97話―ドレイクとジャスミン
その日の夜、ドレイク主催で賑やかなパーティーが行われた。星騎士たちの出会いを祝す……という建前のもと、単に大騒ぎしたいだけだが。
甲板に机を設置し、料理を並べる。満天の星空の下で、飲めや歌えの乱痴気騒ぎが勃発した。クルーたちが盛り上がる中、コリンは……。
「ふー、夜風が気持ちいいのう。帆船に乗ったら、一度ここに来てみたかったんじゃよな。ほっほっほっ」
メインマストの上にある、見張り台に登っていた。眼下に広がる賑やかな宴の様子を、機嫌よさそうに見下ろしている。
「お、やっぱりここにいたか。姿が見えねえ奴は、大体ここにいるんだよな」
「おお、キャプテン・ドレイク。そなたも星空を見にきたのかの?」
「おうよ。オレぁここで一杯やるのが大好きでな。まあ、とにかく邪魔するぜ」
見張り台に上がるための縄梯子を登り、ドレイクがひょっこり顔を覗かせた。片手には、お気に入りのラム酒の瓶を持っている。
マストを挟んで背中合わせになり、二人は夜風に吹かれつつ星空を見上げる。雲一つない空には宝石のような星々と満月が輝いていた。
「……ふう。いい夜にはいい酒が合うねぇ。最高の夜だぜ。ところで、ジャスミンの看病はどうだったよ、え? 中々献身的だったろ?」
「のじゃ!? なんでそのことを知っておるのじゃ、そなたが」
「本人が自慢げに話してくれたのよ。まーホント、嬉しそうにしてたぜ? ボウズも隅に置けねえじゃねえか、このこの」
昼間の一部始終を知り、ニシシと笑いながらドレイクはコリンの腕をつつく。ビックリしたコリンは、後ろを振り向き目を丸くする。
「なんじゃ、てっきり『うちの娘と何をしてる』と怒られるかと思うておったが。そんな反応が来るとは予想出来なかったわい」
「ま、年頃の娘を持つ親ってのは基本そうだけどよ。オレらはちっとばかし事情があるからな。ジャスミンはボウズを好いてるからよ、応援してやりてぇのさ」
そう言うと、ドレイクはラム酒をグビグビ飲んでいく。一方のコリンは、昼間の彼ら父娘のやり取りを思い出していた。
「……のう。もしよければなのじゃが、聞かせてはもらえぬか? ジャスミン殿を義理の娘と言うておったがらどのような経緯で養子にしたのじゃ?」
「あいつはな……オレの親友がこの世に残した、たった一人の忘れ形見なのさ」
コリンの問いに、ドレイクは静かに答える。これまでの陽気さは完全に鳴りを潜め、物静かな態度になっていた。
どう答えていいか迷うコリンを尻目に、ドレイクは魔法で瓶の中身を補充しながら話を続ける。遠い過去を懐かしむように、目を細目ながら。
「オレぁよ、家督を継ぐまでの間それはそれは名の知れた悪ガキだったんだ。荒くれどもを引き連れて、連日連夜ケンカに博打、オンナ遊びとやりたい放題してた」
「まあ、なんとなーくそんな予感はしておったよ。うん」
「たはは、だろうな。で、そん頃からよくつるんでたダチがいたんだよ。名前を、ハワードって言うんだ」
グビリとラム酒を飲みながら、ドレイクは過ぎ去った青春時代に、そして……今は亡き親友、ハワードに想いを馳せる。
「あいつぁ昔っからオレと気が合うヤツでな。毎日毎日、一緒に遊び歩いてた。……オレたちが十八になったある日、あいつが彼女を連れてきたんだよ」
「ほう。それはさぞ驚いたじゃろうな」
「そりゃそうよ。そういう気配が一切なかったからな。で、それを期にハワードは悪い遊びから足を洗ってな。オレもそろそろ家督を継ぐってんで、一緒に卒業したわけよ」
そこまで言ったところで、ドレイクはしばしの間黙り込んでしまう。たっぷり十分は経った後、ようやく話が再開される。
「悪い遊びをやめた後も、ハワードの彼女……アネッサを交えてオレらはよく会ってた。そのうち、二人が結婚して娘が生まれた。それがジャスミンだ」
「ふむ……二人とも、幸せな人生を歩んだのじゃな」
「ああ、そこまではな。だが……その幸せも、長くは続かなかった。三年後、二人が住んでた町をヴァスラ教団が襲ったんだ」
ヴァスラ教団というワードに、コリンは反応する。そんな彼を見て、ドレイクは寂しそうに笑う。彼の瞳は、悲しみに潤んでいた。
