123話―傷だらけの乙女
コリンが兵士たちを全滅させた後、町の住民総出で勝利を祝う宴が開かれた。帝国滅亡以降、絶望を胸に生きてきた人々は多いに宴を楽しむ。
町の広場に集まりわいわい騒ぐ中、コリンは兵士たちに聞きそびれた質問をリゼルに行う。まだまだ、知りたいことは山ほどあるのだ。
「のう、二人とも。あの問答の時に聖王国がうんぬんと言うておったが、どういうことなのじゃ?」
「はい、三年前……最後まで抵抗していたグレイ=ノーザス二重帝国を滅ぼした女神の子たちは、ランザーム王国の南に新たな大陸を創造し、そこに王国を建てました。それが、ダルクレア聖王国です」
「ダルクレア聖王国……元首はやはり」
「ええ、邪神ヴァスラサックです。邪神は教団の残党や、別の大地から連れてきた『選民』たちを迎え入れて強大な軍隊を組織しました。そして……」
「ゼビオン帝国をはじめ、各国を滅ぼしたわけか。しかし、大陸そのものを創り出すとは……ヴァスラサックめ、中々やりおるわ」
そこまで話したところで、レシャが二人のところにやって来た。腕には赤ん坊を抱いており、嬉しそうに笑っている。
「コーネリアス様。あなたのおかげで、私たちの赤ちゃん……マクルを連れて行かれずに済みました。本当に、何とお礼を申し上げればいいか」
「あぶぶ、だーう。きゃっきゃっ」
「おお、めんこいのう。よしよし、赤ん坊は可愛いわい」
にこにこ笑う赤ん坊を抱っこさせてもらい、コリンも笑顔になる。だが、まだ気を抜くことは出来ない。兵士たちは倒したが、まだ黒幕たちが残っている。
女神ヴァスラサックと六人の子どもたちを滅ぼさない限り、真の平和は戻ってこないのだ。今、コリンがしなければならないのは……。
「――まずは、ウィンター領に行かねば。カトリーヌたちが健在ならば、力を合わせて戦えるからのう」
「ええ、幸いウィンター家の方々は今もみな健在だと聞いています。エレナ皇女や帝国軍の生き残りと協力して、反乱軍を組織しているらしいですが……」
「戦況はかんばしくない、と」
コリンの言葉に、リゼルは頷く。そして、遥か天頂で輝く銀色の太陽を見上げ、指を指す。
「…三年前、帝国が女神の手に落ちてから。空にはあの銀色の太陽が常に昇り、一度も夜が来ていません。そのせいで、我々はみな疲弊し、疲れきってしまって……」
「一日中明るいものですから、昼夜の感覚もなくなってしまいまして。明るいせいでロクに眠れず、中には発狂して自殺してしまった人も……」
リゼルやレシャの言葉に、コリンは心の中で怒りが渦巻くのを感じた。あの兵士たちが言っていた、ゼディオなる人物。
そいつが旧ゼビオン帝国領を支配し、銀色の太陽を使って人々を苦しめている元凶なのだと考える。結果として、最初の目的が決まった。
「うむ、なれば急ぎ行動に移さねばなるまい。まずはウィンター領に行ってレジスタンスと合流し、この国を支配している邪神の子を潰す。そして、この国を解放するのじゃ」
「……お願いします。ですが、少しだけ出発するのを待ってもらえませんか? このままお礼もせずに送り出したとあっては、あまりにも恩知らず。旅に必要な物資を用意しますから、明日までこの町に滞在していただけませんか」
「むう……そうか、ならありがたく厚意を受け取るとしようぞ。ありがとうのう」
町の住民たちは少しずつ備していた食料を出し合い、テント等の野宿に必要な物品と一緒にコリンに渡す。一日かけて準備を終え、いよいよ旅立つ時が来た。
「コーネリアス様、本当にありがとうございました。町長として、みなを代表して感謝します」
「よいのじゃよ、わしは当然のことをしたまで。そうそう、町を闇の結界で覆っておいたでな、もしダルクレアの連中が来ても安心しておくれ」
「何から何まで……本当に、何とお礼を申し上げればいいか……」
翌日の朝――とは言っても、太陽が昇りっぱなしで時間の感覚がないためそう思うことにしただけだが――コリンは町を出立することになった。
リゼル、レシャ夫婦や町長を含めた町の住民たちに見送られ、遥か北にあるウィンター自治領を目指す。シューティングスターに跨がり、エンジンをかける。
「必ずや、この国を救ってみせるでな。それまで、待っていておくれ。では、さらばじゃ!」
アクセル全開で平野を駆け、コリンは北へ向かう。仲間たちと無事再会出来ることを、心の中で願いながら。
◇―――――――――――――――――――――◇
