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111話―お話の時間

 少しして、ラインハルトが注文したドーナツと紅茶のセットが運ばれてきた。もちろん、リクエスト通り角砂糖も十個ある。


「来たか。では、何か話をしよう。まずは親睦を深めたいのでね」


「ふむ、ではこれまでの冒険についてでも話そうかのう」


「ああ、私もそれを聞きたいと思っていた。……そうそう、はじめに断っておくが。話す時はドーナツを食べない、食べる時は話を中断する。大切なマナーだ、守ってもらおう。いいね?」


「う、うむ。分かりもうした……」


 マナーの話になった途端、ラインハルトの目力が格段にアップした。ただ見られているだけなのに、コリンは冷や汗をかいてしまう。


 昔、粗相をしてしまった時の両親の視線に匹敵するほどの冷たいものだった。アシュリーたちが恐れているのも、納得の眼力である。


「では……そうじゃな、まずはアシュリーとの出会いから……」


「実に楽しみだ、君がこれまでどのような冒険をしてきたのかがね」


 とりあえず、コリンは最初から話して聞かせることにした。アシュリーや仲間たちとの出会いから、今日に至るまでのヴァスラ教団との戦い。


 それらを、時おり感想を挟みながらラインハルトは清聴する。時おり、ドーナツや紅茶に口を着ける際には断りを入れて話を止めてもらい、飲食する。


 自分で言った通り、テーブルマナーには相当うるさいらしい。一緒にドーナツを食べているアシュリーとアニエスも、終始緊張しっぱなしだ。


「……なるほど。まさに、絵に描いたような波瀾万丈の冒険活劇というわけだ。事実は小説より奇なり、ということわざがあるが……うん、実に面白い話だった」


「満足していただけたようで何よりじゃわい。気に召さぬかもと思うておったが……」


「いや、そんなことはない。君の活躍を知れてよか」


「そういやよ、あのてんび」


「アシュリー君。今、私はコリン君と話している最中だ。だというのに、そこに割り込んで話題を振るというのは、マナーに反する失礼な行為だとは思わないかね?」


 コリンの話が終わり、心底楽しそうにラインハルトは微笑む。ここまでは、何も問題なかった。アシュリーが口を開くまでは。


「す、すンませン……」


「その謝り方もよろしくない。もう少し丁寧な言葉遣いをするべきだ。すんませんではなく、すいませんとな。いいね?」


「はい……すいませンでした……」


 会話に割り込み、途中でいきなり話を振ったのがマナー違反の判定に触れたようだ。早速、ラインハルトの真骨頂ともいえるお説教が始まった。


 流石のアシュリーも上手く反論出来ず、ただ謝ることしか出来ていない。下手なことを言えば、そこからさらに傷口が広がるのを分かっているのだ。


(こ、これがアシュリーたちの言っておったラインハルトのお説教か……。対象がわしでなくてよかったわ、ほんと)


「さて、あまり長々とは説教はしない。短く、簡潔に伝える。それが私のモットーだからな。……で、何を聞くつもりだったのだね?」


 コリンが内心そんなことを考えていると、ラインハルトはアシュリーにそう尋ねる。彼女が何かを聞きたがっていた、ということはちゃんと覚えているのだ。


「え? あ、ああ……あの天秤、どうやって動かしてンのかなーってさっきから気になっててよ」


「簡単なことだ。我がリーデンブルク家は、初代ヴィルヘルムの時より『磁力』を操る力を持っている。それを用いて、空に浮かばせているのだよ」


「なるほどのう。だから、手足に薄い金属の膜を巻いておるのじゃな」


「ああ。我が一族の力を最大限に発揮するための特注品だ。これで、私自身も空を舞えるのだよ。勿論、戦いにも応用出来る」


 コリンが呟くと、ラインハルトは頷きながら指を伸ばす。魔力を込めると、金属製のカップがふわりと浮き上がった。


 そして、真っ直ぐ伸びた指にくっついてしまう。机の上にカップを戻し、紅茶を一口飲んでからラインハルトの話が再開される。


「と、まあ今見せてみたようなことをやれるというわけだ。その気になれば、複数の金属を同時に操ることも出来る」


「あのー、一つ質問いいですか?」


「ああ、もちろんだとも。アニエス君。何を聞きたいのだね?」


「その能力って、金属ならなんでも磁力で操れるの? 磁石に反応しない金属もあるけど」


「魔力の消耗が多少激しくなるが、強引にやれないことはない。その気になれば、非金属にも無理矢理帯磁させることは可能だが……そこまでする事態もそうは起きないからな。まだやったことはない」


