ペポラのあぶない初体験
私は神を信じない。奇跡とは人間の力で引き起こすものだと信じているからだ。
今は昔、私たちが暮らすソロモン諸島の首都・ホニアラの海岸は中国の成金大富豪の手によって海もろとも埋め立てられてゴルフ場が建設される計画が強引に進められていた。その大富豪はろくに補助金を払おうともせず地元のゴロツキのような男たちを雇って反対派を弾圧し、住民の大半が望まぬ建設工事は時間の問題だった。
その時、人の手によって奇跡が起きたのである。
私たちの反対運動を聞きつけたアメリカの大型コンツェルンCEOが現地を訪れいつものように悪さを繰り広げていたゴロツキたちを一人残らず退治するとソロモン諸島政府に打診してホニアラの海岸とソロモン諸島の領海を買い取ってしまったのだ。その節は大富豪が仰天しながらも笑顔で引き下がったという話だから空前の金額だったのだろう。だがCEOはすぐにそれを政府に無償で返還し、かくて我が国の海岸と領海は守られたのであった。
そのCEOの名をホワイト・ローズといった。首相をはじめとする当時の首脳陣はこぞって賛辞を送り、彼の名は救世主としてソロモン諸島の歴史に刻まれた。無論、当時小学生だった私も純粋に彼はすごい人だと思った。同時に人間の受難を打開することが出来るのは人間の力以外にありえないのだと確信した。
だから私は神を信じない。
そして、こういう人に私はなりたい。
「んっ・・・」
一日の始まりを告げるまばゆい朝日が眠りの世界から引き戻す。
ゆっくりと目を覚まして時計の方に目をやると、午前7時をゆうに過ぎていた。
「!!」
自分の置かれた状況をハッキリと理解したペポラは目を見開くと大あわてで服を着替えて顔を洗うと階段を下りて台所に直行した。
「ようやく起きたのかい。全くしょうのない子だねぇ」
母の言葉には耳を貸さず用意されていたトーストにバターを塗るとそれをくわえて玄関にダッシュする。
「ちょっと、牛乳はどうするつもりだい!」
「ふぁえっふぇふぁらふぉふふぁらうぇいうぉうをいいえおいえ!」
帰ってから飲むから冷蔵庫に入れといて。
そう告げるとペポラはトーストをくわえたまま全速力で学校への道を駆け抜けたのであった。
「セーフ!!」
ペポラが教室に駆け込んだのはチャイムの鳴るおよそ1分前だった。
「おはよ。今日もギリギリだったね」
服も髪も乱れていたその姿に方々から笑い声が起こっていたが気にも留めずに自分の席に座ると、隣の席に座っていた親友のテオが笑顔で話しかけてきた。
「それじゃあたしがいつも遅刻スレスレで登校しているみたいじゃない。普段は5分前には滑り込んでるんだからそんな言い方はよしてよね」
口元に残っていたバターを指でぬぐってペロペロと舐めながら椅子の上であぐらをかく。
「もう、ペポラったら男の子みたいなんだから」
テオにとってはそんなペポラの仕草でさえ微笑ましく思えるのであった。
キーンコーンカーンコーン。
「よし。今日も全員出席だな」
予鈴が鳴ると程なくしてドアが開いて担任の女性教師が入ってくる。
「きりー・・・」
「待て」
いつもの号令を遮って担任が続ける。
「今日はとびっきりのビッグニュースがあるのでまずはそれを伝えておく」
ビッグニュースという言葉に生徒たちがざわつく。
「3年前にニュージーランドで大地震が発生したのは覚えているな?」
「ニュージーランドの大地震・・・!」
ペポラの脳裏に忌まわしい記憶がよみがえる。
そう、それは紛れもなくニュージーランド南島の町・クライストチャーチを襲ったあの地震。
~父さん・・・!~
あの大災害を経て運悪く当時クライストチャーチに出稼ぎに出ていたペポラの父親は崩れ行く建物の下敷きとなって帰らぬ人となってしまったのだ。
だから、ペポラにとってその一件は忘れようにも忘れられない事件の一つとして刻み込まれていた。
「あれから相応の年月が過ぎたとはいえ予算的な都合で復旧は今なお完全とは言えない状況が続いている。いや、まだ6割ラインすら超えていないというのが率直な現状と言ったところだろう。そこで資金を募るべくニュージーランドのアイドルグループによるチャリティコンサートが企画されたのだが・・・」
そこで担任が間を置いて一呼吸する。
「なんと!この高校からもチルドレン枠として2人ほど応援参加者が選ばれることになった!!」
「「「ええーっ!?」」」
思いがけない展開に生徒たちが先ほど以上にざわつく。
「とりあえず現段階では誰が参加するかは決まっておらず写真での査定を経て先方が後日ハガキで連絡するそうだ。ま、誰が選ばれるかは知らんが選ばれたからには辞退などせずしっかりと役目を果たしてくれ。これも立派な人助けの一環なのだからな」
ビッグニュースの話が終わってそこから通常のホームルームが幕を開けた。
ペポラも特に気にかけることなく気持ちを切り替えてホームルームに臨んだ。
~きっとあたしには関係のない話だものね・・・~
いくらこの学校が小規模で生徒の総数が50人そこらとはいえ応援に選ばれるのは2人。確率にして4%。
そんな4%の中に自分が入るなどとは夢にも思わなかったし思えなかったのだ。
少なくとも、この時点では。
それが届いたのを知ったのは10日後の学校帰りのことだった。
「ペポラ!あんたあてに変なもんが届いてるよ!!」
家に帰るなり母が出てきて一枚のハガキを渡してくる。
そこには、妙に可愛らしい字体でこんな風に書かれていた。
おめでとう!厳粛な査定によって君は見事に僕たちのチャリティコンサートの応援メンバーに選ばれました!!
