表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

SHOCOL(ショコル)

「俺の事、まんざらでもないんだろ?」


 俳優リョタク・オザスキーは否定など有り得ないと言わんばかりの自信に満ちた表情で壁際に追い詰めたマルチタレントのショコルー・ギザチェクを見据えていた。


「わ、私は、その・・・」


「いつまでも手をつなぎました、デートしました程度の関係じゃあお前も面白くないだろ?そろそろもう2、3歩ぐらい踏み込んだところまで進展してもおかしくないと思うんだけどな。」


 二人しかいない楽屋でリョタクが距離を詰めてくる。


「待って。ここ、楽屋だし・・・」


「心配はいらねーよ。入り口に立ち入り禁止の札をかけといたから誰も入っちゃ来ないさ。つまり、ここからの全ての決定権は俺にあるってワケだよ・・・キッヒッヒッヒヒ・・・」


 盛りの猿のような顔をしたリョタクの指がショコルーの上着のボタンをちぎろうとしたその時だった。


 ガチャッ!


「ごめん、ちょっと入るね!!」


 リョタクの欲望を遮るかのように気品のある風貌をした女性が入ってきた。


「ミオール!どうしてここに・・・」


「ショコルーったらダメじゃないの!本番前に打ち合わせをするから現場横のロビーに来といてって言ってたじゃない!ほら、さっさと行くわよ!!」


「あっ、ちょっと!」


 返事をする間もなく腕をつかまれ楽屋の外へと無理矢理連れ出される。


 こうして、ショコルーは親友ユマニヤル・ミオールの助けによって貞操の危機を回避出来たのであった。


「・・・チッ!」


 いまいましそうにその光景を傍観していたリョタクの舌打ちに気付く事もなく。




「危なかったねショコルー。」


 一緒に廊下を歩きながら開口一番ミオールの口から出てきたのはそんな言葉だった。


「えっと、その・・・」


「隠さなくてもいいよ。あの人が今付き合ってる人なんでしょ?」


「う、うん。」


 どう弁解してもごまかせそうになかったのでショコルーは正直に認めた。


「男運のないショコルーにとってははじめての交際相手だし悪く言うのは気が進まないけど長年あなたの親友をやってきた身としてはあの人はオススメ出来ないかな。」


「ミオール・・・」


「だって彼って血気盛んな肉食獣みたいなものであなたを従属させているように見えるんだもの。最初は甘い言葉で誘惑してお付き合いを始めておきながらちょっと相手を知った途端に態度を変えて横柄に振る舞うなんて悪賢いケダモノのような男じゃない。」


 ミオールの言葉には妙な説得力があるように思えた。


「それに、彼と一緒にいる時のあなたって何かすごく息苦しそうに見えるんだ。まるで彼氏だから仕方なく一緒にいる、みたいな・・・」


 寂しそうな目をしながらミオールが続ける。


「私の知ってるショコルーはあんな辛そうな顔や悲しそうな目をする日々なんてとっくに卒業して自分の趣味と自分の世界を堂々と見せびらかしながら誰よりも純粋な気持ちで毎日を生きている心の澄んだ女の子だよ?」


「・・・・・」


「悪い事は言わないからいつものあなたに戻ってほしい。あなたのあんな姿なんて私だけでなくあなたのお母さんもあなたを応援しているファンのみんなも絶対に見たくないだろうから・・・ね?」


 ミオールの哀れむような眼差しが心の奥の古傷を刺激して胸が痛かった。




 その夜、家に帰ったショコルーにリョタクからメールが送信された。






 おい!随分とご挨拶なお友達がいるみたいだな。あいつに伝えとけ。あまりナメた真似してると犯しちまうぞってな。


それはいいとして1週間ほど待ってやる。俺も多忙な身だからお前にいつも構ってられるワケじゃあねーんだよ。だが!きっちり1週間だからな。1週間を過ぎたらお前がどこに逃げようともとっ捕まえてさっきの続きをやるからな。家に引きこもろうもんならお前のおふくろも一緒にヤッちまうから覚悟しておけよ。


じゃあな。せいぜい俺の顔でも思い浮かべながら良い夢見ろよ。






「・・・・・」


 文面からリョタクの本性が垣間見える、そんな内容のメールにショコルーの気分が重くなる。


 こうして、ショコルーの悩める1週間が幕を開けたのであった。




 ―スウェディッシュ・インベージョン編―




「よく聞け、プラハの市民ども!この町は今この瞬間をもって我らが“ミーヤケーラ軍団”が制圧した!今後お前たちは我らの奴隷として生涯を送ってもらうのでよく覚えておけ!!」


 朝、目を覚ましたショコルーの耳に大音量でそんなふざけた声が轟いてきた。


「ショコルー!!」


 バタン!


