99話―ヤサカ到着
無事に船滅ぼしの三角海域を突破したコリンたち。夕方、空が茜色に染まる頃にはヤサカ西部にある港町、ミトヨに到着することが出来た。
「んー、ようやく着いたのう。キャプテン・ドレイクよ、ありがとう。約束の代金じゃ、受け取ってたもれ」
「おう、まいどあり。楽しい船旅だっただろ? ボウズ」
「うむ、とてもよい旅じゃった。また乗りたいのう、そなたの船は」
「ボクは……うん、やめとくよ……」
港に降り立ち、楽しそうに笑うコリン。一方、アニエスは嵐で船が激しく揺れたことで船酔いが再発したため、すっかり船が苦手になってしまっていた。
「ははは、まあそのうち慣れるさ。ところで、ボウズたちはこれからどうするんだ?」
「拙者の考えでは、今日はミトヨで宿を取り明日ヤサカの都……キョウヨウへ向かうつもりでいまする。今からキョウヨウに向かっても、道中の宿がないので」
ドレイクの問いに、コリンの代わりにツバキが答える。コリンとしても、ここからの予定に関してはツバキに任せるつもりでいた。
餅は餅屋、ヤサカのことを何も知らない自分よりも地理を知り尽くしたツバキに任せておけば、問題もそうは起こらない。
そう考えているのだ。
「そうか。んじゃ、オレも着いてくわ」
「はあ!? いやいや、あンた船長だろ? 船の管理とかやることあるンじゃねえのか?」
「元々、次にヤサカに来たらしばらく滞在するつもりだったんだよ。船は専用のドックに預けてあるし、船員たちもオレの用事が済むまで自由にしていいって伝えてあるしな」
すると、ドレイクが自分も一緒に行くと言い出したのだ。アシュリーが反論すると、悪びれることなくそう答える。
「だってよ。どうする、コリン。キャプテンにも来てもらうか?」
「むう……わしとしては、戦力が増えて心強いがのう。ジャスミン殿はどうするのじゃ?」
「私も当然、お義父さんに着いてくわよ。ほっとくと、すーぐ女の人にチョッカイ出すから。ねー?」
「うぐっ! いや、まあ、その、あれだ。海の男として、旅先で出会ったイイオンナと遊ぶのは嗜みみたいなもんで……」
荷物を下ろすのを手伝っていたジャスミンが、ひょっこりやってきてそう口にする。義理の娘に見つめられ、ドレイクは慌てて取り繕う。
が、そんな彼に向けられる女性陣とツバキの視線はとても冷ややかだった。唯一、意味を理解していないコリンだけが首を傾げている。
「む? わしもよくマリアベルとおままごとするぞ? 何も問題はないのではないかのう」
「あー、いやその……うン、コリンにはまだこの話は早い。だから忘れてくれ。いいな?」
「そうそう、その時が来たらボクが手取り足取りエ゛へ゛ァ゛ッ゛!」
「雌虫、調子に乗るのも大概になさい。次はメイドバスターでは済みませんよ?」
純粋なコリンを汚すまいとするアシュリーに、アニエスが半分本気、半分冗談でノってくる。直後、彼女の足元に魔法陣が現れた。
そこからマリアベルが現れ、アニエスを抱え上げて空高く飛び上がる。そのまま地面に着地し、その衝撃でダメージを与えた。
「お前どっから出てくンだよ……。ていうか、お前これまで何してたンだ?」
「わたくし、潮風を浴びるのは苦手なので目的地に着くまで静観しておりました。さて、改めて自己紹介しましょう。ミスター&ミス・アルマー、はじめまして。わたくし、コーネリアス様にお仕えするメイド、マリアベルと申します」
「おお、あんたのウワサも聞いてるぜ。どうだ、そこに見えてる屋台で今晩おでんでもっ!?」
「なるほど、どうやら自殺願望がおありのようですね? わたくしは身も心も全てお坊っちゃまのもの。何一つとして、あなたに差し上げるつもりはございません」
出会い頭に口説かれたマリアベルは、アニエスをポイ捨てし今度はドレイクに綺麗な一本背負いをブチかます。
「……申し訳ありませんでした」
「全く、お義父さんってばいっつもこうなんだから。オンナ遊びを卒業しただなんて、どの口が言うのかしらね、ホントに」
どうやら、かつての女クセの悪さだけは治らなかったようだ。節操のなさに呆れ果て、ジャスミンは盛大にため息をつく。
