13話―黒き絶望の杖
「大人と子どもの差を見せる? ……ふ、ふふふ。ふふふわあっはっはっはっ! 面白いことを言うのう、気に入ったわい」
「あまり舐めたクチを利くなよ、小僧。目上の相手は敬えと、親から教わらなかったのか?」
不敵な態度を見せるコリンに苛立ち、ボルドールは思わずそう口にする。対するコリンはというと、余裕の姿勢を崩していない。
「あいにく、尊敬するべきとわしが感じた相手しか敬うつもりはないぞよ。それこそ、ヌーマン卿やハンス殿は敬わねばならぬご仁じゃ」
「フン、その二人ならあの屋敷の中さ。可哀想になぁぁ、奴らは死ぬんだよ。ウィンターの血筋も、今日で途絶えるのだ!」
そう叫ぶと、ボルドールはレイピアを呼び出す。目にも止まらぬ素早い動きで突きを放ち、コリンを串刺しにしようとする。
「二度と生意気なクチを利けないようにしてやる! 我が剣でその舌を貫いてくれるわッ!」
「おっと、危ないのう。流石のわしも、首を貫かれては死んでしまうわい」
が、コリンは即座に身体を横にスライドさせてレイピアを避ける。そのまま闇の槍を生み出し、ボルドールに向けて放つ。
「ディザスター・ランス!」
「速い、が……避けられぬ速度ではない!」
猛スピードで迫り来る闇の槍をバックステップでかわし、ボルドールは一旦距離を取る。コリンの追撃を防ぐため、ナイフを三本投げながら。
飛んできたナイフを叩き落としつつ、コリンは笑う。これまでアシュリーたちに見せた、子どもらしい無邪気なものではなく、獰猛な獣のソレだ。
「ふふ、なるほど。同族なだけあって、これまでの奴らとは違うのう。骨が有りおるわい」
「見たところ、今の魔法が貴様の使えるモノの中では最も程度が低いようだな。あの程度の魔法で俺を狩れると思うなら、思い上がりも甚だしいぞ、小僧」
「うむ、あれはただの牽制じゃよ。おぬしを孤児院から出すための、な」
「なに?」
コリンの言葉に、ボルドールは体よく孤児院の外に追い出されたことに気付く。屋内で暴れさせないために、コリンが一計を案じたのだ。
「外でならば、存分に殺し合いるでな。ここで暴れると、子どもたちや職員さんが困るからのう」
「いちいち気にくわない小僧だ! もう二度と余裕ヅラ出来ないようにしてやる!」
悠々と孤児院の外に歩いてくるコリンに苛立ちながら、ボルドールは指笛を鳴らす。すると、庭で侵入者たちと戦っていた護衛騎士たちの身体が動かなくなる。
「なんだ、身体が!?」
「黒装束たちよ、来い! この小僧を共に始末するのだ! 騎士どもは後でゆっくり消してやれ!」
「承知しました、ボルドール様」
ボルドールは一対一で戦うより、数の優位を取ることを選んだようだ。総勢十三人の黒装束が加わり、一対十四となる。
これだけの数の差があれば、余裕でコリンを倒すことが出来る。そう考えていたボルドールだったが……。
「さあ、お前たちかかれ!」
「おおーーー!!!」
「ふむ。なるほど、先ほどの二倍の数じゃな。しかし、ムダじゃよ。数の暴力でわしを蹂躙したいなら……この百倍は連れてまいれ。ディザスター・ランス【雨】!」
コリンの持つ魔力が膨れ上がり、頭上に大量の闇の槍が生成される。その数、五十は下らない。凄まじい数の槍を見て、黒装束たちの動きが止まった。
「な、なんだあの数は!?」
「あんなのを一斉に発射されたら、避けきれないぞ!」
「左様。ほれ、食らうがよいわ!」
コリンがパチンと指を鳴らすと、槍が一斉に射出される。それと同時に、ボルドールが動く。大量のナイフを投てきし、槍を相殺し始めたのだ。
「いくつかは俺が打ち消す! お前たちは隙間を通って小僧を仕留めろ!」
「ハッ、かしこまりました! よし、行くぞ!」
「おう、任せ……うぎゃあ!」
ボルドールの援護を受け、黒装束たちは走り出す。大多数は相殺されずに落ちてきた槍に貫かれて死んだが、三人ほどがコリンの元に到達した。
その様子を見ていた護衛騎士たちは、コリンに向かって叫ぶ。
「少年、危ない! 早く逃げるんだ!」
「もうおせぇ! 死ね、ガキ……ほぶっ!?」
「甘いのう。わし、こう見えて格闘もイケる口なんじゃよ」
真っ先に到達した黒装束の男の攻撃をかわし、コリンは相手の腹部に掌底を叩き込む。まさかの素手による反撃で吹っ飛んだ男を、槍が貫きトドメを刺した。
「くっ、このぉ!」
「ぶっ殺してやる、クソガキがぁ!」
