144話―反撃のはじまり
数日後。アシュリーを連れ、コリンはパジョンへ帰還する。道中、魔法石を使って発見の知らせを仲間に送ったため、カトリーヌたちももう戻っていた。
「シュリ……よかった、生きていてくれて……。わたし、とっても嬉しいわ。また、あなたに会えたんだもの」
「ごめンな、カティ。……心配、かけて」
「いいの、いいのよ……」
アシュリーとカトリーヌ。四年の動乱によって離ればなれになっていた幼馴染みたちが、ついに再会を果たした。
熱い抱擁を交わし、お互いさめざめと涙を流す。その様子を見ていたコリンたちは、みなもらい泣きしている。
「よかったのう、二人とも。無事、再会出来て……」
「せやなぁ……。この四年、嬉しいことなんて片手の指で足りるくらいしかあらへんかったけど……せやからこそ、嬉しゅうてたまらんわ」
「えぐ、ひぐ、うぉ、ずびっ!」
「……落ち着くのじゃ、フェンルー。何を言っておるのかさっぱり分からん」
涙と鼻水まみれになったフェンルーをあやしつつ、コリンはアシュリーたちを優しい眼差しで見つめる。しばらくして、抱擁が解かれた。
「これからは、アタイもみンなと戦う。もう、一人で戦う必要はない……そうだよな、コリン」
「うむ! アシュリーが加わってくれれば百……いや、千人力じゃ! これからは、力を合わせ共にゼディオを討ち倒そうぞ!」
「おう! 頼りにしてるぜ、コリン!」
こうして、アシュリーが再び仲間に加わった。帰還を祝うささやかな宴が行われた、次の日。コリンたちは早速、ある計画にとりかかる。
旧ゼビオン帝国を支配し、人々に苦痛と絶望を味わわせた張本人。幻陽神将ゼディオを、ついに討伐せんと動き出したのだ。
屋敷の外、町にある大講堂にレジスタンスが集結する。ゼディオ討伐のための作戦を、話し合うために。
「さて、皆集まったようだな。会議を始める前に、一つ喜ばしいニュースを伝えよう。行方不明になっていたカーティス家の令嬢、アシュリー殿が見つかった!」
「よう、よろしくな。これからは、アタイも力を貸すよ。一緒に、ゼディオとダルクレアのクソどもをぶっ殺してやろうぜ!」
「おおおおーーーー!!!」
アシュリー講義室に集った騎士たちの前に立ち、アシュリーは拳を突き上げ叫ぶ。レジスタンスの面々も、闘志に満ちた叫びを返す。
満足げに頷いた後、アシュリーは席に戻る。壇上には、入れ替わりで登ったコリンとエレナ皇女、ゴードン将軍が残った。
「さて、ここから本題に入ろうか。みなも知っての通り、我々はすでに、旧帝国の北方一帯の領土を奪還した。残すは、南半分だけだ」
「じゃが、南半分を制圧する上で最大の障害となるのが、アディアンに居を構えるゼディオじゃ。奴を倒し、帝都を解放せねば帝国統一は成し得ぬ」
ゴードンは壁に帝国全土を描いた地図を張り付け、長い棒で帝都アディアンを指し示す。レジスタンスの面々は、二人の言葉に真剣に耳を傾ける。
「幸い、新たに平定した地域の方々もレジスタンスに加わっていただき、これまでとは格段に戦力が増えました。今の私たちなら、ゼディオ率いる本隊とも真正面から戦えるでしょう」
「ええ、そうですとも殿下。こちらには星騎士が五人います。それに何より、志を一つとする精鋭たち……つまり! 諸君らがいる! 我々に敗北などない!」
「おおお!!」
「そうだそうだ、俺たちが勝つんだ!」
ゴードンとエレナの言葉に、みな奮起する。滅ぼされた祖国を復興するために、ゼディオを討つ。そのためには、入念な準備が必要だ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。確実に勝利を掴むためには、磐石な体制で事に当たらなければならない。
「とはいえ、何の策も無しに力押しで勝てる相手ではない。特に、総大将たるゼディオはな。奴は幻影や幻覚を操る力を持つ。一筋縄ではいかん」
「というわけでじゃ、わしから一つ提案がある。ゼディオの相手は、わしとアシュリーに任せてほしいのじゃ」
「大勢でゼディオと相対したところで、幻影を利用して同士討ちさせられるのは目に見えている。ならば、少数で戦った方がいいというわけだ」
