112話―サミットへの道
その後、ラインハルトは来た時のように磁力を用いて天秤に乗り、祖国へと帰っていった。彼が去った後で、アシュリーは机に突っ伏す。
「はー、ようやく帰ったか。やらかすなンてついてねぇぜ……」
「いや、わしも驚いたわい。和やかな空気が急に変わって、心臓が止まるかと思うたわ」
全身の力が抜け、スライムのようにふにゃーっと崩れ落ちるアシュリーにコリンはそう声をかける。実際、マナー違反を咎めるラインハルトは怖かった。
ただでさえ、元から目付きが鋭いのだ。それがさらに鋭さを増して、刺すような視線を浴びせられるとあれば、常人ならまともに返事も出来ない。
「まあ、本番に向けてのいい練習になったんじゃなーい? やらかさないように経験積めたと思えばさ!」
「てめー、他人事だからって気楽に言いやがって……。あとで覚えとけよ……」
「まあ、そこは次気を付ければよかろうて。さて、わしらもそろそろおいとましようか。いつまでもいたら店の迷惑になるしのう」
一旦話を切り上げ、コリンたちはドーナツ屋さんから出てアルソブラ城に戻ることにした。あまり長い間遊んでいるわけにもいかない。
スター・サミットの開催まで、もう十日ほどしかないのだ。準備を済ませ、余裕を持って開催地に向かわなければならないのである。
「もし遅刻なんてしようもンなら、確実にラインハルトに大目玉食らうからな。それだけは絶対にゴメンだぜ、アタイは」
「うむ、そうじゃな。いっそ、明後日くらいにもう現地に行ってしまうというのはどうじゃ? アシュリーよ」
「ああ、それがいいかもな。会場があるのはランザーム王国の首都、ペテル・アル・ランザだし。連泊出来る宿もたくさんあるだろ」
予想外のアクシデントが発生したせいで遅刻……という最悪のケースに陥るのを防ぐため、コリンたちはあらかじめ現地入りする作戦を立てた。
あらかじめランザーム王国に入国しておけば、多少トラブルが起きてもすぐ挽回出来る。それと、コリンにはもう一つ目的があった。それは……。
「それにじゃ、せっかく行くのじゃからランザーム王国の観光もしたいしの」
「いいなー、二人とも。ボクはたぶん、本国でお留守番かなぁ。お父様が参加を許してくれるとは思えないし」
「ま、おめーはまだまだ半人前だからな。今回はおとなしく留守番してるンだな、アニエス」
ニシシと笑いながら、アシュリーはアニエスをからかう。すると、ぷうっと頬を膨らませたアニエスがコリンに飛び付く。
「むー! ししょー、アシュリーちゃんがいじめるよぅ~!」
「おお、よしよし。本当なら一緒に連れて行きたいのじゃがのう、他家の者を同伴させるのは体裁が悪いでな。土産をたくさん買うてくるゆえ、留守番してておくれな」
スター・サミットには、列席する当主の付き人を一人まで同伴させることが出来る。だが、だからといってオーレイン家の時期当主を付き人にするのは世間体的にまずいのだ。
そんなことをした日には、いくらコリンとはいえども他家からのバッシングは免れられないだろう。これまでに築いた信頼もガタ落ちになる。
「まー、仕方ねえさ。仮にもアニエスはロタモカ公国の姫だしな。それを連れてくるってなると、どう言い訳しても冷たい目で見られちまうからよ」
「しがらみが多いのう、こういう催しは」
故に、ベルナックの意思一つでアニエスの参加の可否が決まる。……のだが、今回は連れていってもらえないだろうとアニエスは予想していた。
そして、その予想通りとなる。二日後、ベルナックから手紙が届きアニエスに帰還するようにとのお達しが来た。結局、故郷でお留守番のようだ。
「う゛う゛う゛……。ししょぉ~、お土産たくさん買ってきてね~。ひっぐ、えぐっ」
「うむうむ、たんと買うてくるでな。サミットが終わったらまた遊びに行く故、楽しみに待っておれ。とりあえず、鼻をかむのじゃ」
「ふんっ、チーーーーン!!! ズビッ、こっちに来るのずっと待ってるからね~ししょぉ~」
迎えの者たちに連れられ、アニエスは故郷へと帰っていった。こうして、最後にコリンの元にアシュリーだけが残った。
「随分とまあ、久しぶりに二人っきりになったな。なンだか懐かしいぜ」
「そうじゃのう。大勢で賑やかなのもよいが、たまにはこうして二人きりというのも悪くはないの」
アニエスを見送った後、コリンたちは帝都の外へ向かう。このまま、サミットの開催地であるランザーム王国へ向かうつもりなのだ。
