137話―かの地に集う希望
次の日。ラタンを出発したコリンたちは、パジョンを目指して北へと旅立つ。……のだが、早速問題が多発することとなった。
「大変、またジョニーがいないわ! あの子ったら、まーたちょうちょでも追いかけてるのね」
「ぬおおおお!! これでもう十四回目じゃぞ!? 何故こうもみんなあっちこっちバラバラになるのじゃああああ!!」
町を出てから一時間。コリンたちが進めた距離は……たったの数キロほど。何故そんなにも牛歩なのか。答えは簡単、バルダートン一族の自由奔放さにあった。
西にちょうちょが飛んでいればそれを追いかけ、東に好奇心を刺激するものがあれば後先考えずそれを追いかける。そこに生来の方向音痴が加わり……。
「ほっほっ、すまんのう。孫たちはみんな好奇心が強くてな、あっちこっち走り回るのが好きなんじゃ」
「それにしても……限度というものがあるじゃろう? のう? わしは温厚な方じゃと自負しておるが……あまりにも酷いと、なぁ?」
小さな子どもたちはおろか、大人たちすら好き放題やってるのだから始末に負えない。コリンは放牧されている羊を追う牧羊犬の気分を、たっぷりと味わわされることとなった。
「……ごめんなさーい」
「まったく、このペースでは日が暮れ……いや、今は物理的には暮れぬか。ともかく! これ以上ペースを遅らせるようなことがあれば、こう……お尻ぺんぺんするぞよ! よいな!」
リヒターとトランチを除く九人が正座させられ、コリンの説教を受ける。悪鬼羅刹のような表情で腕をスイングさせるのを見て、みんな大人しくしていた。
「ま、よいわ。分かってくれたのならこれ以上はいわぷ!?」
「そんなにカッカしないで~? ほーら、リラックスリラ~ックス。ママのふわふわの羊毛で、イライラ鎮めましょ?」
お説教を終えたコリンだったが、直後に手を掴まれ引き寄せられる。フェンルーの母、マーシェルに抱き締められたのだ。
右目の下にある泣きボクロが特徴的な羊獣人の人妻は、優しくコリンを抱き締め体毛に埋める。それを見たトランチは、羨ましそうにしていた。
「こ、これ! 行きなり何をするのじゃ! 離してたもれ!」
「うふふ、照れちゃってかわいい。ほらほら、暴れちゃだ~め。ゆっくり力を」
「うー、オカアチャンずるイ! ワタシもやル!」
「ちょ、ま……あああ~~~!!! ……すやぁ」
羊獣人としての本能を刺激されたのか、辛抱堪らなくなったフェンルーまでコリンに飛び付く。ご丁寧に、服をもこもこの毛に変えて。
二人の抱擁攻撃には流石のコリンも耐えきれず、あっという間に睡魔に襲われ寝こけてしまう。結果、パジョン到着が大幅に遅れたことは言うまでもない。
ついでに、目覚めたコリンの大目玉を母子が食らったのも言うまでもないことであった。
◇―――――――――――――――――――――◇
一方、ウィンター領北部の森の中。エステル率いる忍びたちが、大きな駕篭を背負ってパジョンに向かっていた。
「あんまり揺らさんといてな。オトンの脚に響くさかい」
「ハッ、心得ております姐御! パジョンまでバッチリ安全に運びますよ!」
旧帝国領の奪還と平定が進み、隠れ潜む必要がなくなったと判断したエステルは各地を転々としている父、バーラムを迎えに行った。
これからはパジョンの町を拠点にし、療養しつつコリンたちに協力する。そんな計画を立てていたのだ。
「おうおう、気にするこたぁねぇ。多少揺れた程度でビービー泣くほど、ワシゃガキじゃねえからな。どんどん飛ばせ」
「はいはい。前言撤回や、容赦なく揺らしてええから全速力やー」
「はーい!」
「ちょ、ま……そこまでは言ってなおおおおおお!?」
オルコフ率いるダルクレア軍との戦いにて、両足を差し出し部下たちの命を救ったバーラム。結果、もう二度と戦うことは出来なくなった。
だが、ブレーンとして働くことは出来る。生きていたコリンの力になるべく、療養していたバーラムもついに復帰することを決めたのだ。
「この森を抜ければ、一日くらいでパジョンや。流石に、こんな奥地にダルクレアの連中が入り込んどるとはおも……! 全員、警戒せぇ。何か来るで」
もう少しで、森を抜けられる。その時、一行の前方三メートル先にある茂みがガサガサと揺れた。エステルは部下たちに声をかけ、立ち止まる。
