115話―サミット開始、しかし……
十二星騎士が揃い、スター・サミットが始まった。まずはそれぞれの家の近況報告が始まり、主催であるリーデンブルク家から話が行われる。
ラインハルトは円卓の真北にいるため、彼の右隣に座っているコリンは必然的に順番が最後になる。緊張の面持ちで、他の者たちの話を聞いている。
「……というわけで、こうしてアタイが新しく当主になったわけで。若輩者を可愛がってくれ……じゃない、くださいよ皆さン」
「ご苦労だった、アシュリー。彼女が言った通り、これからは彼女がダズロン卿に変わりカーティス家の当主となる。私たちの手で、支えていってあげようではないか」
「異議なし」
「異議なーし!」
コリンの右隣に座っていたアシュリーの近況報告が終わり、とうとう出番が来た。全員がじっと見つめる中、コリンはゆっくりと立ち上がる。
「それでは、最後に……我々全員が集結するきっかけを与えてくれた彼の話を清聴しよう。ギアトルク家代表、コーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルク。話をどうぞ」
「うむ……こほん。えー、皆様もすでに知っているかと存じますが、わし……いえ、私がかの英雄フリード・ギアトルクの子でございます」
そこまで話した後、コリンは深々とお辞儀をする。少しの間、何を話すか考え込む。その結果、決意を固め……。
「私と教団の戦いについては、皆様もよくご存じでしょう。なので、今日は……我が一族とこの大地の、知られざる真実をお話しします」
かつてアシュリーたちに語ったように、各家の当主たちにも自分と父のルーツ、そしてイゼア=ネデールの成り立ちを話す。
歴史の闇に埋もれ、忘れ去られた真実を語り、聞かせる。最初は驚愕していた当主たちも、話が終わる頃には神妙な顔つきになっていた。
――ただ一人、グリルゴ・ファルダバルを除いて。
「フン、つまりこういうことか? 全てはお前の親父たちの壮大な親子喧嘩に過ぎないと。くだらん、英雄などと聞いて呆れるわ。むしろ、邪神の血を引く大悪人ではないか」
「グリルゴ卿、言葉は慎重に選んでいただきたい! 父はただ一人邪神に逆らい、この大地のために戦ったのです。それを、大悪人だなどと……」
「なんだ、事実だろう? 何を為そうが、結局は血筋が物を言うのよ! どうせ、いつか戻ってきてこの大地を支配しようとするに決まっておるわ。所詮、邪神の子なのだからな!」
あまりにも無礼極まりない言葉の数々に、コリンは激昂し魔力を放出する。父の名誉を汚され、侮辱の言葉を吐かれては怒るなと言う方が無理だ。
コリンが口を開き、抗議の言葉を叩き付けようとした次の瞬間。それよりも早く反論したのは、アシュリーとエステルの二人だった。
「おい、そこのクソデブ野郎。てめぇ黙って聞いてりゃ言いたい放題じゃねえか。じゃあ何か? てめぇの理論で言や、どんな悪事を働いた奴も血筋が良けりゃ許されるってのか? え?」
「仮にそうやとしたら、アンタめちゃくちゃなこと言うとるで。そもそも、アンタやウチらが高貴な血筋になれたんはコリンはんのオトンのおかげやろ? そこ忘れたらアカンで」
「なんだと? しょんべん臭い小娘どもがワシに歯向かうつもりか!」
二人の理路整然とした反論に対し、グリルゴはただみっともなく喚くだけだった。元より彼の味方をするつもりもない他家の当主たちは、グリルゴの軽率かつ悪意にまみれた言動を非難する。
「今の言葉は聞き捨てならないわよ、グリルゴちゃん。コリンちゃんはね、自分の命を危険に晒してでもイザリーの呪いを解こうとしてくれたのよ。そんないいコに言いがかりつけるなんて、あなた最低よ」
「だな、話にならん。結局、自分の歪んだ価値観を押し付けてコリンくんとフリード様を貶めようとしているだけだ。本当に最低な男だよ、お前は」
「そうよそうよ! それに、アシュリーたちへの反論だってロクに出来てないじゃない。そんなザマで、よくふんぞり返っていられるわね、この恥知らず!」
マデリーンとリュミが冷たい視線を送り、イザリーも怒り心頭な状態だ。怒鳴り付けようとするグリルゴだが、彼の肩を誰かが掴む。
「病弱な身体ではあるけどね、恩人を侮辱した愚か者を殴り飛ばすくらいの体力と腕力はあるんだ。一度殴られて、脳をシェイクされてみるかい?」
「いいや、こういうバカは一発殴った程度じゃ効かねえよ。いっそ死んだ方が理解するまであるぜ、このデブは」
「力に訴えるのは好まぬが……大恩ある者を侮辱されて黙っているのは武士の恥。落とし前はつけさせてもらおう」
