148話―決戦! 幻陽神将ゼディオ!
「この戦い、ぜってぇ負けられねえ! 炎槍フラウルダイン、アタイに力を!」
「ンフフ、ムダなことを。お前も殺してやろう。皇帝一族のように、惨たらしき苦しみを与えた上でな! グリム・リーパー!」
ゼディオは白銀の輝きを放つ大鎌を呼び出し、アシュリーに突進する。それに対して、アシュリーは槍を相手に向け、穂先から炎を放つ。
「燃え尽きろ! バーニングフィアー!」
「退路など与えぬ! ディザスター・ランス!」
「ンフフ、連携攻撃か。だが無意味! ファントム・ビジョン!」
拡散する火炎と、頭上から襲いかかってくる闇の槍を見てゼディオは笑う。額に埋め込まれた【銀陽色の神魂玉】が輝き、力が解き放たれる。
炎と槍が銀色の光に照らされ、異変が起こる。ゼディオの身体をすり抜け、過ぎ去ってしまったのだ。それを見たコリンは、即座にカラクリに気付く。
「貴様、わしとアシュリーの技を幻に変えたな?」
「ンフフフ、ご名答。母上より授かりし銀陽色の神魂玉の力で、我は幻影を自由自在に操れる。お前たちの感覚を狂わせることも可能なのだ! ファントム・イルージョン!」
「アシュリー、気を付け……ハッ、むうっ!」
再び宝玉が輝き、今度はゼディオの姿が消える。隣にいるアシュリーに注意を促そうと、振り向いたコリンの眼前に――ゼディオがいた。
間一髪、振り下ろされた大鎌を杖で受け止め難を逃れるコリン。だが、がら空きになった胴体に蹴りを叩き込まれ吹き飛ばされる。
「ぬぐぅ……!」
「まずはお前だ、コーネリアス。感じるぞ、お前の中に流れるギアトルクの血を。積年の怨み、ここで」
「背中ががら空きなンだよ、このクソ野郎が! 華炎十文字払い!」
目をギラつかせ、コリンを先に仕留めようとするゼディオの背後から、アシュリーが飛びかかる。炎を宿した槍で十字を描き、斬撃を放つ。
「ぬうっ! 邪魔者め……貴様は後だ、消えてもらおうか。神将技、ダイヤモンド・ミラージュ!」
「なっ――!?」
「アシュリー!」
一旦玉座の方に戻り、ゼディオは宝玉からまばゆい光を放つ。指向性を持った光は、アシュリーを呑み込んでいく。
あまりにも凄まじいまばゆさに、アシュリーは思わず目を瞑る。少しして、ゆっくりと目を開けると……。
「……は? ここは……冒険者ギルド本部の……客室? 何がどうなってやがるンだ?」
ゼビオン城の玉座の間ではなく、今は無きギルド本部の来客用の寝室にいた。アシュリーが唖然としていると、部屋の扉が開く。
アシュリーは身構えるが、その直後目を見開く。部屋に入ってきたのは……あの日死んだ両親。ダズロンとレイチェルだったからだ。
「え? あ、え? ど、どうして……」
「おいおい、どうしたアシュリー。そんなハトが豆鉄砲食ったような顔して」
「寝ぼけてるのかね、この子は。全く、何をぼけっとしてるんだい? 早く支度しな、今日が何の日か忘れたわけじゃないだろ?」
動揺するアシュリーに、ダズロンたちは呆れながらそう声をかける。その瞬間、アシュリーは気付く。ゼディオに幻を見せられているのだと。
だが、勝手に口が動き、思っていることとは全く違う言葉が飛び出す。
「えっと……わりぃ、忘れた。今日は何の日だっけか」
「なんだ、こんな大切な日を忘れてんのか。今日はお前の結婚式だろ、花嫁がそれを忘れてどうする!」
「……やれやれ、こんなボンクラを嫁にするコリンくんが不憫でならないよ。アシュリー、あんたちょっと気が抜けすぎてるんじゃないかい?」
「えっ!? アタイとコリンが!?」
両親の口から飛び出した発言に、アシュリーは驚いてしまう。そんな彼女を見て、ダズロンとレイチェルはため息をつく。
「おいおい、本当にしっかりしてくれよ? もう他の花嫁たちは会場でお色直ししてる頃だぞ? ほら、お前も支度しな」
「国を挙げての挙式になるんだ、そこでアタシたちに赤っ恥かかせたらタダじゃおかないよ。ほら、さっさと顔洗ってきな!」
「あ、ああ……わりぃ、分かった」
レイチェルに促され、アシュリーの身体は勝手に洗面所へ向かう。顔を洗いながら、アシュリーは深く考える。
今自分が見せられている幻は、邪神とその子どもたちの復活が起こらず、大地が平和なまま時が過ぎた世界線の出来事なのだと。
(……そうか。この世界じゃ、みンな何事もなく生きてるのか。それに、アタイがコリンと結婚……いや、おフクロたちの口ぶりからしてカティたちも嫁になってるなこりゃ)
そんなことを考えていると、心の中にある感情が沸き上がる。ずっと、ここにいたい。この幸せな幻の中で生きていきたい。
そんな思いが、アシュリーの意思に反して心を満たしていく。その誘惑に負けてしまえば、もう二度とここから出られない。
心が幻の世界に留まったまま、現実の肉体は魂のない空っぽな器として生きていくことになる。それを理解していても、抗いがたかった。
(……ダメだ、屈するな! 確かに、ここにはオヤジやおフクロたちがいる。ここにいれば、幸せな生活が……って、何考えてんだアタイは!)
