116話―決戦勃発
「この先には星騎士の皆様がおられる、決して通してはならぬ! 押し止めるのだ!」
「突き進め、同志たちよ! 星騎士の当主どもを皆殺しにし、女神への供物とせよ!」
フィアティー大会堂内、西棟エリアにてラインハルトが雇った護衛の軍団とヴァスラ教団の戦士たちがぶつかり合う。最初こそ互角だったが、やがて教団が優勢になる。
「イチ抜けだぜー! 星騎士どもの首は俺のものだー!」
「しまった、誰が奴を追え!」
「へへっ、誰も追い付けねえよ。俺は教団の中でも俊足で知られへぶっ!」
「おっと、すまんのう。歳を取ると目が悪くなるでなぁ、邪教の使徒が見えなかったわい」
防衛網をすり抜け、一人の教団兵が廊下の先へと走る。そのままコリンたちの首を獲りに行こうとする、が……そうはいかなかった。
会議室から出てきたリヒターが、強烈な跳び膝蹴りを相手の顔面に叩き込んだからだ。教団兵の情けない悲鳴が漏れ、来た方向に吹っ飛ぶ。
「り、リヒター様!? ここは危険です、お下がりください!」
「そういうわけにもいくまい。みな、よく聞け。グリルゴ卿が裏切った。まんまと一杯食わされたわけだ。これより」
「我々全員の力を合わせ、教団を撃滅する。すでに非戦闘員は逃がした。背後を気にせず存分に戦え!」
「なんじゃ、若いの。人のセリフを横取りしおってからに」
リヒターが護衛たちにグリルゴの裏切りを伝えていると、そこにラインハルトもやって来る。全員に檄を飛ばし、戦意を燃え上がらせた。
「ええ、やってやりますよ! 一人でも死なせれば、我らの恥となります。必ず、全員守り抜いてみせますから!」
「やれるもんならやってみろ! クロスボウ部隊、射てー!」
そんな彼らの元に、容赦のない教団の攻撃が行われる。十数丁のクロスボウから矢が放たれ、護衛たちを貫く……ことはなかった。
ラインハルトが矢じりに使われている金属を磁力で操り、途中で矢を止めたからだ。大切なサミットを台無しにされた『鉄結の鬼神』の怒りが、炸裂する。
「……お前たちのしたことは、決して許されることのない大罪だ。我らの命を狙い、こうして攻め入ってきたこと――死して悔やめ」
「ヒッ! に、逃げ……なんだ、身体が動かねえ!?」
「金属製の装具を身に付けているのが仇になったな。コレはお前たちのものだ、返してやろう」
凄まじい殺気が込められた眼力の前に、教団の兵士たちは戦意を喪失し逃げようとする。が、鎧やベルトの留め金にも磁力が及んでいた。
その場に縫い付けられたかのように動けなくなる教団兵たちに、ラインハルトは反転させた矢を勢いよく放つ。自分たちの攻撃を逆利用され、全滅した。
「すでに他の場所にも敵が入り込んでいます。我々はここを守るので、お二人は他の部隊の加勢を!」
「そうしたいところじゃがの、どうやら新手が来たようじゃわ」
「ガルォォォォォ!!」
建物の壁が破壊され、第二陣が姿を現す。腰布とこん棒で武装した巨人型の魔物、スプリガンの群れが教団兵と共にやって来たのだ。
「ここを通すわけにはいかない。別のエリアで戦っているコリンくんたちの背後を取らせはせぬ! ここで全員、仕留めてくれる!」
「やれるものならやってみろ、これだけのスプリガンがいればお前たちなど怖くないぜ!」
「ほっほう、これを見ても言えるかのう? 星遺物、柔剛帯シールズリング!」
八体ものスプリガンがいる安心感から、無用な挑発をかます教団兵。すると、リヒターがニヤリと笑い星遺物を呼び出す。
すると、手足に一本ずつと身体に巻かれていた四本、計八本の帯がひとりでに動き出した。くねくねと不気味にうごめいている。
「フン、何だそんな帯程度! スプリガンども、かかれ!」
「グルォォ……ォォ?」
「愚かよのう、自他の力量の差も分からぬとは。兵法に曰く、己を知り敵を知れば百戦危うからずと言うが……百どころか、一勝もお主たちは出来ぬよ」