つきましては、下記の通り開催日時を決定しておりますのでくれぐれもお忘れのないようお願いします☆
当日は最高のライブを披露してクライストチャーチに明るい光を照らそうぜ!
Sexual bone Hunt&Foot&Victorian
日時:201X年○月□日 17時 受付開始 17時30分 開演
開催地:クライストチャーチ・セイセイジャンパーズホール
参加特典:握手券無料参加チケット1枚
交通費:支給あり
食事:支給あり
「母さん、これって・・・」
ペポラが信じられないといった具合に目を丸くする。
「ああ。あんたが前に話してた学校から2人が応援に選ばれるとかいうアイドルのチャリティコンサートのヤツだろうね。」
つまり、まず選ばれないだろうと思っていた応援メンバーに自分が選ばれてしまったのである。
「それにしても、ここに来てまたクライストチャーチとはね・・・」
「母さん・・・」
「これも何かの縁なんだろうかねぇ・・・」
亡き父に、亡き亭主に想いを馳せながら二人の表情が少しばかりかげる。
「まぁいいさ。選ばれたからにはしっかり頑張ってきな。そうすりゃ父さんもきっと喜んでくれるだろうよ」
心なしか母の声が少しうわずっているかのようだった。
「・・・母さん。私、頑張る。クライストチャーチでアイドルの皆さんをサポートしてコンサートを最高の形で終わらせられるように努力する」
その時、ペポラの目はどこまでも強く輝いていた。
「ペポラ・・・そうだね。あんたがそういう心構えでいるなら安心だ。何をするのかは知らないけどアイドル連中を食っちまうぐらいのパフォーマンスを披露して観衆を沸かせてきな!」
「もちろんだよっ!」
その夜、ペポラは応援メンバーに選ばれたことをテオにメールで告げた。
するとすぐにテオから電話がかかってきた。
「もしもし、どうしたのよテオ?もう遅いんだし何かあるならメールで返してくれりゃ・・・」
「ペポラ・・・あの、その・・・実を言うと私も選ばれちゃったの!」
「何よ、たかがそんなことで・・・って、えーーーーーっ!!!」
夜分遅くにペポラの声が響く。
「えっと、じゃあ、その・・・あたしとテオがうちの学校からチャリティコンサートの応援に選ばれたってことになるよね・・・!」
「そ、そうだよね・・・」
「すっごーい!つまり、あの学校の中であたしたちだけがアイドルのお眼鏡に叶ったって話だよ!!これってもう歴史的快挙のレベルだよ!!」
「そんな、大げさだよ・・・嬉しいけど。」
電話の向こうのテオも控えめながら素直に喜んでいるようだった。
「それにしても、このハガキに書いてあるセクシャル何たらって何なのかしらね?」
「・・・ペポラ。それ本気で言っているの?」
「うん。セクシャルどうとかのハントとかフートって会場の警備係か何かだったりするの?」
「・・・・・」
控えめながらもテオの笑い声が聞こえてくる。
「あのね、ペポラ。その人たちはセクシャル・ボーンって言ってチャリティを企画したアイドルグループの人たちだよ」
「ええっ!?」
そういった方面に疎いペポラのためにテオが知識を植えつける。
セクシャル・ボーン。ニュージーランドから誕生した90年代生まれの若手タレント3人によるアイドルユニット。CD売り上げはリリースごとにセールスを伸ばして本家のミュージシャンをもしのぐレベルの実力派。
「そんな人たちがあたしたちを選んでくれたんだね・・・」
「そうだよ。だから、私もペポラも期待を裏切らないようにしっかり頑張らなくっちゃねってこと」
よく分からなかったがそのセクシャル・ボーンとかいうアイドルがすごいというのは間違いなさそうだった。
「じゃ、また明日ね。おやすみなさい」
朝に弱いペポラを気遣ってかテオは会話も程々に電話を切ってしまった。
「・・・・・」
だが、そんな思いやりも空しく話が話なだけに目が冴えてしばらくは眠れそうになかった。
「君も僕らに一目ぼれ?」
「そ、君も僕らに一目ぼれ。この間出たばっかりのセクシャル・ボーンの新曲だよ」
翌日、珍しく15分前登校を果たしたペポラにテオがCDを渡してくれた。
「なるほど、確かにみんなイケメンさんだねー・・・」
ジャケットを見ると3人の男性がさわやかな笑顔を浮かべて並んでいた。
「左の子がハント・ナッキー。通称ハンくん。セクシャル・ボーンのリーダーでグループだけでなく事務所の後輩たちのまとめ役も担になってるんだよ。で、真ん中の子がフート・キックス。通称フック。おっとり天然系のいわゆる不思議くんポジションってところかな。最後に右の子がビクトリアン・シュガーレス。通称ビッキー。メンバー最年少であたしたちと同年代だけど他の二人よりも妖艶ようえんな色香を醸し出しているワイルド系男子って感じかな」
「ワイルド系男子・・・」
改めてそのビクトリアン・シュガーレスのジャケット写真を眺めてみるとなるほど確かに同年代とは思えないような大人びた雰囲気のようなものがあるように思えてきた。(自分など時折小学生と間違われることさえあるというのに)
「CD貸しとくね。しっかり聴いてセクボ(セクシャル・ボーンの愛称)を知っておくんだよ」
「うん、ありがとう」
CDをかばんに入れたところで呼び出しのチャイムが鳴った。
「3年生のペポラさん、テオさん。3年生のペポラさん、テオさん。至急職員室まで来て下さい。繰り返します。3年生のペポラさん、テオさん。3年生のペポラさん、テオさん。至急職員室まで来て下さい」
用件は考えるまでもなさそうだった。
「ペポラ・・・」