久しぶりにシューティングスターを呼び出し、コリンはサドルに跨がる。サイドカーを出し、そこにアシュリーを乗せようとするが……。
「待った。今回もコリンの後ろに乗りてえな」
「む? なんじゃ、サイドカーに乗らんでよいのか?」
「なんだかんだよ、そっちの方がスリリングで楽しいからな。久しぶりの二人旅だし、道中も楽しみてえわけよ」
以前乗った時はピーピー騒いでいたが、なんだかんだでクセになっていたらしい。コリンはサイドカーを収納し、サドルをポンポン叩く。
「なら、わしの後ろに乗るとよい。今回はハイスピードで飛ばすゆえ、しっかりと捕まっておるのじゃぞ」
「おう、そうするぜ」
威勢よく返事をし、シューティングスターに近寄るアシュリー。そんな彼女の耳元に、どこからともなくマリアベルの声が聞こえてくる。
『……アシュ虫さん? お坊っちゃまに密着してあわよくば……等と考えているのなら、その考えはお捨てなさい。さもなくば、地獄を見ますよ?』
「!? し、しねえよそンなこと! アニエスやマリスじゃあるまいし……」
『そうですか。わたくしは常に貴女を見ています。そのこと、ゆめゆめお忘れなきよう……』
念を押して釘を刺し、圧をかけた後マリアベルの声は聞こえなくなった。冷や汗がドッと吹き出し、アシュリーはブルッと身体を震わせる。
「ぬ? アシュリー、どうしたのじゃ?」
「い、いや、何でもねえ。さあ、行こうぜ! グズグズしてると間に合わねえからな!」
マリアベルの声はアシュリーにだけ聞こえていたようで、コリンは不思議そうに首を傾げる。勢いで誤魔化しつつ、アシュリーは車体を叩く。
シューティングスターに跨がり、安全ベルトを装着する二人。魔導エンジンを吹かし、アクセル全開にして南へと続く街道を進む。
「さあ、行くぞよアシュリー! 目指すは南、ランザーム王国じゃ!」
「おう、楽しみだぜ!」
街道を行き交う人々や馬車を器用に避けながら、コリンはバイクを駆る。爽やかな風が、二人を素敵な旅へと誘っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふう、これでもうぼくが手伝えることはなさそうですね。後は、コリンさんたちに任せましょうか」
一方、そんなコリンたちをこっそり見守っている者がいた。ヤサカの戦いで力を貸したアゼルだ。人知れず黒水晶のドクロを回収し、撤収していた。
最後の闇霊、レキシュウサイを葬った以上、さらなる介入は問題を起こすと判断して自ら退いたのだ。自分が力を貸したという記憶すらも、コリンたちから消し去って。
「しっかし、いいのかよアゼル。あのコリンってガキんちょに貸し一個作っとけば、後々便利だろうによ」
「そうもいきませんよ、シャスティお姉ちゃん。彼らは彼らで特別な事情がありますから、あまり外に引っ張り出すのはよくないんです」
ふかふかのソファに腰掛け、水晶を通してコリンたちを見ていたアゼルに女が話しかける。修道服を身に付け、片手にはワインボトルを持っていた。
「ふーん、そういうモンなのか。ま、アゼルも王位継承で色々忙しい時期だしな。お互い構ってる暇はねえわな」
シャスティと呼ばれた女は、グラスに注ぐことすらせずにワインを一気飲みする。それを見たアゼルは、慌ててボトルを没収した。
「もう、いつも言ってるじゃないですか! ワインは直飲みじゃなくてグラスに注いでくださいよ!」
「かてぇこと言うなって。酒は百薬の長っつってな、飲めば飲むだけ健康にいい……」
「そんなわけあるか、このたわけが。またリリンに仕置きされても知らぬぞ、余は」
アゼルたちが乳繰り合っていると、アーシアがやって来た。シャスティの頭を小突き、呆れたようにそう口にする。
「ぐ、それは嫌だな……って、なんだその紙束は。なんでアタシの腕を掴むんだ」
「貴様の今日の仕事だ。たっっっっっっっぷりあるから、明日の朝まで全部終わらせろ。さもなくば、電撃折檻コースだ」
「はぁ!? 嘘だろおい、ちょっまっ……アゼル、助けてくれぇぇぇ!!」
「ごめんなさい、ぼくこのあと会食があるので……お仕事、頑張ってくださいね」
「ちょ、見捨てるなぁぁぁぁぁ!!!」
アーシアに引きずられながら、シャスティは叫ぶ。だが、アゼルの助けは得られず……抵抗虚しく連行されていった。




