141話―水と砂の一騎討ち
「うーん、流石にここら辺には来とらんか。身を守るのには絶好のポイントやし、いるかもって思ったんけど……アテが外れたわ――!?」
アシュリーの捜索を始めてから三日。エステルは旧帝国領の西部にある、ロニア塩湖跡と呼ばれる場所に来ていた。
ゼビオン帝国でも、有数の岩塩の生産地として知られていた……が、十二年前の大干ばつで干上がってしまい、今は廃墟と化している。
……はずだった。アシュリーがかつて岩塩を採掘するのに使われていた小屋を、仮の宿にしているかもしれないと考えやって来たエステルだが……。
「……ウチ、夢でも見てるんか? なんで枯れとるはずの湖が元に戻ってるんや?」
小高い丘から見下ろしながら、エステルは唖然としていた。十数メートル先にある塩湖の跡地が、水で満たされていたのだ。
「一体、何がどうなっとるんやろ。……アシュリーはんのことも気がかりやけど、こっちも無視出来へん。ちっと調査したるか」
復活した湖の謎を解き明かさんと、エステルは丘を駆け降りる。湖のフチまでたどり着くと、指を浸けて水で濡らす。
舐めてみると、塩の味は全くしなかった。どうやら、塩湖としてではなく普通の湖として復活を遂げたらしい。
「一体、何がどうなって――!? な、なんや? 水面が波打っとる!」
「ジャジャジャジャーン! どう? 驚いたかしら。この湖の威容、そしてアタクシの美しさに!」
首を傾げていると、湖に変化が起こる。風もないのに水面が波打ち、どんどん大きな波が立っていく。少しして、エステルの目の前に人魚が飛び出してきた。
「! その額のイレズミ……アンタ、ゼディオの手下やな」
「ピンポーン、せいかーい。アタクシの名はメルベリーナ、ゼディオ様にお仕えする親衛隊が一人にして水を司る者!」
人魚――メルベリーナは着水すると同時に、エステルに挑発的な視線を送る。額に刻まれたヴァスラ教団のシンボルマークが、彼女の所属陣営を猛烈に主張していた。
「ハッ、オルコフやらボルガンっちゅー奴らのお仲間はんか。こないなトコで、何やっとるんや?」
「ゼディオ様からのご命令よ。あんたたち邪魔な星騎士の末裔どもを始末してこいってね。だから、待ってたの。あんたを水底に引きずり込んでやるためにねぇっ!」
メルベリーナは、叫びながら両手を振り上げる。すると、水柱が二つ立ち昇り、そこから分離した水の剣がエステルに襲いかかる。
「あちこち水場を転移し続けて、ようやく見つけたんだもの。逃がしはしないわ、ここで死になさい!」
「ウチをここで始末しようってんか? オモロい冗談やな、返り討ちにしたるわ! サソリ忍法、砂分身の術!」
二つの水の剣が迫る中、エステルは印を結び忍法を発動する。どこからともなく集まった砂が、人の形になっていく。
あっという間にエステルそっくりの姿になり、素早く居場所を入れ換えてメルベリーナを撹乱する。
「むうっ、どれが本物!?」
「分からんでええ、そのまま死んでいきぃや! サソリ忍法、多重砂手裏剣の術!」
「フン、そんなもの怖くないわ。アクアウォール!」
分身と共に砂を固めて作った手裏剣を投げ、水の剣を破壊しつつ相手に攻撃を行う。それに対しメルベリーナは上下を反転させ、魚の下半身を水面に出す。
尾びれを勢いよく湖面に叩き付け、波を起こし巨大な壁を作り出した。手裏剣は水の壁に阻まれ、泥になって機能を失ってしまう。
「チッ、厄介なもんやで。水属性はニガテや」
「次はこっちの番よ。まずは邪魔な分身たちを消してやるわ。スプラッシャー・ハイロウ!」
「ん? なんや、地面にヒビが――」
メルベリーナが両手を前に突き出して交差させると、エステルと分身たちの足元に亀裂が広がる。その直後、亀裂から水が吹き出しエステルたちに直撃した。
「わぷっ! しまった、分身たちが消されてしもうたわ!」
「ふふ、アタクシったらラッキーねえ。水と相性の悪い砂の使い手が獲物だなんて。これなら、楽に勝てるわね! アクアブレード!」
「フン、そうやって余裕こいてると痛い目見るで! 来い! 星遺物、砂鎧装ディザーシーカー!」
振り下ろされる剣を避けながら、エステルは祖先より伝わる星遺物を呼び出す。忍び装束が砂へと変わり、サソリを思わせる紺色の鎧になる。
反撃の準備が整い、エステルは行動に移った。腰から生えたサソリの尾を、勢いよく伸ばして水の剣を迎撃する。
「これでも食らいや! スコーピオンテイル・ハンマー!」