「間違いないね。どう考えたってチャリティコンサートの件でしょ。行こう!」
「うん!」
ペポラはテオと一緒に教室を後にした。
「既に手紙が届いたであろうから分かっているとは思うがチャリティコンサートの応援に本校からはお前たちが選ばれる形となった」
担任は開口一番職員室にやってきたペポラとテオにそう告げた。
「だが一概に応援といっても何をすれば分からんだろうからそれは追々連絡があるそうだ。それと・・・」
「「?」」
ポケットを探りながら担任が小さな茶封筒を取り出す。
「学校から旅費が出ているからこれで一度現地を訪れておけ。ぶっつけ本番で出向いて道に迷ってコンサート会場に間に合いませんでしたとあっては恥さらしどころの騒ぎでは済まないからな」
「先生・・・」
「ありがとうございます」
テオが深く頭を下げ、ペポラもそれにつられるかのように深々と礼をする。
「なに、いくらチャリティとはいえお前たちもノーギャラで引き受けるんだ。これぐらいはこっちで奮発してやらんとな」
担任は立ち上がると二人の頭をなでてやった。
「頼んだぞ。クライストチャーチの復興のために一花添えてやってくれ」
「「はい!!」」
二人は力強い返事をもってして担任との約束を交わしたのであった。
翌々日の土曜日、二人は早速クライストチャーチへと降り立った。
「わぁ・・・すっごくキレイ。まるでおとぎ話のような町みたい」
「・・・そうだね」
首都であるウェリントンや大都市オークランドと比較するとどうしても第3の都市という扱いにはなるものの、その町並みはどこまでも小洒落ていて初めての訪問となるテオには夢のような空間に思えた。
ペポラには地震と父の死没地というイメージが強くてあまり共感が出来なかったみたいだが。
「まずはどこに行く?」
「そりゃあやっぱりCDショップでしょ。先進国の流行ソングをチェックしておかないとね」
「流石はペポラ。それでは早速行ってみましょー」
担任があらかじめよこしてくれていた地図を頼りに街中を散策しながら店を探す。
手入れの行き届いた並木道に緑豊かな公園。レンガ造りを主とした古めかしさを全く感じさせない家並み。
目当ての場所が見当たらずともそういったものを視界の端々に収めるだけで幸せな気分になれた。
「ほら、あれじゃない?」
やがてペポラがクラシカルな街並みの中に近代的な店舗を発見する。
そこは、CD店も兼用している大型の本屋だった。
「広いね・・・こんな大きなお店に入るのは初めてだよ」
「ほんと。やっぱりニュージーランドは他のオセアニア諸国とは違うって感じだよね・・・多分オーストラリアもこんな感じなんだろうけど」
ホニアラでは到底お目にかかれそうにない店内の景観にペポラもテオもただ驚くばかりだった。
「あ、ペポラ。あれ見てよ」
「ん?・・・あっ!」
指で示されたCDコーナーの一角にペポラが思わず反応する。
そこには今週のシングルヒットチャートがでかでかと貼り出されていた。
「この前私が貸してあげたセクボの新曲1位を取ったんだね」
「すっごーい・・・2位の新曲より3倍以上も売れてるじゃないの。世界的にCD不況とか言われているそうだけどこの人たちにはどこ吹く風ってトコだろうね」
トップ10は全部新曲だったが2位から10位までのセールスを全部合計してもセクシャル・ボーンの売り上げにはおよんでいなかった。
「これでデビュー曲から12作連続の首位獲得になるんだよ。他国は知らないけどニュージーランドでは前人未到の記録なんだって」
「そうなんだ。それにしてもイケメンぞろいで売れっ子で記録保持者とあれば間違いなく後世の音楽史にその名を刻むだろうね・・・」
「正々堂々とリリースした上での数字と記録ならば、な」
「「?」」
振り返ると長身で金髪碧眼のセクシャル・ボーンにも引けを取らないような美男子が口の端にタバコをくわえたまま苦々しそうな顔つきで貼り出されたヒットチャートをにらみつけるかのように見据えていた。
「いや、その名は刻むでしょう。延期に延期を重ねてドーピングにドーピングを加えながら1位記録を更新し続けた姑息なアイドルグループとして」
「私は今ものすごい勢いで怒っている。このような手口がまかり通っているだけでは飽き足らずこのような手口で叩き出した売り上げが正当なセールスとしてカウントされているというこの国の現状に・・・!」
その両隣には金髪の男性よりはやや低くも自分たちよりは明らかに背の高いサングラスの男性と金髪の男性よりもまだ背丈の高い筋肉質の男性がやはり面白くなさそうな顔をしてチャートを見据えていた。
「あ、あの・・・あなたたちは?」
みんな怖い顔をしていたが悪そうな感じの人はいなかったのでペポラは恐る恐る声をかけてみた。
「俺たちかい?俺たちは君らが種も出来てない頃から音楽活動をしていた“ハイスピードウェイ”ってユニットのメンバーさ・・・」
金髪の男性がタバコをふかしながら携帯の灰皿を取り出してそこに灰を落とす。
「だけど当時は時代を先取り過ぎたのかこれがちっとも売れなくてねぇ・・・6年ぐらいの活動を経て結局コイツが抜けちまって休止しちまった伝説にもなれなかった悲劇のグループさ」
親指を立てて筋肉質の男性を示しながら金髪の男性が続ける。
「それから十数年の時を経てお互いに辛い日々を乗り越えてこうして再結成を果たしたってワケだ」
金髪の男性はタバコを消火して灰皿の上に置きサングラスの男性に渡すと空いた両手をペポラとテオの肩に乗せる。
「さて、ここで立ち話もなんだから続きはどこかで会食をしながらと行かねぇか?お代はおじさんたちが持ってやるぜ」
