12話―脅威の訪れ
その日の夜。夕食を食べ終えたコリンは、孤児院のテラスでのんびり夜空を眺めていた。涼しい夜風を堪能しているところに、カトリーヌが現れる。
「こんばんは~。お隣、いいかしら~」
「む、カトリーヌか。よいぞ、今詰めるでな」
「うふふ、ごめんなさいね~。わたし、身体が大きいから~。よっこいしょ~っと」
テラスに設置されていたベンチに、カトリーヌが腰を下ろす。ギシッとベンチが軋むも、辛うじて壊れることはなかった。
自身よりも圧倒的な巨体が隣に座っているにも関わらず、コリンは不思議と威圧感を覚えることはなかった。むしろ、安心感を抱いている。
「あら~? どうしたのかしら、そんなにわたしを見つめて~」
「ん……いや、カトリーヌを見ておるとママ上を思い出してのう。そのほんわかした雰囲気がそっくりなんじゃよ」
「うふふ、そうなの~。何だか嬉しいわ~。ねぇ、もしよかったらコリンくんのこと聞かせてくれないかしら~。あなたのこと、知りたいなーって思ってたの」
「よいぞよ。何でも聞くがよい。わしが答えられることなら、何でも答えるからのう」
コリンがそう言うと、テラスへの扉が開きアシュリーが入ってきた。どうやら、聞き耳を立てていたようだ。
「へへっ、聞いてたぜコリン。ンじゃ、アタイからも質問させてもらうぜ。一人だけのけ者にはしねーよなぁ?」
「耳聡い奴じゃのう。まあ、よいぞ。で、何から聞きたいのじゃ?」
「ンー、そうだな。やっぱり、コリンの趣味とか好きなものを聞いてみたいなぁ。一つくらいはよ、あるだろ?」
アシュリーが問うと、コリンは少しだけ考え込む。そして、質問に答えを返した。
「わしの趣味……といえば、魔法の研究じゃな。パパ上やママ上から教わった魔法を、より強くするための研鑽をするのが好きじゃ。あとは……その、アレじゃ。わ、笑うでないぞ?」
「うふふ、安心して~。わたしたちは笑ったりしないわ~」
「そうか、では言うぞ? その……な、わし、ぬいぐるみを集めるのが好きなんじゃよ。こう、丸くてふわふわしたのが特にな」
「へぇ、そりゃ意外な趣味だな。コリンがぬいぐるみ集め、ねぇ」
たくさんの可愛らしいぬいぐるみに囲まれたコリンを想像したアシュリーは、普段とのギャップで吹き出してしまう。
それを見たコリンは、ぷくぅと頬を膨らませて拗ねてしまった。
「笑わないと言うたのに……」
「あはは、わりぃわりぃ。でも、コリンのそういう一面を知れて嬉しいぜ、アタイは」
「そうね~。コリンくん、わたしも可愛いぬいぐるみが好きなの~。今度、一緒に町に買いにいく~?」
「うむ、ぜひ行きたい! いつもマリアベルに買ってきてもらうばかりでな、初めて……ん?」
二人と談笑していたコリンは、ふと屋敷の正門の方を見る。夜の闇に紛れる黒装束を着た者たちが、守衛を背後からナイフで刺すのが見えた。
「あれは! まずい、ディザスター・ランス!」
「どうした、コリン!? いきなり魔法を使って」
「侵入者じゃ! たった今、門を守っておる騎士がやられたのを見た。二人とも、すぐにみなに危機を知らせるのじゃ!」
コリンは即座に闇の槍を発射し、フェンスごと侵入者を貫いた。突然の行動に驚くアシュリーに、コリンはそう伝える。
「分かった、アタイらはすぐ屋敷に向かう! コリンは?」
「わしはここに残る。孤児院の子らを守らねばならぬからな。……む、まずい。不埒者どもめ、わらわらと湧いて来ておる」
「なら、わたしに任せて~。二人は、ちょ~っとだけ耳を塞いでて~」
カトリーヌはそう言うと、大きく息を吸い込む。何をしようとしているのかを察したコリンとアシュリーは、すぐに耳を塞いだ。
「みんな~、気を付けて~!!! 悪い人たちが、襲って来るわよぉ~!!!」
すさまじい声量で、カトリーヌは警告の言葉を叫んだ。少し離れた場所にある屋敷にも届いたようで、護衛騎士たちが外に出てきた。
「これでよし、ね。シュリ、屋敷の方をお願い。わたしは」
「いや、カトリーヌも屋敷に戻るがよい。今思ったのじゃが、あの脅迫状……本当の狙いを隠すためのものなのかもしれぬ」
「本当の狙い~? ……まさか!」
「うむ。恐らく、孤児院への襲撃は陽動。真の狙いはヌーマン卿……という可能性もある。ここはわし一人でも守れるでな、二人は卿のところに!」
次々と正門付近に現れる黒装束たちに闇の槍を撃ち込みつつ、コリンは自身の憶測を述べる。それを聞いて、アシュリーは頷いた。
「分かった。コリンの予想が当たってるとすりゃ、騎士だけじゃ荷が重いだろうしな。カティ、行くぞ!」
