138話―アディアンの惨劇
ウィンター邸の一室に、ヌーマンとスコット、カトリーヌにフェンルーたちが集められる。一同を見渡した後、ハインケルは話し出す。
「全員、揃ったようだね。では、皆に伝えよう。三年と半年前……あの日、アディアンで何があったのかを」
◇―――――――――――――――――――――◇
――コリンが行方不明になってから、半年が過ぎたある日。夜が明けた直後に、『その知らせ』が冒険者ギルド本部にもたらされた。
「伝令、伝令! 南方よりダルクレア聖王国軍の進行を確認! 全冒険者は帝国騎士団と共に、迎撃に向かえ!」
「……チッ。とうとうこの国にも来やがったか。ランザーム王国陥落から二ヶ月……流石に早すぎるぜ、クソッたれが」
ヴァスラ教団との最終決戦から、四ヶ月が経過した頃。突如、女神の使徒を名乗る六人の神々がランザーム王国に現れた。
彼らは瞬く間に王国を制圧し、反抗勢力をことごとく抹殺したのちに、北方に広がる国々へと侵略の魔の手を広げてきた。
「アシュリーさん、そうカッカしても始まらないさ。なに、この戦いに勝って追い返せばいいだけのこと。僕たちの力があれば、不可能ではないだろう?」
「ハッ、だといいけどな。おめーは夜にならねぇと、特殊な力使えねえンだろ? そこを突かれねえように気ィ付けとくんだな」
ギルドのロビーにて伝令を聞いたアシュリーは、コリンを見つけられないことへの苛立ちも込めて忌々しそうに呟く。
それを聞いていたハインケルにも刺々しい口調でそう返し、戦いの支度のため上階に向かった。軽い調子で楽観的なことを言ったハインケルだが……。
(……確かに、アシュリーさんの言う通りだ。僕が先祖から受け継いだ超再生力は、夜にならないと効果を発揮出来ない。まさか、連中はそれを知ってこの時間に襲撃を?)
内心は、不安と焦燥感でいっぱいだった。夜間の戦いであれば、ハインケルに敵はない。相手が邪神の使徒だろうが、返り討ちにする自信があった。
「……考えていても仕方ない、か。我が祖先、槍の魔神よ。僕たちに加護を与えたまえ……」
だが、夜明けの直後という最悪のシチュエーションが不味かった。ハインケルの持つ力が、もっとも弱まる時間帯なのだ。
とはいえ、戦いから逃げることは出来ないしするつもりもない。例え命を落とそうとも、ハインケルは最期まで戦う決意を固めていた。
先祖への祈りを捧げ、街を囲む防壁の外へ向かう。しばらくして、邪神の子の一角、幻陽神将ゼディオ率いる軍団との戦いが始まった。
――だが。
「う、嘘だろ!? 壁が……防壁が消えちまった!」
「ンフフフフ。抵抗などムダなこと。我の神将技……ダイヤモンド・ミラージュの前では、どんな行いも無意味。砂漠に浮かぶ蜃気楼のように、儚く消えるのみ」
先陣を切って現れたゼディオによって、防壁を消滅させられてしまったのだ。相手が何をしたのか、当時も今もハインケルには理解出来ない。
まさしく――神の奇跡を起こされたのだ。そんな状況下で、彼らに勝機があるはずもない。そこからは、一方的な虐殺が始まった。
「君たちに恨みはないが、ゼディオ様の親衛隊として一人残らず始末させてもらう。フェザースコール!」
「グププププ、ありったけの首を集めてゼディオ様に献上させてもらうぜ~! そぉぉら、ストーンスパイク!」
「ぐあああっ!」
ゼディオの操る幻影によって分断され、そこを親衛隊や聖王国の精鋭たちに総攻撃される。その繰り返しで、帝国防衛隊は各個撃破されてしまう。
「くっ! 邪神の子よ、覚悟しろ!」
「我らAランク冒険者の底力、味わうがいい!」
「ンフフフフ、死に急ぐ者は美しい。さあ、我が手で最上の痛みを与えよう。苦しみもがきながら、我の腕の中で息絶えるがいい!」
絶望的な状況の中、ハインケルともう一人のAランク冒険者がゼディオの元にたどり着いた。敵将を討てば、逆転出来る。
一縷の望みをかけ、二人は挑む。だが……。
「受けてみよ! ホロウスピア!」
「食らえ! パワースラッシャー!」
「ムダなこと。ファントム・ビジョン!」
ハインケルたちがコンビネーション攻撃を放った、次の瞬間。確かに二人は、ゼディオへ攻撃を仕掛けていた。
だが、気付いた時には……二人は、お互いを攻撃しあっていたのだ。
「う、がはっ!」
「バカ、な……何故だ、僕たちは確かに……」
「ンフフフフ、いやぁ残念残念。我が幻を作用させるのは視覚のみにあらず。我の眼前に立った時点で、お前たちは五感の全てを狂わされていたのだよ」
「がっ」
ハインケルの方は、身に付けた防具のおかげで致命傷を免れることが出来ていた。だが、相方はそうはいかず、背後に現れたゼディオに首を狩られた。
「貴様、よくも!」
「まだやるかね? 致命傷でないとはいえ、傷付いたその身体で。なら……む!」
「それ以上はやらせねえ! フレアストライク!」
傷付いたハインケルにトドメを刺そうとするゼディオの元に、聖王国軍を蹴散らしたアシュリーが飛び込んでくる。
