103話―宵闇の襲撃
キョウヨウの戦いから、数日が経過した。焼け落ちた家屋や防壁はすっかり元通りになり、賑やかさを取り戻している。
正体を知られたことでレキシュウサイによる辻斬り事件も起こらなくなり、仮初めの平和がヤサカに訪れることとなった。
――もちろん、オラクル・トラッドやレキシュウサイを倒さない限り真の平和は戻ってこない。彼らを討伐するための準備を、コリンたちは進めていた。
「つまり、どこかに隠されている……闇霊とやらの肉体を見つけ出してミンチにしてやればよいのじゃな?」
『はい、そうです。まあ、ミンチはちょっとやり過ぎですけど……』
捕らえられた教団の信者五人が、激しい拷問と尋問によって口を割り、オラクル・トラッドたちが隠れ潜む基地の場所を吐いた。
ヴァスラ教団討伐のため、基地へと向かう道中。コリンは黒ドクロの水晶を通して、アゼルから闇霊討伐の方法をレクチャーしてもらっていた。
「ふむ。なれば、作戦は決まりじゃな。ツバキ殿、アニエス。ちこう、ちこう寄るのじゃ」
「はーい! なぁに、ししょー?」
「拙者をお呼びか、コリン殿」
「うむ。レキシュウサイをギッタンギッタンのメッタメタに叩きのめすための作戦を考えたのじゃ。耳を貸せい、ごにょごにょ……」
侍たちが隊列を組み、山道を進んでいく。その中に紛れ、コリンはアニエスたちに自分が発案した作戦を小声で伝える。
「ふむ、良い案だ。それならば、キョウヨウでの借りを返せるだろう」
「ボクの負担が大きいような気もするけど……ししょーのためならなんのその! 絶対やり遂げてみせるから楽しみにしててね! ……ところで、もう一人の敵は?」
「そちらはキャプテン・ドレイクに任せる予定じゃ。流石に二人連続はちと疲れるでの。それに……何やら、考えがあるようじゃしな」
アニエスにそう問われ、コリンはチラッとドレイクの方を観ながら答える。教団を纏める幹部ならば、親友とその妻を殺した犯人を知っているはず。
そう考えたドレイクは、何としてもオラクル・トラッドを捕まえ情報を吐かせるつもりでいるのだ。今朝も、トラッドは自分が相手をすると宣言するくらいだ。
気合いの入りようが、他の者たちとまるで違う。
「確かに、ドレイク殿に任せた方が良さそうだ。そうそう、先ほど父上から通達があった。六日後の夜に基地に到着するよう進軍速度を調整し、闇夜に乗じて奇襲を仕掛けるとのことだ」
「夜襲、か。確かに、みな黒い装束を着ておるから闇夜に紛れるのには都合が良かろう。待っておれ、レキシュウサイ。必ず息の根を止めてくれるぞ」
『頑張ってください、コリンさん。レキシュウサイが接近してきたら、ぼくが知らせますから』
「うむ、頼んだぞよ」
コリンはふよふよと宙を漂う黒ドクロの水晶に声をかける。決戦の時は、近い。
◇―――――――――――――――――――――◇
「全く、困るぜ先生サンよぉ。いの一番に逃げられちゃあ、こっちの計画が丸潰れだぜ?」
「仕方あるまい。某の天敵の気配があったのだ、退却せねば滅ぼされる可能性もある。そうなれば、貴殿も困るだろう?」
「まあ、確かに。あんたのおかげで【琥珀色の神魂玉】を手に入れられたし、女神復活に必要な生け贄の魂も集まったからな。しゃあねえ、今回は不問にしてやるか」
六日後の夕方。ヤサカ西方、フウマ地方にある山岳のどこか。山肌に隠れるように建設された基地の中にて、トラッドとレキシュウサイが会話をしていた。
「斥候どもの報告じゃ、今日の夜には連中が攻めてくるようだ。今度は逃げるなよ? もし逃げれば、基地で保管してるあんたの肉体を破壊するぜ」
「クク、心配無用。気配を探ってみたが、奴本人は来ていないようだ。なれば、もう憂いることは何もない。今度こそ、奴らの魂を奪ってみせよう」
「期待してるぜ。じゃ、手筈通りやるぞ」
オラクル・トラッドの方も、すでにコリンたちの接近を察知し迎撃準備を整えていた。基地の周辺に罠を張り巡らせ、待ち構える。
前回の襲撃にて仕留め損ねたトキチカやドレイクを今度こそ葬らんと、気合いを入れている。レキシュウサイも、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ、楽しみだ。今度こそ、奴らの血と魂を吸わせてやれる……。ほふ、ほふはははははは!!」
◇―――――――――――――――――――――◇
夜。コリン一行や侍たちは、複数人のグループに別れ基地へと近寄る。見張りの兵に見つからぬよう、張り巡らされているだろう罠を起動させぬよう。