「神よ……何故、ここまで過酷な試練をわたしたちに科すのですか? こんな目に合わねばならないほど……わたしたちは、大きな罪を犯したのでしょうか」
コリンが出発してから、八日が経過した。ウィンター自治領の最南端、領境近辺にある寂れた教会で、一人の女性が祈りを捧げている。
くたびれた修道服を身に付け、顔には疲労の色が広がっていた。女性――カトリーヌは、チラリと窓の外へ視線を向ける。
教会の外には、この四年で亡くなった者たちの墓が乱立していた。
「わたしたちは、日々を一生懸命に生きていただけなのです。それなのに……それなのに、このような仕打ちを受けなければならないのですか? 老若男女分け隔てなく、命を落とさなければならないのですか?」
この四年の動乱で、カトリーヌの心は限界を迎えつつあった。財団の職員や孤児院の子どもたち、帝国の民の死に触れ続けたからだ。
「もし、それが天上におわす神々の思し召しなのだとしたら。あまりにも、無慈悲過ぎます。こんな」
「そうじゃな、あまりにも酷い有り様じゃ。じゃがのうカトリーヌ、安心せい。わしが戻った以上、もう悲劇は繰り返させぬ」
「――!? う、そ。その声……コリンくん、なの?」
嘆きの言葉を呟いていたカトリーヌに、教会の入り口から声がかけられる。あまりにも懐かしい声色に、カトリーヌは目を見開き後ろを向く。
そこには――四年前と全く容姿が変わっていない、コリンが立っていた。カトリーヌは目に涙を浮かべ、コリンの元へと走り出す。
「コリンくん! 生きて、生きていたのね。よかった、本当によかった……」
「済まなかった、カトリーヌ。この国の……いや、この大地の惨状は聞いておる。わしの力が及ばぬばかりに、みなに不要な苦痛を与えてしもうた。本当に、済まなかった」
「ふふ、コリンくんが謝る必要はないわ。あなたは悪くないもの。悪いのは、邪神たちよ。あいつらさえいなければ……誰も、死なずに済んだのに」
コリンは小さな身体を精一杯伸ばし、泣きじゃくるカトリーヌの頭と背中を優しく撫でる。そんなコリンも、目に涙を浮かべていた。
カトリーヌが生きていた喜びと、数多くの犠牲者が出てしまったことの悲しみ。その二つがない交ぜになった、温かく冷たい涙を。
「……領都に戻りましょう。お父様やお兄様も、コリンくんが生きているって分かったら大喜びするわ~」
「うむ、そうじゃのう。……ところで、エレナ皇女を匿い、共にレジスタンスを組織していると聞いたが真か?」
「ええ。皇女様を連れて亡命してきたアイザック・ゴードン将軍や帝国軍の生き残りたちと一緒に、ダルクレア聖王国と戦っているの」
しばらくして、泣き止んだカトリーヌはコリンにそう説明する。ヌーマンやスコットも無事だったことに、コリンは心底喜んだ。
「そういえば、アシュリーは一緒ではないのか? てっきり、あやつもウィンター領に逃げ延びていると思うておったのじゃが」
「……シュリはね、この三年と半年の間行方不明なの。冒険者ギルドが聖王国に滅ぼされてから、ずっと……」
パジョンの町に戻ろうとしたコリンだが、ふと気になることを尋ねる。すると、カトリーヌはうつむきながらそう答えた。
冒険者ギルドの壊滅に驚愕しながらも、コリンは他の星騎士の末裔たちの安否を尋ねる。だが、ほとんど有益な情報はなかった。
「ごめんなさい、わたしにもほとんど分からないの。アニエスちゃんは、故郷に戻ってワルドリッターと一緒に徹底抗戦を続けてるって噂を聞いたけど……」
「……そうか。済まぬのう、辛い時に色々と聞いてしもうて」
「ううん、気にしないで。むしろ、こうやってコリンくんとお話出来て嬉しいの。この四年、ずっと……コリンくんが死んじゃったと思ってたから」
そう言うと、カトリーヌはひょいとコリンを抱えあげお姫様抱っこする。愛しげに頬擦りされるも、コリンはとりあえずしたいようにさせていた。
今にも壊れてしまいそうな、ヒビだらけのガラス細工のような彼女の心を癒すためにも。しばらくは側に寄り添おうと決めたのだ。
「今気付いたがのう。そなた、だいぶ背が伸びたのではないか?」
「うふふ、そうよ~。この四年で、三十センチ近く伸びたの~」
地獄の底でうずくまり、苦しみに耐え続けていたカトリーヌ。壊れそうな心を必死に保ち続けていた彼女のもとに、救いが現れた。
コリンという、誰よりも愛しい救世主が。この再会が決め手となり、カトリーヌにある変化がもたらされることになる。
彼女の中で眠っていた、大いなる星の力が――目覚めの時を迎えようとしていた。