さっきまでの仏頂面が嘘のように男性は優しい笑顔をペポラたちに向けていた。
「いいんですか本当に?」
「ああ。俺たちは初対面の女の子を食事に誘っておいて集りや割り勘をさせるほど地に落ちちゃあいねーよ」
気がつけば両脇の男性たちも先ほどまでの険しい形相が信じられないような柔和な表情を浮かべていた。
「テオ・・・」
「う、うん。悪い人たちじゃなさそうだしここはお言葉に甘えちゃおうよ」
「そうだね。じゃあ、お昼ご飯はよろしくお願いします。」
「よし、決まりだ。早速クライストチャーチ屈指の五つ星レストランに連れてってやるから俺たちについてきな」
こうしてペポラはテオの同意も得た上で“ハイスピードウェイ”の男性たちと会食をする形となったのである。
「俺の名はマスター。当時も今もバンドやユニットではずっとヴォーカルを担当している生まれながらのヴォーカリストだ」
「俺はピカ。ギターと作曲を主なライフワークにしている一介のミュージシャンだよ」
「私の名前はバイタレアン。ユニット活動の際は大抵キーボードかドラムを請け負うことが多いかな。しかし時折は作詞家としても活動しているので覚えておいてくれ」
向かいの席でそれぞれが三者三様の自己紹介をする。
「えっと・・・」
タバコをふかしていた金髪碧眼の美男子がマスター。サングラスをかけている人当たりの良さそうな男性がピカ。そして、筋肉質で頼もしそうな雰囲気が見た目からも伝わってくる大柄の男性がバイタレアン。
ぱっと見の第一印象はペポラもテオも大体そんな感じだった。
「私の名前はペポラといいます。ソロモン諸島のホニアラ出身で今日は近々開催されるチャリティコンサートの応援メンバーに選ばれたので下見の意味も兼ねてここ・クライストチャーチへと観光に来ています」
「わ、私はテオといいます。ペポラに同じくソロモン諸島のホニアラ出身でチャリティコンサートの現地の下見でここに来ています!」
「おいおい、気持ちは分かるけど無理に起立して自己紹介しなくたっていいだろ」
「・・・・っ!」
マスターの突っ込みに席を立って直立不動の姿勢を取っていたテオが激しく赤面して着席する。
「す、すみません。この子人見知りするタイプで初対面の相手ともなると緊張して時折おかしな行動を取ってしまうんです」
隣で苺のように頬を赤く染めているテオを気遣ってペポラが軽くフォローを入れておいた。
「なるほどなるほど、ペポラとテオね。差し当たって元気系と清楚系ってイメージかな」
「私は今猛烈な勢いで確信しているぞ。このピュアの欠片を組み合わせて出来上がったような少女たちは純潔なる処女であると」
「しょ、処女っ!?」
腕を組んだまま堂々と言い放ったバイタレアンのとんでもない言葉に今度はペポラも赤面する。
「おいおっさん、言葉を選べっての。口に出さなくたってこんな典型的な生娘きむすめみたいな子たちを見てればそれぐらい誰だって分かるだろ」
マスターが諌いさめながら肘でバイタレアンの腕を小突きながら続ける。
「悪いな。俺ら四十路前後の中年組なんでこういった会話は仲間内だと日常茶飯事なんだ。少し刺激が強かったかもしれんが気にしないでくれ」
「は、はい・・・」
少しばかりイタズラな笑みを浮かべたマスターのフォローが入ったところでそれぞれの注文した料理がまとめてやって来た。
「うむむ・・・」
ピカがサングラスを外してそれぞれのランチを見渡す。
自分が頼んだ海鮮ランチセット。マスターが頼んだステーキランチセット。バイタレアンが頼んだウォッカ付きローストチキンセット。そして、ペポラとテオがそれぞれ頼んだお子様ハンバーグセットにお子様カレーセット。
「揶揄するワケじゃないけど選んだメニューを見てると大人と子供の境界線みたいなものがくっきり見えるよね」
「あはは・・・私たちって外食する時はいつもこんな感じのメニューを頼んでますから・・・ね、テオ」
「う、うん」
子供っぽさを遠まわしに皮肉られたものの不思議と嫌な感じはしなかった。
「それより、さっきチャリティコンサートの応援メンバーに選ばれたとか言ってたけど近々ここでそんなものが開催される話があるの?」
食事の話が一転ピカが急にそんな話を切り出してきた。
「はい。アイドルグループのセクシャル・ボーンさんが主催するチャリティコンサートが来月開かれるんです。私もテオも写真選考でお眼鏡にかなったみたいなんですけど選ばれたからには全力でやろうと思っています!」
活き活きとした目でペポラがハッキリと口にする。
「「「・・・・・・」」」
しかし、そんなペポラの心意気とは裏腹にハイスピードウェイのメンバーはどこか懐疑的な表情を浮かべていた。
「連中が金にならんコンサートを開くとは到底思えないんだが・・・」
「ファンを都合のいい金づる呼ばわりしている男たちがチャリティだなんてにわかには信じられないよね」
「私は今とても疑問に思っている。奴らは一体何を基準にしてこの子たちを選んだというのだ?歌唱力やダンスの試験もなく面接すらやらずに写真だけで判断をしたというのはいくら一介の応援メンバーとはいえど不自然というものだろう」
顔を見合わせながら小声で言葉を交し合う。
「あの・・・」
「いや、気にしないでくれ。俺たちもアイツらのチャリティコンサートとやらに飛び入り参加をしようかと考えているだけだ」
心配そうな顔をしていたペポラをマスターが安心させる。
「そうですか。私たちは一向に構いませんのでもし参加なさるのでしたら一緒に盛り上げましょうね」