ゆっくりと、そして慎重に歩を進める。一定の距離まで近付いた後、コリンが槍を放つ。敵が混乱している隙に、侍たちが突撃し進路を確保する。
それが、トキチカの立てた作戦だ。
「コリン殿、ここまで来ればみな走って基地の中に突入出来る。強烈なのをお見舞いしてやるといい」
「うむ、任せておくがよい。きつーいのを叩き込んでくれるわ。ディザスター・ランス【旋回】!」
数々の罠を避け、コリンの属するグループは目的の距離まで進むことが出来た。正門の側にいる兵たちに狙いを定め、コリンは闇の槍を放つ。
「ぐわあっ!」
「な、なんだ今のは!? まさか、敵しゅ」
「今だ! 全員突撃せよ!」
「おおおおおおおお!!!」
コリンの放った先制攻撃を合図に、密かに進軍していたトキチカ率いる侍たちが刀や槍を手に突撃していく。完全に虚を突かれた教団兵は、まともに応戦することも出来ない。
「ツバキ! お前はコリン殿たちと共に基地に侵入せよ! 我らは外から攻める、お前たちは内から敵の牙城を崩すのだ!」
「ハッ、かしこまりました父上! どうかご無事で!」
「うむ、お前もな! さあ、行け!」
トキチカたちへ見張りの兵たちを倒し、正門が閉ざされるのを阻止する。増援が来る前にと、コリンやツバキ、アニエスにドレイクは基地に入り込む。
「コリン! アタイはこっちに残るぜ。何かあった時に手助け出来るようにな。だから、そっちは頼ンだぞ!」
「分かった! 無理はするでないぞ、アシュリー!」
「おう、そっちもな!」
アシュリーと別れ、コリンたちは基地の中を進む。途中、幾度も教団兵が迎撃に現れる……が、全員ドレイクの豪快な攻撃で返り討ちにされていく。
「オラオラオラオラァ! いちいち一人ずつぶった斬るのは面倒だ、纏めてかかってきやがれ!」
「ぐあっ!」
「うぎゃああ!」
「ひゃー、相変わらずすっごい怪力。ボク何人分のパワーがあるんだろうねー」
順調に基地の中を進んでいく一行。が、その途中……ドレイクの足元に不気味な色の魔法陣が浮かぶ。それを踏んだ瞬間、転送が始まった。
「お? どうやら、敵さんはオレをご指名みたいだな。へっ、望むところだ。ボウズ、オレは先に行くぜ。そっちはそっちで頑張れよ!」
「うむ、気を付けてな!」
言葉を交わした後、ドレイクの姿が消える。その直後、コリンの側に黒ドクロの水晶が現れ――邪悪な亡霊の接近を告げた。
『警告! 警告! 闇霊『血狂いの羅刹』レキシュウサイ接近! みんな、警戒して!』
「来おるか。アニエス、ツバキ殿。手筈通りやるぞよ」
「うん!」
「任されよ!」
コリンたちが目配せをした後、前方の通路から足音が聞こえてくる。三人が身構える中、現れたのは……。
「ほふ、ほふははは。また一人、獲物が増えたな。エルフか……この大地でエルフを狩るのは初めてだ。どのような声で哭くのか、とても楽しみだよ」
「来たな、レキシュウサイ。覚悟しろ。今宵、ここで貴様を葬る。年貢の納め時だ、ここで滅びるがいい!」
「ほふ、ほふはははは!! 吠えよるわ、若造が。なら、やってみせるがよい。亡霊は滅びぬ。その事実を嫌というほど味わいながら……我が妖刀の力で死ぬるがよいわ!」
そう叫ぶと、レキシュウサイは走り出す。狙うのはただ一人、ツバキだ。一方、それを見たコリンはアニエスの方を見て叫ぶ。
「アニエス! 今宵、そなたに久方ぶりのレッスンを行う。レッスン・ツー、『多大な負荷の下、己の限界を越えよ』じゃ!」
「ええ!? ちょ、ちょっと待って! 今ここでやるふつー!?」
「問答無用、修行は常に実戦の中で行われるのじゃ。さあ、行け! 奴の肉体を探し出すのじゃ!」
「おっも!? これめっちゃ重い! でも……ボク負けない! 頑張るもん!」
コリンが指を鳴らすと、アニエスの手首と足首に黒色のリングが装着される。凄まじい重さがあるようで、アニエスは走るのも一苦労な様子だ。
「やはりそう来るか。だが、そうと知って行かせるわけがなかろうよ!」
「そんなのは見越しておるわ。ディザスター・バインド【粘着の罠】!」
ツバキへの攻撃を中断し、アニエスを追おうとするレキシュウサイ。が、当然その行動はコリンが予想済み。
ネバネバする闇のロープを放ち、相手の身体を絡め取る。霊体でも、魔力で出来たロープからの干渉は無視出来ない。
「お前の相手はわしらじゃ。今ここで! 決着をつけてくれるわ!」
ロープを手繰り寄せながら、コリンはそう叫んだ。




