119話―デスペラード・トランプ・アタック
扉を潜り、最後の決戦の地へと赴いたコリン。彼が礼拝堂に足を踏み入れた次の瞬間、一斉に室内の明かりが灯った。
人気のない礼拝堂の奥に、その男はいた。漆黒の礼服とシルクハットを身に付けた人物――オラクル・カディルだ。
「……来たか。ようこそ、君の墓標となる場所へ。ずっと待っていたよ、この日が来るのをね」
かつて女神像が鎮座していた台座に寄りかかり、オラクル・カディルはトランプをシャッフルしている。シャッ、シャッ、シャッと小気味良くカードを切る音が礼拝堂の中に響く。
「ほう、そうか。じゃが、この神殿が墓標になるのはわしではない。貴様と邪神ヴァスラサックじゃよ」
「フッ、私はともかく偉大なる女神がここで散ることはあり得んさ。何故なら、もうここにはいないからな」
「……なんじゃと?」
コリンが眉を吊り上げると、オラクル・カディルはカードを切る手を止め、身体を横にズラしつつ台座に触れる。
台座に嵌め込まれていた六つの【神魂玉】と二つの血の器は、もうそこにはなかった。
「つい先ほど、女神はお目覚めになられた。だが、まだ不完全でね。今はあらゆる時空から断絶された虚無の空間で力を蓄えているのさ」
「ほー、なるほどのう。なら、わしの行動は決まったわい。――まずは貴様を殺し、その後でヴァスラサックを仕留めに向かわせてもらおうか」
「そうはさせない。お前をここで葬り、散っていった同胞たちと女神への供物にする。そっ首を切り落とし、屈辱を味わわせてくれる!」
そう叫ぶと、オラクル・カディルはトランプの束を空中に放り投げる。すると、先ほど消費した六枚を除いた計四十七枚のカードのうち、ジョーカー以外が彼を囲むように周囲を回り始めた。
「今宵、貴様の命を頂戴つかまつる。我が神託魔術、【デスペラード・トランパート】でな! スペルオブクラブ、ソニック・リッパー!」
「! 速い!」
オラクル・カディルが指を鳴らすと、クラブの字札計十枚がコリン目掛けて飛んでいく。とんでもないスピードのため、回避することしか出来ない。
反撃のために足を止めようものなら、刃物のように鋭利なフチで身体を貫かれるか、手足や首を切断されてしまうことだろう。
「ハートのスートは幻影を呼び出す力を持ち、クラブのスートは飛翔する速さに優れている。全て躱せるのなら、やってみるがいい! スペルオブハート、ファントム・ウォール!」
「ぬうっ、幻影の壁か! 猪口才な真似を!」
まだ使っていないハートの八から十までの三枚を用い、オラクル・カディルはコリンの行動を制限するための壁を作り出す。
逃げ場を奪って退路を断ち、クラブのカードで包囲するつもりなのだ。当然、コリンもすぐに相手の目論みを見破り、対抗策を練る。
「なればこうするまで! ディザスター・バインド【刃の牢獄】!」
「む、これは……!」
完全に退路を絶たれる前にと、コリンはディザスター・バインドの最上位魔法を発動する。ドーム状に張り巡らされた刃のロープが、迫り来るトランプを逆に切断していく。
「この魔法は本来、敵の身動きを封じる牢獄として使うものなのじゃが……発想を変えれば、このように使えるのじゃよ!」
「小賢しい真似をする、その程度で私に対して優位に立ったつもりか?」
「いいや、これから立たせてもらうのじゃよ! ディザスター・ランス!」
クラブのカードを全て切り刻んだコリンは、一転攻勢し反撃に出る。闇の槍を発射し、オラクル・カディルを貫こうとする、が……。
「効かぬ。スペルオブダイヤ、アイギス・フォース」
「!! ディザスター・ランスが砕かれたじゃと!」
オラクル・カディルは自身の周囲を回るトランプの中からダイヤの二のカードを摘まみ、無造作に目の前に投げた。
すると、カードがカディルの全身を覆うレベルに巨大化して闇の槍を防いでしまった。役目を終え、カードは消滅する。
「ダイヤのスートは防御力に優れていてね。君の攻撃も、こうやっていなしてしまえるのだよ」
「中々に厄介じゃのう。じゃが、そのトランプは使いきりなのじゃろう? なれば、全て使いきるまで耐えればいいだけのこと」
「フッ、その程度の弱点は、我がデスペラード・トランパートにはない。各スートのエースの札が健在な限り、消費したカードは補充出来るのさ」
「……イヤミな奴じゃ。実に腹立たしいわい」
ニヤリと笑うオラクル・カディルにコリンはそう吐き捨てる。だが、心の中では別のことを考えていた。もしカードを補充出来るなら、何故今しないのか、と。
「さあ、次は私の番だ! ダイヤのスートは守りだけが芸ではない。攻撃にも使えるのだ!」
「フン、なれば一枚ずつ撃墜するまでよ!」
ダイヤのスートはその頑丈さ故か、クラブに比べて遥かに速度が遅い。闇の槍で幻影の壁ごと攻撃し、一枚一枚破壊していく。
