105話―亡霊の最期
「そろそろ魂をいただこうか! 風の剣・参の型! 無形烈風斬!」
「全く、次から次へとようやるわ! いい加減にせんか!」
アニエスが奮闘している最中、コリンたちとレキシュウサイの戦いはクライマックスに突入しようとしていた。見えない斬撃が乱れ飛び、二人を襲う。
攻撃が見えない以上、避けるためには己の感覚をフルに研ぎ澄ませねばならない。何とか斬撃を避けるコリンたちだが、全ては避けられない。
「くっ、まずいな……。これだけ攻撃が激しいと断殻刀を変化させる暇も……」
「ほふははは、そのようなことをする必要はない。お前たちはもう……ぐ!? バカな、この感覚は!」
「! アニエスめ、やりおったか! ふふ、流石は我が弟子じゃ」
どんどん攻めの手を激しくしていたレキシュウサイだったが、突如異変が起こる。苦しそうに顔を歪め、片膝を着く。
本体が攻撃され、破壊されたのだ。誰の目にも、それが見て取れた。コリンはニヤリと笑い、アニエスを誉め讃える。
「よし、今だ! 刃性変換、断殻刀【癒舞】! コリン殿、今怪我を治す!」
「ぐうっ、させるものか! こうなれば、最後の奥義を……終の剣・滅ノ型。双神招来!」
傷を癒し、万全の態勢でトドメを刺そうとするツバキ。彼女を阻止せんと、レキシュウサイは最後の切り札を解き放つ。
雷と暴風を刃に纏わせ、力を振り絞り走り出す。……が、それを黙って見逃すコリンではない。
「おっと、もうゲームセットじゃ。闇魔法、パラライズドサークル!」
「なっ……ぐうおっ!」
「いかに霊体とはいえ、魔法効果からは逃れられぬようじゃな。さあ、トドメを刺してくれようぞ」
コリンは魔法陣を踏ませ、レキシュウサイを麻痺させることで動きを封じる。星遺物、ブラックディスペアを構え魔力を練り上げていく。
「貴様には煮え湯を飲まされたからのう。とびきりの一撃で終わらせてやる。最上位の闇魔法、とくと味わうがよい! ディザスター・ランス【流星雨】! ウーーーラーーー!!!」
「な、なんと凄まじい数の槍……拙者でも、これだけの数は防ぎきれないぞ」
ツバキによる治療を受け、万全の状態になったコリン。これまで使ってこなかった、【雨】系統の最上級魔法を発動した。
頭上を覆い尽くさんばかりの闇の槍が現れ、レキシュウサイ目掛けて放たれる。さながら、夜空に煌めく流星群のように。
「ぐぬう、まだだ! まだ終わらぬぞ。某の力を、舐めるでないわああぁぁ!!」
だが、レキシュウサイの執念深さはコリンたちの想像を遥かに越えていた。肉体を破壊され、滅び行く中で刀から雷と暴風を無差別に放つ。
降り注ぐ槍を打ち砕き、吹き飛ばし……自分の元に到達させまいと足掻く。だが、レキシュウサイは槍を防ごうと躍起になるあまり失念していた。
自分が戦っている敵は、コリン一人ではないということを。
「ほふはは、このまま全て捌いて」
「それは無理だ、レキシュウサイ。あの時の借り、ここで返させてもらう! 刃性変換、断殻刀【仏滅】!」
「! しまった!」
槍によってレキシュウサイの視界が塞がれているタイミングで、ツバキは敵に接近していた。すでに、己が得物の射程範囲に相手を捉えている。
刀身が紫色に染まった愛刀を鞘に納め、ツバキは居合い斬りの態勢に入る。逃げようとするレキシュウサイだったが――すでに、時遅し。
「滅びよ、邪悪なる亡霊よ。秘剣・乱れ花吹雪!」
「さらにダメ押しじゃ。ディザスター・ランス【流星雨】! ウーーーラーーー!!」
ツバキの必殺剣が放たれ、舞い踊るかのような斬撃の嵐がレキシュウサイを切り刻む。そこにコリンの放った闇魔法も加わり……闇霊は、ついに滅びの時を迎えた。
「ぐっ、がはあっ! 某が……某が敗れる、とは……こんな、小童どもに……」
「そうじゃ。おぬしは負けたのじゃよ。わしとツバキ殿、アニエスにアゼル。この四人にな」
「ふ、ほふ……ほふははは……。確かに、某は敗れた。だが……目的は八割がた達成済みだ。女神とやらの復活に必要な魂は……すでに、捧げ……がはっ!」
最期に不穏な言葉を残し、レキシュウサイは消滅した。数多の血と魂を吸った妖刀、雷光血鳥を残して。
「奴め、ようやくくたばりおったか。何やら、最後に言っておったが……今それを気にしておる暇はない。刀を回収して先に」
刀に触れてしまわぬよう、闇の魔法で妖刀を包み込んだコリン。雷光血鳥を拾おうとしたその瞬間、凄まじい轟音と揺れが基地の中で起こった。
