113話―おいでませ水の国へ
六日をかけて、コリンたちはランザーム王国最北端の町ルペリエに到達した。ゼビオン帝国との国境は大河で区切られており、大きな橋が架けられている。
デュミレット大橋を渡った先でコリンたちを待っていたのは、水路が張り巡らされた活気ある町並みであった。無数のゴンドラが、水路を行き交っている。
「おお、随分と賑やかなところじゃのう。帝国への玄関口に相応しい町じゃな」
「検問所のおっさンから聞いたが、こっから専用の水路を通る高速船に乗れば一日でペテル・アル・ランザに着くってよ」
「左様か。では、船の時間を確認しつつのんびり町を見て回るかのう」
二人は高速船の乗り場に向かい、次の船が出る時刻を確認する。まだ数十分ほど時間があるため、二人は朝食を食べに行くことにした。
「この国にはどんな美味が眠っておるのかのう。とても楽しみじゃ」
「そうだなぁ、アタイももう腹ペコ……お、この店なんてどうだ? 窯焼きのピザだってよ」
「ピザ……? 聞いたこともないのう。よし、ここにしようぞ」
町の一角、大きな水路に面した通りにあるレストランに入るコリンとアシュリー。中に入ると、香ばしいチーズの香りが漂ってくる。
「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」
「うむ、そうじゃよ」
「かしこまり……あ! あの、もしかしてあなた……あの有名なコリンさんでは!?」
「ん? そうじゃが……」
「キャー、大変たいへん! 店長、てんちょー! とんでもないお客様が来店されましたー!」
席に案内しようとやってきた女性店員は、コリンに気付くと黄色い悲鳴をあげながら厨房の方へすっ飛んでいった。
少しして、店長と思われる恰幅のいいボウズ頭のエルフの男を連れて戻ってきた。ニコニコと笑みを浮かべ、自らコリンたちを席に連れていく。
「これはこれは、ようこそ我がレストランへ。こうしてお会い出来たこと、心より嬉しく思います」
「う、うむ。しかし、随分な歓待っぷりじゃな。そなたとは面識はないはずじゃが……」
「そう思うでしょう? 実は私、ロタモカ公国出身でして。あなたには祖国を救ってもらった恩があるんですよ」
「なんと! なるほど、そういうことじゃったのか」
店主の言葉に、コリンとアシュリーは仰天する。この店の主と、そんな繋がりがあるとは夢にも思っていなかったのだ。
「祖国には両親と弟夫婦が暮らしてまして、もう巌厄党や教団に怯えずに暮らしていけると大喜びしていました。父母に代わり、あなたに感謝します」
「へぇー、なンかさ……いいよな、こういうの。上手く言えねーけど。巡り巡って感謝が繋がる……みたいな」
「お礼に、今日は無料でピザを振る舞いますよ。当店自慢の一品、ぜひ楽しんでいってください」
せっかくの好意をムダにすまいと、コリンは頷く。店で一番眺めのいい席に通してもらい、優雅なモーニングと洒落込む。
しばらく待っていると、厨房の方から美味しそうな匂いが漂ってくる。大きなトレーを持った女性店員が、席にやって来た。
「はい、お待たせしました! 当店名物、モッツァレラチーズに厚切りベーコンとソーセージのピザ……キングサイズですよ!」
「でっ……か! これ何人分だ? 二人で食べきれるか分からねえなこりゃ」
テーブルの上に置かれたのは、直径四十五センチはある巨大なピザだった。アツアツトロトロのチーズと、大量の分厚いベーコンとスライスソーセージがトッピングされている。
「おお……! これがピザというのか。して、どうやって食べるのじゃ?」
「付属のピッツァウィールを使って、いくつかのピースに切り分けて食べるんです。この大きさだと、十二ピースくらいになりますかね? よければお切りしますが、どうします?」
