133話―第二の刺客、襲来
オルコフとの戦いが終わった次の日から、レジスタンスの本格的な領土奪還作戦が始まった。コリンとゴードン将軍を旗頭に、南へ攻め込む。
ダルクレア聖王国軍に圧政を敷かれていた町の住民たちは、彼らを熱烈に歓迎する。レジスタンスに協力し、内側から王国軍の支配を崩していく。
七日も経つ頃には、ウィンター領に隣接する領土のほぼ全てを奪還することに成功していた。一方、フォネイラ湖では……。
「……暇やなぁ。この装置、ぜーんぜん反応せぇへん。ま、平和なんが一番なんやけど」
「そうねぇ~。こうして美味しいお芋を食べてると、お仕事の最中だっていうのをついつい忘れちゃうわ~」
エステル率いる忍びたちと、カトリーヌ率いるウィンター騎士団の一部が合同で監視を行っていた。反抗作戦が本格化する中にあっても、フォネイラ湖の守りは疎かにしない。
いつどこでスパイを潜り込ませてくるか分からない以上、警戒を怠ることは出来ないのだ。特に、連戦連勝を重ねているこの時期は。
「姐御、湖近辺を調査しましたが怪しい人物はいませんでした。近くにある町にも異変無しです」
「ん、さよか。流石に聖王国の連中も、こっちまでは手ェ回らへんようやな」
「そうだといいのだけれどね~。油断は禁物よ、今日にでもやって来るかもしれないから~」
水辺に設置されたベンチに座り、移送されてきた魔力探知機を見張るエステルたち。そこに忍びが一人現れ、報告を行う。
「そろそろ交代の時間やな。ウチらはもう戻るけど、カトリーヌはんはどうする?」
「わたしはもう少しここにいるわ~。お芋を食べきったら帰るわね~」
「さよか。ほなら、先に行っとるで」
しばらくして、交代の時間がやって来た。エステルは部下を連れ、一足先に仮設の詰め所に戻っていく。一人になったカトリーヌが、のんびり焼き芋を食べていると……。
『邪神ノ魔力ヲ検知! 繰リ返ス、邪神ノ魔力ヲ検知! 戦闘員ハ即座ニ出撃セヨ!』
「んむっ、むぐぅっ!? けほけほ、ビックリしたわ~。いきなり鳴ったせいでお芋が喉に詰まるところだったわ」
呑気に芋を食べていたその時、突如装置の中に設置された宝玉からけたたましい音声が流れる。あまりにも驚きすぎて、危うくカトリーヌは芋で窒息しかけた。
「大変、すぐにエステルちゃんたちを――!? な、何かしらこの揺れは!」
即座にベンチから立ち上がり、エステルたちに異変を知らせに行こうとするカトリーヌ。その直後、激しい揺れが湖を襲う。
カトリーヌが周囲を見渡していると、少し離れた地面に異変が起こる。土が盛り上がり、中から八本の長く鋭い爪が出てきた。
「グププププ! まさか地中を通ってフォネイラ湖までやって来るとは思うまい。さ、まずはこの猛毒を……ん? あ、お前はカトリーヌ!」
「あ~らら、聞いちゃったわ~。あなた……ゼディオの部下ね? 首からぶら下げてる小ビンの中に、毒薬が入っているのかしら~?」
「そうさ~。対策されちまってる以上、スパイを送っても無意味だからな。こうして侵入してきたってわけよ、おれっちがなぁ!」
姿を現したのは、モグラのような姿をした獣人の男だった。土の中でも動き易いよう、光沢のあるボディスーツを身に付けている。
首には、ヒモでくくられた小さなビンがぶら下げられている。ご丁寧に、禍々しいドクロのマークが描かれているため中身は見なくても分かった。
「見られちまったんなら仕方ねぇ! そうさ、おれっちはボルガン! ゼディオ様にお仕えする親衛隊が一人よ!」
「あらあら、そうなの~。一週間前にコリンくんが戦った鳥さんのお仲間ね~。なら――遠慮なくブチ殺せるわね」
カトリーヌの特徴たるニコニコ笑顔が消え、糸目がうっすらと見開かれる。刺し貫くような眼光を浴びせかけるが、ボルガンはケロッとしていた。
「おれっちを脅かそうってか? グププ、残念だなぁ~、その手の脅しは慣れてるんだよ。こちとら色々あったもんでね」
「あらそう。何があったかは別に興味がないから、話さなくてもいいわよ~。大人しく死んでくれさえしたらそれでいいわ」
「へっ、そうはいかないね。おれっちとの会話を長引かせて、仲間が来るのを待とうってんだろうがそうはいかねぇ! ガイアドーム!」
交代で来る仲間を待ち、一対多の戦いに持ち込もう密かに狙っていたカトリーヌだが、ボルガンには看破されていたようだ。