「あら、危ないわねぇ。そんな大きな針、刺さったらとっても痛そう。だから、へし折ってあげるわ! ウォーターサイト・カッター!」
「!? うおっ、あぶな! サソリ忍法、砂贄の術!」
メルベリーナは水の剣を破壊されても、一切動じない。指先に小さな水の玉を作り出し、それをツンとつついた。
すると、水の玉が不気味にうごめく。次の瞬間、エステル目掛けて猛烈な破壊力を持つ水流のカッターが放たれる。
間一髪、エステルは身体の一部を砂に変えて自ら穴を空けることで攻撃を回避した。目標を外れた水流は、遠くにある大木を木っ端微塵に粉砕する。
「あーら、惜しいわね。でも、次は外さないから。今度は……決めた、額を貫いてあげるわ!」
「そうはさせへん! サソリ忍法、砂狼強襲の術!」
「ムダなのよ。あんたのチャチな砂遊びじゃ、アタクシの水の力には勝てないのよ! アクアフェンリル・ファング!」
砂を集め、二頭の狼を作り出したエステルは敵へけしかける。だが、相手の方が一枚上手だった。さらに巨大な水の狼を生成し、砂の狼を噛み砕く。
「くっ、これでもアカンのか!」
「クスクス、もう諦めたらいいんじゃなーい? オルコフ相手になーんにも出来なかったザコが、アタクシになら勝てるなんて思わないでよねー」
「ぐっ……!」
メルベリーナの放った容赦のない一言が、エステルの心を抉る。かつてコリンが倒した親衛隊の一角、風使いのオルコフ。
里を守るための戦いで手も足も出ず敗れ、父が両足を失う原因を作ってしまった。その出来事が、エステルのトラウマになっているのだ。
「その一言は……余計なお世話や、このドアホウが!」
「図星のようねぇ。その醜態、ゾクゾクするわ。もっと晒してよ、醜い姿を!」
トラウマを刺激されたエステルは、怒りに我を忘れ飛び出してしまう。メルベリーナのホームたる、湖の方に。
それを待っていたとばかりに、メルベリーナは水柱から新たに球状の水の塊を分離させる。そして、真っ直ぐ突撃してくるエステルへ飛ばした。
「このまま溺死しなさい! アクアボール・ロックダウン!」
「ハッ、しまっ……がぼっ!」
ようやく冷静さを取り戻したエステルだが、もう遅かった。ブレーキをかけるも間に合わず、水の玉の中に突っ込んでしまう。
しっぽを除き、全身まるごと水の牢獄に閉じ込められる。脱出しようともがくも、玉の中央から動くことが出来ない。
「ごぼっ、がぼっ……」
「おーほほほほほ! ブザマねぇ、心底シビれるほどにブザマ極まりないわ! ボーイフレンドが今のあんたを見たら、さぞ失望するでしょうね!」
もはや、打つ手はなかった。勝ち誇るメルベレーナの高笑いをバックに、エステルの意識が少しずつ薄れていく。
(……結局、ウチは何も成し遂げられんで死んでいくんか。まだ、あの日言えなかったことをコリンはんに伝えてもないのに……こんな、トコで……)
消えていく意識の中、エステルは悔やむ。四年前、コリンに言えなかった一言。お見合いをしてほしい……もっと早く、伝えればよかった。
ぼんやりとそんなことを考えていたその時。エステルのうなじに【ラーナトリアの大星痕】が浮かび上がり、砂色の輝きを放つ。
『諦めるのには、まだ早いぞよ。エステル、そなたの力はこんなものではあるまい。見せておくれ、この危機を脱し……もう一度、わしの元に帰るために。そなたの中に眠る、星の力を!』
(……この、声は。そういえば、カトリーヌはんが言っとったな。コリンはんの声を借りて、身体の中に眠る星の力が語りかけてきたって)
脳裏に響く、コリンの声。カトリーヌから聞いた話を思い出すのと同時に、活力が湧いてくる。ここで死ぬわけにはいかない。
愛しい人にまだ伝えていない、大切な言葉を。直接、自らの意思で伝えたい。その想いが――眠れる星の力を目覚めさせる。
「……いんや」
「んー? なぁに、遺言かしら? とびっきりブザマな、後悔と未練に満ちたモノを聞かせ」
「ウチは、負けるわけにはいかないんや! あの日の屈辱を乗り越えるためにも……コリンはんに、この想いを伝えるためにも! こんなところで、くたばるわけにはいかんのや!」
「なっ……きゃあああ!!」
ニヤニヤ笑っていたメルベレーナは、水の玉の中から放たれた砂嵐をモロに食らい水の中に吹き飛ばされる。大量の砂が、牢獄を形作る水を吸収していく。
「負けられへんのや。この戦いは何があっても! 星魂顕現・スコーピオ!」
戒めより解き放たれたエステルは、高らかに叫ぶ。逆襲の時が、訪れる。