「ムダじゃ。パラライズドサークル! からのー……ディザスター・ランス!」
「うぐあああっ!」
残りの二人が一斉に襲いかかるも、足元に出現した痺れの魔法陣を踏み動きが止まる。そこを狙った闇の槍が放たれ、十三人いた黒装束はあえなく全滅した。
「ば、バカな……! あれだけの数が、ものの数分で全滅だと!? チィッ、ならば直接仕留めるのみ!」
「来るがよい、ボルドールとやら。言っておくが、同族には一切容赦せぬぞ」
「それはこちらのセリフだ! 我が剣をしゃぶりながら死ね!」
「よかろう、では見せてくれる。パパ上より受け継いだ秘宝、『星遺物』をな! いでよ、闇杖ブラックディスペア!」
レイピアを構え突進してくるボルドールを見ながら、コリンは右手を真横に伸ばしつつ叫ぶ。すると、闇の魔力が右手に集まり、一本の杖が生成される。
上部にある握りの部分に、大きな黒い宝玉が埋め込まれた大きな杖だ。ゆうに、コリンの身長の半分はあるだろう長さがあった。
「!? な、なんだその杖は! 強大な闇の魔力が……どんどん、溢れ出ている……」
「凄いじゃろう? これはのう、わしのパパ上……フリード・ギアトルクが邪神との戦いで用いたモノじゃ。他の十二星騎士の末裔たちも、それぞれの星遺物を持っておるぞ」
手にした杖で地面をトントンつつきながら、コリンはそう口にする。杖に埋め込まれた宝玉がコリンと共鳴し、魔力を爆発的に増幅させている。
あまりにもけた外れな魔力に、ボルドールは慌てて急停止してしまう。護衛騎士たちも、鎧の下に冷や汗が流れていた。
「ほれ、どうしたのじゃ? 来るのか来ないのかハッキリせい。来ないのであれば、わしから」
「だ、黙れ! その杖ごと串刺しにしてくれるわ!」
凄まじいプレッシャーに押され、なかば半狂乱に陥りつつもボルドールは突進を再開する。コリンの懐に飛び込み、突きの連打を浴びせかけた。
「どうだ、我が突きは! 目で追えぬだろう、このままハチの巣にしてや」
「これこれ、どこを狙っておるのじゃ? わしはこっちじゃぞ」
「なっ!? 貴様、いつの間に!?」
一気にトドメを刺そうとするボルドールの背後から、コリンの声が響く。闇魔法を使い、一瞬で相手の後ろに回り込んでいたのだ。
「闇魔法、ソニックブーツを使わせてもろうた。どうじゃ、全く見えなかったじゃろ?」
「ば……化け物め……」
「さて、そろそろおぬしにも死んでもらおうかの。覚悟はよいか? ボルドール」
「ヒィッ! ま、待ってくれ! そうだ、こうしよう! お前の側につく、情報でもなんでも提供する! だから助けてくれ!」
絶対的な実力差を理解した……いや、理解させられたボルドールはあっさりと武器を捨て降伏する。平身低頭し、許しを乞うが……。
「ならぬ。言うたじゃろう? 同族には容赦せぬと。ぬしを生かしたところで、肝心なところで裏切るのは目に見えておる。故郷に逃げ帰られでもしたら事じゃ」
「ぐ、うぅぅ……」
「というわけじゃ。悪いが消えてもらうぞよ。ディザスター・ランス!」
「や、やめ……ぐぎゃあっ!」
命乞いを聞き入れてもらえず、ボルドールは胴体を闇の槍で消し飛ばされた。首と手足だけが残り、地面に落ちる。
それと同時に、騎士たちにかけられていた金縛りが解け自由に動けるようになった。
「助かりましたよ、コリンさん。一時はどうなることかと……」
「うむ、みな無事でよかった。さあ、屋敷に向かおうぞ。カトリーヌたちの加勢に……!?」
生き残った騎士たちを連れ、屋敷へ向かおうとしたその時。屋敷から凄まじい轟音が響き、揺れ始めたのだ。突然のことに、コリンたちは唖然としてしまう。
「なんじゃ!? 一体、何が起きておる!?」
「もしかして……秘密の脱出通路から、敵が攻めてきたのかもしれません」
「なに? さようなものがあるのか?」
動揺するコリンに、騎士の一人がそう声をかける。問いに頷き、話を続ける。
「はい。緊急事態に備え、侯爵閣下やスコット様たちが町の外に逃げるための地下通路が、屋敷にあるのですが……」
「なるほど、そこを逆利用されたと」
「おそらくは。しかし、地下通路の存在は外部の者は知らないはず……まさか、内通者が?」
「ともかく、屋敷へ向かおうぞ。ヌーマン殿たちを助けねば!」
戦いが終わり安堵する間もなく、コリンたちは次の戦いに身を投じる。ヌーマンたちを救うため、屋敷へ突入していった。




