124話―希望の星、輝く
数時間後、コリンとカトリーヌはウィンター領の都パジョンに到着する。四年前と比べて、町の活気はだいぶ落ちていた。
ダルクレア聖王国による直接支配こそ受けていないが、四方を囲まれ圧をかけられているせいでみな怯えているのだ。
「懐かしいのう。四年ぶり……じゃが、みな沈んだ面持ちをしておるな」
「……ええ。この四年、いろいろあったから。さ、とりあえずウィンター邸に行きましょう? お父様たちに会わせてあげるわ~」
そう言うと、カトリーヌはコリンの方へと手を伸ばす。コリンも手を伸ばし、握ろうとする。すると、カトリーヌは指を絡めてきた。
「のう、カトリーヌや」
「うふふ。なぁに~? コリンくん」
「何故にこんなガッチリと指を絡めてくるのじゃ?」
「だって~、ようやく再会出来たんだもの。また離ればなれにならないように……ね? 最近は、パジョンも治安が悪くなってきてるから」
町の治安が悪いのでは致し方なし、とコリンは納得する。うっかり悪人に遭遇してトラブルが起きると、面倒なことになるからだ。
恋人同士がするように互いの指を絡ませ、手を繋ぎ二人はウィンター邸へと向かう。その姿は、歳の離れた恋人のソレだったと後に町民が語る。
「お父様、お兄様! 嬉しい知らせよ、コリンくんが生きていたわ!」
ウィンター邸に入ったカトリーヌは、開口一番大声で叫ぶ。すると、廊下の奥からヌーマンとスコットが走ってきた。
二人とも多少やつれていたが、コリンを見た瞬間猛ダッシュで駆けてくる。ヌーマンもスコットも、心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「おお、コリンくん! 無事だったんだね、生きていたんだね! よかった、本当に……うっうっ」
「心配していたんだよ、あの後ずっと……行方不明になったと聞いて、もしかしたら死んでしまったのかと」
「ご迷惑をおかけしもうした、お二人とも。色々ありましたが、こうして帰還致しましたぞい」
男たちは熱い抱擁を交わし、涙を流しながらそれぞれの無事を喜び合う。すぐ居間に通され、コリンは彼らの内情を聞かされる。
「……そうであったか。ずっと孤立無援で抗戦を」
「はい。私設騎士団や帝国軍の生き残りの方々と協力して戦っていましたが……自治領を死守するので精一杯な状況でして。こちらから打って出るとはなかなかいかず」
「いえいえ、こうして領地と民を守り抜いておるのです。みな立派に戦っておるではありませぬか。これからは、わしも協力しもうす。共に聖王国と戦いますぞ!」
すっかり弱りきっているヌーマンたちに、コリンは力強くそう宣言する。その頼もしさに、ウィンター家の三人は笑みを浮かべた。
「頼もしい言葉だ。ありがとう、コリンくん。そういえば、皇女殿下とはもうお会いに?」
「いえ、真っ直ぐ屋敷に来ました故、まだお会いしておりませぬ」
「そうでしたか。でしたら、孤児院の方に行って見てはどうでしょう? この時間、いつも孤児院の子たちと遊んでいますから」
「ん、かしこまりました。では、挨拶がてら行ってみまする」
ヌーマンからエレナの居場所を聞いたコリンは、屋敷を出て孤児院の方へと向かう。……のだが、その後ろをひよこのようにカトリーヌが追ってくる。
どうやら、コリンから片時も離れたくないらしい。内心苦笑しつつも、コリンは拒まなかった。彼女のケアになるならと、受け入れたのだ。
「懐かしいのう、この孤児院に来るとも。まさか、ここのみなも……」
「安心して、ここにいる子たちはみんな無事よ。……犠牲になった子たちは、ウィンター領の外にある孤児院の子たちなの」
「……そうで、あったか。冥福を、祈らせてもらうぞよ」
この四年間で亡くなった子どもたちに黙祷を捧げた後、コリンは孤児院の玄関扉を開く。中に足を踏み入れると、そこには四年前と変わらない空間が広がっていた。
「あ! コリンお兄ちゃんだ!」
「ほんとだ! わーい、生きてた生きてた! コリンお兄ちゃんが生きてたよー!」
リビングにある遊戯スペースで遊んでいた孤児たちは、コリンに気が付き殺到してくる。当たり前だが、みな四年前から成長していた。
大半の子がコリンと同じか、少し大きいくらいまで背が伸びていた。そんな孤児たちを、コリンは慈愛に満ちた眼差しで見つめる。
「……だいぶ遅くなったが、ようやく帰ってこれた。みな、久しぶりじゃのう。元気そうでよかった」
