106話―四つの死の爆弾
古びた大聖堂の中で、激しい戦いが巻き起こる。あちこちで爆発が起こり、モノが散乱する中をドレイクが駆け抜けていく。
「くたばれゴリラ! 頭から股まで真っ二つにしてやらぁ!」
「やってみろや、てめぇのツラをボコボコに殴っておもしろおかしい福笑いにしてやるよ! 食らいな、シラヌイ玉!」
斧の一撃を軽く避け、オラクル・トラッドは再び人魂を放つ。避けるのも面倒とばかりに、ドレイクは爆発が直撃するのも構わず斧で人魂を斬る。
案の定爆発が起こり、ドレイクの上半身が巻き込まれる。だが、全身を水のボディへと換装しているため致命傷にはならない。
「ほう、死なねえのか。てめぇ、何か妙な魔法使ってやがるな?」
「あたぼうよ。爆発なんてよ、規模にもよるが良くて手足欠損、悪けりゃ即死だ。そんな厄介な攻撃してくるヤツ相手に、無策で挑むかよ!」
「ガハハハ! それもそうだ。なら、こっちも本気でいかねえとなぁ!」
虚空から長い錫杖を取り出し、オラクル・トラッドはドレイクを相手に互角の打ち合いを繰り広げる。錫杖はかなり頑丈なようで、何度斬られても傷一つ付いていない。
「しゃらくせえ、この……ぐおっ!」
「食らったな、第二の爆弾ツクモ地雷を。水の身体でも、痛ぇモンは痛ぇようだなぁ!」
「ごふっ! んのやろ、調子に乗るんじゃねえ! アックスマキシマム!」
倒れていた長椅子にドレイクの左足が触れた瞬間、小さな爆発が発生した。一瞬怯んだ隙を突かれ、ドレイクの脳天に錫杖が叩き込まれる。
水の身体とはいえ、凄まじい剛力で錫杖を叩き込まれた頭部がヘコむ。負傷箇所を修復しつつ、ドレイクは反撃の一撃を放った。
「よし、当た……てめぇ、身体に何か巻いてやがるなこの野郎!」
「たりめーよ。戦いに備えて準備してるのが自分だけだと思ったのか? マヌケが。その姿、長くは保てねえと見た。魔力が切れたらどうなるだろうなぁ~。クッククク」
ドレイクの放った攻撃は、オラクル・トラッドの脇腹に直撃した。だが、防御用の魔法が掛けられた帯をローブの下に着ていたため、さほどダメージを与えられない。
「イチイチ苛つかせるんじゃねえ! あー、イライラし過ぎて逆に冷静になってきたぜ。オラッ!」
「ぐうっ!」
怒りが高まり過ぎて、一周回って頭が冴えてきたドレイクは、オラクル・トラッドの顔面に頭突きを食らわせた。
流石に顔面は防御していないので、モロに頭突きを食らったトラッドはよろめきながら後退する。そこへ追撃の蹴りを叩き込み、遠くへ吹っ飛ばす。
「オレを怒らせたこと、後悔させてやるぜ。だが安心しな、てめぇはまだ殺さねえ。聞きたいことがあるからな。行くぜ、アンダーオーシャン・ワールド!」
「ぐうっ、なんだ、 これは……海水か?」
バックステップで後ろに跳んだドレイクは、斧の刃を床に叩き付け傷を付ける。すると、床に出来た傷から水が湧き出してきた。
オラクル・トラッドが水に指を浸け、舐めてみると塩辛い味がした。ドレイクは海水を呼び出し、足首が浸かる程度の高さまで聖堂全体を浸したのだ。
「中々おもしれえ手品じゃねえか。これで何しようってんだ? 海水飲んでクジラみてぇに塩でも吹くのか?」
「頭沸いてんのか、クソゴリラ。んなわけねえだろ、コイツを使って……てめぇがあっちこっちに仕掛けやがった地雷をよ。纏めて掃除してやるのさぁ! ウォータープッシュ!」
「なんだと!?」
海水とドレイクの魔力が混ざり合い、聖堂の各所に仕掛けられた地雷を作動させる。そこかしこで爆発が起こり、全ての地雷が消え去った。
「チッ、やってくれるな。だが、オレ様にはまだ爆弾が二つ残ってるんだ。それを使えば、てめぇを殺すのは造作もねえんだよ!」
「ならやってみろ、ゴリラ野郎! 水を得た魚の恐ろしさ、たっぷり味わわせてやる! アクアライン・エスケープ!」
ドレイクの足の裏に魔力の浮き袋が発生し、身体がふわりと浮かぶ。そのまま水の上を滑走し、猛スピードでオラクル・トラッドの元へ向かう。
トラッドも走り出そうとするが、途端に水の抵抗が強まった。ドレイクが海水を操り、相手の動きを阻害しているのだ。
「ちぃっ、まともに動けやしねえ! なら……第三の爆弾、コドク拳!」
「何やる気か知らねえが、もうオレは止まらねえ! 食らいな、アックスマキシマム!」
「甘いな、こいつを受けてみろ!」
動くのを諦め、オラクル・トラッドは両手に魔力を込める。すると、手が毒々しい紫色に変色した。そこにドレイクが詰め寄り、斧を振り下ろす。
「おもしれぇ、オラッ……んなっ!? て、手が爆発しやがった!」
