134話―金牛の覚醒
両足を土の中に埋め込まれ、身動きが取れなくなってしまったカトリーヌ。何とかして足を引き抜かなければ、満足に攻撃をかわせない。
だが、それはボルガンも理解している。故に、土を固めて簡単に足を抜けないようにしつつ、息もつかせぬ連続攻撃を行い着実に傷を与えていく。
「グプププ、そぉらそらそら! おれっちの爪は痛ぇだろ? いくらオーガの皮膚が頑丈だってもよぉ、血が滲んできてるぜぇ!」
「……ええ、そうね。あなたの爪、とっても痛いわ。でもね、このくらいの痛み……。あなたたちの起こした戦乱の最中で、苦しみながら死んでいった人たちのソレに比べれば、全然痛くないわ! アイスボール・ショット!」
「おっと! 危ない危ない、そんなの当たらねえよ! グププププ!」
氷の球を発射し、反撃に出るカトリーヌ。だが、ボルガンは爪を伸ばして天井に突き刺した後、縮小させて上方に素早く移動する。
あらゆる方向を分厚い土の壁に囲まれているこの状況は、圧倒的に不利状態だ。氷の球が壁にぶつかって砕ける音を聞きつつ、カトリーヌは呟く。
「……だいぶ追い詰められたわね。生来の頑丈な身体がなかったら、とっくに死んでいるわ。……わたしは負けられない。星痕よ、わたしに力を!」
「祈ったところでムダさぁ! お前はここで死ぬし、湖に毒を投げ込むのを止めることも出来ない。みんな仲良く、あの世に送ってやる! モール・クロウ・ドリラー!」
地面に降りたボルガンは両手をピタッと重ね、爪を絡め合いドリルのような形状へと変える。後ろに跳んでから壁を蹴り、勢いをつけ突進してきた。
カトリーヌは左腕に力を込め、タワーシールドを構える。盾と爪がぶつかり合い、勝ったのは――ボルガンの爪だった。盾が砕け、爪がカトリーヌの腹に突き刺さる。
「そんな……う、かふっ!」
「ハッハー、やったやったぁい! ご照覧あれ、ゼディオ様! おれっちが星騎士を一人、討ち取りますぜぇ!」
「そうは……させ、ないわ!」
幸い、爪は腹筋に阻まれ半分も刺さってはいない。だが、これ以上押し込まれれば確実に死んでしまう。武器から手を離し、カトリーヌは相手の腕を掴む。
「これ以上、は……やらせ、ないわ!」
「へっ、いつまで押さえてられるかねぇ? どんどん血と一緒に、力も抜けていくんだ。最後の悪足掻きにしかならねえんだよ!」
カトリーヌにトドメを刺すべく、ボルガンも全身に力を込めて押し合いになる。大ケガを負ってしまっている以上、カトリーヌの方が不利だ。
腹部の痛みが集中力を削ぎ落とし、傷口から溢れ出る血と共に力が失われていく。必死に腕に力を込めるが、いつまでも押さえてはおけない。
(わたしは、ここまでなのかしら……。みんなの仇も討てず、シュリも探せない……こんな、惨めな……)
『諦めるのかえ? カトリーヌ。いかんのう、そなたらしくもないではないか』
心の中で敗北を認めつつあったカトリーヌの脳裏に、突如コリンの声が響く。朦朧としはじめていた意識が一瞬で覚醒し、カトリーヌは驚く。
(コリン、くん? ここにいるなんてあり得ないわ、今は南の方にいるはずなのに)
『そうじゃ。わしはコリン本人ではない。そなたの中にある星の力が、想い人の声と口調で語りかけているだけに過ぎぬ』
頭の中に響く声が、そう告げてくる。カトリーヌが沈黙していると、声が再び語りかけてきた。コリンのような、力強い声で。
『負けられぬ戦いなのじゃろう? ならば、我が力を使え。そなたの内に流れる星の力を解き放つのじゃ!』
(無理よ……だって、どうやればいいのか分からないもの……)
『問題はない。かの少年によって、全ての枷が外された。四年間鍛え続けてきた今のそなたならば、我が力を使いこなせるはず。さあ、叫ぶのじゃ。星の力を宿すための言葉を!』
次の瞬間、カトリーヌの頭の中になにかが流れ込んでくる。それは、先祖代々受け継がれてきた星の力を解き放つための合言葉。
