135話―土壇場の救世主
「ぐ、ごぼっ……。おれっちは、負けたのか……。あと少しってところで……」
カトリーヌの奥義を食らい、倒されたボルガン。腹に風穴を空けられながらも、驚くべきことにまだ生きていた。
「! しぶといわね、まだ生きているなんて」
「グ、ププ……せめて、与えられた任務だけは……死んでも、果たしてやる……!」
ボルガンは最後の力を振り絞り、首から下げていたヒモから猛毒入りの小ビンを引きちぎる。握り締めて容器にヒビを入れ、大きく振りかぶった。
フォネイラ湖に投げ入れ、着水の衝撃でビンを割り猛毒で汚染しようとしているのだ。それに気付いたカトリーヌは、阻止するために走り出そうとするが……。
「! 力が……抜け、て……ダメ、まだ頑張ってわたしの身体!」
「なんだ、そっちも限界なのかい……。なら、勝負に負けて……試合には勝ったってとこだな!」
星魂顕現を用いた反動で、身体から力が抜けてへたり込んでしまった。それを見たボルガンは、口から血を垂らしながら笑う。
このままでは、せっかく敵を倒したのに湖を汚染されてしまう。焦るカトリーヌの元に、救いの足音が聞こえてきた。
「エステルさん、あそこ! カトリーヌ様がいます!」
「やっぱり敵が来とったか! エラいデッカい土のドームが見えたもんやから、急いで引き返してきてよかったわ!」
「やべえ、戻ってきやがった! ぐうっ……急いで、投げ込まないと……」
異変に気付いたエステルが、交代の騎士たちと合流して戻ってきたのだ。だが、それでもギリギリ間に合うか、といったところだ。
すでにボルガンはビンを投げる態勢に入っており、エステルたちとの距離は十メートル以上。砂を操って飛ばしたとしても……。
「アカン、この距離だと間に合わへん! アンタら、飛び道具ないんか!?」
「すみません、かさばるので弓矢や投石機の類いは持ち合わせておりません!」
「まずいで、これじゃ止められへんぞ!」
焦りながら叫ぶエステル。この距離では、砂手裏剣を投げても直撃する前にビンを投げられてしまう。ボルガンはニヤリと笑い、勝利の叫びをあげた。
「グプ、プ……どうやら、天はおれっちに味方したのうだぜ。これで……終わりだ!」
「ダメ! そんなことは」
「ああ、そうサ。させないよ、絶対にネ!」
ボルガンが小ビンを放り投げ、カトリーヌがたまらず叫んだ次の瞬間。誰のものでもない凛々しい声と共に、湖畔の木々の間から一本の帯が伸びてきた。
着水寸前の小ビンを優しく包み込み、湖の汚染を阻止する。謎の帯に見覚えがあったカトリーヌやエステルは、目を見開き驚く。
「そ、その帯は……!」
「間違いあらへん、バルダートン家に伝わる星遺物…『柔剛帯シールズリング』や!」
「嘘、だろ……ここまで来て……逆転負け、かい……」
林の中に戻っていく帯を見ながら、ボルガン以外の者たちは喜びに湧く。四年前の事件以来、一族揃って行方不明になっていた仲間が来てくれたのだ。
それも、絶体絶命の危機を救ってくれたとあっては喜ぶのも無理はない。林の方を見つめていると、ガサガサと足音が響く。少しして、現れたのは……。
「どうやら、こっちがアタリだったようだネ。よかった、ギリギリセーフってとこかナ?」
「あなたは……一体どなたかしら? バルダートン家の誰かなのは分かるけれど」
「おっと、先に名乗るべきだったネ。ワタシ、フェンルー! オジイチャン……じゃなかった。先代当主リヒター様の後を継いだ、プリティーなニューフェイスだヨ! よろしくネ!」
白い髪をお団子ヘアーにまとめ、脚の付け根までスリットの入った真っ白なドレス風の服を着た少女――フェンルーはペコリとお辞儀をする。
どうやら、四年の間に代替わりがあったようだ。新たな当主になった彼女が、土壇場で駆け付けてくれたらしい。
「なん、だと……。バルダートンが……う、ぐはっ!」
「あラ。力尽きちゃったヨ。ま、胴体にポッカリ穴が空いてよくここまで生きてたネ。驚きだヨ」
驚愕の事実を知らされたことがトリガーになり、ついにボルガンは息絶えた。うつ伏せに倒れ、目を見開いたまま事切れる。
「アナタ、カトリーヌちゃんだネ? オジイチャンから色々聞いたヨ、これからよろしク!」
