121話―変わり果てたセカイ
ゼビオン帝国のどこか。打ち捨てられた納屋の中に、ワープゲートが現れる。ゲートが開くと、中からボロボロになったコリンが転がり出てきた。
「わぷっ! ……ふ、ふふふ。ふははははははは! わしは無事、イゼア=ネデールに帰ってきたぞ!」
役目を果たし、風化したお守りを握り締めながら、藁まみれになったコリンは愉快そうに叫ぶ。長い間異次元をさ迷い、ようやく帰還したのだ。
喜びもひとしお、というところだ。ヒミコから貰ったお守りがなければ、大地との繋がりを取り戻せず永遠に異次元をさ迷っていただろう。
「あまりにも長かった……痛む身体をおして爆発寸前の神殿から逃げ出し、ひもじさに耐えながら異次元をさ迷い続け……じゃが、わしはやり遂げた。やり遂げたのじゃ」
放浪生活で疲れた身体を休めたいところだが、ここではしない。コリンは立ち上がり、大きく伸びをしてから魔法で扉を作る。
「闇魔法、クリエイション・ドア! マリアベルよ、今かえ……る?」
ドアノブを掴み、勢いよく扉を開けるコリン。その向こうには、懐かしい我が家の玄関が――なかった。扉の向こうには、古びた納屋の壁があったのだ。
「な、何故じゃ!? 何故城に繋がらぬ!? これは一体……いや、まずはここを出てみよう。悩むより行動じゃ」
本来ならば、魔法で作られた扉はアルソブラ城に繋がるはずだった。だが、今回はそうはならなかった。何かが起きている。
コリンにとっては、そう確信するに値する異常事態だったのだ。この場所が魔力に変調を来すのかもしれない、と思い外に出ると……。
「!? な、なんじゃこれは! 何故こんなにも大地が荒廃しておるのじゃ!?」
小高い丘の上にある納屋の入り口からは、遠くまで見渡すことが出来た。かつて町があったのだろう場所は廃墟になり、森は枯れている。
天空には銀色の太陽が輝き、空の色も青から白になってしまっている。あまりにも異常な光景を前に、コリンは立ちすくむ。
「……これも、ヴァスラサックが復活した影響なのか? とにかく、人を探してみようぞ。何が起きているのかを聞かなければ。来い、シューティングスター!」
コリンは愛用のバイクを呼び出し、ひらりと飛び乗……ろうとして痛みに顔をしかめる。奥義を用いた反動が、まだ残っているのだ。
「いたた……全く、難儀なものよ。まだ痛みがあるとは困ったものじゃ。まあよい、まずは北へ向かうとしよう。ウィンター領に行けば、カトリーヌたちに会えるはず!」
ゆっくりとバイクに跨がり、アクセルを吹かして走り出す。丘から降り、平原を走っていくと……いかに大地が変わり果てたのかがよく分かる。
いや、分かってしまう。
「ひどい有り様じゃ……何をどうすれば、ここまで荒廃してしまうのじゃ? わしがいなくなっていた間に、一体何が起きたのじゃろうか……?」
焼け焦げた跡が残る地面、荒々しく斬り倒された木々、爆発したかのように抉れた岩山。それら一つ一つが、コリンの不安を煽る。
だが、異変はそれだけではなかった。八時間ほどバイクを走らせ町を探していたコリンは、空を見上げ気付く。太陽が、沈んでいないことに。
「あの太陽、何故沈まぬ? もう八時間は走っている……陽が落ちて夜になっても……む、おお! ようやく町を見つけたわい!」
異様な出来事の連続に、心が疲れ果ててきた頃。進行方向に小さな町が見えた。ようやく人に会える。喜び勇んで町に飛び込むコリンだったが……。
「なんじゃ? えらく寂れておるのう。ぜんぜん活気がないではないか」
「……もし、そこの少年。見ない顔だね、旅をしてきたの――! き、君! 君はもしかして!」
人気のない広場でキョロキョロ周囲を見渡しているコリンに、やつれた男性が声をかけてきた。そして、正体に気付き目を見開く。
「やっぱり、その顔! 間違いない、あの英雄コーネリアス様だ!」
「うむ、そうじゃ。いろいろあってこの大地を離れておったが、ようやく帰還したぞよ」
「ここで話すのはまずい、聖王国の連中に見つかる可能性がある。俺の家に行こう、話はそこで」
男は嬉しそうに表情を綻ばせた後、ヒソヒソと小声でコリンに告げる。彼を連れて通りを突っ切り、自分の家に戻った。
「おーい、帰ったぞ」
「おかえりなさい、あなた……あら? そちらの男の子は?」
「聞いて驚け、レシャ。四年前に消息を絶ったあの英雄、コーネリアス様が帰ってきたんた!」