スコット、ドレイク、トキチカの三人はすでに臨戦態勢に入っている。特に、スコットとトキチキはいつ殴りかかってもおかしくない。
二人とも窮地をコリンに救われているため、余計にグリルゴの振る舞いが許せないのだ。スコットに掴まれたグリルゴの肩が、悲鳴をあげる。
「いだだだだ! 何をする、離せ! ワシは事実を口にしたま」
「事実と言やぁよお、あんた……いろいろ良くない噂を聞くぜ? 前当主の遺児を虐待してるだの、領民から巻き上げた金で好き放題やってるだのよ。まずはあんたの『事実』から明らかにした方がいいんじゃないのか?」
「! い、今はそれは関係ないだろう! バーラム卿、論点のすり替えはやめていただきたい!」
ここぞとばかりに言葉尻を捉え、バーラムはグリルゴを問い詰める。ギクッと身体を震わせ、うやむやにしようとするがそうはいかない。
「実は、近況報告が終わった後その話をしようと思っていた。貴殿が当主を継いでからのファルダバル家の狼藉は目に余るからな、ここで色々と白状してもらうぞ」
「卿よ、あなたの詭弁は聞くに耐えない。娘風に言えば、反吐が出る邪悪さだ。あそこまで豪語したのですから、当然あなたは潔白の身なのでしょうな?」
「ぐ、そ、それは……」
ラインハルトとベルナックも包囲網に加わり、グリルゴの退路を絶っていく。不用意な言いがかりをした結果、見事に墓穴を掘ったようだ。
孤立無援となったグリルゴは、唯一沈黙を保っていたリヒターに顔を向ける。ワラをも掴むような気持ちで、彼にすがり付くが……。
「長老よ、お助けください! みなが寄ってたかってワシを」
「たわけが、わしに頼れば助け船を出してもらえるとでも? わしが黙っておったのは、呆れ果てて何も言えなかったからじゃ。かような幼子が、勇気を振り絞って全てを話してくれたというのに」
「ぐ、ぐぐぐ……! こうなれば仕方あるまい、予定よりだいぶ早いが……来い、教団の尖兵ども! ワシ以外の星騎士の末裔を皆殺しにしろ!」
完全に追い詰められたグリルゴは、とんでもない凶行に走った。大声で叫んだ後、禍々しい黒色の転移石を取り出し天に掲げる。
「!? これは……大量の魔法陣の気配。グリルゴ卿、一体何をした!」
「フン、知れたことよ。この石を使ってヴァスラ教団の連中を呼び込んだのだ。お前たちを皆殺しにするためにな!」
「……見下げ果てた奴よ。星騎士の誇りと魂までも売り渡したのか!」
どうやら、とうの昔にグリルゴは仲間である星騎士たちを裏切っていたようだ。コリンに糾弾されるも、一切悪びれることもない。
「みな、あの裏切り者を捕まえろ! 星騎士の名にかけて、決して逃がしてはならぬ!」
「やれるものならやってみろ、ラインハルト! ほら、ワシに触れてみい」
「こいつ、身体が透けている!? 一体何をした!」
ラインハルトが叫んだ直後、スコットが素早く引き寄せて羽交い締めにしようとする……が、そうは出来なかった。
グリルゴの身体が透け、幽霊のようにあらゆるものを透過してしまうのだ。スコットたちをすり抜け、グリルゴは壁の中に逃げ込む。
「バカめ、この転移石は教団が造った特別製だ。先に肉体だけを転移させ、後から精神を転移させる。ここでお前たちが死ぬのを、高みの見物させてもらうわ!」
「アカン、あいつ逃げよったで! どこまで卑怯なんや!」
「チッ、癪な野郎だ。だが、今一番まずいのは……」
バーラムがそう呟いた直後、会堂のあちこちで警報が鳴り響く。建物の内部に、教団の兵士たちが侵入してきたのだ。
戦う手段のある当主は、三分の一ほど。戦えない者は、誰かが守らねばならない。故に、コリンが真っ先に動いた。
「マリアベル! ここは危ない、スコット殿やベルナック王、リュミ殿たちを城に匿い、それぞれの故郷に逃がすのじゃ!」
「かしこまりました、お坊っちゃま。さ、皆さまこちらへ。安全な場所にお送りします」
コリンの声に呼応し、部屋の中に現れた扉からマリアベルが姿を見せる。スコットとベルナック、リュミにイザリーを誘い、扉の向こうへと逃がす。
「済まない、僕たちも手伝えればよかったのだけど……みんな、どうかご無事で!」
「うむ、そなたたちも……む? リヒター卿も早くお逃げくだされ! まもなく敵が来まする!」
「なに、問題はない。当主としてだけでなく、騎士としてもまだまだ現役じゃからな。見せてやるでな、バルダートン家の力を」
敵が迫る中、顔じゅうに深いシワが刻まれた老人は――獰猛な笑みを浮かべた。