「みんな、どうしたの? さっきから騒がし――! 嘘、もしかして……コリン、様?」
再会の喜びを分かち合う中、リビングの奥にある扉が開く。現れたのは、藍色の修道服に身を包んだエレナ皇女だった。
大きく目を見開き、エレナは石像のように固まってしまう。しばしの時間が経った後、彼女の目尻に涙が溢れてくる。
「コリン、様……生きて、生きていらっしゃったのですね。ああ……他人の空似でも、幽霊でもなく。本人、なのですね」
「はい。不肖コーネリアス、遅れに遅れ……ただ今、馳せ参じました。この四年で起きたことは聞きました。力になれず、本当に申し訳ありませぬ」
「いえ、そんな! コリン様は何も悪くなどありません。ですから、頭をお上げください」
コリンは床に座り、深く頭を下げ平服する。ラファルドたち皇族の悲劇を防げなかったことを、真摯にエレナへ謝罪した。
そんなコリンに対し、エレナは慌てて土下座をやめるよう声をかける。しかし、それでもコリンは頑として頭を上げない。
「いえ、そういうわけにはいきませぬ。もっと早くわしが帰還していれば、皇女殿下のご家族を……」
「……全て、仕方のないことだったのです。どれほどの才覚があっても、巡り合わせが悪ければどうにもならないのですから。だから、お顔を上げてください。自分を責めないでください、コリン様」
エレナは上から覆い被さるようにコリンの背を抱き、そう口にする。その様子を、カトリーヌや孤児たちがジッと見守っていた。
――その時。けたたましいサイレンの音が鳴り響き、緊急事態を告げる音声が響き渡る。
『伝令! 伝令! ウィンター領南端にダルクレア聖王国軍が接近! 戦える者は即座に準備しワープマーカーを起動せよ!』
「……どうやら、来たようね。薄汚い女神の犬たちが」
「そのようじゃな、カトリーヌ。では……反撃してやろうぞ。これまで奴らに与えられた苦しみや悲しみを、何倍にもしてお返しするのじゃ」
放送を聞き、カトリーヌは糸目を僅かに開く。殺意に満ちた鋭い視線を天井に向けながら、そう呟いた。コリンは立ち上がり、闇の魔力を放つ。
ウィンター自治領を守るべく、二人とも戦いに向かうつもりだ。星騎士として、己の果たすべき使命を全うせんと決意を固める。
「じきに、ゴードン将軍の部隊も向かうでしょう。コリン様、カトリーヌ様。どうかご無事で」
「ハッ、行って参ります皇女殿下。……奴らに命を奪われた者たちの弔いのためにも。この力、存分に振るわせていただきます」
「ええ、行きましょう? 汚れた犬どもを、物言わぬ肉片に変えてあげるわ」
そう言い残し、二人は孤児院を後にする。敷地の奥に設置されたワープマーカーを使い、聖王国軍との接敵地点へ転移した。
すでに、完全武装した味方の兵たちが集結しており戦いの始まりを待っていた。コリンたちが来たのに気付き、赤茶けた鎧を着た男がやって来る。
「おお、カトリーヌ殿も……! あなたはコーネリアス様! ご無事でしたか!」
「久しいな、ゴードン将軍。茶会で度々顔を合わせたのう。壮健そうで何よりじゃ」
「ええ、そちらこそ。生死不明になったと聞いた時は悲しみましたが……生きていてよかった」
口のまわりと顎に豊かなヒゲを生やした男――アイザック・ゴードンは、コリンと固い握手を交わす。そして、集まっている騎士たちに向かって叫ぶ。
「聞け! 勇敢なるレジスタンスたちよ! たった今、我らの元に頼もしき英雄が帰ってきた! 偉大なる闇の魔術師、コーネリアス殿だ!」
「おおおおおおお!!!」
ゴードンの叫びに、騎士たちは歓声をあげる。彼らもまた、待ち望んでいたのだ。自分たちを絶望の淵から救い出してくれる、英雄の到来を。
そして、今――その望みは叶った。コリンの帰還によって。
「斥候の報告では、敵の数は千! 対して、我らはたったの百五十。数の差は歴然だ。だが! 奴らは功名心に駆られた烏合の衆、我らは一騎当千の強者! 勝機は我らにあり、だ!」
騎士たちを鼓舞するべく、ゴードンは演説を行う。コリンやカトリーヌの存在も合わさり、全員の士気がどんどん高まっていく。
「運命を司る者は、我らに微笑んだ。偉大なる二人の星騎士を擁する我々に敗北はなし! 全員、魂を捧げよ。民を守る矛となり、盾となるために!」
「おおおおおおおお!!!!」
「……始まるのう。ダルクレア聖王国との戦争が」
反撃の時は来た。コリンたちの聖戦が今、幕を開ける。