「ククク、第三の爆弾の効果は、オレ様の拳を爆弾に変えること。ついでに、第四の爆弾も仕込んだぜ」
ドレイクの斧とオラクル・トラッドの拳がぶつかり合った、次の瞬間。トラッドの手が爆発し、ドレイクが吹っ飛ばされた。
何回か水面をバウンドし、何とか態勢を建て直すドレイク。そんな彼の胸には、数字が刻まれていた。脈動する『10』という数字が、赤黒く明滅している。
「なんだぁ、こりゃあ!?」
「そいつが第四の爆弾、ラクド招来。てめぇが何かに接触する度に、そのカウントが減っていく。ゼロになった瞬間、てめぇは大爆発! 木っ端微塵ってスンポーよ」
「チッ、なんつーことしやがる。流石にこりゃまずいな……」
いくら水の身体になっているとはいえ、全身が木っ端微塵になるのはまずいのだ。肉体の再構築で魔力を使い果たし、元の身体に戻ってしまう。
そうなれば、ドレイクの勝機は限りなくゼロになるだろう。故に、彼の勝ち筋はただ一つ。カウントがゼロになる前に、トラッドを倒さねばならない。
「こうなったら、トコトンやってやるぜ。要は、オレが爆発しちまう前にてめぇをノしちまえばいいだけなんだからな!」
「そう簡単にはいかねえぜ。第一の爆弾、シラヌイ玉! 大量発射ァーッ!」
ドレイクを仕留めるべく、オラクル・トラッドは大量の人魂を召喚し攻撃を仕掛ける。人魂の爆発に触れれば、爆発によって足止めされてしまう。
そうなったらもう終わりだ。即座に人魂に群がられて一気にカウントを減らされ、木っ端微塵に爆砕されることとなる。
「死ぬ気で全部潰してやる! 食らえ、ダイダルウェーブ!」
「ハッ、そんな津波散らしてやるよ。シラヌイ玉、突撃だ!」
ドレイクは大きな津波を起こし、人魂が自分の元に到達する前に全て誤爆させてしまおうと目論む。対して、トラッドはいくつかの人魂を突っ込ませて津波を消し去ろうとする。
「ほーら、爆発するぜぇ? シラヌイ玉がよお。水飛沫が当たっても、カウントは減るんだぜ。バカな野郎だ、てめぇでてめぇを不利な状況に追い込んでるんだからなぁ!」
「ああ、そうさ。時としてよぉー、船乗りは危険だと分かってても、嵐の海に船を進めなきゃならねえこともあるのさ。だが! いつか必ず嵐は治まる。晴れ渡る青空が見えるんだぜ!」
「ハッ、くだらねえ。てめぇは嵐に勝てねえ。チンケな船はここでしず――!? ぐ、がはっ!」
「あ~? なんだ、聞こえねえなぁ。水が耳に入ったかなぁ~、もっとデケぇ声で言ってくれねぇと分からねンだわ」
水飛沫が当たり、ドレイクの胸に刻まれたカウントが減っていく。勝利を確信したオラクル・トラッドだが――次の瞬間、背中に斧が刺さっていた。
「て、めぇ……何を、しやがった? なんで、オレ様の背中に斧が……」
「ダイダルウェーブでてめぇの視界を遮ってる時に、こっそり水中を通して斧を背後に回らせたんだよ。オレばっかり見てるから、気付かなかったろ?」
まともに戦っても、短期決戦での勝利は不可能。そう考えたドレイクは、一計を案じたのだ。水を自由に操れるドレイクにとって、この程度は簡単に出来る。
相手の意識の外から一撃を加え、戦闘不能に追い込む作戦は見事成功した。土壇場の賭けに打ち勝ち、勝利を手にしたのだ。
直後、ドレイクの胸に刻まれていた『03』の数字が消滅する。オラクル・トラッドが戦闘不能に陥ったことで、第四の爆弾が解除されたのだ。
「チッ。やられ、たぜ……。まさか、こんな策を使うとはよ……」
「おっと、まだ死んでもらっちゃ困る。十四年前、ラスターグって町を焼いたヤツが教団にいるはずだ。そいつの正体を知ってるなら教えろ。そうすりゃ、楽に死なせてやるぜ」
「ラスターグ……? ああ、知ってるぜ。あの町を焼いたのは、すでに死んだオラクル・アムラだ。ククク、てめぇの素性は調査済みだぜ。残念だったな、もう仇討ちは出来ねえぞ?」
「いや、問題ねえさ。ボウズがオレの代わりに殺してくれたっつーことにしとくぜ。……下手人がてめぇだったら、満足するまで痛め付けてから殺すとこだったが。よかったな、楽に死なせてやるよ。約束通りな!」
オラクル・トラッドの胸ぐらを掴み尋問していたドレイクは、友の死の真相と仇の死を知り笑みを浮かべる。斧を呼び戻し、トラッドの首を切り落とした。
「これでよし、と。わりいな、ハワードにアネッサ。直接仇を討ってやることは出来なかったがよ……お前らを殺したヤツは、もう地獄に落ちてた。だから……安らかに眠ってくれよな」
そう呟くと、ドレイクは斧を消し大聖堂を満たしていた海水を退かせる。安堵の笑みを浮かべ、外へと向かっていった。