「皆さんが来て下さればきっとお客様も喜ばれると思います。期待してますよ!」
マスターたちの思うところに気付くこともなくペポラとテオは肯定的な言葉を返したのであった。
そこからは終始当たり障りのない会話が続いて食事が進行した。
ハイスピードウェイの3人は全員が音楽の知識に精通していてペポラとテオには新しい発見ばかりだった。特に、最近のアイドルグループが男女問わずライブチケットにCDを付けて売りつけたり握手券やクリアファイルなどの特典を付けてセールスを水増ししているという裏工作を知った時には彼女たちはその醜いまでの必死さに顔をしかめた程であった。(もちろんセクシャル・ボーンもその中の一つだったのだが)
「いや~最高のお食事会だったぜ!向かいの席に花のような少女を二人も交えて飯を食ってたら会話も食事も弾むってな!」
「私は感激しているぞ。観光で訪れたこのクライストチャーチでこんなにも素敵な少女たちに巡り合えたのだから」
「俺の財布は少し打撃を受けたけどそれを補って余りある出会いに心から感謝かな」
会計を済ませると(全額ピカ持ち)ハイスピードウェイのメンバーは満面の笑みで肩を並べて帰って行った。
その背中をペポラもテオもしばらく眺めていた。
「かっこいい人たちだったね・・・あんな大人になれたらいいな」
「なろうよ、ペポラ。私たちも努力すればきっとあの人たちに近づける日が来るよ」
「そうだね・・・」
やがてその背中も遠くなりついに見えなくなる。
「行こうか。まだまだ色々見て回りたいし今日はクライストチャーチを満喫しちゃおうよ!」
「賛成!」
ペポラはテオと一緒にレストランを後にすると残りの時間を惜しみなく観光に費やした。
優美な造りが目を惹きつける大聖堂。ブランド物から掘り出し物まで幅広く取り揃えているショッピング街。花咲き乱れる郊外の草原。そのどれもが魅力的で幻想的だった。
「はぁ・・・何かもう異世界を訪れているような気分だよ。ホニアラが質素でのんびり時が流れている町ならこっちはお洒落で優雅に時が流れているような感じだよね」
「やっぱりイギリス移民の人たちが築いた町はワンランク違うよね」
街並みを歩きながら地図を頼りに今回の観光の最大の目当てであるコンサート会場ことセイセイジャンパーズホールへと足を運ぶ。
やがて、アーケード街を抜けると二人はようやく後日自分たちが舞台のバックに降り立っているであろうホールの前へとたどり着いたのであった。(残念ながら誰かのライブ中だったらしく警備員がいて中には入れなかったのだが)
「ここが当日の会場になるんだね・・・まだ先の話なのにドキドキしてきちゃった」
「こんなおっきな場所の舞台に上がるメンバーに私たちが選ばれたなんて夢みたい・・・」
「でも、それは現実であたしたちはその日が来たらセクシャル・ボーンの人たちの後ろで自分たちだけでなく彼らにも恥をかかせないような最高のパフォーマンスを披露してお客さんを喜ばせなければならない」
「ならば私たちは・・・」
ペポラとテオが向かい合って互いの目を見つめ合う。
「「精一杯の練習を重ねて自分を極限まで磨き上げる」」
そして、コンサートの成功を願って二人は誓いを立てたのであった。
旅行から帰ったその日からペポラとテオの猛練習が幕を開けた。
奇しくも二人が帰宅する直前の郵便でそれぞれの家に封筒が届けられ、その中にはチャリティコンサートで披露する曲目とその曲順、歌ごとの振り付けなどが事細かに記されていてやはり二人はバックダンサーとしての参加になるみたいだった。
「なるほどね、チャリティコンサートの席でつかの間の踊り子になれるってワケだ」
「大好きな歌を近くで聴きながらそれに合わせて踊れるなんて嬉しいな」
ペポラとテオは毎日のように互いの家を行き来して何度も歌を聴きながら振り付けの合わせをして本番までに間に合うよう努力を重ね合った。時に過度の練習が災いして足をくじいたり何度繰り返しても呼吸が合わず衝突もしたもののそれでも二人は前に進むことをやめようとはしなかった。やがて、修練の甲斐もあって二人はついにコンサートでの披露曲全ての振り付けをマスターして後は本番に備えるのみというところまでこぎつけたのである。
そして、運命のチャリティコンサート開催日が訪れた。
「ついにこの日が来たね・・・」
「うん」
二人の少女にとって二回目の訪問にして人生初の晴れ舞台となるクライストチャーチ・セイセイジャンパーズホール。セクシャル・ボーンの事務所が一流の建築士たちに作らせたと言われているニュージーランド屈指の高級施設を前にペポラとテオは感慨深そうにたたずんでいた。
「それにしてももうすぐ受付時間なのにどうして誰も並んでいないんだろう?」
そんな中、テオが周囲の人気のなさに思わず疑問を口にする。
「そういえば・・・」
言われてペポラもキョロキョロと辺りを見渡してみる。
なるほど確かにチャリティとはいえアイドルのコンサートだというのに受付時間を間近に控えたこの時間に客と思しき存在が一人も見受けられないというのはおかしな話である。
「ひょっとしてあたしたち会場を間違えたんじゃ・・・」
「ここで合ってますよ、お嬢さんたち」
ペポラたちの会話に見知った男性が割り込んできた。
「あなたは・・・」
「どうも。セクシャル・ボーンのハントです」
そこにいたのはまぎれもなくテレビや写真で何度も見ていながら実際に目にかかるのは初めてとなるハント・ナッキーその人だった。
「本日は諸事情があってお客さんはまだ一人もいないけどお嬢さんたちには今のうちからしっかり働いてもらいます。さあ、こちらへ」
