哭いてくれたぞ、四人ともな」
「外道めが……!」
口から血を垂らしつつ、コリンはゼディオの所業に憤る。そんなコリンに容赦なく膝蹴りを浴びせながら、ゼディオは笑う。
「お前に試したい拷問は山ほどある。その全てを終えた時、今のように吠えられるのか……実に楽しみだ。だが、まずは……その首を落とさせてもらおうか! グリム・リーパー!」
「おい、それ以上その汚ねぇ口を開くな。コリンを殺そうなンて……アタイが許さねえぜ!」
「なにっ!?」
死神の大鎌が、コリンの首をはねようと迫る。その時――ついに、アシュリーが目覚めた。籠手で鎌の刃を受け止め、そのまま弾き返す。
床に落ちていた槍を手元に戻し、石突きでゼディオの胸を突いて吹き飛ばした。辛くも窮地から逃れたコリンは、アシュリーに礼を言う。
「目が、覚めたか。ありがとう、助かったぞい」
「……すまねえ、コリン。その傷、アタイを守るために受けたンだろ? 痛かったよな、そンなに傷付いて」
コリンの身体の前面には、無数の切り傷が付けられていた。ゼディオの攻撃からアシュリーを守る過程で付けられたものだ。
「なに、このくらいどうってことはない。そなたを守るためなら、この程度――!?」
痛みをこらえ笑うコリンの唇が、アシュリーのソレと重なった。突然のことに、コリンは目を丸くしてしまう。
少しして唇が離れ、互いの目が合う。強い理性の光を宿したアシュリーの瞳が、真っ直ぐコリンを見つめていた。
「ありがとう、コリン。少し休ンでてくれ。ここからはアタイが戦う。眠れる獅子の力を呼び覚ました、このアタイが!」
そう叫ぶと、アシュリーの全身を炎が覆う。燃え盛る真っ赤な炎がたてがみのように広がり、頭部を守る兜となる。
その姿は、今まさに獲物を狩らんとする百獣の王――獅子の闘志を体現していた。槍を持ち構える中、ゼディオが起き上がってくる。
「小娘……貴様、どうやって我の力を破った? 我が幻を打ち破るなど、そう簡単には出来ぬことだぞ」
「ハッ、決まってるだろ。オヤジとおフクロが、力をくれたンだ。さっさと目ぇ覚まして、てめぇをブッ殺してコリンを守れってよ!」
「親子の情か。くだらぬ、実にくだらぬ。所詮は全て幻、儚く消えるひとひらの雪に同じ。よかろう、今度は幸福な幻など見せぬ。絶望の悪夢の中で果てるがよい! ダイヤモンド・ミラージュ!」
三度宝玉が輝き、ゼディオの身体がゆらりと不気味に揺れる。三体の分身が現れ、円を描くように回転しながらコリンたちを包囲した。
少しずつ輪が狭まり、相手との距離が縮まっていく。本体を仕留められなければ、四体総出で二人は切り刻まれることになるだろう。
「ぬうっ、どれが本物なのじゃ!? こう回転が早くては、魔力での探知もおぼつかぬぞ」
「大丈夫。全部大丈夫さ、コリン。今度は、アタイがお前を守る。あの日守れなかった、オヤジたちの分まで。必ず守り抜いてみせる!」
「ンフフフフフフ!! 吠えるか、小娘! だがムダなこと。我が幻は無敵なり! さあ、これで終わりにしてやろう! ファントム・ジ・エンド!」
アシュリーの射程ギリギリまで距離を詰めたゼディオは、分身と共に大鎌を振り上げる。四体のうち、本物は一人。
間違えれば、その時点でゲームオーバー。アシュリーは両手に力を込め、身体を捻りながら勢いよく槍を突き出した。
「本物は……そこだ!」
穂先に炎を纏った槍が、四体のゼディオのうち一人を貫く。その結果は――。
「ぐ、がはっ。何故、だ? 何故……我が本体だと分かった!?」
「おお、やったぞよ! 本体を貫いたのじゃ!」
見事、アシュリーは本物のゼディオを捉え胴体を貫くことに成功した。分身が消え、大鎌が取り落とされ地に落ちる。
瞳に炎を宿したアシュリーは、真っ直ぐにゼディオを見つめながら答える。どうやって本物と分身を見分けたのかを。
「今のアタイの眼はな、温度を視ることが出来るのさ。幻は熱を持たねえ。さっきから興奮しっぱなしだったろ? てめえは。おかげで、バッチリ分かったぜ。体温が上がってるからな!」
「バカな……そんな理由で、我の幻が……ぐうっ!」
アシュリーは槍を引き抜き、ゼディオを勢いよく蹴り飛ばす。玉座に叩き付けられ、邪神の子は呻きながら崩れ落ちる。
「立てるか? コリン。奴にトドメを刺す。力を貸してくれるか?」
「もちろんじゃとも! わしの力、全てそなたに託そうぞ!」
「ありがとよ。じゃ、槍を一緒に持ってくれ。よし、行くぞ!」
「ぐ、う……おのれ、そうはさせぬ! ダイヤモンド」
「もうおせぇ! オヤジやおフクロ、皇帝一家……そして、この国の民の怒りを思い知れ! 獅子星奥義、ギガブレイブ・ドリラー!」
「ぐっ……がああぁぁぁ!!!」
アシュリーとコリンは力を合わせ、ゼディオに突進する。槍と共に炎を纏い――全身全霊の力を込めた一撃が、相手の半身を消し飛ばした。
左半身を吹っ飛ばされたゼディオは、その余波でさらに吹き飛ぶ。玉座の間の壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちる。
「が、ふっ。バカ、な……。この、我が……幻陽神将たる我が、大地の民に負ける? あり得ぬ、こんなことは……あっては、ならぬ……」
「貴様の負けじゃ、ゼディオ。今、太陽が沈む時が来たのじゃ。太陽と共に、地獄の底に消えろ!」
「あ、あああ……せっかく、封じていたのに……! 汚らわしい夜が……闇が、あふ、れて……ぐ、ああああああああ!!!」
絶望の叫びをあげ、ゼディオは天を仰ぎながら息絶える。銀色の光の粒となって消滅した後――【銀陽色の神魂玉】が、床に落ちた。
それと同時に、城の外で変化が起こる。主の死に呼応し、天空の頂に浮かぶ銀色の太陽に亀裂が走っていく。
偽りの太陽は粉々になって砕け散り、白く染まっていた空は元の色に戻っていく。太陽が消えた後……現れたのは、満天の星が輝く夜空だった。
「! みんな、見て! 太陽が……銀色の太陽が消えたわ! コリンくんとシュリが……勝ったのよ!」
「ああ、そうや。あのにっくきゼディオを討ち取ったんや!」
「皆の者、聞け! 勝負は決した。此度の戦い、勝ったのは……我らレジスタンスだ!」
「おおおおおおおお!!!!」
カトリーヌやエステル、ゴードンの言葉にレジスタンスの面々は歓声をあげる。四年ぶりに目にした夜空の下で、勝利の喜びを分かち合う。
数多の悲劇を引き起こしてきた銀色の太陽は、もう二度と昇ることはない。安らかな眠りをもたらす夜の闇が――ゼビオン帝国に、戻ってきたのだ。
コリンたちの手によって。




