122話―憤激する闇の王子
「ぐうう、返り討ちにしてやる! お前ら、かかれ!」
「おおおーーーー!!!」
「自ら死を望むか、ならば与えてやろう。苦痛に満ちた死を! 闇魔法、シザーズトラップ!」
コリンが闇魔法を唱えると、兵士たちの足元にパラライズドサークルによく似た魔法陣が現れる。敵目掛けて走っていた兵士たちは、それを踏む。
すると、魔法陣から鋭く尖ったトラバサミが出現して兵士たちの足首を勢いよく挟み、切断した。凄まじい激痛に、兵士たちは地面を転がり悶える。
「ぐああああっ!! 足が、俺の足があっ!」
「チクショウ、このガキよくも!」
「存分に苦しめ。この四年、貴様らは無辜の民をいたぶり、苦しめてきたのであろう? 次は貴様らが苦しむ番が来た、ただそれだけじゃ」
「クソッ、舐めるな! フレイムキャノン!」
片足を失いながらも、リゼルとレシャの家で狼藉を働いた兵士が炎の魔法をコリンに放つ。燃え盛る火球が放たれ、コリンに直撃する……が。
「なんじゃ、そんななまっちょろい魔法なんぞ効かぬわ。わしの新たな闇魔法……ディザスター・スライムにはのう」
「な、なんだ……? 魔力が、うねってやがる……!」
コリンの体表を薄く覆う魔力の膜がうごめき、炎を吸収して無力化した。兵士たちが驚く中、膜はコリンの身体から離れ地面に落ちる。
しばらくモゾモゾしていた後、お餅のようにぷくーっと膨らみ真ん丸な形のスライムになる。闇のスライムは、近くに倒れていた兵士に飛びかかり――。
一瞬で丸呑みにして、あっという間に消化してしまった。
「ひ、ヒイィィィ!!?!?」
「な、なんだよアレ! 一瞬で溶かされちまったぞ!」
「こやつはわしの可愛いペットのようなものじゃ。燃費がよろしくない故、あまり乱発は出来ぬが。貴様らのようなゴミを都合よく掃除するのに役立つのじゃよ」
「ヒィッ! く、来るな! 来るなぁぁぁ!!」
仲間があっさり食われたのを見て、兵士たちは完全に戦意を喪失してしまったようだ。その場から逃げようとするも、激痛と出血のせいで上手く身体が動かない。
「もーぞ、もーぞ……」
「やめろ、来るな! クソッ、食らえアイスジャベリン!」
「こいつも食らえ! スプリットサンダー!」
「もーぐ、もーぐ……けぷ」
死にたくない一心で、兵士たちは氷や雷の魔法を放つ。だが、全てスライムに吸収されてしまった。魔力を食べたことでさらに大きく、丸っこくなる。
心なしか、満腹になって嬉しそうにしているようにも見える。
「す、凄い……あれが、英雄の……コーネリアス様のお力……」
「はは、いい気味だ、聖王国の犬どもめ。これまで好き放題してきた罰が下されたんだ!」
一方的な蹂躙劇を、玄関の扉の裏からリゼルとレシャが見守っていた。他の家の住人たちも、広場の異変に気付き窓から一部始終を眺める。
「ああ、あの闇の魔法もしかして!」
「ああ、そうだ! 四年前、ヴァスラ教団を滅ぼした勇者様が帰ってきたんだ!」
「おお、偉大な星々よ……。我々を、見捨ててはいなかったのですね。私たちの元に、希望を遣わしてくださった……」
各家々から、コリンの帰還を喜ぶ声があがる。一方の広場では、スライムによる『掃除』が続く。ほとんどの兵士が食われ、残ったのは例の三人の兵士だけとなった。
三人とも仰向けに寝転がされ、闇魔法で地面に縫い付けられている。上から見下ろし、コリンは兵士たちに問いかけた。
「さて、わざわざ貴様らだけ生かしてやった理由……分かるじゃろ? この四年で何があったのか、洗いざらい話せ。喋らなかったり嘘を言ったりしたら、容赦なく殺す」
「わ、分かった、分かった。何でも話す、だから命だけは助けてくれ!」
「……考えてはやろう。では、まず……四年前、わしが消えてから何があったのかを話せ」
コリンの冷徹な声にすっかり屈服した兵士たちのリーダーは、四年間で起きた出来事について話を始める。
「あんたが神殿と一緒に消えてから四ヶ月くらい経った頃に、『女神の子』を名乗る六人の使徒が現れたんだ。使徒たちは圧倒的な力を使って、各国を攻撃し、攻め滅ぼした……」
「つまり、ゼビオン帝国をはじめ全ての国が壊滅したということか?」
「そ、そうだ。最初はどの国も激しく抵抗してたが、一年も経った頃に全部制圧された。今は、極一部の残存勢力が細々と生き残ってるくらいだ」
