憤り
赤い車から降りてきた男と、それに対峙するマモル。その後ろにユウジ。
緊張感が走る。
相手は一人。ユウジが居れば心配ないが、万が一のことを考えてすぐに飛び出せるようにタダシもドアレバーに手を掛けている。ユウミは心配そうに見ていることしかできないでいる。
「はい、これ、落とし物」
マモルは男に拾った空き缶を突き出す。殴り飛ばしたい感情をできるだけ抑えて、冷静を装おうとしているのは傍から見てもわかった。
「は?」
男は突き出された缶を手に取る。
「これって……」
「だから、落とし物!」
殺意のある目で睨まれた男はビクついた。しかも、その後ろには大柄な男も控えている。
「そ、その車って、覆面パトカー?……じゃなさそうですねー。あー、びっくりしたー」
と言ったかと思うとすぐさま車に乗り込み走り去った。
警察じゃないならヤクザか?捨てた缶がヤクザの車に当たって傷でも付けてしまったのか?もしそうなら大金を請求されるかも。最悪殺されるかもしれない。そんなことが男の頭をよぎったため、すぐにこの場を去りたかったのだ。
取っ組み合いにでもなるかと思ったが事なきを得た。
彼の車が見えなくなるまで、マモルは、またすぐにポイ捨てしやしないかと目を凝らしていた。
「今日は出番がなかったな、ユウジ」
「お兄ちゃん、かっこよかったよ」
何もしてないんだけどな、と思いながらユウジは頭を掻いた。
ともかく、いろんな意味でみんな無事だ。助かった。と肩の力を抜く三人。
安堵の溜息をついたかと思ったら、
「おい、スピード違反はまずいぞ!」
とタダシがマモルに掴みかかる。タダシ的には法律を犯すことは許せない。
スピード違反もそうだが、他にも危険運転行為をしてたけど。
「ごめん、じゃあ今から警察署に行くよ」
自首しに行くつもりらしい。実際何キロオーバーしていたのかは定かではないが、道路交通法違反には違いない。
車に乗り込んだが、アラーム音が鳴るだけで車が動かない。
しまった、バッテリー切れだ。
もともと、目標地点だったスーパー駐車場に、電気自動車専用の充電装置が設置されており、それもそのスーパーを選んだ理由の一つだった。多少余裕は見ているが、充電しないと帰れないくらいの距離だった。そのスーパーを通り越して、アクセル全開でカーチェイスをしたのだから、そんなにバッテリーが持つはずもない。最後は急ブレーキを掛ける形になったため、回生ブレーキによる充電もうまくできなかったのだ。
結局カーサポートセンターへ電話することになった。
救助を待っている間、タダシはマモルの肩に腕を回して言う。
「まあ、あの車にぶつけてたら、これだけじゃ済まなかったな。よく我慢したな、マモル」
その腕を振りほどきながら、
「ぶつけるわけないじゃん」
とタダシの言葉に対し、悪びれもなく言い放つマモル。
「車の修理とか廃棄とかになると、その分ゴミが増えるだろ。俺がわざわざそんなことすると思うか?」
言いたいことは分からなくもないが、いちいち腹の立つ言い方をしてくる。
「人よりも、ゴミの心配か」
「当たり前だろ」
そんな言い方するから友達もいなくなるってのに。タダシは腹が立つのも通り越して、マモルのことが哀れに思えてきた。
俺とユウジだけは、友達でいてやらないと、そんな変な使命感を感じていたタダシだった。
「そういえばさ、車のキーを抜いて投げ捨てるやつ、窃盗罪とかになるんじゃないか?」
タダシがマモルを責める。
「盗んでないし。捨てただけだし」小学生ライクな言い訳を恥ずかしげもなく醸し出すマモル。
「じゃあ、そう、器物破損罪に当てはまるかもしれないな」
「壊してねーし」
「壊してなくても、人の所有物を使えなくするのは器物破損になる可能性あるらしいぞ」
「壊してねーし」
「ええい、ムカつくなあ、もう!そうだ、投げ捨てるって、不法投棄になるんじゃないか?」
ビクッとマモルが反応した。
「不法投棄……。そうか、川に投げ捨てたら、川を汚しちゃうもんな。確かに。もうやめるよ、そういうことは」
タダシは初めてマモルに勝ったと、こぶしを天に掲げた。
数日後。
ユウジの部屋。3人の姿があった。
「前回の敗因は、電気自動車だったことによるものだな」
「いやいや、マモルが感情的になったからだろ」
「計画通りに進めなかったせいだね」
「計画自体もビミョーだけどな。アイドリングをやめさせたいなら、他にやり方があるんじゃないのか?」
「アイドリングしている車のタイヤをパンクさせるとか?いっそのこと、タイヤを外しちゃおうか?」
「それも犯罪だな」
「それか、チラシをフロントガラスに貼り付ければいいんじゃない?”アイドリングやめてね”って書いたチラシをね。」
「ただじゃ剥がれないように特殊な接着剤で張り付けなきゃね」
「それも犯罪になるな」
「ガソリンの値段が、1リットル1000円くらいになれば、使い方も変わってくるかもしれないんだけどな」
「それは困る」
タダシとユウジの声が重なった。
「え?タダシもユウジも運転しないだろ。何が困るんだよ」
「運転するよ。仕事上仕方なくすることもあるんだよ」
「うん、うん」
「社用車ってこと?だったらガソリン代も自腹じゃないんだろ?」
「とはいえ、会社のお金も無駄遣いできないよ」
ユウジは会社に対しても優しいらしい。
「無駄遣い云々じゃなくて、それくらいガソリン代が高くなれば、もっとガソリンを大切に使うでしょ、ってこと」
