98話―船滅ぼしの三角海域
翌日、朝から海が荒れていた。多くの船乗りや海賊が恐れる魔の海……船滅ぼしの三角海域に近付いてきたのだ。
操舵室では、ドレイクと部下の航海士たちが緊張の面持ちで仁王立ちしていた。数多くの船が藻屑と化した海に突入するのだ。緊張するのも無理はない。
「キャプテン、もうすぐ例の海域に突入します。準備はいいですか?」
「ああ、問題ねえぜ。船のコンディションは抜群、オレも絶好調だ。ヨーソロー! 進め、マリンアドベンチャー号! 嵐の中に突撃だ!」
「アイアイ、キャプテン!」
ドレイクの指示を受け、クルーの一人がレバーを倒す。すると、魔導エンジンがフルパワーで稼働し速度が上がる。
「さあ、見せてやるぜ。このドレイク様の舵捌きを。七つの海を制覇した海賊の底力、見せてやる!」
「キャプテン、前方二時の方向に突き出た岩場があります! お気をつけください!」
「おうよ、任せな! それっ、取り舵いっぱーい!」
部屋に備え付けられた望遠鏡を覗き、部下が進路に点在する障害物の存在を知らせる。ドレイクは舵輪を力一杯反時計回りに回す。
が、荒れ狂う波のせいで上手く方向転換出来ず、少しずつ岩場に近付いていく。このままでは、船が大破し海の藻屑と化すだろう。だが……。
「フン、可愛くねえ波だな。なら……オレの大星痕の力を見せてやる! 水よ、渦巻け! 我が意のままに進むべき道となれ!」
ドレイクがそう叫ぶと、彼の舌に二重の円で囲まれた水瓶の紋章……【アルマーの大星痕】が浮かび上がり、輝きはじめる。
すると、荒れ狂う波に変化が起こる。激しい波が少しずつ穏やかになり、完全に鎮まった。
「ようし、これでいい。後は左に進めば」
「おお、凄いもんじゃのう。ここから見えるだけでも、結構広い範囲の海面が平らになったわい」
「おああああ!? ぼ、ボウズいつの間に入ってきた!? 危ないから部屋に居ろって言っただろ!」
これで進路変更出来る、と安堵するドレイク。そんな彼の耳に、今この場にいてはならない、いないはずの者の声が響く。
彼らが船の操舵に集中している間に、コリンが操舵室に入り込んでいたのだ。仰天するドレイクに、コリンは悪びれもせず答える。
「仕方あるまい。部屋にいても退屈なんじゃもの。この揺れでは、退屈しのぎの遊びも出来ぬでな」
「~~ったく、しょうがねえなあ。いいか、ここには大事な機器がたくさんある。それに触らないなら、ここにいてもいい。ただし! もし触ったら叩き出すからな」
「はーい、了解したのじゃ」
頭を抱えるドレイクに、コリンはのんきにそう返事する。それからしばらくは、操舵室をあちこち見て回りおとなしくしていた。
ドレイクの方も、水を操る能力をフル活用して難所をスイスイ越えていく。このまま行けば、昼過ぎには海域を抜けられる……はずだった。
「とりあえず、半分は越えられたな。だが、本当にヤバいのはここから……」
「! キャプテン、レーダーに巨大な生命反応が! 何かが近付いてきます!」
「おっと、やっぱり来やがったか。毎度毎度、面倒極まりねえぜ」
「なんじゃ? 何が近付いておるのじゃ?」
船滅ぼしの三角海域の後半、ヤサカ側のエリアに突入するマリンアドベンチャー号。その時、レーダーが警告の音を鳴らす。
「この海域にはな、巨大な魔獣が何体も棲み着いてるのさ。リヴァイアサンにクラーケン、カイザーオクトパスやバトルシップホエール……どれもこれも、危険な奴らだ」
「むう、確かにそんなのが襲ってくれば船がただでは済まぬのう」
「ああ。だから、接近を感知し次第迎え撃たなきゃならねぇ。……ボウズ、暇してるなら手伝ってみねえか? やってくれたら、駄賃をやるぜ」
「うむ、よいぞ。世話になっておる礼にもなるしの。では、早速甲板に上がろうぞ」
ドレイクの提案に、コリンはすぐ飛び付いた。このまま暇をもて余すより、スリリングな戦いに身を投じていた方が楽しい。
そう判断したのだ。それに、ドレイクの言う『お駄賃』にも興味があった。
「いい返事だ、そう言うと思ったぜ。おめえら、オレの代わりに舵取りしとけよ。いいな!」
「アイアイ、キャプテン!」
「よし、行こうぜボウズ。魔獣狩りのはじまりだ」
雨を弾き、視界を確保するための防護膜を魔法で作り出したドレイクは、自分とコリンを膜で覆ってから甲板に登る。