 そんな中、起きたばかりでまだ頭の中が回っていないショコルーの部屋に母・ケコルーが血相を変えて駆け込んでくる。


「ママ、どうしたの?そんなにあわてて。」


「どうしたのじゃないよ!プラハがスウェーデンの山賊連中に乗っ取られちまったんだよっ!!」


「ええっ!?」


 母から伝えられた事実は残っていた眠気を覚ますには十分過ぎるほどのショッキングなニュースだった。


「それで今、連中の子分どもが片っ端から民家を襲って略奪と強奪を繰り返しながら暴れ回ってるんだ。早く逃げないとうちにも追っ手が来ていっさいがっさい奪われた上に捕虜にされて連行されちまうよ!!」


 ガンガン!ガンガン!!


 ケコルーが言い終わるか否や家のドアを乱暴に叩く音が響く。


「オラッ!誰か居るのは分かってるんだぞっ!大人しく出てきやがれ!!」


 荒々しい男の怒声にショコルーの足がすくむ。


「ママ、こんなのいやだよ。どうして何もしてないのに私たちが捕虜にされなくちゃならないの?そしたらこの家はどうなっちゃうの?パパやおばあちゃんとの思い出がいっぱいつまったこの家はどうなっちゃうの?」


「おいおい、そんな顔するんじゃないよ。パパが悲しむぞ。それに今となっちゃあこの家に関する全ての権限はあたしにあるんだ。あんたにとやかく心配される筋合いはないってね!」


 ガシッ!


 ケコルーがショコルーの両肩をつかんで力を込める。


「だけど、家長である前にあたしはあんたの母親だ。パパとあたしのかけがえのない宝物であるあんただけは守らせてもらうよ!」


「ママ・・・!」


 やがてショコルーの体が淡い光に包まれる。


「時空よ!ショコルー・ギザチェクを近くて安全な場所へと導いてくれっ!!」


「ママーっ!!!」


 ギューンギューン!


 ケコルーの時空魔法によってショコルーは別の場所へと空間移動を余儀なくされた。


 ガァン!!


「ふっふっふっ、大人しく投降していれば最低限の優遇措置を与えてやろうと思っていたものを・・・あちしらに手間かけさせた上に娘まで逃亡させた己の愚行、今すぐに後悔させてやんぞ・・・」


 山賊たちがドアを蹴破って家の中へと上がり込み、ケコルーの命を奪おうとしていた事実を知る暇もなく。




 ドサアッ!


「痛っ!」


 微妙な高さから変な体勢で落下でして尻餅をつく。


「なんなの、もう・・・」


 ショコルーが臀部をさすりながら周囲を見回すと、そこは誰かの家の庭のようだった。


「「「・・・・・」」」


 ふと、何もない場所から急に落ちてきた自分を物珍しそうに見ている3人の女性と目が合った。


「ど、どうも・・・」


 ショコルーが明らかにぎこちなさそうなトーンで声をかける。


「アーチャー、この子、間違いなく空から降ってきてたよね?」


「わ、私にはよく分からなかったんだけど・・・カシュカッテにはどう見えた?」


「空だよ空。ノッティの言う通り今この子は空から落ちてきたんだよ。」


 女性たちがお互いを見ながらただごとではないぞという顔をしている。


「あの、何と言うか、私は・・・」


 ショコルーがガチガチになりながら必死で言葉を紡いでいるその時だった。


「くぉらぁ!!遊んでいるとお仕置きが待っているのだぁ!!!!!」


 凄まじい怒鳴り声に伴って小柄な女の子がずかずかとやって来る。


「「「ご、ごめんなさ~い!!!」」」


 3人の女性が声を合わせて一斉に頭を下げる。


「いいこと?みんな均等に不細工で顔の造りが悪いんだからどれだけ見つめ合ったってクロセウスになんてなれっこないの。ローマ神話に名を連ねられるかどうかも怪しいレベルのイモギャル風情がギリシャ神話にその名を刻んだ女の子と対等に張り合おうなんてそりゃ冥界のハーデスもへそで茶を沸かすって話だよね。」


 クロセウス?