燃え盛る槍の一撃を片手でいなした後、ひらりと後ろへ跳んだ。
「ンフフ、来たか。忌まわしき星騎士の末裔よ」
「アシュリーさん! 済まない、助かった」
「お前は撤退しろ、ハインケル! その傷じゃ満足に戦えねえ、アディアンに戻って手当てを」
「それは無理だな。これから、我が帝都に在る全ての命を根絶やしにするのだから。ンフフ、ンフフフフフフ!!」
アシュリーの言葉を遮り、ゼディオはそう言い放った後テレポートして消え去った。嫌な予感を覚えたアシュリーは、懐から転移石を取り出す。
「させるかよ……! ハインケル、悪いが一緒に来てくれ。このままだと、市民やオヤジたちが危ねぇ!」
「もちろんだとも。このハインケル、地獄の釜の底までお供しよう!」
二人は急ぎ帝都内に戻り、冒険者ギルド本部へと向かう。すでに街の中には聖王国の兵士たちが侵入し、悪逆の限りを尽くしていた。
家々に火が放たれ、逃げ惑う住民たちがおもしろ半分に殺されていく。助けを求め泣き叫ぶ幼子の声が路地裏から聞こえてくるが、すぐに止んだ。
「星騎士の末裔が戻ってきたぞ! 囲んで殺せ! 首を獲れ!」
「クソどもが……ふざけンなよ、何の権利があってこンなことをしやがる。てめぇらに人の心はねぇのかぁぁぁぁぁ!!」
「なっ!? 炎が……ぐわあああああ!!」
アシュリーに気付き、兵士たちが一斉に襲いかかってくる。惨状を目にし、怒り狂うアシュリーは全身から業火を吹き出し全員を焼き殺す。
「全員殺してやる……何が聖王国だ、ふざけるンじゃねえ……! クソッ、クソッ、クソクソクソクソクソ……」
「アシュリーさん、落ち着いて! 今ここで呪詛の言葉を吐き散らしていても何にもならないだろう! 幸い、騎士団も市民を助けようと頑張ってる。ここは彼らに任せて、僕たちはギルドへ!」
「……ああ、そうだな。聖王国のゴミどもを、一人残らず殺さなくちゃならねえもンな。待ってろ、すぐに殺してやる……」
ハイライトの消えた目で地面を見つめ、不穏な呟きを漏らすアシュリー。ハインケルの説得により正気を取り戻すが、目から光は消えたままだ。
二人は市民たちを助けながら、冒険者ギルド本部へ向かう。だが……すでに、手遅れだった。建物は見るも無惨に破壊され、跡形もない。
炎に包まれる残骸の山の前にあったのは――すでに事切れたダズロンとレイチェルの屍。そして、それを足蹴にするゼディオの姿だった
「嘘、だろ……オヤジ、おフクロ……」
「ンフフフ、一足遅かったなァ。これでカーティス家も残り一人。お前を殺せば、根絶やしになる」
「あ、ああ……うああああああああ!!!!」
両親の遺体を前に、とうとうアシュリーの精神は限界を迎えた。悲痛な叫びをあげながら、その場に崩れ落ちてしまう。
「ンフ、ンフフ。ンフフフフフフ! いい声だ、実に素晴らしい! これほどまでに我が心が潤う絶望、七百年前にも味わったことはなかったぞ!」
「……す。殺す、殺してやる! お前だけは絶対に! ここで殺してやるぅぅぅ!!」
「アシュリーさん、待つんだ! 闇雲に飛びかかってもやられてしまう!」
「うるせぇ! アイツだけはぜってぇに許せねえ! 例え刺し違えてでもあの世に送ってやる!」
ハインケルの制止を振り切り、アシュリーはゼディオに飛びかかる。だが……怒りで我を忘れ、技のキレが鈍った状態で勝てる相手ではない。
「ンフフ、ムダムダ。お前では我は倒せぬ。さらばだ、カーティス家の末裔よ。リーパー・グリーパー」
「アシュリーさん、危ない!」
ゼディオが指を鳴らすと、アシュリーの死角から大鎌が現れる。それを見たハインケルは走り出し、アシュリーを突き飛ばす。
結果……彼女の代わりに、ハインケルが凶刃を受け倒れた。ようやく正気を取り戻したアシュリーは、倒れたハインケルの元に駆け寄る。
「ハインケル! なンでだ! なンでアタイを庇った!? 何もしなけりゃ、お前は逃げられただろ!」
「ふ、ふふ……好きな女性を守らずして……逃げる、なんて……。そんな恥知らずな真似は……出来ないさ。僕は、誇り高き……『白バラ』の、ハインケルだからね」
「バカ、やろう……!」
誰がどう見ても、致命傷だった。ハインケルはもう助からない。とめどなく涙を流し、アシュリーは冷たくなっていくハインケルの手を握る。
その様子を、悪意に満ちた笑顔を浮かべてゼディオが見守る。今手を下さなくても、後で殺せばいい。どこまでも傲慢で、残酷な意思がそこにあった。
「逃げ……るんだ。希望は、必ずある……。今は勝てなくても……いつか、彼が……希望が、この……大地、に……」
「ハインケル? 嘘だろ。なぁ、目を開けろよ。うう……うああああああああ!!!」
これが……ハインケルたちの元に起きた、おぞましく痛ましい惨劇の全て。この日――ゼビオン帝国は、ランザーム王国に続いて……滅び去ることとなったのだ。




