125話―ウィンター領防衛戦
敵が到着するまでの時間を使い、コリンたちは作戦を練る。強大な戦闘力を持つ星騎士が二人いるとはいえ、真っ向からのぶつかり合いは分が悪い。
万が一の事態は、絶対に起こしてはならない。そのため、レジスタンス全員で作戦を練る。限られた時間の中で、彼らが採った作戦は……。
「みな、聞け! 我々はこれより『誘い込み作戦』を行う! 接敵地点の北にある崖下の道に、星騎士の二人が敵を誘い込む。我らは崖の上に待機し、聖王国軍が来た瞬間奇襲をかける!」
「崖の奥には、あらかじめわたしが氷の壁を設置しておくわ~。崖の上にも、氷の球をいくつか置いておくわ。まずはそれを落として、大打撃を与えちゃいましょ~」
少数が多数を攻めるのに定番の手法を、彼らは用いることを決めた。幸い、コリンやカトリーヌのおかげで準備はすぐに終わる。
準備が終わった後は、コリンたち二人がわざと敵の前に姿を見せ谷の方へと誘い込む。作戦決行を前に、コリンはニヤリと笑う。
「ふふ、覚悟しておれ。邪神の犬どもには教訓を与えてくれる。わしを怒らせるとどうなるか……きゃつらの命を対価としてな」
「ええ、楽しみね~。うふふ、お腹の中から力がみなぎってくるわ~。この戦い、負けられないわね」
作戦会議を終え、一行は迅速に行動に出る。数十分後、コリンとカトリーヌが元いた接敵地点に戻ると、遠くに敵の軍勢が見えてきていた。
「来おったな。ここからでも、かなりの数がいるのが分かるわい」
「……そうね。この四年、だんだん戦うのが怖くなってきたけれど……今はもう、怖くないわ。コリンくんが隣にいてくれるから。だからわたしは……」
そう呟くカトリーヌの胸に、【ウィンターの大星痕】が浮かび上がり輝きはじめる。同時に、カトリーヌは修道服を脱ぎ捨てた。
すさまじい冷気が彼女の身体を包み込み、戦装束たる氷のビキニアーマーを形成する。右手には星遺物、氷撃鎚バハク。
左手には、分厚く巨大な氷のタワーシールド。コリンもよく知る、氷結の重騎士の姿がそこにはあった。
「ふふ、懐かしいのう。四年前……ハンス殿の敵討ちをする時にも、同じ光景を見たわ」
「あら、覚えていてくれたのね~。嬉しいわ~。もちろん、今回も敵討ちよ。ダルクレア聖王国が奪っていった、たくさんの命の、ね」
「うむ。腕が鳴るわい。きゃつらに地獄を見せてやるわ!」
二人が話をしていると、ついにダルクレア聖王国の軍勢が到着した。武装した兵士たちがコリンとカトリーヌを取り囲み、退路を絶つ。
まさに、アリの這い出る隙間も無いほどの濃密な包囲網が完成していた。コリンたちが静観していると、馬に乗った男が二人の前に現れる。
身に付けている装具の豪華さから、二人はこの男が敵軍の司令塔なのだろうということを看破した。
「くっくっくっ、これはこれは。たった二人で我々を相手にするつもりかな? フッ、とうとうヌーマンもヤキが回ったか。みすみす愛娘を死地に寄越すとは」
「死地、か。確かにそうじゃのう。もっとも、貴様らが死ぬという意味じゃが」
「なっ……!? フン、死に損ないのガキが何を偉そうに! お前たち、決してこいつらを生かして帰すな!