 名前からしてギリシャ人っぽいけどそんな名前の神様が昔読んだ覚えのあるギリシャ神話にいただろうか。


「誰もあの子と張り合おうなんて思ってもないし・・・」


「大体ギリシャ神話とローマ神話って根っこは一緒じゃん。」


「いっそキャリンナがハーデスの手で冥界に連れ去られてしまえばどんなに楽な事か・・・」


「黙れぇ!!私に口答えなど300億年早いわぁ!!!!!!」


 キャリンナと呼ばれた女の子が目を剥いて怒鳴ると女性たちはすくみ上がりそのまま黙りこくってしまった。


「全く、ブスで変な歌しか歌わないクセに文句だけは一丁前に・・・ん?」


 そこでキャリンナが驚きで腰を上げられないままのショコルーに気付く。


「あなたは誰かしら?見たところうちのお庭に呼んだ覚えなんてこれっぽちもないんだけど。」


 どうやらこのキャリンナという子は自分には普通に接してくれそうな雰囲気だ。


「私はショコルー・ギザチェクといいます。普段はチェコのプラハでマルチタレントなどやっていてイラストが趣味だったりします。それから・・・」


 キャリンナと3人の女性たちの目が一斉にこっちへ向いている中でショコルーは衝撃のカミングアウトをした。


「エルフとスラブ人の間に生まれたハーフエルフだったりしまーす!」


「「「「・・・・・」」」」


 両手を上げて大きくポーズを取ってみせるショコルーを前にしばしの沈黙が訪れる。


 だが、すぐにキャリンナの相好が崩れて不気味が笑顔が浮かび上がってくる。


「ほほう、ハーフエルフとな?」


「は、はい・・・」


「よくぞ来た我が同族よ!同じ血を引く者としてお主を無条件で迎え入れてしまうのだぁ!!」


 よほど嬉しかったのかキャリンナが庭を跳ね回りながら空に向かって炎を吐く。


「あぎゃーっ!!」


 そんなキャリンナに呼応したのかバルコニーでは怪獣の子供が雄たけびを上げていた。


「えっと、あの、これは・・・」


 状況が飲み込めずおたおたとしているショコルーの元に3人の女性のうちの一人が手を貸して立たせてくれた。


「心配しなくていいよ。こんなのここでは日常茶飯事だから。それと、私の名前はアーチャーね。そんで、向かって左がノッティで、向かって右がカシュカッテ。つまり・・・」


「「「3人合わせて“パフォーム”です☆」」」


 自己紹介と言わんばかりに女性たちが3人一緒に変なポーズを向けてくる。


 ショコルーは、自分がちょっと変わった子だという自覚はあったものの目の前にいるこの人たちはもっと変わっているとこの時確信したのである。




「えっ?プラハが山賊に占拠されちゃったの?」


 フォークとナイフを持ったまま、ハンバーグを切るのを止めてアーチャーがたずねてくる。


「そうなんです。スウェーデンの山賊たちがいつの間にか町を制圧していて方々で破壊と略奪を繰り返していたみたいなんです。それでうちにも魔の手が迫ってきたんですけど、お母さんが魔法で私を逃がしてくれて気がついたらここに来ていたんです。」


