109話―星騎士たちが大騒ぎ
ウィンター家やラーナトリア家のみならず、全ての十二星騎士の一族がスター・サミットに向けて準備を進めていた。
コリンが現れたことで、本当の意味で星騎士の末裔が一同に会することが出来るのだ。これまでサボりの常連だった一族たちも、今回は乗り気だ。
「お義父さん、何読んでるの?」
「おう、実はついさっきスター・サミットの招待状が届いてな。いつもメンドクセーからすっぽかしてたがよ、今回はボウズも来るだろうし参加しようと思ってな」
「あら、そうなんだ。私も行きたいけど……多分門前払いされそうだし、大人しく留守番しとくわ」
――ロタモカ公国沖の海上。マリンアドベンチャー号内にある船長室にて、ドレイクとジャスミンは招待状を見ながら話をしていた。
「お? 珍しい、ならオレは自由気ままに」
「だって、主催するのがあのラインハルトさんなんでしょ? だったら、私がいなくてもお義父さんに睨み利かせてくれるもの。ねー?」
「うっ! た、確かにあの若造がいる間はナンパは無理だな……。クソッ、やる気出した途端にこれだよ!」
ニヤッと笑うジャスミンに、ドレイクは敗北感を味わいつつ拳で机を叩く。サミット帰りに現地で『オンナ遊び』しようと考えていたようだが、その思惑は水泡に帰したようだ。
「あー、クソ……しゃあねえ、ならサミット行く前に遊んで」
「許すわけないでしょーが!」
「アバーッ!!」
ジャスミンの十八番、制裁の右ストレートが炸裂しドレイクの頬に拳がめり込む。情けない悲鳴をあげ、ドレイクは椅子ごとひっくり返った。
◇―――――――――――――――――――――◇
――ガルダ草原連合、ガルダ部族の住む集落。ここでもまた、サミットについての話し合いが行われようとして……。
「何度ダダこねてもダメなものはダメって言ってるだろ! 第一、あんたまだ花嫁修行終わってないでしょうが!」
「やだ! マリス行く! コリン会う! 絶対会う!」
話し会いが行われ……。
「聞き分けのない娘だね! そんなワガママ娘に育てた覚えはないよ!」
「マリス、負けない。勝利、掴む。希望の未来、レディゴーする!」
「ハッ、言うじゃないか。ならやってみな青二才がァァァァァ!!!」
「リャアアアアア!!」
……ていなかった。花嫁修行をほっぽり出してコリンに会いに行きたいマリスがダダをこね、リュミとの親子喧嘩に発展していたのだ。
お互い半人半馬の姿になり、殴るわ蹴るわ走り回って取っ組み合うわとやりたい放題していた。部族の者たちは、触らぬ神に祟り無しと静観している。
「果たしてどっちが勝つかなー? さあさあ、みんな賭けた賭けた! オッズは族長二倍、マリス様四倍だよー!」
「俺は族長だな、まず負けるわけないもん」
「なら私は大穴狙いでマリス様に賭けるわ! お小遣いがピンチなんだもん、一発逆転よ!」
訂正、めちゃくちゃ親子喧嘩を楽しんでいた。巻き添えになりたくないのでテントに近付かないものの、どちらが勝つか賭けをしている。
「まだ料理も洗濯も裁縫も下手っぴな奴がサミットに行くなんて百年早い! 諦めて出直しなさい! フンッ!」
「行く、絶対行く。コリン会う、必ず! テヤッ!」
その後、日没まで親子の死闘は続き……最終的には、双方相討ちの引き分けとなり、賭けはお流れになったのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
――グレイ=ノーザス二重帝国。最果ての地、ノースエンドにあるバーウェイ・キャラバンでは、マデリーンが大量のドレスを床に並べていた。
ガルダでの大騒動とは打って変わって、こちらはイザリーを連れていくことで親子の意見が一致したらしい。故に、現在当日の衣装を決めているのだ。
「ママ、これなんてどう?」
「そうねえ、そっちもいいんだけどちょーっと派手過ぎるわね。それよりかは、こっちのフリル付きの方が色合いはおとなしめよ?」