「よろしくね~、フェンルーちゃん。……それにしても、随分ガルダ訛りが強い喋り方ね~。もしかして、ガルダ草原の出身かしら?」
「ウン! オカーチャンがね、南部に暮らす羊部族の出身なノ! ワタシ、人間と獣人の間の子。ハーフビーストなんだヨ!」
ボルガンの絶命を見届けたフェンルーは、動けないカトリーヌの元にとてとて歩み寄る。彼女からの質問に、ハキハキした様子で答えた。
「あら、そうなの~。牡羊座だから、羊獣人とのハーフなのね~。うふふ、可愛いわ」
「アリガト! 動けないなら、ワタシが運ぶヨ?」
「ありがとう。じゃあ、町まで運んでもらっちゃおっと。エステルちゃ~ん、後片付けお願い出来るかしら?」
「ええで、はよおやっさんに報告しに行きぃや。こっちはウチらに任せてぇな」
カトリーヌに誉められ、フェンルーは嬉しそうに笑った。もししっぽがあれば、ブンブン振り回していただろう。
後始末をエステルや交代の騎士たちに任せ、カトリーヌとフェンルーはパジョンまで戻ることにした。事の子細を、ヌーマンに報告せねばならないからだ。
「それじゃあ、運ぶヨー。それっよいしょっト!」
「わあ、楽ちん楽ちん。こうやって運んでもらうのも、悪くはないわね~」
フェンルーは服の下から八本の帯を出し、そのうち六本をくねくね編んで籠を作り出す。残りの二本を使ってカトリーヌを乗せ、意気揚々と歩いていく。
「さあ、いくヨー! 目指せ、ナントカの町ー!」
「ああ、待って待って! そっちの方角じゃないわ、そっちは森の中にキラービーの巣が……きゃあああ!」
「……大丈夫なんかいな、あの娘」
……のはいいのだが、早速道を間違えて森の中に突入してしまった。しかも、ハチの魔物と出くわしたようでカトリーヌの悲鳴まで聞こえてくる始末。
頼りになるのかならないのか、イマイチ不安になるさい先の悪さにエステルはため息をつくのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「なるほど、わしらが戦っとる間に新たな刺客が……。ご苦労様じゃったな、カトリーヌ。無事に勝ててよかったわい」
「ひぇえ、わはひもほう思うふわ。ひはーひーにははれなはっはら、もっとよはったのだへれど」
三時間ほど経った頃、ワープマーカーを使いカトリーヌとフェンルーはほうほうのていでパジョンまで戻ってきた。
ちょうどコリンたちレジスタンスも戻ってきていたようで、ヌーマンと合わせて一部始終を報告しようとする。……キラービーに刺され、腫れた顔で。
何を言っているのかまるで分からないため、報告は治療が終わるまで保留となった。カトリーヌのリクエストで、コリンが手当てを行う。
「よし、これで薬は塗り終えたぞよ。それにしても……まさか、リヒター殿のお孫さまが助けに来てくれるとはのう」
「ふぁはひふぁひたはらにふぁ、もふあんふぃんはヨ?」
「うん、何を言うておるのかまるで分からん」
屋敷の医務室にて、カトリーヌとフェンルーの治療をするコリン。キラービーの毒を中和する薬を塗り終え、救急箱を棚にしまう。
しばらくして二人の腫れがある程度治り、普通に話せるようになったところで話を聞くことにした。
「ふむ、なるほど。そうか……ついにカトリーヌも、星の力を覚醒させたのじゃな」
「あの時はビックリしたわ~。いきなりコリンくんの声が聞こえてくるんだものね~」
「まあ、覚醒のための良いトリガーになったんじゃろう。これから数日、反動で全身筋肉痛になるじゃろうから、ゆっくり休むとよい」
「そうね~、そうさせてもらうわ。わたしが復帰するまでは……」
ベッドに寝かせられたカトリーヌは、チラッと視線をフェンルーの方に移す。彼女は薬やバンソウコウ等が収納されている棚を、興味深そうに眺めていた。
「エステルちゃんやフェンルーちゃんにお任せするわ~。コリンくん、あの子と仲良くしてあげてね」
「うむ、心得た。……って、わっ!」
「これからよろしくネー。おじいちゃんから、キミのこと聞いてるヨ。これからは、ワタシをオネエチャンだと思ってたくさん甘えてネ!」
カトリーヌと話をしているコリンの背中に、フェンルーが飛び付く。それを見たカトリーヌは、心の中で呟く。
また一人、ライバルが現れた……と。