ゼディオ様は気前がいい、星騎士の首を持ち帰れば望むがままの褒美をくださるぞ」
コリンの一言に、司令官は顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。周囲にいる部下たちに激を飛ばし、士気を高める。
「フン、やる気十分といったところか。なら、こちらも遠慮はいらぬよなぁ? のう、カトリーヌ」
「もちろんよ、コリンくん。……普段のんびりしてる牛さんも、怒るととっても怖いってことを思い知らせてあげるわ」
「やれるものならやってみろ! 全軍、かかれー! この私、バルードイに続け!」
「おおおおおおお!!!」
司令官――バルードイは腰に下げた剣を抜き、いの一番にコリンへと斬りかかる。それを合図に、他の兵士たちも攻撃を開始した。
コリンとカトリーヌは互いに背中合わせになり、襲いかかってくる敵を迎え撃つ。闇の魔法と氷の鎚が、悪の手先へ放たれる。
「まとめて始末してくれる! ディザスター・スライム【分裂】!」
「フン、ただのスライムではないか! そんなもの、我が剣で真っ二つだ!」
「ほー、斬りおったな? 残念、これでもうお主は終わりじゃ」
「何を……!? うわっ、何だこれは!? スライムが増えて……離れろ、このっ!」
星遺物を呼び出し、杖の先端からバルードイ目掛けてスライムを放つコリン。相手に当たる前に斬り伏せられてしまった……が、恐怖はここから始まる。
「そのスライムは衝撃を受ける度に分裂するのじゃ。食欲も旺盛でのう、特に生肉が大好物なのじゃよ」
「生肉って……まさか私を喰うつもりなのか!? 嫌だ、嫌だいやだいやいやいやいや……うわあああああああ!!」
「左様。ま、もう手遅れじゃ。一度ひっついたら二度と離れ……おっと!?」
剣で斬られたスライムは二体に分裂し、それぞれバルードイと彼が乗っている馬にくっつく。兵士たちを魔法で薙ぎ倒しながら、コリンはニィッと笑う。
バルードイは必死にスライムを振り落とそうとするも、暴れてスライムに刺激が加わる度にどんどん分裂して身体を喰われていく。
その様子を楽しんでいたコリンのすぐ横に、肉塊が吹っ飛んでくる。ギョッとして後ろへ振り向くと、カトリーヌがやりたい放題していた。
「そーれ、メタル・クラッシュ! みんな挽き肉になっちゃえ~」
「ま、やめ……ぐぎゃあ!」
「わああ、来るな来るな! くるおぶぁっ!」
カトリーヌはハンマーを片手で軽々と振り回し、鼻唄混じりに敵兵を吹き飛ばし、叩き潰し、ミンチにしていた。
これまでの鬱憤や恨みつらみを全部ぶつけてやろうという意気込みが感じられる暴れっぷりに、コリンは満足そうに頷く。
「うむうむ。フラストレーションを溜めすぎるのは心身共によくないからのう。ディザスター・ランス! こうやって発散せねばな。ディザスター・スライム!」
「ぐうっ、クソッ! こいつらやりたい放題やりやがる。どうにかしないと……ん? あれは」
スライムに食い尽くされ、すでに使い物にならなくなった司令官の代わりに一人の兵士が打開策を考えはじめる。ふと北の方を見ると、狭い谷があるのが見えた。
「お前ら、あそこに逃げ込め! 真面目に相手なんかするな、ウィンター領の内部に逃げ込め!」
「よし、分かった! みんな行くぞぉ!」
今の状況で戦い続けても、コリンとカトリーヌには勝てない。指示を出してくれる司令官もおらず、彼らの統率と戦意は完全に失われていた。
当初の予定とはだいぶやり方が変わったが、それでも北の谷に向かってくれるなら何も問題はない。コリンとカトリーヌは、わざと敵軍の南側に回る。
「ほーれほーれ、はよう逃げんとスライムが貴様らを喰い尽くすぞよー。あの哀れな司令官のようになー」
「うふふ、まるで羊を追い込む牧羊犬みたいね、わたしたち。ちょっと楽しいわ~。そぉれっ、アイスボール・ショット!」
「ぐっ、来るぞ! 全員、あの道に逃げ込め!」
狭い場所に逃げ込めば、剣主体の自分たちは満足に武器を振るうことも出来なくなる。そんな当たり前の判断を下すだけの余裕は、もう残っていないようだ。
そんな彼らを待ち受けていたのは、崖の上に陣取るゴードンたちレジスタンスだ。カトリーヌが作った氷の球を、崖下に転がす。
「奴らが来たぞ! 今だ、氷を落とせ!」
「ハッ! 薄汚い聖王国の犬どもめ、これでも食らえっ!」
「なっ!? なんでこんなところにレジスタンスどもが……うわああっ!」
レジスタンスが潜んでいるとは夢にも思っていなかった兵士たちは、逃げる間もなく氷の球に押し潰される。運良く生き延びた者たちは、来た道を戻るが……。
「どーこへ行こうというのじゃ? こっちはもう、通行止めじゃよ」
「残念ね~。さ、そろそろみんな死んでもらうわ~」
「ひ、ヒイィィィ!!」
コリンとカトリーヌが追い付き、谷の出入り口に陣取っていた。二人とも、聖王国の兵士たちを逃がすつもりは毛頭ない。
一人残らず、叩き潰すつもりだ。もちろん、レジスタンスの面々も同じ思いでいる。機が熟したと見たゴードンが、号令をかけた。
「全員突撃! 我らの力、見せつけてやれ!」
「おおおおお!!」
「う、後ろからも来やがった! もう逃げ場がな……ぎゃあっ!」
前には星騎士、後ろにはレジスタンス。完璧に退路を絶たれた兵士たちに残された選択肢は、たった一つのみ。
怒りに燃えるレジスタンスたちに、一方的に倒される。それ以外に、彼らが辿る末路はなかった。




