128話―もたらされた知らせ
「! そこにいるのは……エステル、か?」
「そうや、ウチや! 生きてたんやな……ホントに生きとったんや!」
正門に現れたエステルに、コリンが気が付いた。呟きを漏らした瞬間、エステルが駆け寄ってくる。矢も盾もたまらないといった様子で、コリンに抱き着く。
遊んでいた子どもたちは一旦距離を取り、様子見することにしたようだ。……小さな野次馬になったとも言うが。
「コリンはんのバカ! なんでこの四年、一回も連絡寄越してくれへんかったんや! ウチらがどれだけ、心配したか……」
「済まなかった、エステル。わしも色々あってな、つい最近、ようやく帰還したばかりなのじゃ」
安堵の涙を流すエステルを抱き締め返しながら、コリンはまず心配させたことを謝る。そして、これまでの一部始終を話す。
コリンもコリンで大変な目に合っており、連絡を取る手段もなかったということを知り、エステルはひとまず引き下がった。
「あ……ははっ、なんや安心したら腹へってきたわ。ここ数日、ロクにメシも食うてへんからな」
「なら、カトリーヌに頼んで何か作ってもらおう。これ、済まぬがカトリーヌを呼んできてもらえるかの?」
「はーい、任せてー!」
孤児院の子にカトリーヌへの伝言を頼み、コリンはエステルに闇の治癒魔法をかける。空腹は誤魔化せないが、多少は元気になるだろう。
「あ、せや。ウチの部下もココに呼ばな。みんな、町で聞き込みしとる最中やし。それっ!」
安心感から気が抜けていたエステルは、ふと部下のことを思い出し懐から小さな玉を取り出す。忍び装束で擦ってから真上に放り投げると、小さな爆発が起こる。
「これでよし。気付き次第ウィンター邸に……あ」
「あー、お姉ちゃんのお腹がきゅるるって鳴ったー」
「鳴った鳴ったー」
やることを終えた後、エステルのお腹が可愛らしい音を出した。それを聞いた子どもたちは面白かったようで、わいわい囃し立てる。
思わずコリンもプッと吹き出してしまい、即座にヘッドロックされる。照れ隠しとお仕置きを兼ねて、頭を拳でぐりぐりされた。
「こらー! 笑うんやない、次笑ったらコリンはんみたいにするで!」
「いてて、やめぬかエステル! これ、放すのじゃああ!」
バタバタ手足を動かすも、コリンの顔には笑みが広がっている。本気で拳をぐりぐりされているわけではないため、痛いフリをしているのだ。
しばらく戯れた後、ウィンター邸にエステルの部下たちが集う。それから少し遅れて、孤児院の子を伴ってカトリーヌがやって来た。
「あらあら~、よく来てくれたわねエステルちゃん! みんなボロボロね、何があったの?」
「話したいことはぎょうさんあるけど、今はまずメシや……。みんな、腹へって倒れそうなんや」
「分かったわ~、すぐにご飯を作るからちょっと待っててね~。コリンくん、みんな、エステルちゃんたちを屋敷まで連れてってあげて~」
「はーい!」
四年前から変わることなく、元気よく返事をした子どもたちはくの一たちを支え屋敷へ連れていく。コリンもエステルに肩を貸し、連れていく……が。
「……のう、カトリーヌは別段怪我をしておるわけではないのじゃよな?」
「うふふ、そうよ~。全身元気いっぱ~い、ね」
「では何故カトリーヌまでわしにくっつくのじゃ?」
「そういう気分だから~」
「いや、気分て。まあ、ウチも理解出来るけど」
すっかりさみしんぼになってしまったようで、カトリーヌはコリンに密着していた。大分歩きにくそうだが、コリンは気にしない。
なんだかんだで、彼も人の温もりが欲しかったのだ。一人ぼっちで四年分も異次元をさ迷っていたのだから、仕方ないことだ。
屋敷に入り、食堂でしばらく待っていると料理が運ばれてきた。肉、魚、野菜、パン。美味しそうな料理の山を前に、エステルたちはよだれが止まらない。
「お腹も空いてるだろうし、たくさん食べてね~。おかわりもたくさんあるから、遠慮はいらないわ~」
「おお……! こんなにたくさん食べてええんか!? 恩に着るで、カトリーヌはん! みんな、メシの時間や! 腹いっぱい食べるで!」
「いただきまーす!」