スプリガンたちが一斉攻撃を始めようとした、次の瞬間。流れる水のような、ふわりとした動作でリヒターが前に進む。
直後、八つの帯が勢いよく伸びてスプリガンたちの首を切り落とした。あまりの早業に、敵も味方も、何が起きたのか理解するのに数分を要した。
唯一、ラインハルトを除いては。
「どうした? 自慢のスプリガンたちがあっという間に全滅したじゃないか。あれ以上はいないのか?」
「え? あ、え? え?」
「では、次はこちらのターンだ。もっとも、二度とお前たちのターンは来ないがな」
「そういうことじゃ。さ、悪たれどもには仕置きをせんとのう。ほっほっほっほっ!」
その後、ラインハルトとリヒター、そして護衛たちの手によって西棟を襲った教団の部隊は一人残らず始末されることとなった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「サソリ忍法、砂イヅナの術!」
「ぐあああっ!」
「フン、他愛ない奴らだ。この程度の数でワシらを討ち取れるとでも思っていたのか?」
「変じゃのう……さっきから奇妙な魔力の気配を感じる。一体、どこから……?」
その頃、北棟ではコリンとアシュリー、エステルとバーラムの四人が次々と現れる教団の兵士たちを倒して回っていた。
あらかた敵を片付け終えたが、まだ油断は出来ない。マリアベルが転移用の魔法陣を片っ端から壊して回っているとはいえ、まだ増援が来るからだ。
「この気配……外じゃな。みな、済まぬが一度建物の外に出てもよいかのう? この気配の正体を知りたいのじゃ」
「ウチは構わへんで。むしろ、怪しいものは調べといた方がええんとちゃうか?」
「エステルの言う通りだな。後ろの守りはワシに任せい、不意打ちなど絶対にさせん」
大会堂のどこかから発せられる怪しげな魔力の出所を探るべく、四人は一旦建物の外に出る。すると、あまりにも呆気なく――気配の正体が判明した。
「なっ!? 何だよアレ、神殿が浮いてやがるぞ!」
「アレであったか、わしが感じていた怪しい魔力の出所は!」
フィアティー大会堂の真上、上空百メートルほどの場所に巨大な神殿が浮かんでいた。おそらく、あれがヴァスラ教団の本拠地なのだろう。
コリンたちが空を見上げていると、彼らの目の前に白と黒の輝きを持つ光の柱が降り注ぐ。その中から、礼服を着た一人の男が現れる。
「その紋章……やはり、ヴァスラ教団の拠点だったようじゃな。貴様、何者じゃ?」
「私の名はオラクル・カディル。教団を束ねる七人の神託者、その最後の一人。我らのサプライズ、お喜びいただけたかな?」
「何がサプライズだ、ふざけるのも大概にしやがれ! サソリ忍法、砂手裏剣――!? チッ、てめえもすり抜けるのかよ!」
「もちろん。わざわざ生身で降りてくるつもりなどない。私は招きに来たのだからな。忌まわしき宿敵を、聖なる神殿へと」
怒ったバーラムが砂で出来た手裏剣を投げるが、オラクル・カディルの身体を透過してしまう。グリルゴのように、精神だけを地上に寄越しているようだ。
「招待じゃと?」
「そうだ。まもなく、我らが女神ヴァスラサックが復活の時を迎える。お前たちの歴史から消え去った神魂玉を集め、来るべき時が来たのだよ」
「なるほど、すでに集めきっておったか。なら、わしのすべきことは一つじゃな。直接乗り込んで、全て叩き潰すのみよ」
「やれるのならば、やってみるといい。だが、神殿は神と魔の二種の結界で覆われている。出入りする手段は、この光の柱を使うのみだ」
敵意を剥き出しにするコリンに、オラクル・カディルはそう告げる。一歩後ろへ下がり、光の柱に呑み込まれ消えていく。
「聖なる神殿に昇れるのはお前だけだ。それ以外の者は、例え星騎士や闇の眷属だろうと通しはしない。覚悟が出来たら、その柱に触れるといい。我らが全力でお迎えしよう! ハハハハハハハハ!!」
そう言い残し、オラクル・カディルは消えた。後には、光の柱を見つめるコリンたちだけが残されたのだった。