「もしかして、また親衛隊が……?」
「分からへん。全方位を警戒せえ、あの茂みがウチらの視線を集めるための罠の可能性もあるさかいな」
動けない父を守るべく、エステルは両手に砂のクナイを持ち構える。次の瞬間、茂みの中から出てきたのは……。
「きゅう、くぅん……」
「子犬? なんや、えらいやつれてはるな。おまけに、全身きったないわぁ」
「コラ、汚いとは失礼だねキミも! 全く、見た目て判断し」
「キィィィヤァァァ! しゃ、喋ったァァァァァァァァァ!!!!」
ボロボロになった子犬が出てきた……まではよかったのだが、驚くべきことにヒトの言葉で話しかけてきたのだ。
これにはエステルや忍びたち、駕篭から顔を出したバーラムもビックリ仰天して叫び声をあげてしまう。
「まさか、聖王国の合成獣か!? くっ、そないぷりちーな外見でウチらを油断させようったって、そうはいかへんで!」
「ちょ、待てまてまてまて! 待ちたまえ、信じられないかもしれないが僕だ! 元Aランク冒険者のハインケル・エルネストだよ!」
「はぁ!!?!??!!?!??! そんな見え見えのウソつくなや! ハインケルはんは三年と半年前に死んだんや。帝都の戦いでな!」
さらに驚くべきことに、子犬は死んだはずのハインケルだと名乗ったのだ。当然、そんなのは信じられるわけもない。
エステルは自分たちを騙そうとする卑劣な罠だと決め付け、即座に始末しようとする。が、子犬の方もタダでは引き下がらない。
「本当なんだ、信じてくれたまえ! 見るといい、このつぶらな瞳を! 夜空に輝く一等星のように、澄みきった美しさと気高さがあるだろう!?」
「……あー、うん。自信過剰でナルシストなトコはそっくりやな。まあええわ、暴れへんって約束するんやったらパジョンまでは連れてったるわ」
「おお、それはよかった! ヌーマン卿に会わせてくれたまえ、そうすれば僕の口から直接話すから!」
「……いいのか、エステル。こんな怪しさ満載の犬ッコロ連れてって」
「別に問題ないやろ、オトン。もしコイツが怪しい動き見せたら、その場で始末するだけや。なぁ?」
バーラムに問われ、エステルはそう答える。直後、砂を操って自称ハインケルな子犬の全身を包み込む。
頭だけ砂の玉から出し、口にはさるぐつわを噛ませる。これで、よほどの隠し玉がない限り安全は保証されたも同然だ。
「もがっ、もごー!」
「こうやって砂でくるんでおけば、万が一敵やったとしてもそう簡単には暴れられへん。これなら安心やろ?」
「まあ、それなら別にいいか。んじゃ、早速南下を再開しよう。みんな、出発だ!」
「にんにん!」
こうして、不審な同行者を加えたエステル一行は何事も無く森を抜けた。丸一日をかけて、パジョンへと向かっていくのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……うーん、信じられへんわ。まさか、本当にハインケルはん本人……いや、この場合は本犬? やったなんてなぁ」
「わしもビックリじゃよ。まさか、喋る犬っころの正体があやつだとは寝耳に水な事態じゃわい」
次の日、コリンやエステルたちは無事パジョンに戻り集結を果たした。バルダートン一族とバーラムの訪れが歓迎された一方、件の子犬はというと。
特殊な魔法道具を用いた検査の結果、なんと本当にハインケル・エルネスト本人であることが判明したのだ。まさかの事に、みなたまげてしまう。
「ふふん、だから言っただろう? この僕こそが、偉大なるハインケル・エルネスト……あふぅ」
「うんこしながらカッコつけても、全然サマになっとらんで?」
「し、仕方ないだろう! これは犬の本能なのだから! 食べたら出る、当たり前だろう!」
ウィンター邸の一室に設置されたトイレシートにて用を足しつつ、ハインケルは叫ぶ。使用人がフンの処理をする中、同席しているコリンが尋ねる。
「それで? 何故おぬしはかような姿になったのじゃ? いや、それ以前に聞きたいことが山ほどある。全部答えてもらうぞよ」
「もちろんだとも。僕の方も、話さねばならない。……ダズロン卿と、その妻レイチェルさんの最期を」
悲しそうに目を伏せ、ハインケルは語り出す。後の世に、『アディアンの悲劇』と呼ばれることになる――三年半前に起きた、希代の大虐殺の詳細を。