雷鳴がとどろく嵐の中、二人は魔獣を討つため待ち構える。灰色の雲の下、突如船のすぐ近くの海面に渦が発生し……巨大なイカの魔獣が姿を現す。
「グォオオオオオオ……」
「ほー、今回はクラーケンか。いいねえ、ゲソ焼きは大好物なんだ。足十本、根こそぎいただきだぜ! 来い、星遺物……水神斧アルマトーレ!」
舌なめずりをしながら、ドレイクは右手を真上に伸ばし叫ぶ。すると、海面に水柱が昇り、その中から美しい水色の両刃を持つ斧が飛んできた。
自分の身の丈以上の大きさがあるソレをキャッチしたドレイクは、片手で軽々を振り回す。それを見たコリンは、自分の得物を呼び出した。
「なら、わしも! いでよ、闇杖ブラックディスペア!」
「お、そいつがウワサの星遺物か。その力、期待してるぜ。さあ、やるぞ!」
「グルァアアアアア!!」
武器を構えるコリンたちを、クラーケンは真っ赤に光る目で睨み付けながら咆哮をあげる。丸太のように太い足を振り上げ、力強く叩き付ける。
「おっと、んなもん当たらねえよ!」
「トロいのう、止まって見えるわい! 次はこちらの番じゃ。ディザスター・ランス!」
「ギギィイイ!!」
一撃を避け、コリンは闇の槍を放つ。槍はクラーケンの頭部に直撃し、大穴を開ける。……が、膨大な魔力によりすぐ傷が塞がってしまう。
生意気な下等生物に攻撃され怒り狂うクラーケンは、コリンに狙いを定め再度足を振り上げる。次の攻撃に備え、身構えるコリン。
だが、振り下ろされた足がコリンに届くことはなかった。目にも止まらぬ速さで、ドレイクが足をぶった斬ったのだ。
「ブギィィイイィイ!!」
「へっ、すっトロいんだよ。図体ばっかりデカくてもよ、これじゃいい的だな」
「むう……いつの間に攻撃を? キャプテンは全く動いていなかったが……」
斧をクラーケンに向けたまま、ドレイクは微動だにしていない。にも関わらず、足が斬られた。その謎は、すぐに解けた。
斧の先端から強烈な細い水流が放たれ、鋭い刃物のように二本目の足を切断したのだ。それを見て、コリンは感心する。
「ほう、あのような使い方があるとは」
「便利なもんだろ? この斧、アルマトーレは水を自由自在に操る能力がある。それを使えば、今やったこうなことも……」
「ギャシャアアアァァ!!」
「楽々出来るってすんぽーよ!」
「ギイィィ!」
こっそり海面下を経由し、ドレイクの背後に回り込ませた足で不意打ちを仕掛けようとするクラーケン。が、ドレイクの放った斬撃を食らい、不意打ちは失敗した。
「ギュキュ、キュゥゥ……」
「よしよし、やっこさんも弱ってきてるな。このまま一気にトドメを」
「ブジュウアァァ!!」
「のじゃっ!? ぺっぺっ、イカスミじゃ。服がまっくろけっけじゃよ、もう!」
油断したドレイクとコリンに向かって、クラーケンは勢いよくスミを吐きつけた。二人が怯んだ隙に、クラーケンは残る七本の足を伸ばす。
二本の足をメインとサブのマストに巻き付けて引っ張り、残りの五本で船体を揺らす。船を転覆させ、一網打尽にしようとしているのだ。
「ケッ、怪物のクセに悪知恵働かせやがって。だが無意味だ、オレの前じゃあな! アクアコントロール、アッパードシュロトーム!」
「プギ? プギィィイィ!?」
が、どんな策を巡らせようとも、大海原での戦いでドレイクに敗北はない。斧を頭上に掲げると、クラーケンの真下にある渦の動きが変わる。
海面が膨れ上がり、巨大な水柱が立ち昇りクラーケンの巨体を吹っ飛ばした。なすすべなく落下してくる獲物に、コリンが狙いを定める。
「よくもわしにスミを吹いてくれたのう。洗濯するマリアベルのいい迷惑じゃわい! 食らえ! ディザスター・ランス【豪雨】! ウーーーラーーー!!!」
「ブッ……ブギャアアアアアアア!!!」
大量の闇の槍に貫かれ、クラーケンは絶命し落水する。少しして、ちぎれた足がぷかりと海面に浮かんできた。
「よしよし、これで今日の酒の肴ゲットだぜ! こんだけデカいゲソ、さぞかし旨いだろうな。へへへ」
「やれやれ。これはマリアベルに怒られるのう。とほほ」
海水を操ってゲソ足を回収し、ドレイクはご機嫌だ。一方、コリンはイカスミで真っ黒になった身体を見て苦笑いする。
こうして、マリンアドベンチャー号は無事嵐の海を乗り越えたのだった。