「うーん、でもそうなるとあんまり可愛くないのよねえ。まあ、そういう集まりってわけじゃないのは分かってるけど」
終始和やかなムードで、翼やしっぽを振りながら二人はどの衣装で自分を着飾るか相談を重ねる。マデリーンもイザリーも、心底楽しそうだ。
「とりあえず、肌面積が少ないのにしなくちゃね。ラインハルトちゃん、そういうのにうるさいから。すーぐ不純だー不純だーって言うもの」
「何回か公演を見に来てくれたことあったけど……蛇に睨まれた蛙って気分だったわ。凄い目力強いんだもんあの人……目が合った瞬間、歌詞が飛んじゃったわよ」
以前会ったリーデンブルク家の当主、ラインハルトのことを思い出し、げんなりした様子でそう呟く。そんな娘に、マデリーンはガッツポーズを見せる。
「大丈夫、ラインハルトちゃんもカタブツなだけで悪いコじゃないもの。よっぽどのこと仕出かさないと怒られたりしないわ」
「だといいんだけどね……あ、これ着ていきたいわ! これなら正装としても使えるし」
「あら、いいじゃない。じゃあ、次はアクセサリーを……」
ほのぼのとした親子の衣装選びは、翌日まで続いたのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「おい、今回のスター・サミットの招待状が来たぞ。面倒だが、出席するとしようか」
「あたしゃ行かないよ、面倒くさい。行くなら、あんた一人で行ってきておくれ。どうせ、何の益もないんだ。家でのんびりしてる方がマシだよ、あんなのは」
ランザーム王国南西部に存在する、水の都ザンダラクト。十二星騎士の一角、『双魚星』ボリス・ファンダバルの末裔が治める街の奥。
現ファンダバル家当主、グリルゴとその妻イニスが食堂で話をしていた。どちらも醜く肥え太り、欲望にギラついた目をしている。
「ま、そう言うと思っとったよ。ワシも行きたくはないが……あの若造めがうるさいからな、今回は行かざるを得まい」
「災難だねぇ、あんたも。ま、あたしがちゃんとガキどもを見とくから安心しときな。しっかりと監禁しておくよ」
「頼むぞ、イニス。兄貴の遺したガキなんぞ、さっさと殺したいとこだが……あの二人が成人するまで面倒見ないと遺産が手に入らんからな。今はまだ、死なれたら困る」
成金趣味全開な金ピカのナイフとフォークで分厚いステーキを切り分けつつ、夫婦はおぞましい会話を繰り広げる。
星騎士の末裔としての誇りや自覚など、欠片も存在していないようだ。もしコリンがこの場にいたら、二人とも張り倒していただろう。
「全く、あんたの兄さんも面倒な遺言状を書いてくれたよ。中身の偽装が出来ないように防御魔法までかけてくれちゃって。腹立たしいったらないよ、もう」
「ま、いいさ。遺産が手に入れば、後はもうどうでもいいわい。ファンダバル本家が滅びようが、ワシらの知ったことではないさ」
グリルゴとイニスが最低な会話をしているのを、食堂の隙間から二人の少年が覗き見ていた。二人とも痩せこけ、全身に無数の傷がある。
まともな服を与えられておらず、擦りきれたボロを身に纏っている姿はとても痛々しかった。
「兄ちゃん、ぼくたちどうなるの? 本当に、殺されちゃうのかな……」
「しーっ、大丈夫だよソール。俺たちが成人するまでは、少なくとも命は無事さ。あと四年はあるんだ、それまでに何とかしてみせる。だから安心しな」
「うん……分かったよ、ディルス兄ちゃん」
「ソール、お前は俺が守ってやるからな。兄ちゃんはな、お前を守るためなら何だってするぞ。……例え、悪魔に魂を売ったとしても。お前を誰にも傷付けさせやしない」
元は金色だったのだろうくすんだ色の髪を撫でながら、兄――ディルスはそう口にする。弟のソールは、ただ頷くのみだった。
「行こう、メイドに見つかったらまたチクられる。その前に退散だ」
「うん、分かったよ」
ディルスとソールは、互いを支え合いながらその場を離れる。そんな二人の背中に、二重の円で囲まれた魚の紋章……【ファンダバルの大星痕】が静かに浮かび上がっていた。