 キャリンナに連れて来られたレストランでショコルーはこれまでの経緯を隠す事なく打ち明けた。


「良いお母さんだね。でも、一人で残ったお母さんが心配だよね・・・」


 ノッティが憐れむような目でショコルーを見つめる。


「それにしても、どうしてスウェーデンの人たちが遠く離れたチェコの町を狙ったりしたのかな?」


 カシュカッテは敵の行動そのものに疑問を抱いているみたいだった。


「それは私もよく分からないんです。何か、朝聞こえてきた声によるとミーヤケーラ軍団と名乗っていたみたいなんですけど・・・」


 ミーヤケーラ軍団。


 その名前を耳にした途端、それまで巨大ローストチキンを丸ごとガツガツと食い散らかしていたキャリンナが食べるのをやめてショコルーへと目線を向けた。


「ナヌぅ?“ミーヤケーラ軍団”とな・・・?」


 キャリンナの形相が少し険しくなる。


「うわ・・・あいつらまだ活動してたんだ。」


「相変わらず弱そうな相手を前にすると威勢のいい連中だったりするんだろうなぁ。」


「散々万人に迷惑をかけておいてまだ被害を拡大させたいってワケなのかしら。」


 何かを知っているのかアーチャーたちも次々に顔をしかめて否定的な言葉を口にする。


 よく分からないけどこのミーヤケーラ軍団というのが世間的にも非難の目で見られている集団だというのは何となく想像がついた。


「あやつら・・・顔と頭が悪いのは仕方がないと容認してきたが、根性の悪さだけは見過ごせないのだぁ!」


 キャリンナが怒りのあまり歯をギリギリさせながら両の拳でテーブルを叩く。


「あの、そんなに酷い人たちなのですか・・・?」


「「ショコルーは純粋な子だろうからそういう汚れ系の連中は知らないよね・・・」」


 ノッティとカシュカッテが両脇からショコルーの肩に手を乗せる。


「あなたも知っておくべきだと思うから私から説明するね。」


 正面の席に座っていたアーチャーが大きく息を吐き、ショコルーがこれから立ち向かうべき相手について説明した。


 ミーヤケーラ軍団。それは、ゲーム業界と声優業界のアウトローが作り上げた山賊集団の名称だった。


 かつて、ゲーム業界でシナリオライターをしていたショウス・ミーヤケーラを筆頭にアニメファンへの差別発言や詐欺行為で摘発され、業界から干された人間たちで徒党を組み、バイキングさながらの略奪行為を繰り返しながら生計を立てているのである。


 それが、アーチャーが説明するミーヤケーラ軍団の大まかな実態だった。


「そんな人たちがいるんですね・・・でも、先ほどカシュカッテさんも言ってたようにどうしてスウェーデンの山賊が遠征してまでプラハを占拠する必要があったのでしょうか?」


「それは下らねぇ逆恨み連中の弱い者いじめってヤツさ。」


「!」


 ふと、カウンターに座っていた女性がショコルーたちの会話に割り込んで入ってきた。


「あなたは・・・」


「あたしの正体なんて後回しだ。それよりも、連中の意図が知りたいんだろ?」


「は、はい・・・」


 女性の気丈そうな雰囲気に押され、ショコルーがおどおどと返事をする。


「そうこなくっちゃな。んじゃ、あたしも席に入れてもらうぜ。」


 女性がキャリンナの隣にドカッと腰を落とす。


「あれは4ヶ月ぐらい前の話だ。マンチェスターでちょっとした仮装パーティーのノリでゲームがあったんだよ。最後あたしが優勝したんだけどな。」


 そこで女性がキャリンナたちに人差し指を向けてワイパーのように回す。


「んで、こいつらも参加してたんだけど他の参加者の一人がゲームに便乗して手下の暴漢を使ってこいつらに暴行をするようにけしかけやがったってワケなんだよな。この怪物女と不細工テクノ3人娘のどこに欲情出来るのかは知らねーけどさ・・・」


 暗い話に表情が曇っていたショコルーを気遣って女性がかなり失礼な部類のジョークを飛ばす。 


「まぁ結局この怪物女の逆鱗に触れちまってそいつらは塵ちりと化して消滅したワケだが・・・そこでめでたしめでたしとは行かないところがこの現実社会の難しい側面なんだよな。」


「それから・・・どうなったのですか?」


 不安そうな面持ちでショコルーが先を促す。


「困った事にそいつらの片割れはミーヤケーラ軍団の幹部だったんだよ。おかげさんで自業自得とはいえ幹部を消された親分のミーヤケーラは大激怒。だが、根性が汚くて悪賢い軍団の連中は勝機がないと分かりきっているキャリンナ本人への報復は絶対にするはずがないしキャリンナの影が見え隠れするパフォームへの報復もするはずがない。」


