132話―胎動する邪神たち
オルコフとの戦いが決着し、ヌーマンたちを守っていたバリアが消える。勝利を喜び、祝いの言葉を贈ろうとする……が。
「コリンくん……その紋様は、一体どうしたんだい?」
「……これはのう、スコット殿。未熟な存在でありながら、奥義を用いたが故に背負った代償なのじゃ。わしは……時を失ったのじゃよ」
コリンの上半身には、砕けた時計盤のようにも見える赤黒い紋様が浮かんでいた。スコットの問いに、コリンはそう答える。
時を失った。その言葉の意味が理解出来ず沈黙するスコットとヌーマンに、コリンは詳しい説明を行う。
「簡単に言えば、わしの身体はもう成長することも老化することもないのじゃ。……もっと言えば、寿命という概念すらも失ったのじゃよ、わしは」
命ある者は必ず、生まれてから少しずつ成長し、やがては老いて死んでいく。それが、創世の神々が定めたこの世の理。
だが、コリンはその理から外れてしまった。天寿を全うすることも出来ず、永遠に生きねばならない。子どもの姿のまま、ずっと。
「それは……」
「わしはこれから、ずっと誰かを見送らねばならぬのじゃ。常に誰かの死を看取り、その逆はない。あるとすれば……誰かに殺されるくらいしかあり得ぬ。どう足掻いても、惨めな末路しか辿れぬのじゃ」
どう声をかけていいか分からないスコットに、懲りんは静かにそう告げる。寿命による死を迎えられない以上、コリンが死ぬ方法は二つ。
自ら命を絶つか、他の誰かに殺されるか。どちらにせよ、悲壮な死に方しか出来ない。それが、コリンの背負った代償。
一見大したことないように見えるが、元から長命な闇の眷属と神と血を継ぐコリンだからこそ。耐えがたいものなのだ。
「その、何と言うべきか……辛い境遇に立たされてしまったんだね、コリンくん」
「……ふう、もうこの話は終いじゃ。せっかく勝ったのに、雰囲気を暗くしては後味が悪かろうて。さ、お二人とも帰りましょうぞ。これから忙しくなりますからな!」
努めて明るく振る舞い、コリンは装置を担いで屋敷の方へと向かう。だが、その背中には……深い悲しみの気配が滲んでいた。
◇―――――――――――――――――――――◇
『ンフフフフ。全員揃ったようだなァ。では、恒例の報告会を始めようか』
『手早く済ませてよね、こっちは反乱軍を叩き潰すのに忙しいんだから』
同時刻、ゼビオン城内部。かつて皇帝夫婦が用いていた寝室に、ゼディオがいた。目を瞑り、神魂玉を用いて兄妹たちと連絡を取っているのだ。
精神世界にてリンクした六人の邪神の子たちは、それぞれの支配拡大の成果についての報告をする。それを聞いているのは、邪神ヴァスラサックだ。
『いつも通り、時計回りに報告をなさい。まず、デオノーラから』
『はいはい、分かってるわよママ。こっちは相変わらず、ゴキブリみたいにしぶとくて逃げ上手なエルフのクズどもの駆除を続けてるわ』
真っ白な光に包まれた精神世界に、六つのオーブが円形に浮かんでいる。その中央にある、虹色に輝く人魂――ヴァスラサックの言葉で報告が始まった。
『なんて名前だっけ……ああ、そうそう。アニエスとか言ったわね、三年前に皆殺しにしてあげた騎士団を再編して抵抗してるの。鬱陶しいったらありゃないわ』
『そう、中々しぶといのね、そいつらも。でも、所詮は下等生物。わらわの子たるお前の力を使えば、始末は容易。そうだろう? デオノーラ』
『もちろんよ、ママ。今は時間をかけてたぁっぷりいたぶってあげてる最中よ。絶望の底に沈んだところで、下限をブチ抜いて苦しめてから殺すわ』
『いい子ね、デオノーラ。流石、わらわの残虐さを受け継いでいるだけはある。ほほほほほ』
緑色のオーブから発せられる声に、邪神は嬉しそうに答える。誉められた途端、オーブが嬉しそうに輝きを放つ。
『……油断はするな、デオノーラ。我らは七百年前、一度大敗を喫している。二の舞になるようなことだけは避けねばならん』
『はいはい、おにぃは心配性だねー。そういうそっちは、どれだけ支配を進めてるのさ』
『オレの方は、すでに旧ランザーム王国を掌握済みだ。星騎士の一角、ファルダバル家を配下に引き込んだからな』