エステルとくの一たちは、物凄い勢いで料理を平らげていく。よほどお腹がすいていたのか、まともな料理をしばらく食べていなかったのか。
どちらにせよ、みな目尻に涙を浮かべステーキや焼き魚、サラダをがっつく。その様子を見ていたコリンは、呟きを漏らす。
「しかし、よくまあこれだけ料理を出せるのう。この四年、孤立無援だったのじゃろ?」
「ええ。でも、ウィンター領には豊かな穀倉地帯がいくつもあるの。そのおかげで、わたしたちも民も飢えずに済んでいるのよ~。特に、西にある」
「あっ! そうや、そのことで大事な話があるんやった!」
コリンとカトリーヌが話をしていると、突如エステルが叫ぶ。口のまわりをソースまみれにしながら、焦った様子で話し出す。
「ウチら、ゼディオに乗っ取られたゼビオン城に忍び込んどったんやけどな……もぐっ。そこで、とんでもない計画書を見つけた……はぐっ、んや」
「姐御、話すか食べるかどちらかにしましょうよ。行儀悪いですよ?」
「んぐんぐ……ごくん。せやな、腹もふくれたし話に集中するわ」
部下に注意され、エステルはナプキンで口を拭く。一息ついた後、砂を操って空中に何かを作り出した。よく見るとそれは、何かの書類のようだ。
「連中はスパイを送り込んで、ウィンター領最大の水源……フォネイラ湖に猛毒を流し込むつもりや。もし成功されたら、一気に領民全滅や」
「それは許せないわね。あそこを汚染されたら、食料生産が立ち行かなくなるわ。そうなったら、領民たちを養えない……半年も保たずに内部崩壊よ」
エステルからもたらされたのは、ウィンター領に迫る深刻な危機だった。コリンは神妙な顔つきになり、腕を組む。
「……うむ。実はの、捕らえた捕虜たちの記憶を覗き見た時にも似たような計画書があったのじゃ。強力なプロテクトをかけられておったせいで詳細が分からなかったが……そういうことであったか」
「せや。だからウチらは、計画書の写しを撮ってヌーマン卿に渡そうと思ったんよ。知ったからには放置出来へんから」
「ありがとう、エステルちゃん。みんなはここでゆっくりしてて。お父様に話してくるわ」
パチンとエステルが指を鳴らすと、カトリーヌの元に計画書の写しが降下してくる。それを手に持ち、ヌーマンのところへ走っていった。
残ったコリンは、食事をしているくの一たちを見ながら思考する。計画書には、スパイを送り込むと書いてあった。ここで、一つの疑問が浮上する。
(……計画書の写しには、いつスパイを送り込むかは記されていなかった。つまり――すでにウィンター領に入り込んでいる可能性があるわけじゃな)
スパイの正体は、極秘中の極秘情報。下っ端・オブ・下っ端な捕虜たちには、まず知らされてはいないだろう。
(何とかして、スパイを見つけ出さねばなるまい。いや、そもそもすでに潜り込んでおるのかどうかの調査から始めねば……)
「コリンはん。おーい、コリンはーん」
「ん? あ、おお。何じゃ? エステルよ」
「スパイのことについて考えとったんやろ? 顔に書いとるで、『スパイは誰なんやろなー』って」
エステルにほっぺをつんつんされ、コリンは思考の沼から意識を浮上させる。彼女の方を向くと、にっこり笑っていた。
「スパイの調査とフォネイラ湖の監視、ウチらに任せてはもらえへんか? 元々、全面的に協力するつもりやったさかいな」
「もちろん! 姐御の命令とあらば、例え火の中水の中! どこにでも行って調査しますよ!」
「このご恩、バッチリ身体でお返しします!」
どうやら、コリンやレジスタンスの代わりにエステルと部下の忍びたちがスパイ探しを請け負ってくれるようだ。
コリンは頷き、彼女たちに一任することを決める。コリンはコリンで、旧帝国領の奪還に向けて動かねばならない。
猫の手も借りたい状況なのだ、協力してくれるというのならば拒むつもりは毛頭なかった。
「みな、ありがとうのう。全員で力を合わせれば、必ずやゼディオやヴァスラサックの野望を打ち砕ける。さあ、共に戦おうぞ!」
「えい、えい、おーーーーー!!!!」
コリンの言葉に頷き、忍びたちは握り拳を真上に突き上げる。反撃の役者は揃い……逆襲が、始まる。