(……やはりおかしい。あやつ、豪語したわりにはまるでトランプを補充する気配がない。余裕をコいているのか、あるいは何かしらの制約があるのか……)
トランプを破壊しながら、コリンは頭脳をフル回転させる。今、戦いのアドバンテージはオラクル・カディルにある。
温存されているスペードのスートや各種絵札、そしてジョーカー。そして、補充されないカードの謎。不確定要素が、あまりにも多すぎた。
(……もしや、各スートのエースを除いたカードを使いきらなければ補充出来ぬのか? ふむ、あり得るやもしれん。先ほどの発言にブラフが含まれているのだとすれば……)
「随分と粘るな。なら、これはどうだ? スペルオブスペード、デストラクション・ショット!」
「! 来る!」
全てのダイヤの字札が破壊されたため、オラクル・カディルは最後のスートを用いて攻撃を行う。スペードの六のカードが、コリン目掛けて飛来する。
それを避けたコリンは、その直後に驚愕で目を見開くことになる。避けられたカードは、礼拝堂の壁を破壊しその先へと飛ぶ。
礼拝堂の外、神殿の壁や床、天井をも破壊してUターンしてきたのだ。
「な、なんという破壊力じゃ……!」
「スペードのスートは、最も破壊力と追尾性能に優れている。貴様の魔法でも、そう簡単には破れぬぞ。さあ、一気に切り刻んでフィナーレにしてやろう! 絵札のカードも解禁だ!」
各種エースとジョーカーを除いた全てのカードを用い、オラクル・カディルはコリンを仕留めにかかる。二から十までのスペードのカードが、礼拝堂を飛び回る。
「よいのか? ぬしらの拠点をこんなにボロボロにしてしもうて!」
「構わぬさ。お前を始末し、女神が再臨なされた暁には地上が楽園になる。この神殿が滅びようとも、何も問題はないのだよ」
「ほーう、なら……わしも存分に暴れられるわ! ディザスター・ランス【流星雨】!」
乱舞するカードに対抗すべく、コリンも最上位の魔法を解禁し迎え撃つ。隙を見てオラクル・カディルにも槍を撃ち込もうとするが、カードを遠隔操作し防がれてしまう。
「そろそろ字札が尽きる、か。ならば……行け、我が忠実なるしもべ……各スートの絵札たちよ!」
「くっ、ここで投入してきおるか!」
破壊されていく礼拝堂の中を走り回り、コリンは攻撃を避けながら反撃を叩き込んでいく。それでも完全には避けられず、細かな傷が蓄積する。
あと少しでスペードの字札を全滅させられる……というところで、無慈悲な追い討ちが行われた。計十二枚の絵札が、コリンに向かってくる。
「絵に描かれた連中が、実体化しおった!」
「絵札は特殊でね、こうやってカードから身を乗り出し私を守る戦士となるのだ。傷だらけの君を始末するくらい、この数なら容易いというわけさ」
ジャック、クイーン、キングのカードに描かれたイラストの上半身が実体化に、手にした剣を振るいコリンの元へ迫る。
数の暴力を前に、コリンが屈服するのも時間の問題……オラクル・カディルはそう考えた。一方、コリンは……。
『コリン。今からお前に、オレの持つ磨羯星最大の奥義を授ける。だが、これは身体が未熟な今のお前が使えば命を落とす可能性もある。どうしても使わざるを得ない時が来るまで、無闇に使ってはいけない。いいな?』
『はい、わかりましたパパうえ! やくそくはかならずまもります!』
『うん、いい子だ。コリンは素直で偉いな! 流石、オレとフェルメアの自慢の息子だ!』
『えへへ!』
過去の記憶が脳裏をよぎっていた。父の忠告の言葉が頭の中で何度も繰り返される中、コリンは覚悟を決める。
――今が、『その時』なのだと。父から使用を封じられていた禁断の奥義を、使うべき時が来た。そう、判断した。
「……わしは、生きて戻らねばならぬ。例えどのような代償を払おうとも! 全てを終わらせ、仲間たちの元に帰らねばならぬのじゃ! 星魂顕現・カプリコーン!」
コリンが叫ぶと、額に【ギアトルクの大星痕】が浮かび上がり黒い光を放つ。あまりのまばゆさに、絵札の戦士たちは後退してしまう。
「!? な、なんだ!? この黒い光は!」
「オラクル・カディルよ。わしをここまで追い詰めたその手腕、見事と誉めてつかわそう。故に、見せてしんぜよう。禁じられた奥義の力を!」
星痕から溢れ出した光が、山羊の姿を象りコリンの体内に吸い込まれていく。すると、コリンの両のこめかみに山羊のソレと同じ巻きツノが生えてくる。
さらには、下半身が体毛で覆われ、両足がヒヅメを備えたモノへと変化していく。禍々しくも美しい、半人半獣の姿へと――コリンは変貌を遂げた。
「……見せてやろう。星を宿した、わしの力を。大いなる闇のパワーを!」
闇杖ブラックディスペアをオラクル・カディルに向け、コリンは叫ぶ。決着の時が、迫ってきていた。