家に帰ると、男の妻が出迎える。男は嬉しそうにそう声をかけるが、その中にコリンにとってとんでもない発言が紛れていた。
「!? ちょ、ちょっと待つのじゃ。今、何年と言うた? 今は星歴何年なのじゃ?」
「今は、星歴七百十八年です。ランザーム王国でのスター・サミット襲撃事件から……四年が、経ちました」
「なんと……」
レシャの言葉に、コリンは何を言おうとしたのか忘れてしまう。コリンの体感では、数ヵ月程度しか経っていないと感じていたのだ。
知らなければならないことが、山ほどある。そう意識し、二人に問いかけようとしたその時。家の外からラッパの音が聞こえてきた。
「この音は! 嘘だろ、前回の徴収からまだ十日も経ってないじゃないか!」
「大変だわリゼル、コーネリアス様が見つかったら殺されてしまう! コーネリアス様、台所の床下倉庫に隠れてください! 私たちが何とか誤魔化しますから!」
「ん、む? 待つのじゃ、一体何が……」
レシャは慌ててコリンを居間の奥似ある台所に連れていき、床下の倉庫に押し込める。一方、夫のリゼルは寝室に戻り何かを取ってきているようだ。
(一体全体、何がどうなっておるのじゃ? ……この隙間から、様子を見るとしようぞ)
ほんの僅かに倉庫の扉を押し上げ、コリンは居間の方を見る。少しして、家の扉が乱暴に開けられた。入ってきたのは、三人組みの兵士だ。
ガラの悪そうな態度と顔つきをしており、揃って着ている銀色の鎧には――六つの丸に囲まれた、ヴァスラ教団の紋章が描かれている。
「な、何のご用でしょうか。税の徴収は、少し前に」
「予定が変わったんだよ、追加徴収だ。十日後に、しぶとく抵抗してやがるウィンター家の勢力を総攻撃する。そのための物資を集めてんだよ」
「金も食料も全部出せ! 備蓄してるのも合わせて全部だ!」
「そんな無茶苦茶です! うちには産まれたばかりの赤ちゃんがいるんです、何もかも取られたら飢え死にしてしまいます!」
おそるおそる声をかけたリゼルに、兵士の一人が横柄な態度でそう答えた。別の兵士がドスの利いた声で脅しをかけると、レシャが必死に食い下がる。
「赤ん坊だぁ? ほー、そいつぁいいや。そいつも寄越せ。俺たちの主、幻陽神将ゼディオ様は生きたまま赤ん坊を切り刻むのが好きなんだ。おい、赤ん坊を見つけてこい」
「へい、了解しやした!」
兵士たちの外道極まりないやり取りに、コリンの中で怒りが沸き上がる。外に飛び出そうとした瞬間、リゼルの悲痛な声が聞こえてきた。
「やめろ、やめてくれ! 金も食料も人としての尊厳も、全部あんたらにくれてやったじゃないか! これ以上、俺たちから奪わないでくれ!」
「うるせぇ! 下等生物の分際で反抗するな!」
「ぐああっ!」
兵士の怒鳴り声がした後、乾いた音が響く。恐らく、兵士がリゼルを殴り飛ばしたのだろう。机か何かにぶつかる音がコリンの耳に届く。
「いやあああ! あなた、しっかりして! あなた!」
「う、うう……」
「ごちゃごちゃうるせぇ奴らだ。そんなに死にてぇんなら、望み通りヴァスラサック様への生け贄にし」
「いい加減にしろ、この外道どもが。どこまで人を貶めれば気が済むんだ、お前たちは」
「!? な、なんだお前は!」
怒りが臨界点を突破したコリンが、床下倉庫から飛び出してリゼルと兵士の間に割って入る。普段の口調を忘れるほどに、怒り狂っていた。
突然現れたコリンにギョッとする兵士たちだったが、すぐに目の前の少年の正体に気付いた。叫ぼうとして――家の外に吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「ぎゃあっ!」
「わしの前では、いかなる蛮行も許さぬ。一人残らず――邪神のしもべは滅してくれるわ!」
「ひ、ひぃっ! 緊急事態、緊急事態だ! 皆集まれー!」
闇の魔力を放出しながら近寄ってくるコリンに恐れをなし、兵士たちのリーダーはホイッスルを吹き鳴らす。すると、他の家を回って徴収していた兵士たちが集まってくる。
「や、奴だ! 奴が……コーネリアスが帰ってきやがった! 殺せ、奴を殺せぇぇぇ!!」
「ほう。ちょうどよい、貴様らで実験してやろう。異次元をさ迷う中で鍛え上げ、新たに身に付けた……闇の魔法の数々をな!」
英雄が、大地に帰還した。後に、全てのイゼア=ネデールの民はそれを知ることになる。長きに渡って続いてきた、絶望の打破を以て。
絶望が支配する世界での、コリンの新たな戦いが幕を開けた。