「まぁ、そうかもしれないけど」
何とも歯切れの悪い言い方をするユウジだった。
「俺は電気自動車だから、ガソリンの値段に左右されないからな」
「電気だって、ほとんどが火力発電所で作ってるから、結構な石油資源の消費をしているはずだぞ」
「!!」
確かにそうだ、とマモルは思った。
大震災後、原子力発電は危険性が再認識されて使用が少なくなり、その分火力発電での発電が増えている。
節電を呼びかけても気にする人は一握りしかいない。それが現状だ。
太陽光発電や風力発電のような自然エネルギーを利用しているなら、環境負荷も少ない。ましてや発電時に二酸化炭素を発生させることもない。
原子力発電も二酸化炭素を発生させることは無いのだが、燃料である放射性物質の管理が大問題で危険性も高い。
火力発電では、燃料を燃やしてその蒸気でタービンを回して発電する仕組みである。その燃料を燃やす際に、化石燃料の消費と同時に二酸化炭素の発生が起こるわけだ。
「発電所を狙うか」
ボソッとマモルがつぶやいた。
「絶対やめろよ。おい、ユウジからも言ってやれ」
「えー?」
「友達のために、きついことを言わなきゃならない時もあるんだぞ。それもひとつの優しさだって」
「だいたい、二酸化炭素の排出を減らしたいってことだろ?」
「太陽光発電パネルをあちこちに設置すれば?風力でもいいけど」
「お金がいるなぁ」
「詐欺師からお金をかっぱらって、世の中に役に立つことに使いたいよな」
「犯罪はやめとけよ。相手が詐欺師だろうが、盗ったら犯罪だからな」
冗談で言っているのかどうかも定かではないので、一応くぎを刺しておくタダシ。
「でも太陽光発電パネルを、世界のあちこちにつけたいよな。それでエネルギー問題は結構いい方向に向かうんじゃないかな」
「使われていない空き地でも見つけてパネル設置する?」
「使われていない場所かぁ。いや、使っていてもいいな。駐車場だよ。全国の駐車場に太陽光パネルを設置するんだ。雨除けにもなるし、乗り降りも助かる。いいアイデアじゃん。我ながら」
「いいね、確かに」
「車の駐車場だけじゃなく、駐輪場もありだよね」
「建物としてあるやつじゃなく、駐車場、駐輪場単体である場所なら、設置できそうだよな」
スマホ片手にいつになく真剣になっているユウジの姿があった。
「今調べたんだけど、全国には、500万台分の駐車場があるらしいよ。個人住宅の車庫は含めずにね」
「へぇー。それって立体駐車場も含まれてる?」
「あぁ、たぶんそうだね、含まれてると思う」
「そのうち、どれくらいの面積を使えるか……。まあ、半分くらい使えるとしたら250万台分か」
「だいたい、一台あたりは15平方メートルだから、3750万平方メートルか」
「全然ピンと来ないな」
「で、5キロワットの太陽光パネル設置するのに、約30平方メートルらしいから……理論上625万キロワットの発電ができることになるね」
「625万キロワットね。やっぱりピンと来ないな」
「年間、10兆キロワット時、発電しているらしいよ。そのうち、火力発電が80%とすると、8兆キロワット時か。一日にすると、約219億。全然足りないな」
「桁が違うしな。無駄ってことか?」
「無駄じゃないって!火力分全部を補おうとすると難しいけど、少しでも少なくできれば、その分二酸化炭素の排出を減らせるんだから」
「太陽光パネルの方も少なく見積もってるからね。会社の駐車場とかも含めれば、倍以上の広さを確保できるはずだよ」
「そうか、そうだね。地方の大企業行けばわかるけど、会社の敷地の3割くらいは駐車場だったりするしね。倍どころか、10倍くらいはいけるんじゃね?」
「っていうか、そもそも計算あってるのか?だいたいワットとワット時で単位違うぞ」
「日照時間や発電効率も考えなきゃならないしな」
なんやかんやで、三人で頭を抱えながら夜は更けていく。
「だいたい5kWあたり300万円くらいらしいよ。太陽光パネル」
「お金がいるなぁ」
「お金がいるねぇ」
「宝くじ当たったとしても、全然足りないしな」
「銀行強盗するしかないか?」
「犯罪はやめとけって」
「銀行強盗したところで足りないだろうけどな」
結局この日も何の結論も出ないままお開きとなった。
その数日後。
コンビニの駐車場。
「またか」
アイドリング車が幅を利かせているこの駐車場。取り合えず、周囲の状況を確認して、アイドリングをしている車のドアをあけ、キーを抜き、そのキーを投げてやろうと、投球ポーズになったが、ふとタダシの言葉を思い出した。
「不法投棄、か……確かにな」
抜いたキーはそっと運転席のシートの上に戻した。
『不法投棄』という言葉はマモルが一番嫌いな言葉だった。
イライラが収まらないマモルは、つい、ロックを掛けて車のドアを閉めてその場を立ち去った。
空を見上げたら、一番星がキラリと光っていた。
そして、世界が滲んだ。
「なぜ、アイドリングが減らないんだ。誰もわかってくれないんだ」
何をやっても、何も変わらない。そんな世界と力のない自分に嫌気がさした。
その場で崩れ落ち、地球を叩いた。
キラッと光る雫が落ちた。
読んでくださりありがとうございます。
構成、表現、その他いろいろ、至らない点があり、申し訳ありません。
もっと面白い小説を書けるよう精進していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。