「町が襲われてる時、オレは海で教団配下の海賊を潰して回っててな。……ハワードとアネッサの住む町が襲われたってのを知ったのは、三日経った後だったよ」
「なんと……」
「オレは慌てて二人の住む町に向かった。だが……間に合わなかった。オレを出迎えたのは、何もかもが燃え尽きて灰と炭だらけになった町の残骸だった」
ドレイクはそこまで話すと、海賊帽子を深く被り目元を隠す。男の涙を見せたくない。そんな小さな意地を汲み取り、コリンは背を向ける。
そんな彼の気遣いに心の中で感謝しつつ、ドレイクは鼻をすする。眼下で繰り広げられる宴が、どこか遠くのことのようにコリンは錯覚を覚える。
「あいつらが住んでた家の跡地にすっ飛んで、狂ったように遺体を探したよ。んで、見つけた。ハワードもアネッサも、床の上に覆い被さるようにして……死んでた」
「床に?」
「ああ。床下の狭い空間に、ありったけの水や食料と一緒にジャスミンを逃がしたんだ。あの二人は、自分たちを捨て石にして娘を守ったんだよ」
その後のことは、語られずとも理解することが出来た。ドレイクがジャスミンを引き取り、育てた理由を知り……コリンは泣いた。
全てを奪われたジャスミンの境遇を、親友を守れなかったドレイクの無念を想い。声もなく、静かに涙をこぼす。
「オレはあの日、灰にまみれた手でジャスミンを抱き締めながら誓った。必ず、この惨劇を引き起こした奴らを捕まえて地獄を味わわせてやると。そして、ジャスミンを幸せにしてみせるってな」
亡き親友とその妻への、違えることのない強い決意。その日から、ドレイクは復讐鬼になり……同時に、良き親となったのだ。
「でもな、オレ一人じゃやれることに限界がある。海の世界しか知らないオレじゃあな。でも、そんな中で転機があった。コリン、お前にジャスミンが興味を持ったのさ」
「ぐすっ……ん? つまりどういうことじゃ?」
「あいつはお前の活躍を知って、すっかり大ファンになってる。初恋なのさ、あいつの。十七年生きてきて、正真正銘のな」
話が変わった瞬間、ドレイクの声のトーンも全く違うものになる。何やら嫌な予感を覚え、コリンは思わず身構えてしまう。
……そして、コリンの抱いた予感は的中することになる。娘の初恋を実らせるべく、ドレイクが圧をかけはじめたのだ。
「親のオレから見てもよ、ジャスミンはいい嫁になると思うぜ? 料理に洗濯、掃除に裁縫。どれもこれも一級品だ。おまけに、気立てが良くて器量もあるときたもんだ。どうだ、嫁に欲しくなってきたろ?」
「い、いや……冷静になりなされキャプテン。わしはまだ八つじゃぞ? 今からさようなことを言われても」
「そうか? そのくらいの歳の差なんて誤差みてぇなもんだろ。別に、他に嫁を取るななんて傲慢なことは言わねえよ。ただ、候補の中にジャスミンを入れてやってほしいなー、なんて思ってるだけさ」
「……ま、前向きに検討させていただきまする」
コリンの第六感が告げていた。ここで断れば、魚の餌にされると。背後から感じるドレイクの気配が、下手をすれば殺意に変わっても不思議ではなかった。
それだけ、彼はジャスミンが幸せになるのを願ってやまないのだ。……もっとも、少しばかりやりすぎではあるのだが。
「おお、そうかそうか。色いい返事が聞けて安心したぜ。これで今日はぐっすり眠れるな! ガッハッハッ!」
「そ、そうか。それはよかったのう」
「あ、そうそう。この速度だと、明日の早朝には船滅ぼしの三角海域に突入する。今のうちに酔い止めをしこたま用意しときな。揺れるなんてレベルじゃ済まねえからよ」
そう忠告した後、ドレイクはラム酒を飲み干し甲板に降りていった。ドッと疲れたコリンは、へにゃへにゃとへたりこんでしまう。
夜風によるものとは全く違う冷たさが、コリンの全身を襲っていた。びっしょりかいた汗を拭い、ふうとため息をつく。
「……わし、痴情のもつれで刺されたりしないかのう。なんだか心配じゃわい」
そう呟いた後、コリンは夜空を見上げる。変わることなく、満月が海を照らしていた。