甘いマスクに優美な笑顔を携えて軽やかに手でジェスチャーを示してくる。
「そういうことらしいよ。行こ、ペポラ」
「えっと・・・う、うん」
アイドル本人に声をかけられてすっかり気を良くしてしまったテオに先導される形でペポラが後に続く。
観客が一人もいない不自然と急に現れた警備員たちによって周囲が封鎖されていたことに気付くこともなく。
「それにしてもここ、照明が薄暗くない?」
「そういえば入り口からずっと明かりが行き届いてないような感じだよね・・・」
実際に中に入るのは初めてだったがそこは妙な違和感で満ち溢れているかのようだった。
「明かりは弱めのほうが雰囲気も出るかと思ってね・・・」
そんな空気を歓迎するかのようにハントが笑い声を立てる。
「な、何か怖いよこの人・・・」
「きっと演出で盛り上げようとしてこんなしゃべり方をしてるんじゃないのかな・・・」
恐怖感に駆り立てられながらもテオが無理やり正しい方に解釈しようとする。
やがて、通路を経て一行は「倉庫室」と書かれた部屋に着いた。
「ほら、入れ」
さっきまでとは打って変わってぶっきらぼうな口調でハントがドアを開ける。
「「えっ・・・?」」
その中に広がっていた光景を前にペポラもテオも言葉を失った。
「安心しろ。息が出来る程度の情けぐらいはかけている」
広々とした真っ暗な室内に両の手足を縛られて猿ぐつわまでかまされた何十人もの少女たち。
「全く、どいつもこいつもチャリティコンサートのサポートと銘打ってれば簡単にホイホイ釣れるもんだから楽な仕事だぜ」
振り返るとさっきまでの甘いマスクが嘘のような冷酷な笑みを浮かべたハントがそこにいた。
「小国のガキの中からカワイ子ちゃんをチョイスして好条件をエサにここまでおびき出す・・・」
「そして、一人残らずとっ捕まえて売り飛ばす・・・最高の商売だぜ」
ハントの両脇にセクシャル・ボーンの残りのメンバーであるフート・キックスとビクトリアン・シュガーレスが現れる。
「じゃ、じゃあクライストチャーチ復興のためのチャリティコンサートっていうのは・・・」
「あん?するワケねぇだろそんな金にもならん慈善事業なんぞ。俺たちが金と女に不自由しなけりゃ他の連中がどうなろうと知ったことかってんだ」
おそるおそるたずねたペポラをあざ笑うかのようにビクトリアンが鼻を鳴らす。
「しかし今回は本当に上玉が集まりやがったな。一人か二人ぐらい犯してから売り出しちまってもバレなきゃOKだよな?」
「おいおい、お前はいつもこっそりやってんだろうが」
フートの狼藉自慢にハントがニヤニヤしながら突っ込みを入れる。
「だが、今回は俺も便乗したくなっちまったぞ・・・」
ハントの目線が完全に怯えきっているテオに向けられる。
「ちょうどいいや。お前、売り出し前に俺で一度レッスンしといてやる」
「や、やめて下さいっ」
テオが抵抗しようとするもビクトリアンに背後から両腕をつかまれる。
「ちょっと、テオを離しなさいよ!」
「おっと!!」
テオを助けに入ろうとするペポラだったがあえなくフートに押さえつけられる。
「お前はこっちで俺がお相手してやるよ。キッヒッヒ・・・」
「や、やめなさいよ!」
懸命の抵抗も空しくペポラが押し倒される。
「お前なかなかいいプロポーションしてるな。俺だけじゃ不公平だから後で後輩どもにもたっぷり味合わせてやるから感謝しやがれ・・・!」
「や、やめてーーーーー!!!!!」
ペポラの絶叫が辺りに響き渡ったその時だった。
「そこまでだ!」
力強い声とともに無法地帯へと化しつつあった倉庫に三人の男が姿を見せた。
「あなたたちは・・・」
「よっ、ペポラ。また会っちまったな」
ペポラの目線の向こうは下見の時に出会った元ハイスピードウェイのヴォーカル・マスターの姿があった。
「なるほど。どうりで偽の警備員を配置して中に入れさせまいと小細工を施していたワケだ・・・一人残らず退治したけどね」
「私は今ものすごい勢いで怒っている・・・アイドルの地位とチャリティの名目を盾にいたいけな少女たちを次々と毒牙にかけてきたお前たちの悪行にな!」
その両脇にはこの前と同じようにピカとバイタレアンもいた。
「何だお前たちは・・・!」
「さぁ何だろうね?強いて言うなら通りすがりの正義の味方かな!」
直後、ペポラの上に覆いかぶさるようにへばり付いていたフートをマスターが蹴り上げた。
「ぎゃん!」
「ほら、こっちだ」
醜い悲鳴を上げて転げ落ちたフートを尻目にマスターがペポラを起こして抱き寄せる。
「あっ・・・」
「怖かっただろう。これでまずは一安心だ」
その優しくも頼もしいぬくもりに思わずペポラが赤面する。
だが、本当の難関はここからだった。
「オッサンたちナイト気取りかい?だったら・・・」
ハントは部外者の侵入に動じることなくナイフを取り出すとそれをテオの首筋に向けた。
「きゃっ!」
「おっと、動くんじゃねーぞ」
目の前の刃先に恐れおののくテオの両腕をビクトリアンが強く締め上げる。
「いやぁーっ!」
「テオ!」
「よく聞け!今からお前たちがそこから一歩でも動いたらこのガキの喉をブスリといっちまうからな。それでもまだ動こうっていうんなら一歩置きに残りのガキたちの喉も掻っ切ってやるからしっかり覚えとけ」
ハントの後ろでは起き上がったフートがやはりナイフをちらつかせながら罠にかけた少女たちを人質に醜悪な笑顔を浮かべていた。
「何よ・・・アイドルとか言っといて結局はただの卑劣漢じゃないの!」
