130話―天より来る刺客
翌日、町の外で行われた魔力探知機の実験は、大成功を納めた。ヌーマンやスコット立ち会いの元、捕虜たちを用いテストが行われた。
結果、探知機は捕虜たちの体内に宿るヴァスラサックの魔力を検知してみせたのだ。これでもう、憂いることは何もない。
後は装置を屋敷に戻し、近くの木に縛っている捕虜たちを牢屋に連れ帰れば実験終了だ。
「いや、凄いものを作ったものだねコリンくん。これで、スパイを見つけ出すのも簡単だ。本当にありがとう」
「いえいえ、こうして無事完成させられたのはカトリーヌやゴードン将軍、エレナ皇女のおかげ。お礼なら、彼女たちにしてくだされ」
「はは。相変わらず、言葉遣いとは裏腹に謙虚だね。さて、父上。この装置、急ぎフォネイラ湖へ移送した方がいいかと思いますが」
「そうだな、スコット。まだ異変が起きたとの知らせはないが、いつ敵が動き出すか分からぬ。すぐに動いた方がいい」
そんなこんなで、装置はすぐにフォネイラ湖に運ばれ、設置されることとなった。ウィンター領西部にある湖までは、片道十日はかかる。
装置の重量自体はそこまでではないが、いかんせん大きいため輸送にはそれなりに時間がかかる。……と思われたのだが。
「なら、ワープマーカーを使いましょう。こういう時に使ってこそ、意味がありますからね」
「お、それなら楽じゃのう。カトリーヌから、フォネイラ湖までは山道だらけと聞いておったからな。楽が出来るならありがたいわい」
「分かった、ではワープマーカーを使おう。先発隊にも、装置の説明をする。それなら……」
その時。コリンたちの遥か上空に、不気味な気配が突如出現する。全員が空を見上げると、銀色の太陽をバックになにかが浮いていた。
「これは都合がいい、ウィンター家の重鎮が二人もいるとは。奴らを始末し、ゼディオ様に捧げよう!」
「来る! 二人とも、わしの背後に! ディザスター・シールド【天蓋】!」
『なにか』は翼を広げ、コリンたちの元に急降下してくる。コリンはヌーマンたちを守るべく、ドーム状の闇の盾を展開する。
防御が間に合い、相手の攻撃が防がれる。闇の盾越しに、コリンは相手の姿を見た。背中に翼が生えた、ハヤブサのような頭部を持つ鳥人だ。
「あ、あなたは! オルコフ様!」
「ど、どうしてここに!? あなたはゼディオ様の親衛隊のはず!」
襲撃者――オルコフを見た捕虜たちは、驚愕しながら叫ぶ。どうやら、かなりの大物らしい。コリンは警戒を解かず、ジッと相手を見つめる。
「ほう。貴様、ゼディオの部下なのか。何ゆえここに来た?」
「何故か、と? 決まっているだろう、そこに縛られている不甲斐ない奴らを粛清するためさ。ゼディオ様は大層お怒りだ。秘密を知られた挙げ句、あのようなものを作られたのだから」
コリンの問いに答えた後、オルコフはドームの中にある装置を見つめる。方法は分からないが、すでにゼディオに存在がバレているようだ。
「我が主は、銀色の太陽を通してこの国の全てを照覧されておられる。お前たちのムダな抵抗も、全て認知済みだ」
「ほー、それは初耳じゃな。面倒なものよ、ますますあの太陽を壊したくなったわ」
「それは不可能だな。我が主が健在である限り、太陽は沈まない。永遠の昼が、この国に在り続けるのさ!」
「ぐあっ!」
「ぎゃああ!」
「げひっ!」
そう言うと、オルコフは折り畳んでいた翼を勢いよく広げる。すると、羽根が抜け、投げナイフのように飛んでいく。
狙われたのは――捕虜たちだ。三人とも、眉間を貫かれ即死した。あっさりと一つ目の目的を達したオルコフは、戦いの構えを取る。
「次はその装置だ。日陰を作るものは全て破壊せよ、とゼディオ様はおっしゃられた。闇の申し子よ、いざ尋常に勝負!」
「フン、よかろう。貴様が真の武人か、それとも武人の皮を被った外道なのかを見極めてやる」
「コリンくん、気を付けて!」
オルコフからの挑戦を受けたコリンは、盾の外に出た。星遺物を呼び出し、額に【ギアトルクの大星痕】を輝かせながら魔力を練る。
それを見たオルコフは翼を羽ばたかせ、つむじ風を巻き起こす。両の手足に備えられた鋭いカギ爪が、陽光を浴びてきらめく。
「幻陽神将ゼディオが親衛隊、オルコフ参る! 受けてみよ、ファルコンクロー!」
「速い……じゃが、かわせぬほどではない! 食らえ、ディザスター・ランス!」