緑色のオーブの隣に浮かんでいる青色のオーブから、落ち着いた男の声が響く。デオノーラが軽い調子で返答し、ついでに質問を投げ掛ける。
返ってきた答えを聞き、他のオーブと邪神の人魂が揺れる。みな、驚いているようだ。
『ンフフフフ。流石、兄上は手が早い。星騎士を手懐けるとは、やりますなァ』
『あの醜い男……グリルゴと言ったか。ヤツは支配を固める上で不要だったのでな、甥二人を用いて始末してもらった』
ゼディオの言葉に、青色のオーブの主が答える。グリルゴが虐待していた前当主の子二人の憎悪を煽り、殺害させて新たな当主に据えたらしい。
『二人のうち、兄の方はオレに恩義を感じ忠誠を誓っている。弟の方は懐疑的だが……兄が抑えているからな、反旗をひるがえすことはない』
『流石、ラディウスは仕事が早いわ。わらわの知略と武勇を受け継いでいるだけあるわぁ。裏切り者のギアトルクの代わりに、次男のあなたが頑張ってくれているのが分かって安心ね』
『ありがたきお言葉です、母上。この大地の制圧が成れば、次は』
『暗域に攻め入って、裏切り者とフェルメアをブッ殺すの。ねぇ、みんな?』
青色のオーブの主、ラディウスの言葉を遮り、甲高い声が響く。順番が飛び、六番目に報告をするべき赤色のオーブの主が話を振ったのだ。
『メルーレ、順番を飛ばしちゃダメじゃない。次はゼディオにぃの番なんだからさ』
『ンフフ、我は構わぬ。何なら、報告は最後でもいい。ちと問題が起きているのでな』
『へぇ、問題ねぇ。それはアレかな、例の……ギアトルクの息子絡みかな?』
ゼディオの化身たる銀色のオーブの隣に浮かぶ、金色のオーブから無邪気そうな少年の声が響く。その瞬間、場の空気が一気に変わった。
これまで散々、自分たちの邪魔をした仇敵。同じ邪神の血を引く存在でもある、忌まわしい闇の申し子……コリンの話となり、みな殺気を放つ。
『……ンフフ、その通り。奴は帰還した。今はウィンター領に身を寄せ、我を打倒せんと策を練っている』
『殺しちゃいましょ。アタシが津波起こすから、どばーんって。それで全部おしまい』
『ラヴェンタ姉ちゃん、距離を考えなよ距離を。内陸中の内陸なウィンター領に届く津波なんて起こしたらさ、他のトコも壊滅するじゃん』
『……しまった、うっかり。オルドーは頭が回る』
『姉ちゃんがヌけてるだけだと思うけどねー』
ゼディオの報告そっちのけで、金色のオーブの主と紫色のオーブの主が姉弟漫才を始める。すると、人魂から白い光の波動が放たれた。
『お遊びはそこまでになさい。あのガキが帰ってきたというのなら、手を打たなければならないわ。我が子たちよ、他の星騎士たちにあのガキの帰還を知られないようにしなさい。希望を与えてはダメよ!』
『かしこまりました。特に、未だ抵抗を続けているオーレイン、バーウェイ、ガルダ、リーデンブルクの各当主には決して悟られぬようにしましょう』
『ンフフ。ですが、一族丸ごと行方を眩ませたバルダートン家や、生死不明なカーティス家の小娘は厄介ですなァ。ウィンター領へ向かうのはリスクが高いが故、そうそうしないとは思うが』
ヴァスラサックの言葉に、ラディウスとゼディオが答える。コリンが生きていると知れば、各地の抵抗勢力が奮起する起爆剤となってしまう。
そうなれば、制圧完了が長引いてしまうことになる。それだけは断固として阻止したいヴァスラサックは、ゼディオに命じた。
『わらわはまだ動けない。四年前に負った傷を癒すために力を使い、現世に顕現するためのパワーを使い果たしてしまったからね。ゼディオ、コリンを殺しなさい。奴の首を、わらわに捧げよ!』
『お任せを、母上。我が麗しき光の力があれば容易いこと。どれだけ濃く深い闇の中に逃げ込もうとも……我が太陽からは逃れられませぬ。何人も、ね』
『場合によっては、すでにこちらに下った星騎士どもを利用することも許可するわ。全力を尽くし、撃滅しなさい。他の子たちは、それぞれの領域の支配を磐石なものにすること。いいわね?』
邪神ヴァスラサックとその子どもたちが、コリン抹殺のために動き出す。精神世界から帰還したゼディオは、額に埋め込まれた神魂玉を撫でる。
ウィンター領を崩壊に導くための作戦が、ついに起動しようとしていた。