「うっせーなぁ。そんな偶像を勝手に崇めているお前らがアホなだけじゃねーか。アイドルだって所詮は人間だ、欲望の一つや二つは持ってるんだよ。まして俺たちのような売れっ子ともなれば悪事に手を染めても欲望を満たす権利が与えられているのさ!」
ペポラの言葉も悪に染まり果てたハントの心には届いてすらいなかった。
「さて、今からこのガキの代わりにオッサンどもの心臓を一思いに・・・」
「下らねぇな」
マスターは表情一つ変えずに刃先を向けてきたハントへとそう吐き捨てた。
「CD不況と言われている昨今の音楽業界でニュージーランドにデビュー以来ヒットを飛ばし続けているアイドルがいると聞いて調べてみれば何のことはない特典に特典を付けまくってジャケットやカップリングを変えながら何種類も出しまくって挙句の果てには臨時の握手会まで開いて売り上げを水増ししているだけのドーピング連中ときたもんだ。おまけにそのアイドル様の素顔がありもしねえイベントを装って女の子たちを奴隷として売りさばいてる鬼畜どもとあっちゃあ下らねぇ以外の何物でもねぇだろ」
少しずつマスターの顔つきが険しくなってくる。
「ふん、悪行を犯す度胸もない腑抜けの負け惜しみか。加齢臭ばかりが漂う哀れな中年だ。お前がそこで何をほざこうともこっちには人質がいるんだ。くたばる前にせいぜいしかめっ面でも晒して吠え続けるがいい」
「それよりも小僧。お前いつまで俺の残像を相手に話を続ける気だ?」
「残像?何をワケの分からんことを・・・?」
直後、ハントの視界からマスターの姿が消えた。
「なっ!?や、野郎どこに消えやがった!!」
「ぎゃあああっ!」
程なくして背後から悲鳴が上がるとそこには背中を切られて目を剥いていたビクトリアンがいた。
「ビ、ビクトリアン!」
狼狽するハントには目もくれずマスターが自由になったテオの身柄をピカに預ける。
「もう大丈夫だよ、お嬢さん」
「あ、あ、あり・・・」
「まだ動揺してるんだろ。口を開くのは少し落ち着いてからにしな」
そしてすぐに怒りの形相でハントへと向き直る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こんな企画を考えたのは元々フートの奴が・・・」
「ほざくな悪党っ!真空切り!!」
マスター怒りの手刀がハントの右胸から斜め下を切りつける。
「ぐえーーー!!!」
言い訳も空しくその一撃を受けたハントは血しぶきを上げながら断末魔の悲鳴とともにその場に崩れ落ちた。
「さて、残るは・・・」
マスターとピカの目が最後の一人となったフートへと向けられる。
「お、お、お前ら!も、もう許さねーぞ!!見せしめにこの人質のガキどもを片っ端からぶっ殺してやる!!」
半狂乱となったフートが真横にいた人質の少女めがけてナイフを振り上げる。
「うがあぁっ!!」
だが、勢いよく振り下ろしたその先端はフートの腹部を貫通していた。
「あが・・・な、何故だ・・・」
「罪なき少女たちを攻撃するのはやめてくれ。私は彼女たちの味方だ。だから、念力を使って刃先がお前に向かうよう調整を施しておいた」
うずくまっているフートの脇にいつの間にかバイタレアンがいた。
「天下のアイドル様が・・・こんな、中年オヤジどもに・・・・・・」
フートもまた目を剥いてその場に沈んだ。
「・・・何をボサッとしている。悪魔どもを退治したのだから早く事後処理に入らんか」
沈黙のまま硬直状態が続いていたマスターたちに釘を刺すとバイタレアンは黙々と人質の少女たちの縄をほどき始めた。
「じゃあ俺は直接警察に通報してくるわ」
ピカは瞬間移動の魔法を使うとそのまま姿を消した。
「えっと、あの・・・私たちは・・・」
「お前たちも警察が来るまで待機だ!」
ペポラとテオの肩に手を乗せてマスターがさわやかな笑顔で告げる。
「盛りの野郎どもに押さえつけられて怖かったよな。必死でダンスを練習してきたのに全部無駄にされちまって悔しかったよな。だけど、これも経験だ。こういった辛い思いを若いうちにしておけばきっとそれが将来何かの役に立つ。ま、ひどい風邪をこじらせたんでひどく苦い薬を飲まされたとでも考えて納得するこった」
「マスターさん・・・」
「さぁ、バイタレアンのオッサンに文句を言われる前に俺たちも手伝うぞ!」
「「はいっ!!」」
ペポラとテオもマスターと一緒にバイタレアンに続いて少女たちの縄をほどき始める。
こうして、チャリティコンサートを装って人身売買に手を染めていたセクシャル・ボーンのメンバーは全員御用となってペポラとテオの貞操は無事に守られたのであった。
「何と言うか災難だったとしか言いようがないねぇ」
翌日。事情聴取などを経てテオともども朝帰りならぬ昼帰りとなってしまったペポラは玄関口で母親にクライストチャーチで起こった出来事をありのままに伝えた。
「それにしても父さんといいアンタといいあたしたちの家系はあのクライストチャーチって町との相性が悪いのかねぇ・・・」
「確かにセクシャル・ボーンの人たちには幻滅したけどあの町だけは嫌いになれないな」
物憂げな表情の母親とは対照的に当事者であるペポラはどこか前向きだった。
「観光で行ったあの町はどこも魅力的であたし、すごく胸が震えたもの。あの情景は今でもあたしの記憶の中の宝物だよ」
「ペポラ・・・」
「それに、ちょっとオジサンだけど優しくてカッコイイ人たちに助けてもらったんだもの。きっと父さんが男運のないあたしに巡り合わせてくれたんだよ」
「コイツ!父さんはアンタのキューピットじゃないんだよっ!」