「!? な、なんだこの揺れは! 震源は……地下、だろうか」
「もしや、キャプテン・ドレイクに何か起きたのかもしれぬ。ツバキ殿、すぐに地下へ向かおうぞ!」
「承知した!」
戦いが終わった後の余韻に浸る暇も無く、コリンとツバキは廊下を走っていく。拾われることなく残された妖刀だけが、静かに佇んでいた。
◇―――――――――――――――――――――◇
時はしばしさかのぼる。魔法陣を踏み、いずこかへと転送されたドレイクは基地の地下深くにある礼拝堂に飛ばされていた。
礼拝堂は長らく使われていなかったのか、あちこちにモノが散乱している。足の踏み場も無いという有り様に辟易しつつ、ドレイクは周囲を見渡す。
「さて、どこにいるんだろうなぁ。オレをここに飛ばしやがったヤツは。ま、探す前にまずは……水魔法、アクアコンバート!」
これまでの経験から、相手が罠を仕掛けているだろうと判断したドレイク。そこで、水の魔法を用いて自身の身体の全てを『水そのもの』に変えた。
「これでよし、と。この状態になりゃ、魔力が尽きない限りオレは無敵だ。……コレやると丸七日寝込んで大変だからな、あんまり使いたくねえが……贅沢は言ってられねえや」
もちろん、それだけのことをしてデメリットが一切ないということは基本あり得ない。一度使用すれば、しばらくはまともに動けなくなってしまう。
それでも、敵地での戦いということに加え、敵は教団の最高幹部たるオラクル。保険をかけておかなければ、命がいくつ有っても足りないのだ。
「さあ、いい加減出てきやがれ! 大聖堂にいるってのはもう分かってんだよ、魔力を探ったからな! さっさと姿を見せ――」
そう叫びながら、一歩を踏み出したドレイク。彼の右足が床に落ちている本に触れた、その瞬間。小規模な爆発が起こり、彼の足が吹き飛んだ。
「んなっ!? 何が起きやがった、一体どうなってやがる!?」
「バカめが、まんまと罠に引っ掛かったな。どうだ、オレ様の神託魔術、【ゴースト・ダスト・デッド】第二の爆弾……ツクモ地雷の味は」
軽い混乱状態に陥るドレイクの耳に、不快感を煽る声が届く。いつの間にか、大聖堂の奥……女神像が建っている場所に男がいた。
ヴァスラ教団最高幹部、セブンスオラクルの一人。巨漢の戦士、オラクル・トラッドだ。ドレイクは足を再生させつつ、獰猛な笑みを浮かべる。
「やーっと出てきやがったか。中々に効いたぜ、てめぇの手品はよ。生身だったら、もう一生松葉杖だぜこっちは」
「すぐにそんなモンはいらなくなるぜ? お前はここで! このオレ様に爆殺されるからだ! 第一の爆弾、シラヌイ玉発射ァ!」
挑発の台詞を吐き捨てた後、オラクル・トラッドはクリーム色の人魂を発射する。今回は、最初から全速力のようだ。猛スピードでドレイクの元へ飛ぶ。
「ハッ、やれるもんならやってみろ。オレぁこんなところで死ぬつもりはねぇ。返り討ちにしてやる! アクアボーン・ダーツ!」
対して、ドレイクは水で作った骨を軽く投げ、振りかぶった斧を叩き付けてオラクル・トラッドの元へ吹っ飛ばす。
「ハッ、くだらねえ宴会芸だな。そんなモン、また避けて……」
「させるかよ! アクアボーン、爆裂!」
「なんだと!?」
人魂の軌道を変え、骨を避けようとするオラクル・トラッド。だが、それを見越していたドレイクは水の骨を破裂させ対応する。
水飛沫が拡散し、人魂に襲いかかる。広範囲に飛び散ったため避けきれず、水に触れた人魂は誤爆して消滅してしまった。
「ほー、脳ミソまで筋肉で出来てそうなツラしてるワリには中々考えるじゃねえか」
「あ゛? てめぇ、そのセリフそっくりそのままお返ししてやるよ。どう見てもてめぇの方が脳筋だろが、このゴリラ!」
「あ゛あ゛? てめぇ、誰がゴリラだって? そういうてめぇはなんだ、ヒヒか? 確かに、マヌケな面してるもんなぁ!」
二人の巨漢は、互いにメンチを切り合う。その光景は、とっても怖かった。もしここにコリンがいたら、ギャン泣きする程度には怖い。
「舐めてんじゃねえぞクソゴリラ! てめぇぶっ殺す! 奥歯へし折ってケツの中に詰めてやらぁ!」
「やってみろやヒヒ野郎! てめぇのチンケなモノを引きちぎって口に突っ込んでやる!」
こうして、漢同士の血と汗にまみれた泥臭い戦いが幕を開けたのだった。




