14話―愛する者のために
十分ほど、時はさかのぼる。子どもたちをコリンに任せたカトリーヌとアシュリーは、ウィンター本邸に戻り脱出の準備を進めていた。
「お父様、お兄様、急いで脱出しましょう~。地下通路を使えば、すぐに町の外に行けるわ~」
「そうだな、いつ屋敷に敵が入ってくるか分からん。しかし、子どもたちは無事だろうか……」
「大丈夫さ、ヌーマンのおっさん。コリンがいりゃ、何も心配するこたぁねぇ。みんな無事だよ、絶対な」
「そうか、アシュリーがそう言うならきっと大丈夫だろう。よし、行こうか」
脅迫状が陽動の可能性がある、というコリンの予想を聞いたヌーマンは、即座に脱出することを決めた。護衛騎士四人を連れ、屋敷の奥へ向かう。
外からは侵入者と護衛騎士たちが戦う音が聞こえてきている。動きをさとられぬよう、一行は地下通路の入り口がある倉庫へ進む。
「旦那さま方、ここにおられただか! いやー、無事で安心したっぺよ!」
「ハンス! よかった、無事だったんだね。財団職員の宿舎は無事かい?」
「ええ、不思議と誰も来ておりませんですだ、スコットさま。だもんで、オラ裏口からここまで来れましただよ。オラも、旦那さまたちをお守りするだ!」
そう言うと、ハンスは背中に背負ったスコップを構える。異変を知り、ヌーマンたちを守るため急いで駆けつけてきたのだ。
「ありがとう、ハンス。では一緒に行こう。戦力は多いほどいいからね」
「そうね~、お兄様。でも、無理はしちゃダメよ~ハンス。護衛の騎士さんもいるから~」
「分かりましただ、スコットさま、お嬢さま」
倉庫に到着すると、騎士たちは奥の壁に設置された大きな棚の前に立つ。酒ビンに偽装したレバーを手前に倒すと、棚が横にスライドする。
地下通路への入り口が現れ、一行は中に入っていく。あとはこのまま先に進めば、町の外に脱出することが出来る。誰もが、そう思っていた。
「狭いもンだな、この通路はよ。横に二人並ぶのが精一杯だな」
「そうね~。でも、ちょっとの辛抱だから我慢してね、シュリ」
「しゃーねーな。ま、気楽に行きゃあい……おっさん、あぶねぇ!」
先頭を進んでいたアシュリーは、遥か前方から殺気が近付いてくるのを真っ先に探知した。通路の奥から飛んできた吹き矢から、ヌーマンを庇う。
「シュリ! 大丈夫!?」
「ああ、これくらい屁でもねぇ。が……クソッ、痺れ薬を塗ってやがるな。身体が、動かねえ」
「おーやおや、やっぱり私の読み通りでしたねぇ。あんたなら、確実に先頭を行くと思ってたよ、アァァシュゥゥリィィィ??」
倒れ込んだアシュリーをカトリーヌが介抱していると、通路の奥から不快感を刺激するしわがれた声が聞こえてきた。
騎士たちがアシュリーの代わりに前に出て、ヌーマンたちを守ろうと構える。少しして、前方から姿を現したのは……。
「お前は……ロナルド!? いつの間に通路に……まさか、さっきの攻撃は」
「察しがいいですねぇ、スコット坊っちゃまァァァァァ? そうですとも、先程の吹き矢は! この私、ロナルドが放ったものですよぉぉぉぉハハハハハァ!」
ウィンター家に仕える老執事、ロナルドは歪んだ笑みを見せながらそう口にする。彼の後ろから、クロスボウを装備した黒装束が三人現れた。
「ロナルド、これはとういうことだ。何故、侵入者たちと一緒にいる!?」
「ハッ、まぁだ気付かないんですかァ? 旦那様よぉ。裏切ったんだよ、あんたらを。隠し通路が繋がってる場所をチクって、侵入させたのさ」
「ロナルド……あなた、何故そんなことをするの? わたしたちを裏切るなんて、信じられないわ」
「ハハハッ! 理由なんて一つに決まってるだろ? 欲しいんだよ、あんたらが持つ莫大なカネが! 初代アルベルト・ウィンターが築いた財産がなァァァ!」
醜い欲望に顔を歪め、舌舐りしながらロナルドは裏切りの理由を明かす。黒装束の一人からクロスボウを受け取り、カトリーヌへ向ける。
「てめぇらウィンター家の三人を始末すりゃあ、遺産はそっくり私のものさ。だから死んでもらうぜ、ここでなぁ!」
「そうはさせんぞ! 閣下たちを守るために我らがいるのだからな!」
「ほーお、やってみればいい。こんな狭い通路で、自慢の剣を振ればどうなるかねぇ? まず間違いなく、同士討ちするだろうよ! ヌハハハハハハ!!」
「くっ……ロナルド、お前はそれを狙って……!」
主君を守るため身構える騎士たちに、ロナルドはそう告げる。狭い通路で剣を振るえば、彼が言うようにまず同士討ちしてしまう。