ボルガンが両手の爪を地面に突き刺すと、土が盛り上がりはじめる。巨大な土のドームが形成され、フォネイラ湖を覆い尽くしてしまった。
「凄いわね~、この湖けっこう大きいのに。あっという間に逃げられなくされちゃったわ」
「グプププ、驚いただろ? おれっちたち親衛隊は、各々が得意とする属性の力を使わせりゃ天下一品よ! さあ、予定を変更して……まずはあんたの首をいただくぜ! モール・クロス・ネイル!」
ボルガンは跳躍し、両手を交差させつつカトリーヌへチョップを放つ。横に跳んで攻撃を避けながら、カトリーヌは修道服を脱ぎ捨てる。
「そうはいかないわ。わたしはまだ死ねないもの。お父様やお兄様、コリンくんに孤児院や財団のみんな……大切な人たちを残して先立つことは出来ないもの!」
「安心しなよ、みんなあんたの後を追うさ。調薬部隊が作り出した、この特製毒薬を湖に撒いちまえばなぁっ!」
「そんなことはさせないわ。親衛隊があと何人いるのか知らないけれど、ここで殺しておけばコリンくんたちが楽出来る。だから死んでね」
戦装束たるビキニアーマーを纏った姿になり、カトリーヌは星遺物と氷のタワーシールドを呼び出す。凄まじい冷気で、湖が凍りはじめる。
「グププププ! 一度あんたとやりあってみたかったのさ。そのデッカいハンマーとおれっちの爪、どっちが上なのか白黒つけてやるぜー!」
攻撃を避けられたボルガンは、頭から地面に着地して即座に穴を掘る。あっという間に地中に身を隠し、カトリーヌの元へ潜行していく。
カトリーヌは盾を構え、氷撃鎚バハクを握る手に力を込める。相手が飛び出してきた瞬間、ハンマーでぶっ叩くつもりだ。
「さあ、来なさい。モグラ叩きゲームのはじまりよ」
「そうかい、そんならまあ遠慮なく斬らせてもらおうかね! そいやっ!」
「うっ!? 嘘、いつの間に後ろに!?」
油断なく身構えていたカトリーヌだったが、背後からの一撃を食らってしまう。幸い、鍛え上げられた背筋のおかげで傷を負うことはなかった。
が、カトリーヌは腑に落ちないものを感じていた。直前まで追えていたボルガンの気配が、攻撃される直前で消えてしまったからだ。
「変ね、さっきまで確かに地面の下にいたはずなのに……」
「反撃しないのかい? なら次もおれっちの番だねえ。食らいな、モールスペシャル!」
一撃を与えたボルガンは、再度地中に潜る。あちこちを移動しながら、時おり飛び出してはカトリーヌへ爪の一撃を浴びせかける。
「ほらほらほらほらぁ! どうしたよ、その図体じゃ素早く動けないってかぁ?」
「うふふ、違うわ。そんなにせわしなく動かなくてもいいの。だって……もう、見切ったから」
「何を……ふべっ!?」
「はい、これでさっきの借りは返したわ~。ホームラ~ン、なんちゃって」
カトリーヌは致命傷になりうる攻撃だけタワーシールドで防ぎ、反撃の機会を狙っていたのだ。何回か攻撃をいなし続け、その隙を見つけ出す。
勢いよくハンマーを横薙ぎに振るって叩き付け、ボルガンを土の壁に向かって吹っ飛ばした。だが、ボルガンはたいしたダメージを受けていないようで、壁に着地する。
「おっとっと、今のは中々痛かったぜ。この打撃に強い特注スーツがなかったら、臓物ぶち撒けて死んでたなこりゃ」
「あら、残念。いい感じにクリーンヒットしたと思ったのだけれど。じゃあ、もう一発ね~」
「グププ、やれるもんならやってみな! おれっちはもう、お前の攻撃は食らわないぜ!」
そう叫ぶと、ボルガンは分厚い土の壁を掘って中を進む。そのまま地中に戻る……のではなく、ドームの方へと向かう。
「食らいな、ストーンレイン!」
「あらあら、どこから出てくるのかしらこの岩は。うふふ、全部砕いてあげる!」
頭上から降り注ぐ尖った岩を、カトリーヌはハンマーで砕いていく。少しして、位置を変えようとして違和感を抱いた。
足元を見たカトリーヌは、仰天してしまう。いつの間にか、足首まで地面に埋まってしまっていたのだ。
「わたしの足が! 嘘、いつの間に~?」
「グププ、上ばっかり見てると痛い目見るぜ~? おれっちは自由自在に土を操れる。あんたに気付かれることなく、足を土に埋めるなんて楽なもんよ」
「……そう。これは少し、気を引き締めないとね~」
ドームの中から響いてくるボルガンの声に、カトリーヌはそう呟く。彼女の胸に、【ウィンターの大星痕】が浮かび上がっていた。