コリンとゴードンの発言に、騎士たちは互いの顔を見合わせる。そんな彼らに、エレナが声をかけた。
「私たちの役目は、帝都に侵入してダルクレア軍を倒し、街を解放することです。そこから先……ゼディオの討伐は、コリン様たちに託します」
ゴードンとエレナが立てている作戦はこうだ。レジスタンス本隊がアディアンを攻め、防衛に出向いてきた聖王国軍を倒す。
続いて街の中に入り、今度は城を囲む。コリンたちが入り込めるよう敵を殲滅し、圧政から人々を解放するのだ。
「しかし、そう簡単に城の中に入り込めるのでしょうか? ゴードン将軍」
「忍び込むのは無理だぜ。アタイが持ってた認識阻害のピアスも、城に入り込もうとした途端効力を失いはじめたからな」
一人の騎士が挙手し、質問をする。すると、別の席に座っていたアシュリーが、ゴードンの代わりに答えた。こっそり入り込むのは、無理らしい。
……なら、方法は一つ。真正面からアディアンに突入し、ゼディオが城から出てくる前に乗り込む。そのまま一気呵成に敵将を討ち、全てを終わらせる。
「今回の作戦は、何より敵を殲滅する速度が重要となる! 敵が対応出来ぬ速さで攻め入り、向こうに一切打って出ることを許さない。この流れ星作戦を成功させなければ、我々に勝ち目はない!」
身ぶり手ぶりを交え、ゴードンはそう口にする。戦場にゼディオが出てきてしまえば、いくら星騎士が多かろうと苦戦は免れられない。
むしろ、こちらの戦力が強大な分同士討ちで甚大な被害を被ってしまう可能性が非常に高いのだ。だからこそ、スピード勝負になる。
「現在、新たに平定した旧帝国領最南端に通じるワープマーカーを開発しておる。それを用いて相手の虚を突き、奇襲をかける。みなの力があれば、必ずや成し遂げられるはず。偉大なる星に命を捧げよ! この国を取り戻すために、共に死線を潜ろうぞ!」
「おおおおおおおお!!!!」
コリンの叫びに、講義室にいた全員が賛同する。一世一代の、大逆襲が始まる。作戦会議が終わった後、それぞれ支度を行う。
運命の日は五日後。それまでに、全ての準備を整えなければならない。ウィンター邸に戻ったコリンたちは、ハインケルに与えられた部屋に集まる。
「……いよいよ、この時が来たのう。みな、覚悟は出来ておるかえ?」
「ええ、もちろんよ~。この日が来るのを、ずっと待っていたわ。必ず……ゼディオを倒すわ」
「ああ、そうや。ウチらは勝たないとアカン。死んでいった連中のためにもな」
コリンの言葉に、カトリーヌとエステルが頷く。そこに、何かを咥えたハインケルがやって来た。
「ぺっ! やあ、待たせたね。コリンくん、例の見取り図が完成したよ」
「すまんのう、ハインケル。そなたのおかげで、スムーズに事が進みそうじゃわい」
「いやいや、むしろこれくらいしか出来なくて申し訳ないくらいさ。本当なら、僕も共に戦いかたったのだがね……」
帝都が陥落し、子犬に転生してから一年。ハインケルは、ゼディオによって構造を変えられたアディアンで生活した。
様変わりした通りや、新たに作られた隠し通路。それらの配置や繋がりを全て頭に叩き込み、忘れないよう脳裏に刻み付けた。
いつの日か、ゼディオを打倒せんとする者たちと巡り会えた時のために。屋敷の使用人たちに協力してもらい、帝都の見取り図を製作したのだ。
「しっかし、不思議なモンだよな。何で犬ッコロになっちまったンだよ、お前。あの時のアタイの涙を返せよ」
「ふふ、あの時は嬉しかったね。あのアシュリーさんが、僕のために涙をアバーッ!」
「それ以上余計なことを言うンじゃねえ! この犬ンケルが!」
ニヤニヤ笑っているハインケルの鼻に、アシュリーは凄まじい腐臭を放つ香水入りのスプレーを浴びせかけた。
「あはは、おもしろいネー。さ、ワタシたちも頑張らなくチャ! 必ず、勝たないといけないからネ!」
「うむ、フェンルーの言う通りじゃ。待っておれ、ゼディオ。貴様の首、わしがもらい受ける。楽しみにしておるがいい」
決戦の時が、すぐそこまで迫っていた。