母親はペポラの額を指で小突くとキッチンに姿を消した。
「あたしは飯の支度をするからしばらく休んどきな。そんだけ疲れることがあったんだ、ぐっすり眠れるだろうさ」
「母さん・・・」
ペポラはそれ以上は何も言わずに部屋に戻ると着替えもせずにそのままベッドに横たわった。
すると、ものの1分も経たないうちに眠りに落ちていたのである。
「結局アイドルのチャリティコンサートなんてまやかしに過ぎなかったのだな・・・」
数日後、ペポラとテオの担任教師は二人を近所の喫茶店に呼びつけて簡単なメンタルケアを施していた。既にクライストチャーチでの一件はニュースなどでホニアラにも知れ渡っていたので人気のない裏通りの店でこっそりと、である。
「やはりああいったイベントは見た目だけの客寄せパンダなどに頼らず真に復興を願う人々が主催者となって開催すべきものなのかもしれないな」
大きくため息を吐いてホットコーヒーを口にする。
「だが、知らなかったとはいえ大事な生徒であるお前たちに大変な思いをさせてしまったのも事実だ。それに関してはこの場を借りて謝っておく、すまなかった」
テーブルに手をついて担任が頭を下げる。
「先生、顔を上げてください・・・先日の件は全てセクシャル・ボーンの方々に非があるのであって先生には何の責任もないのですから」
「そうですよ。正直言うとあたしたち先生方にはむしろ感謝してるんです。下見のために旅費を工面してくれたおかげでクライストチャーチというすばらしい町を隅々まで知ることが出来たんですから」
「お前たち・・・」
テオの言葉とその後に続いたペポラの言葉を受けて担任がゆっくりと顔を上げる。
「それに、ホニアラではとてもじゃないけどお目にかかれそうにない素敵な男の人たちに出会えたんですもの。それだけでも今回の一件は起こるべくして起こった価値のある出来事だったと言えます・・・ね、テオ」
「う、うん・・・だってペポラはマスターさんに抱かれた時に嬉しさで舞い上がっておかしな顔してたもんね」
「何よ、テオだってピカさんに手を握られた時に火がつきそうなぐらい赤面してたじゃないの」
「あ、あれはピカさんの手があったかくて驚いただけで別に・・・」
「そういえばお前たち・・・ハイスピードウェイの殿方にお会い出来た上に事件の際は助けてもらったんだよなぁ・・・」
いつの間にか二人の冷やかし合戦と化していたところに担任が割り込んでくる。
その表情には先ほどまでの重苦しさなど微塵も感じられず年頃の女性ならではのイタズラっぽさがふんだんに盛り込まれていた。
「先生、まさか・・・」
「ああ、そのまさかだ。私はかつてハイスピードウェイの大ファンで音楽といえばいつも彼らの歌を聞いていた。ヒットに恵まれなかったのは彼らが容姿的にもサウンド的にも人間的にも完璧すぎて万人にとってあまりにも面白みに欠けていたからだと今でも思っている。ああ・・・全盛期のマスターは言葉にならないほどに美しかったなぁ・・・」
担任が目をキラキラと輝かせながら窓の向こうの遠い景色を眺め出す。
「私が20年近くファンを続けてきて彼らに触れることすら叶わなかったというのにお前たちは助けてもらえた上にハグまでしてもらったんだよな」
「いや先生、それはその・・・」
「そうですよ。たまたま成り行き上そうなっただけでもし先生があの場にいたとしても彼らは同じことをしていたはずです」
ペポラとテオの懸命なフォローに担任が思わず笑みをこぼす。
「それだけペラペラとしゃべれる元気があるのならメンタルケアは必要なさそうだな・・・」
「「先生・・・」」
「決めた。メンタルケアは中止して今からお前たちにはハイスピードウェイの歴史と彼らをめぐる私の思い出語りに付き合ってもらうぞ!」
そして二人に向き直ると満面の笑みでそんなことを言い出したのである。
「賛成です!あたしも彼らのサウンドには興味があるので結成時の秘話からファンになったきっかけまで根こそぎ語り尽くしてください!!」
「素敵な王子様と有能な家臣と頼もしき衛兵とそれを羨望の眼差しで見つめる町の娘の物語・・・楽しみです、とても!」
「嬉しいことをいってくるじゃないか・・・ならば一言一句しかと頭に焼き付けるのだぞ!」
「「はいっ!!」」
そこから担任による授業よりも熱い熱弁が幕を開けたのである。
~色々とあったけど結果的には良かったってことかな・・・~
窓の外を眺めながらペポラがこの数日間を振り返る。チャリティコンサートのサポートに選ばれたこと。下見で訪れたクライストチャーチで素敵な男の人たちに出会えたこと。テオと一緒に歌の振り付けを必死で練習したこと。結局全ては自分たちをおびき寄せる罠であってアイドルと呼ばれていた人たちに襲われそうになったこと。そして、下見の時に出会った男の人たちに助けられたこと。あまりにも駆け足で目まぐるしく回っていたかのように思えてくるけど全ては現実だったのだ。
かつてホワイト・ローズに憧れていてああなりたいと願っていたがそれはあまりにも高く大きく尊くて、自分には見えないレベルの存在だった。だけどハイスピードウェイの人たちならばたとえ今は遠く及ばなくともいつの日かその遠い背中に近付けそうな気がする。そして、そんな自分を快く受け入れてくれると信じられる。
~いつか皆さんの域までたどり着いてみせるから待っていて下さいね!~
ペポラは心の中でそう誓うと改めて担任の思い出語りに耳を傾けた。
この日から、彼女の目標は「目に見えない遠すぎる存在」ではなく「目に見える確かな存在」へと明確に切り替わったのである。