129話―エレナから出た妙案
フォネイラ湖汚染計画の存在がヌーマンに伝えられると、彼は迅速に動いた。レジスタンスの一部を忍びたちに同行させ、湖の監視を始める。
それと同時に、スパイの捜索も行われる運びとなった。……とはいえ、手がかりはほとんどない。だが、闇雲に探しても時間をムダにしてしまうだけ。
「さて、どうしたものやら。スパイか……どうやって見つけ出すかのう」
「そうですね、相手は極秘任務を行う手練れですから……そう簡単には、正体を暴けないかと思います」
エステルと再会した次の日、コリンはエレナ皇女と四年ぶりのお茶会をしていた。旧帝国領奪還に向けて動く傍ら、スパイを見つける方法も考えているのだ。
「ううむ、さてさてどうするか。こういう時に限って妙案が思い浮かばぬわ」
「うーん……ウィンター領にいる全ての人たちを一人ひとり確認する、とはいきませんものね。困りましたわね……。何か、目印でもあればいいのですけれど」
「ん? 目印? そうか、その手があったわ!」
エレナの発言で、コリンは何か妙案を思い付いたようだ。パンと手を叩き、同時に勢いよく椅子から立ち上がった。
「ど、どうされたのですか? コリン様」
「うむ、皇女殿下の言葉で、いい考えが思い浮かびもうした。ありがとうございまする、殿下」
「い、いえそんな。でも、コリン様のお役に立てたのなら嬉しい限りです」
コリンに感謝されたエレナは、顔を真っ赤にして照れる。一旦お茶会を中止し、コリンは一目散にとある場所へと向かう。
屋敷を飛び出し、向かった先は……パジョンの町の外れにある、牢屋だった。牢番をしている憲兵たちに話をつけ、コリンは中に入る。
「数日ぶりじゃのう、捕虜の諸君。元気にしておったか?」
「……おかげさまでな。人道的な扱いに感謝しているよ」
声をかけられた捕虜のうちの一人が、嫌みたっぷりにそう答えた。捕らえられた日から、彼らはずっと牢屋に収監されている。
もっとも、一日三食きちんと食事を出されているし、やや狭いが運動場で身体を動かす時間も与えられている。全て、ヌーマンの計らいだ。
「今さら何の用だ、もう俺たちの記憶は全部見ただろうに」
「今回は別件じゃ。ちと確かめたいことがあってのう。もう一度記憶を確かめさせてもらうぞよ」
牢番が見守る中、コリンは牢屋の中に入り捕虜たちに近付く。下手に抵抗すれば手痛い反撃に合うということを、捕虜たちは初日に嫌というほど思い知らされていた。
故に、みなおとなしく嵐が過ぎ去るのをジッと待っている。コリンは手をかざし、捕虜たちの脳内にある記憶を呼び出す。
「ぬうぅぅん……ハァッ!」
コリンが魔法を発動すると、手のひらを通して捕虜たちの記憶が流れ込んでくる。不要な記憶はスルーし、コリンはどんどん記憶を見ていく。
(これも違う、あれも違う。浮気がどうのとかはどうでもよ……む、あった! これじゃ、この記憶じゃ!)
しばらくして、コリンは目当ての記憶を見つけ出した。ダルクレア聖王国樹立後、兵士に登用された彼らが洗礼を受ける場面の記憶だ。
『偉大なる志願者たちよ、汝らにわらわの洗礼を与えよう。我が加護を以て、汝らは女神の使徒となる。この力を、存分に振るうといい』
『ハッ、ありがたき幸せにございます!』
コリンの脳裏には、広い聖堂に集まった大勢の兵士たちに洗礼を行うヴァスラサックの姿が映っていた。不快そうに鼻を鳴らし、そのまま見続ける。
(……時期的に、今から二年ほど前じゃな。奴め、すっかり元気になりおって。ムカつくことこの上ないわ)
神殿と共に道連れにした際の負傷はすでに完治しており、ピンピンしていた。神の治癒力があれば、二年も経てば余裕で快復するのだろう。
『さあ、こうべを垂れなさい。わらわの魔力を、汝に与える。この力がある限り、汝らはいついかなる時、どのような姿になろうとも互いを認識出来るようになる』
(! これじゃ、やはりわしの考えは当たっておったわ! 神なんぞ、どいつもこいつも自己顕示欲の塊。必ず自分の魔力を分け与えると思うておったわ)
場面が進み、ヴァスラサックが魔力を兵士たちに与えているシーンに映る。それを見たコリンは、ニヤリと笑った。
記憶の世界から意識を戻し、捕虜たちの前にかざしていた手を一旦下げる。記憶を見られ、体力を消耗している捕虜たちは荒い息を吐く。