地面を蹴り、爪を用いた貫き手を放つオルコフ。コリンは動体視力をフル活用して攻撃を避け、最速詠唱からの闇の槍を放つ。
至近距離で放たれた槍は、相手の身体を貫く……と思われた。が、ハヤブサの鳥人は空に飛び立ち、容易く槍を避けてみせた。
「いい一撃だった。私が鳥人でなければ当たっていたところだよ。次はこちらの番だ。烈風カマイタチ!」
「そんなもの、跳ね返してくれる! ディザスター・シールド【反射】!」
せわしなく翼を羽ばたかせ、つむじ風を操り真空の刃を作り出すオルコフ。コリン目掛けて無数の刃を放つが、闇の盾で防がれ跳ね返される。
「切り刻まれてチキンの刺身になるがよいわ!」
「フッ、我が機動力を甘く見てもらっては困る。この程度、避けきるのは容易い!」
コリンによって反射されたカマイタチが返ってくるも、オルコフは素早く降下して回避する。そのままコリンに向かって加速し、攻撃を繰り出す。
「受けてみよ! ファルコンアッパー!」
「くっ、盾の交換を……ぬうっ!」
ディザスター・シールド【天蓋】は、飛び道具しか反射することが出来ない。直接攻撃を防ぐには、別の形態にしなければならないのだ。
偶然にもその弱点を突かれ、盾を突破されたコリンに拳が叩き込まれる。林の方に吹っ飛ばされ、木々が薙ぎ倒されていく。
「コリンくん!」
「何という威力だ、あれではコリンくんもただでは済むまい……」
スコットとヌーマンが心配する中、地上スレスレを滞空するオルコフは油断無く林の方を睨む。この程度で倒せるほど、相手は弱くない。
そう警戒していたのが功を奏した。薙ぎ倒された木々の山から、闇の槍が放たれたのだ。オルコフに当たる直前で三つに分裂し不意打ちするも、また避けられる。
「フン、やるではないか。教団や聖王国の雑魚どもとは……なるほど、一味違うというわけじゃな」
「親衛隊の実力をみくびられては困る。かつて存在した、ヴァスラ教団の最高幹部……セブンスオラクルよりも、私は遥かに強い。そう自負しているよ」
「うむ、確かに強いわい。咄嗟にスライムで身体を覆わねば、今ので致命傷を食らっておったわ」
槍が放たれた衝撃で折れた木が吹き飛び、コリンが姿を現す。林に突っ込む直前、全身を闇のスライムでコーティングすることで衝撃を和らげたのだ。
「打撃には強くても、貫く攻撃はどうかな! フェザースコール!」
「面白い、ならばスコール対決じゃ! ディザスター・ランス【豪雨】!」
上空へと舞い上がったオルコフは、翼を羽ばたかせて羽根の雨を地上に降らせる。対するコリンは、無数の闇槍を放って迎撃した。
羽根と槍、二つの豪雨がぶつかり合う。ヌーマンたちが見守る中、対決を制したのは……コリンの方だった。
「勝機! ランス追加じゃ! ウーーーラーーー!」
「ぐっ! 少しとはいえ、脇腹を抉られたか……!」
羽根を全て撃墜し、追加で四本の槍を放つ。そのうち三本は避けられたが、残る一本がオルコフの脇腹を抉った。これで勝負アリ、と思われたが……。
「だが、まだ終わりではない! 地に落ちた羽根よ、少年の魔力を吸い取れ! フェザートラップ!」
「! 羽根が……うぐっ!」
撃ち落とされて地面に落ちた羽根が浮かび上がり、コリンの周囲を漂いはじめる。すると、羽根が白く光り出し、コリンの魔力を吸い取っていく。
「流石のお前も、無限の魔力は持っていまい。このまま魔力を吸い、力尽きたところを仕留めてやる!」
「ぬう……搦め手を使いおるか。ならば、真っ向から破ってくれよう。……一度支払った以上、もう代償を払うこともない。見せてくれようぞ、我が奥義を! 星魂顕現・カプリコーン!」
魔力を吸い尽くされれば、勝ち目はない。短期決着を狙い、コリンは四年前にたった一度だけ使った奥義を発動する。
額に浮かぶ星痕が一際強く輝き、コリンの身体が変化していく。山羊のようなヒヅメと体毛を備えた下半身、巻きツノが生えた頭部。
山羊の化身と化したコリンの姿が、そこにあった。
「なんと……凄まじい魔力だ、こんな奥の手をコリンくんが持っていたとは」
「ほう。中々に禍々しい姿になったものだ。実に興味深い」
「この姿になったからには、もうわしは止まらぬぞ。オルコフ、貴様を倒してくれるわ!」
星の力を身に宿し、コリンは笑った。