いや、それ以前に飛び道具を持つ相手のところに到達することも出来ず、クロスボウの餌食になるだろうことは目に見えている。
「唯一の槍使い、アシュリーの身動きは封じた! カトリーヌもここじゃ暴れられない! さあ、てめえら撃て! ヌーマンたちを殺せ!」
「くっ、こうなれば! 閣下、ここは我々が食い止めます! 来た道を戻り、屋敷に!」
「……済まない! スコット、カトリーヌ、ハンス! 行くぞ、彼らの勇気をムダにするな!」
追い詰められた騎士たちは、捨て身の行動に出た。ロナルドたちを食い止めている間に、ヌーマンたちを逃がすことを選んだ。
彼らの意志を汲んだヌーマンは、悔しそうに顔を歪めながらもスコットたちを連れ来た道を引き返す。しかし、しばらく戻ると……。
「ククク、残念だったな。とうの昔に侵入済みだ。さあ、観念してもらおうか」
「! あわわ、こっちからも敵が来ただよ!」
「くそっ! 奴らめ、屋敷の裏口から侵入したな!」
ロナルドの策に、ぬかりはなかった。裏口から侵入した五人の黒装束たちが通路に雪崩れ込み、クロスボウをヌーマンたちに向ける。
「さあ、やれっ! 皆殺しだァ~!!!」
「撃てェェェーーー!!」
「旦那さま、あぶねぇ!」
「ハンス、だめ!」
黒装束たちは、ヌーマンを狙って一斉に矢を放つ。直後、ハンスがカトリーヌの制止を振り切って飛び出していく。
放たれた矢はすべて、主を守らんと立ちはだかったハンスの身体に突き刺さった。
「う、ぐふっ」
「ハンス! どうして……どうしてこんなことを! 待ってて、今魔法で傷を」
「ムダだ、矢には猛毒を塗ってある。その男はじきに死ぬ。もちろん、次はお前たちだ」
倒れたハンスに駆け寄り、治療を施そうとするカトリーヌ。そんな彼女に、黒装束から無慈悲な一言が放たれる。
瀕死になったハンスは、カトリーヌを見上げ微笑みを浮かべる。敬愛する主たちを守れたことに、心から安堵していた。
「みんな……無事、だか。オラ、ホッとしただ……」
「ハンス……」
「お嬢さま。オラは……この十二年、ずっと楽しかっただ。お仕え出来て……しあわ、せ……だっ、た……」
「ハンス! そんな、そんな……」
カトリーヌの腕の中で、ハンスは息絶えた。矢の装填を済ませた黒装束たちは、涙を流すカトリーヌを狙う。
「さあ、次はお前だ! 仲良くあの世に……!? な、なんだこのロープは!?」
「貴様ら……何をしておる? 何故……ハンス殿が倒れておる? カトリーヌが泣いておるのじゃ?」
クロスボウの引き金が引かれようとした、その時。黒装束たちの背後から、無数の闇のロープが伸び身体を縛り付ける。
直後、ゆっくりと……コリンと、増援の騎士たちが姿を現した。右手に杖を、左手にロープを持ったコリンは、静かな怒りを湛えている。
「コリン、くん……」
「聞いておるのじゃ、答えんか。何故、ハンス殿が倒れている? 何故、カトリーヌが泣いておる!」
「ひ、ひぃっ! 来るな、来るな来るな来るなぁ! お前ら、撃てぇぇ!」
辛うじて後ろを向けた黒装束たちは、必死に身体をよじらせクロスボウを放つ。が、コリンに到達することはなかった。
何故なら、矢が届く前に闇の槍が放たれたからだ。
「ディザスター・ランス!」
「うぎゃああああああ!!」
闇の槍は、放たれた矢もろとも黒装束たちを呑み込み消滅させた。呆然自失だったヌーマンとスコットは、退路が出来たことで我に返る。
「ハッ! カトリーヌ、今のうちに逃げるんだ! ハンスが繋いでくれた命を、ムダにしてはいけない!」
「……そうね、分かったわ。シュリ、立てる? さあ、行きましょう?」
「済まねえ、アタイが居ながらこんなことになるなんてよ……」
「悔やんでも仕方ないわ。騎士さんがロナルドたちを食い止めている間に逃げるわよ」
増援の騎士とコリンがしんがりを務め、カトリーヌたちは屋敷へ退却することが出来た。……ハンスという、大きな犠牲を払ってしまったが。
「……通路からは誰も来ぬな。一度、わしが様子を見てくる。残っている騎士たちの安否が気になるからの」
「分かった、お気を付けて」
スコットに見送られ、コリンは再度通路に突入し先へ進む。しばらく進むと、ヌーマンたちを逃がすため残った騎士たちの遺体があった。
すでにロナルドたちは退却した後のようで、もう生き物の気配はない。コリンは血が出るほど強く拳を握り、瞳の中に怒りと憎悪の炎を燃やす。
「……このままで済むと思うでないぞ。罪無き者たちの命を奪ったこと、必ずや後悔させてくれる」
ハンスたちの仇を討つことを、コリンは誓うのだった。