「ほえー、すごーい……」


 リーデンブルク家の持つ能力を知り、コリンは感心する――のと同時に、警戒心も抱いた。ラインハルトの持つ能力は、あまりにも応用が利く。


 仮に、何らかの理由で彼が敵対するようなことになれば……かなりの苦戦をするのは免れない。無傷での勝利は難しい……と考えたのだ。


「そンだけ強い能力がありゃ、ランザーム王国も安泰だな。もう一つ、星騎士の家系いるし」


「失礼、一度ドーナツを食べてから返事をさせていただく。……うん、実に心地いい甘さだ。やはり甘いものは脳の良き栄養になるな」


 一旦断りを入れ、ドーナツを食べるラインハルト。完食した後、ナプキンで口を拭きアシュリーの言葉に答えた。


「……『双魚星』のファンダバル家か。前当主の時ならともかく、今の彼らには何一つ期待などしていない」


「む? なんじゃ、そのファンダバル家とはあまり仲がよろしくないのかのう?」


「前当主とは、懇意の仲だった。私も尊敬する、優れた為政者だったからな」


 コリンの問いに、ラインハルトはそう答える。表情からは、どのような感情を抱いているのか推し量ることが出来ない。


 感情を表に出さぬよう、努めて冷静に振る舞っているようだ。が……血がにじむほど拳を握り締めているのを、コリンは見逃さなかった。


「前当主、ラグザム殿が二年前に急死なされてな。彼には実子が二人いたが、どちらも成人しておらず家督を継ぐのに不適と判断されてな。ラグザム殿の実弟、グリルゴという男が当主になったのだが……」


「じゃが?」


「これがとんでもない愚物だった。自分の領地で好き放題やり始めたのだ。私や国王陛下が苦言を呈するほどにな」


 そこまで言ったところで無表情をキープ出来なくなり、ラインハルトは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「それで改善すればまだよかったのだが、事もあろうにグリルゴは過度な内政干渉だと逆に我々を非難してきた。そのままファンダバル領を封鎖し、他領との関わりを絶ってしまったのだ」


「えー、何それ。その人、ちょっとおかしいんじゃない……あ、やばい!」


 思わず口走ったアニエスは、ハッとした表情を浮かべる。が、今回は見逃されたようで、特に咎められることはなかった。


 ラインハルトもまた、グリルゴに思うところがあるのだろう。


「何とかファンダバル領の民を助けたいとは思っているのだが、向こうの敵意が強くてね。下手に干渉すれば、内乱になる。それだけは避けたいのだが……全く、自分の無力さに腹が立つ!」


「いえ、ラインハルト殿は悪くありませぬ。ラグザム殿の遺児が成人して、家督を取り戻せば状況も変わるじゃろうが……」


「問題はそこなのだ。上手く隠蔽しているせいで真偽のほどは定かではないが……グリルゴとその妻が、遺児二人を虐待しているという噂が流れてきている。それが本当だとすれば、許されることではない」


「なんと……」


 驚くべき話を告げられ、コリンもアシュリーもアニエスも、みな揃って絶句してしまう。どうやら、グリルゴという男は想像以上のクズのようだ。


 もしその噂が本当なのだとすれば、許しておくことは出来ない。何としても、前当主の子二人を救い出して保護せねばならない。


「今回のサミットで、そのことを追求してみるつもりだ。ついては、その時に君たちの協力を得られれば……と思う。どうだろう、真実を明らかにするためにも力を貸してはもらえぬだろうか」


「無論、協力させてもらいますぞ。かようなことがもし本当に行われているのだとしたら……わしはグリルゴをその場で殺してしまうやもしれぬ」


「いや、流石にそれはまずいってコリン。だがよ、聞いたからには見過ごすわけにゃいかねえな。アタイも手ぇ貸すぜ、ラインハルト」


「うん! もしかしたら噂が間違ってるのかもしれないけど……火のないところに煙は立たないって言うし、追求してみる価値はあるよね!」


 ラインハルトの懇願に、コリンたちは即答する。全員が、協力の意思を示したのだ。人としての倫理が、星騎士としての誇りが。


 グリルゴの疑惑を放置しておくことを許さなかったのだ。


「……そうか。ありがとう、感謝する。やはり、会いにきてよかった。サミットが終わったら、協力の礼をしよう。楽しみにしていてほしい」


 頭を下げ、ラインハルトはコリンたちに感謝の言葉を口にする。そんな彼に、コリンは頷きながら笑いかけるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] どういうことだグリルゴ!? ノブレス・オブリージュの精神をかなぐり捨てたのか!!?
[一言] 全くいったい何処で血が穢れたのやら(ʘᗩʘ’) 兄は良くても弟はロクデナシだとすると余程、幼少期の教育が悪かったんだな(~‾▿‾) 自分達の代で全てを潰す気が(⑉⊙ȏ⊙)
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