誘惑を振り切り、身体の自由を取り戻そうとするアシュリー。だが、どれだけ強い意思を以て動きを止めようとしても、止められない。
顔を洗い終え、今度は服を着替え始める。ふと洗面台に備え付けられた鏡を見ると……そこには、ゼディオの顔が映っていた。
『てめぇ、ゼディオ!』
『どうかな、我が生み出した幻の世界は。居心地がいいだろう? 永遠に楽しむといい。お前が得られるはずだった、幸福な世界を』
『ふざけるな! アタイをここから出せ!』
『断る。お前はそこにいるがいい。我がコーネリアスを殺し終える、その瞬間までずっとな。ンフフ、ンフフフフフフフ!!!』
映し出されるビジョンが変わり、ゼディオと戦うコリンの姿があらわになる。意識を失ったアシュリーの身体を守るため、傷だらけになりながら戦っていた。
(コリン! ちくしょう、早く身体の自由を取り戻さねえと! 急がなきゃ、コリンが殺される! そンななのは嫌だ! コリンだけは……失いたくない!)
幻の世界から脱出せんと、アシュリーは心の中で叫ぶ。この三年と半年で、彼女は自覚した。コリンが好きなのだと。
かつて答えを出せなかった、コリンに抱く気持ち。その正体に、長い孤独の中で気が付いたのだ。彼を、愛していると。
だからこそ、コリンが生きていると知った時は嬉しかったのだ。自分の想いを、生きて伝えられるのだと分かったから。
『……リー、アシュリー。聞こえているか?』
(!? 何だ、この声は……オヤジ? 今度は幻聴かよ、クソッ)
『違う、幻聴ではない。お前の強い意思に反応して、眠っていた星の力が目覚めたんだ。今、お前の父ダズロンの声を借りて喋っている』
必死に自由を取り戻そうと足掻くアシュリーの頬に、【カーティスの大星痕】が浮かぶ。その直後、脳裏にダズロンの声が響いた。
(アタイの中の、力?)
『そうさ。アシュリー、あんたもまた目覚める時が来た。邪悪を打ち破り、この大地に平和を取り戻すためにね』
(今度はおフクロかよ。……ハハッ、そうか。話にゃ聞いてたが……アタイも、カティやエステルみたいになれるのか。もっと強く……なれるンだな?)
『そうだ。お前が望むなら、力を貸そう。さあ、己の内に眠る炎を燃やせ。お前の願いを叶えるために!』
再びダズロンの声が響いた、その瞬間。アシュリーは身体の自由を取り戻した。元の服に着替え直し、洗面所を出る。
「やっと来……ん? おいおい、まさかそんな格好で式場に行くつもりじゃないだろうな? アシュリー」
「やめておくれよ、もっと相応しい」
「オヤジ、おフクロ。わりぃ、アタイは……戻らなきゃならねえ。アタイが、いるべき場所に。コリンのところに」
寝室に戻り、アシュリーは両親の幻にそう声をかける。とめどなく溢れる涙を流しながら、あの日のことを謝る。
「……二人とも、助けられなくてごめんなさい。あの日、アタイに力があれば……オヤジもおフクロも、死なずに済ンだのに」
「何だ? 何を言っている? 俺たちならここにいるだろう」
「違う! オヤジとおフクロは……死ンだンだ! もう、この世にはいねえ! 消え去れ、幻の世界よ!」
「アシュリー、やめな! アタシたちがいなくなるのは嫌だろ? ずっとここに留まればいいじゃないか!」
アシュリーは全身から炎を吹き出し、幻の世界を焼き尽くしていく。偽の両親の言葉に、アシュリーは……切ない、別れの言葉を返した。
「……さようなら。オヤジ、おフクロ。アタイは……二人をずっと、愛してる」
「やめ……う、ぐああああああ!!」
世界の全てが、炎に包まれる。何かに引っ張られる浮遊感を味わいながら、アシュリーは大声で叫ぶ。
「コリン、今帰るぞ! 星魂顕現……レオ!」
涙の別離のその先に、アシュリーは進む。眠れる炎の獅子を呼び覚まし――因縁に決着をつけるために。