「はあ、はあ。もういいのか? え? 満足したのか、ガキ……おぐっ!」
「口の利き方には気を付けい。次は爪先に鉄板を入れた靴で脛を蹴るぞよ」
「おおおおおおお……」
減らず口を叩く捕虜の男の脛を蹴りつつ、コリンはそう口にする。悶絶する仲間を見ながら、残りの二人はガタガタ震えていた。
「さて、次のステップに移るとするかの。おぬしらの体内にあるヴァスラサックの魔力……スキャンさせてもらうぞよ!」
「な、何をす……うわああああ!?」
コリンは脛を蹴られずに済んだ捕虜二人の肩を手で掴み、魔力を吸い上げる。手を離すと、捕虜たちの身体から力が抜けふにゃりと倒れ込む。
対して、コリンの身体には力が溢れていた。捕虜たちがかつて洗礼として分け与えられた女神の魔力を、一時的に宿したからだ。
「これでよし! 後は、この力が消えぬうちに作らねば!」
用が済み、コリンは一目散に屋敷へと戻る。財団が管理していた、廃棄される予定の木材を譲り受け何かを作りはじめた。
「よいしょ、よいしょ。むー、鈍いノコギリじゃのう! これでは日が暮れてしまうではないか!」
「あら~、可愛い日曜大工さんね~。何を作っているのかしら、コリンくん」
「珍しいですな、コーネリアス様が工作をするとは」
ハンマーや釘、ノコギリにカンナ等の道具を借り、庭の片隅で作業をはじめるコリン。が、馴れない大工の作業に四苦八苦していた。
そこに、ちょうど町で買い出しをしていたカトリーヌと、レジスタンスの詰め所で会議をしていたゴードンが帰ってくる。
「おお、二人ともちょうどよいところに! 実はのう、スパイを見つけ出すための装置……のガワを作っておるんじゃ。しかしのう、こういう作業は馴れておらぬでな。手伝ってはもらえぬか?」
「うふふ、喜んで~。力仕事ならオーガのわたしにお任せよ~」
「俺もお手伝いしよう。少しでも恩を返したいのでな」
カトリーヌとゴードンが加わり、作業はスムーズに進む。夕方になる頃には、コリン発案のスパイ発見装置が完成した。
「出来たのう、完成じゃ! 二人とも、ありがとうよう。おかげで予定より早く出来たわ」
「うふふ、どういたしまして。それで、この箱をどう使うのかしら?」
彼らが作ったのは、長方形の木箱だった。前面に蓋が備え付けられており、開くようになっている。中には、コリンが作り出した宝玉が納められていた。
これまた木材を削り出して作った、いびつにねじ曲がった七本の支柱に支えられている。宝玉は黒い輝きを放っており、見ていると吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「この宝玉には、捕虜たちから吸い出した邪神の魔力を込めてある。記憶を見た限り、聖王国の兵士どもはみな、例外なく邪神の洗礼を受けておる」
「ふむ、なるほど。しかし、それとこの装置にどんな関係が?」
「簡単な話じゃ。全員が共通して邪神の魔力を宿しているならば……それを感知出来るようにし、スパイを即座に見つけられるようにすればいいのじゃよ」
「! なるほど! 確かに、それならばすぐにスパイの特定も出来ますな。ウィンター領に入り込んでいるかも、容易に判別可能だ」
コリンの言葉に、ゴードンは感嘆する。これで、敵の強みは封じたも同然。例えすでにスパイが潜り込んでいようが、一発で分かる。
「しかし、まだ喜ぶのは早いぞよ。きちんと機能するかどうかテストしなければならぬからのう。明日、捕虜たちを使って実験をするでな」
「ええ、それがいいわ~。本番になってからダメでした、が一番困るものね~」
カトリーヌはコリンの言葉に頷き、彼の頭を優しく撫でる。念には念を入れ、万が一の事態を引き起こさないようにする。
ウィンター領防衛のためには、手間隙を惜しんではいられない。隙を見せれば、破滅の沼に突き落とされてしまうのだから。
「これも全て、皇女殿下のおかげじゃよ。殿下の一言で、今回の策を思い付いたからのう」
「……む~。羨ましいわ~。皇女様。わたしもコリンくんに褒められた~い」
エレナに嫉妬し、カトリーヌはぷぅと頬を膨らませる。そんな彼女たちを、銀色の太陽が見下ろしていた。
着々と、準備が進む。味方も敵も、両陣営共に。