「お気になさらず、ミス・ジャスミン。今ので手打ちということにしますので。……ところで、そちらのあなた」
「む、拙者か? そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。拙者は」
「あなたは……ふむ、今のところは悪い虫にはなりそうもないですね。お見知りおきを、ミス・ツバキ」
「!? う、うん。言葉の意味は分からぬが……まあ、よろしく頼む」
スパッと性別を言い当てられ、動揺しながらもツバキはそう答える。自己紹介も終わり、不埒者の制裁も済んだということでマリアベルは城に帰る。
魔法陣の上に戻り、転移しようとする直前。何かを思い出したようで、今度はコリンの前に向かう。
「そうそう、すっかり忘れておりました。船旅の途中、城にお坊っちゃまのご友人が訪ねてきまして。こちらを渡してほしいとたのまれていたのです」
「む? なんじゃこれは。黒い……ドクロ型の水晶? なんぞ趣味が悪いのう」
マリアベルがどこからともなく取り出した、手のひらサイズのドクロ型水晶を受け取りコリンはそう呟く。アシュリーやジャスミンも、気味悪がっている。
「なンだぁ、それ。なンだか呪われそうな見た目してるなオイ」
「やぁね、不吉ー。私だったらすぐ捨てちゃうわ、そんなの」
「ふむ……まあ、せっかく貰ったのじゃ、とりあえず持っておくとしよう。あ、そうじゃ。マリアベルよ、この鎧……」
「ええ、心得ております。宿に着き次第、呼んでください。新しいものをお渡ししますので」
そう言った後、今度こそマリアベルは城に帰っていった。ドクロの水晶を見つめ、コリンは心の中で不思議そうに呟く。
(友人……まず間違いなく、アゼルのことじゃな。あやつめ、何故かようなモノをわしに? ま、よい。ヤサカでの用事が終わったら聞けばよいことじゃ)
そう考えた後、コリンはツバキに声をかけ宿に向かう。だが、この時彼らは知らなかった。このドクロの水晶が、後に起こる事件で活躍することを。
◇―――――――――――――――――――――◇
「そろそろ、コリンさんに渡った頃ですかね。黒ドクロの水晶が」
「だろうな。しかし……いいのか、アゼル。直接手を貸さなくて。奴ら……闇霊の残党が相手ならば、動くべきなのではないか?」
同時刻、イゼア=ネデールの外にある別の大地。多数のスケルトンたちが働く宮殿の一室に、二人の男女がいた。
片方は、以前のラーカでコリンと出会い友情を育んだ少年、アゼル。もう片方は、褐色の肌と長い黒髪が特徴的な美女だ。
「本当は、ぼくもそうしたいんですけどね……。いろいろ特殊な大地ですから、下手に干渉出来ないんですよ、リリンお姉ちゃん。一応、ぼくもファルダ神族側の者ですから」
「ふーむ……いつもは自分たちから面倒事に首を突っ込む、例の魔神たちですら静観を決め込んでいるくらいだ。確かに、私たちも関わらぬ方がいいのかもしれんな」
リリンと呼ばれた女は、共にベッドに横たわるアゼルにそう口にした。アゼルは頷き、話を続ける。
「だから、今回はこっそりと支援することにしたんです。助言を送るくらいなら、問題ないでしょうから」
「アーシアから聞いたが、そのコーネリアスというのは利発な子なのだろう? なら、きっとアゼルの助言を有効に活用してくれるさ」
「そうですね、ぼくもそう思います。本当なら、ぼくがしなくちゃいけない後始末をやってもらうというのは……申し訳ないですが」
そう言った後、アゼルは大きなあくびをして眠そうに身体の力を抜く。それを見たリリンは、少年の頭を優しく撫でる。
「ゆっくり寝るといい。ここ最近、王としての仕事が山積みだったからな。おやすみ、アゼル」
「はい。おやすみなさい、リリンお姉ちゃん」
愛する夫を優しく寝かしつけた後、しばらくしてリリンはこっそりベッドから抜け出す。懐から白いドクロ型の水晶を取り出し、小さな声で呟く。
「……せめて、事の顛末は見届けなければ。もし彼らが負けてしまった時は……我々が動かねばならなくなるからな」
その言葉には、様々な感情が込められていた。水晶を机の上に置き、リリンはベッドに戻る。そして、アゼルと共に眠りに着いた。