リーダーの言葉に、コリンは顔をしかめる。父フリードから、聞いていたのだ。邪神ヴァスラサックが産んだ、子どもたちのことを。
八人のうち、フリードともう一人は邪神から離反した。残る六人は七百年前に討たれたが、教団の手で復活を遂げていたようだ。
「星騎士たちはどうなった? どこで何をしておる?」
「お、俺たちが知ってるのはウィンター家の奴らのことだけだ。自分の領地を結界で覆って、侵攻されないようにしつつレジスタンス活動してやがるんだ。ゼビオン皇族最後の生き残り、エレナ皇女を旗頭にしてな」
残念ながら、二つ目の問いには有益な回答が返ってこなかった。その代わり、兵士の発した言葉にコリンは眉を吊り上げる。
「……なに? エレナ皇女が、最後の生き残りじゃと?」
「そうさ。三年前、俺たちの主……ヴァスラサック様の子が一人、幻陽神将ゼディオ様がラファルド七世以下皇族たちを捕まえたんだ。皇女だけは、取り逃がしたが……」
「それで、皇帝陛下たちはどうした? まさか」
「へっ、そうさ。帝都の民衆の前に引きずり出して、ゼディオ様自らが処刑を執り行ったよ。一人ずつ、爪先から少しずつ切り刻んでったんだ。すぐ死なないように、治癒魔法を」
「もういい。もう喋るな。貴様らがどれだけのクズ揃いなのか、嫌というほど理解したわ」
相手の言葉を遮り、コリンは怒りに満ちた声でそう告げる。逆鱗に触れてしまったことに気付いた兵士たちだが、もう遅い。
「……闇魔法。ディザスター・クロウ! 三人まとめて、肉塊に変えてくれるわ!」
「ま、待て! 聞かれたことには答えたぞ、命は助けてくれる約束だろ!?」
「考えると言うた。考えた結果、三人とも殺すと結論を出した。それだけのことよ、愚か者どもめが!」
コリンの身体から放出された魔力が集まり、頭上に巨大な右腕を作り出す。鋭い爪を備えた指が丸められ、兵士たちをロックオンする。
少しずつ、ゆっくりと腕が振り上げられ……処刑へのカウントダウンを進めていく。動けない兵士たちは、恐怖におののき股を黄色い液体で濡らす。
「滅びよ。地獄で永遠に責め苦を受けるがいい!」
「や、やめ……ぎゃあああああああ!!」
腕が振り下ろされ、鋭い爪が兵士たちを切り裂き、押し潰す。断末魔の叫びがこだまし、やがて聞こえなくなる。
闇の腕が消えたあと、そこには砕けてへこんだ地面と、血溜まりに沈むひしゃげた肉の塊が残されていた。コリンはスライムを使い、綺麗に掃除をする。
「……町の民よ! この四年、苦しみを強いて済まなかった! 今ここで誓おう。わしが帰ってきたからには、もうそなたらに苦しみや悲しみを味わわせぬ!
必ずや、邪神の支配からみなを解き放ってみせる!」
全てが終わった後、コリンは全身全霊を込めて叫ぶ。魂の叫びを聞き、家の中で縮こまっていた者たちは歓喜の叫びをあげた。
英雄の帰還が、絶望に支配された民衆に力を与えたのだ。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ゼディオ様、大変です! リマレンスの町で強大な闇の魔力を感知! 恐らく、ヤツが戻ってきたものかと!」
かつて、帝都アディアンと呼ばれた街。荒れ果てた廃墟と化した都の奥にそびえる城の中で、一人の男が叫ぶ。
コリンが帰還したことが分かり、大慌てで自身の主君――ゼディオに報告しに来たのだ。部下の報告を聞き、女神の子は……笑った。
「ンフフ、そうか。ついに戻ってきたか。母上の予想よりも、早かったなァ」
白銀の鎧を身に付けた偉丈夫――ゼディオは芝居がかった仕草をしつつそう口にする。額に埋め込まれた【銀陽色の神魂玉】が、不気味に輝く。
「闇は忌まわしい。麗しき光こそが、この世の正義。全ての王国兵に告げよ。闇の申し子を見つけ出し、狩れと」
「ハッ、かしこまりました。ですが、もしウィンター領にいるレジスタンスと合流されたら……」
「構わぬ。二方面作戦が一本化されるだけのこと。むしろ、同時に叩き潰せるおかげで手間が省けるわ。ンフ、ンフフフフフフ」
笑うゼディオの脳裏に、母ヴァスラサックの記憶の一部が流れ込む。その中には、四年前に相対したコリンの姿も……。
「女神ヴァスラサックが子の一人、幻陽神将ゼディオの名において宣言する。忌まわしき闇を狩り、この世を照らす永遠の太陽を死守するのだ!」
コリンとヴァスラサック。両陣営の戦いが、始まる。