「分かったわ。お父様とお兄様は身体が弱くて戦えないから、わたしが護ってあげないと。コリンくん、子どもたちのこと……護ってあげてね」
「うむ、任せておくがよい! 指一本触れさせはせぬからのう!」
「頼んだわ~。さ、シュリ、行きましょう」
子どもたちをコリンに託し、カトリーヌたちは急いで屋敷へ戻る。庭で侵入者と護衛騎士の戦いが始まったのを見届けたコリンは、屋内に入った。
先ほどのカトリーヌの叫びを聞いて、すでにリビングに子どもたちと財団職員が集まっている。皆、不安そうにコリンを見つめていた。
「あっ、コリンさん! 先ほど、お嬢様の声が聞こえましたが……」
「うむ、例の脅迫文を送り付けてきたものたちが襲ってきおったようじゃ。職員さん、子どもたちは全員おるな?」
「はい、皆ここにいます」
「よし、なれば……闇魔法、ワープリンク・ドア!」
コリンはリビングの奥、子どもたちの部屋に通じる廊下への扉に魔法をかける。自身の居城と扉をリンクさせ、ドアノブを回す。
「コリンくん、なにしたの?」
「安全な場所に逃げられるよう、扉を繋げたのじゃ。みな、安心するのじゃぞ。この先に行けば怖い思いをすることはないでな。大丈夫、みなはわしが守るからの」
「ほんとう? ぼくたちのことまもってくれるの?」
「もちろんじゃ。カトリーヌとの約束もあるし、何より……大切な『友だち』を、失うわけにもいかぬからのう。さ、みな扉の向こうへ!」
「はーい!!」
今にも泣きそうだった子どもたちも、コリンの暖かい言葉に勇気つけられ元気を取り戻した。扉を通り、マリアベルの元へ逃げる。
「マリアベル、急に無理を言って済まぬな。しばらくの間、みなを匿っておくれ」
「かしこまりました、お坊っちゃま。全て、わたくしにお任せください。最上級のおもてなしをさせていただきます」
「うむ、頼んだぞマリアベル。さ、次は職員さんたちじゃ。扉の向こうに」
「行かせるわけにはいかないんだよねぇ。ガキどもを殺して、みせしめにしろって命令されてるからなぁ!」
あとは職員たちを逃がせば……とコリンが安堵していた、その時。孤児院の外に通じる大扉が蹴破られ、数人の黒装束たちが飛び込んできた。
「フン、不埒なやからめ。わしの友だちには指一本触れさせんぞ。もちろん、職員さんたちにもな」
「ほーお? 言ってくれるじゃねえか、ガキのクセによ。てめえら、一斉にかかれ! この人数だ、同時にかかりゃ対応できめぇ!」
「コリンさん、私たちも加勢し」
「大丈夫じゃ。子どもたちが寂しがるでな、はよう合流してやりんさい。案ずることは何もないのじゃ、何もな」
敵は総勢七人。ディザスター・ランスで一度に貫かれてしまわないよう、バラけた配置でコリンを半円状に取り囲んでいる。
心配そうにしている職員に、コリンは前を向いたままそう答えた。泣いている子どもをあやすような、とても優しい声で。
「襲撃者たちよ。ぬしらはちと自惚れておるようじゃの。たった七人相手に苦戦するほど、わしは弱くないのじゃよ」
「ハッ、なら実力で証明してみろ! てめえら、かかれえっ!」
黒装束たちは腰から下げた剣を抜き、一斉にコリンへ飛びかかる。それを見たコリンは、闇の魔力を練り上げていく。
「死ねぇぇぇ!!」
「ムダなことよ。闇魔法、ディザスター・ランス【雨】!」
コリンが魔法と唱えると、頭上に闇の槍が出現する。直後、槍が七つに分裂し、黒装束たちに向かって放たれた。
「ぐあああっ!!」
「バ、バカな……槍が、分裂しやがった……だと……」
「す、凄い! あの人数を一瞬で倒しちゃった!」
「かっこいい……」
予想外の攻撃を受け、黒装束たちは一太刀浴びせることも出来ず倒された。一部始終を見ていた職員たちは、喝采を送る。
「ふっ、他愛もない。さ、新しい刺客が来ないうちに扉の向こうに!」
「は、はい! みんな、行こう!」
コリンに促され、職員たちも扉の先へ避難していった。全員が避難完了したのを見届けたコリンは、扉のリンクを解除する。
「これでよし、と。さて、わしも屋敷の加勢に行くとするかのう」
「そうはいかないな。お前がコリン、だね? お命……頂戴させてもらうよ。この俺、ボルドールがね」
「この気配……。なるほど、貴様……闇の眷属、じゃな?」
「その通り。さあ、子どもと大人の力の差を見せてやろうじゃあないか」
カトリーヌたちの加勢に向かおうとするコリンの前に、新たな刺客が姿を見せる。同族との戦いが、今始まろうとしていた。