絶対に負けられない。愛する者たちを守りたい。その思いが、覚悟と決意を呼び覚ます。もう、迷いもためらいも――欠片もなかった。
「……そうね、ここで負けるわけにはいかないわ。なら、わたしのするべきことは一つね」
「なんだぁ? さっきから何をブツブツ言ってる? 血を流しすぎて頭が変に――!? って、冷た! な、なんだこの冷たさは!?」
カトリーヌの変化に気付かず、攻撃を続けていたボルガン。だが、突如爪に鋭い冷気を感じて思わず攻撃を中断し、飛び退いてしまう。
腹から爪が引き抜かれた瞬間、氷の膜が傷口を覆って血を止めていく。カトリーヌの胸に浮かぶ【ウィンターの大星痕】が、一際強い青色の輝きを放つ。
「……見せてあげるわ。わたしの中に眠る力を。怒れる暴牛の、破壊のパワーを! 星魂顕現・タウロス!」
「ぐ、う、うわあああ!!」
次の瞬間、カトリーヌの身体から凄まじい冷気の嵐が放出される。まともに立っていられず、風に煽られボルガンは吹き飛ばされた。
「な、なんだってんだあの姿……ありゃあ、牛……なのか?」
「はああああああああああああ!!!」
カトリーヌの身体が、冷気を吸収し変化していく。両足首を固めていた土が吹き飛び、氷のヒヅメに覆われた足があらわになる。
頭部には、闘牛のソレを思わせる鋭く湾曲した大きなツノが生え、腰からは先端に小さな毛のふさが付いたしっぽが垂れた。
人と牛、二つの力と姿を兼ね備えた存在へと、カトリーヌは進化したのだ。
「……力が、溢れてくるわ。きっと、コリンくんも……この感覚を味わっていたのね。うふふ、お揃いだわ」
「へっ、ちょっと姿が変わったからって調子に乗るんじゃないぜ! おれっちの爪で、今度は顔を切り裂いてやる! モール・クロス・ネイル!」
「ムダよ、あなたはもうわたしを傷付けられない。タウロス・タックル!」
ボルガンは再度背後にある壁を蹴り、フライングクロスチョップの要領で攻撃を放つ。対して、カトリーヌは足で地面を数回掻き、勢いよく突進していく。
「死……ぐばぁっ!」
「うふふ、牛さんの突進力を舐めちゃダメよ? その爪、もう使えないようにへし折ってあげる! バハクインパント!」
「うぎゃあっ! お、おれっちの爪が!」
今度の対決は、カトリーヌに軍配が上がった。ツノを用いたタックルでボルガンを弾き飛ばしつつ、しっぽを使ってハンマーを手元に引き寄せる。
そのままハンマーを振るい、長く伸びているボルガンの爪に叩き付け粉々に砕いてみせた。モグラ獣人は自慢の武器を失い、地面に激突する。
「ぐ、あ……! クソッ、まだだ。ここでやられちまうわけには……」
「残念だけど、もう終わりよ。あなたには……いいえ、あなたたちにはもう、何一つ奪わせない。自然も、領土も、命も全て!」
大ダメージを受けながら、なおも立ち上がってくるボルガン。それを見たカトリーヌはもう一度地面を掻き、勢いよく走り出す。
「まだだあっ! 食らえ、ストーンキャノン!」
「ムダよ、全部砕いてあげるわ!」
ボルガンは折れた爪で地面を掻き、土の塊を飛ばして悪足掻きをする。だが、全てハンマーで打ち砕かれ不発に終わった。
胸に浮かぶ星痕を輝かせ、カトリーヌは加速する。目を開き、にっこりと微笑みを浮かべながら。
「これで終わりよ。金牛星奥義! レイジングホーン・ブレイカー!」
「ぐっ……ぎゃあああああああ!!」
氷撃鎚バハクの打面に、氷のトゲが生成される。ソレが勢いよく振り抜かれ、ボルガンに炸裂した。断末魔の叫びをあげ、邪神のしもべは吹き飛ぶ。
土の壁に激突し、その衝撃でフォネイラ湖を覆っていたドームが崩壊した。土くれが消滅していく中、カトリーヌは髪をかきあげる。
「……ありがとう。わたしの中に眠る、星の力。おかげで……一歩成長出来たわ」
柔らかな笑みを浮かべ、乙女はそう呟いた。