「ふむ、ではやってもらおうかの。自分でやって失敗したら悲しいからのう」
「はーい、かしこまりました!」
そう言うと、店員はピザをカットしていく。その動作にムダは一つもなく、全てのピースがキッチリ同じ大きさと形に切り分けられた。
必要な作業を終えた店員は水が入ったコップをコリンとアシュリーの前に置き、ペコリと頭を下げる。お代わりは自由ですと言い残し、店の奥に引っ込む。
「さて、もう腹もペコちゃんだし食べようぜコリン。おっほー、旨そうな匂いがプンプンしてやがるぜ」
「ふむむ、これはどう食べれば……こっちのとんがっておる方から食べればいいのかのう?」
「そうそう、でも気を付けな。結構チーズが伸びるンだよ、にょいーんて」
「にょいーん……。まあ、食べてみようぞ。いただきます」
食前の挨拶をした後、コリンはピザを一切れ取りジッと見つめる。先端が尖っている方を顔に向け、口を開けつつゆっくり近付ける。
「あーん……ん、もぐもぐ。おお、おおおおお!? ほ、本当にチーズが伸びおる! にょいーんと、にょいーんと!」
「かなり熱いから、舌とか火傷しないように気を付けろよ? ン、サクサクジューシーで美味いなこのピザは」
もっちりサクサクの生地を彩る、味わい豊かなモッツァレラチーズ。そこに分厚いベーコンとジューシーなソーセージが加わり、空きっ腹を満たしていく。
口元から離すたびにチーズが伸びるのを気に入ったのか、コリンは何度もピザを前後させながら物凄い勢いで食べ進める。
「店主殿、次はこのパインと薄切りベーコンのピザが食べたいのじゃ!」
「あいよ、じゃんじゃん焼くからドンドン食べておくんなさいよ! メリ、どんどん運んで!」
「はいはーい! ふう、今日は朝から大忙しね!」
最初のピザを平らげてからも、コリンの食欲は止まらない。メニューにあるピザを片っ端から注文し、小さな身体に納めていく。
一体、その身体のどこに入っていくのか……アシュリーが食べる手を止めて観察をはじめてしまうほどに、コリンはピザを食べる。
「……すげぇな。ここまで食うとはアタシも思わなかったぜ。っていうか、船の時間ヤバくねぇか?」
コリンが全てのメニューを制覇した頃、ちょうど次の高速船が来る時間十分前となっていた。名残惜しそうにしつつも、コリンは店を出る。
「こんなに食べてお代を払わぬ、というのはやはり良心が咎めるのう。代金を払わせてくだされ」
「いいんですいいんです。うちは繁盛してますからね、このくらいどうってことありませんよ。むしろ、気持ちのいい食べっぷりに感動しました。よければ、また来てください。歓迎しますよ、コリンさんをね」
「むう……なら、次に来た時はこのお店にたくさんお金を落とそうぞ。みなで食べに来るでな。美味しいピザをありがとうのう、店主さん」
流石に食べ過ぎたことを反省し、コリンは食事代を払おうとする……が、店長は頑として首を縦に振らず、受け取らなかった。
船の時間もあるため、コリンは不承不承な態度になりつつもお礼を言い店を出る。急いで船着き場に向かったため、何とか時間に間に合った。
「さて、お腹もいっぱいになったし後は優雅なクルージングを……ん? アシュリー、あの飛行船は……」
「ウィンター家の家紋……なるほど、あっちはあっちで優雅な空の旅ってわけだ。この分なら、期日より早く星騎士の一族が集結するかもな」
「うむ、その時が楽しみじゃのう」
仲間との再会の時を夢見て、コリンとアシュリーは船に揺られ首都へ向かう。そんな彼らを、物陰から見つめる者がいた。
「……奴らがペテル・アル・ランザに向かったな。急ぎオラクル・カディルにお伝えせねば。襲撃作戦決行の日は近い、と」
フードの付いた漆黒のローブを纏った人物は、そう呟き路地の奥へ消える。華やかなスター・サミットの裏側で……ヴァスラ教団の謀略も、少しずつ進んでいた。