「じゃあ、その怒りの矛先が・・・」


「その通り。それ以来連中は暴力行為と略奪行為を前にも増して頻繁に行うようになりさらなる弱者への蹂躙を繰り返すようになっちまったというワケだ。」


 そこでアイスティーを一気に飲み干して女性が大きく息を吐く。


「キャリンナはハーフエルフとはいえ半分はスロバキア人だ。大方あてつけの意味も兼ねてかつての同胞チェコ共和国の首都・プラハなんぞを乗っ取ってしまおうと考え付いたんだろうな。」


「そんな身勝手な・・・」


 あまりの理不尽さにショコルーは怒りで体が打ち震えていた。


 女性が言うところの仮想パーティーについてはよく知らなかったもののゲームに便乗して婦女暴行を企てた奴らが報いを受けるのは当然として何故ミーヤケーラ軍団は無辜むこの一般市民へと暴力や略奪を行うのか。生計を立てるためだといってもそれが人々の生活を破壊してもいい理由になどなるはずがないしならば真面目に働けという話である。


しかも、同胞を手にかけられた逆恨みでそういった行為をさらにエスカレートさせているというのだからなおのこと始末が悪い。


「さてと、あたしの出番はここまでだ。」


言うべき事全てを言い終えて満足したのか女性は席を立ち上がるとカウンター席の伝票を手に取った。


「後はあんたが決める事だ。成り行きを見守るもよし、自ら立ち向かうもよし、どっちにしたってそれはあんたの自由だ。」


「・・・・・」


「ま、せいぜい頑張りな。」


 そして、そこまで言うと背を向けたままこちらを見る事もなく店を出たのである。


「見た、今の?ちょっと自分が美人だからってカッコつけちゃってさ。」


「そうそう。見た目とプロポーションと性格と歌唱力が私たちより優れてるからって調子に乗り過ぎだよあいつ!」


「私たちも本業は歌手なんだしせめて歌唱力だけはあの人に勝ちたいんだけどなぁ・・・」


 女性がいなくなったのを見計らってパフォームのメンバーが口々に好きな事を言い始める。


 その傍らではキャリンナが直径3メートルはあろうかというピザを丸かじりでガツガツと食い散らかしている。


「・・・・・」


 ショコルーは、そんな周囲の喧騒の中で目を閉じて脳内で思考の意図を張り巡らせた。


 成り行きを見守ったところで事が好転するとは思えない。だけど、自分一人で立ち向かったところで集団を相手に勝てるとは到底思えない。


 ~でも・・・~


「不細工呼ばわりされるのはいいの。でも、彼氏いないのをなじられるのが耐えられないんだよ!」


「あたしたちの処女は気持ち悪いとか言われてるのにあの女のバージンが重宝されるとかおかしいよね。」


「やっぱりもっと良質な音楽プロデューサーを探すべきなのかなぁ・・・」


「ちびちび飲むのは飽きたから酒樽さかだるを持ってくるのだぁ!!!」


 仲間がいれば。頼れる仲間がいれば、状況は変えられるのかもしれない。


 ならば。


 ドン!


「「「「!!!!」」」」


 意を決したかのようにショコルーがテーブルを叩いて立ち上がる。


「私っ!」


 キャリンナたちの視線は一斉にショコルーへと注がれている。


 だがショコルーはそれに臆する事なくその先を続けた。


「私・・・プラハの町を取り返すためにミーヤケーラ軍団と戦おうと思っています!だから、どうか・・・みんなの力を私に貸してください、お願いしますっ!!」


 全てを言い終えるとショコルーはキャリンナたちへと深く頭を下げた。


「「「「・・・・・」」」」


 数秒間の沈黙が辺りを包み込む。やがて。


「上等である!ミーヤケーラの一味など私の力で骨の一本も残らぬまでに消し去ってくれるのだぁ!!!」


 キャリンナが興奮気味に承諾して天井へと吹雪を吐いた。


「良い決断だよショコルー。私たちもあなたと同じ気持ちだから安心して。」


「純粋な気持ちで毎日を生きている人たちを笑いながら踏みにじってる連中にはお灸を据えてやんなくっちゃね。」


「私たちもあいつらに犯されかけてるんだもん。ここは被害者同士協力しなくちゃ嘘でしょ?」


 パフォームのメンバーも次々に賛同の言葉を口にする。  


「みんな・・・」


「まだ泣くのは少しだけ早いよ。涙はプラハを奪還するまで取っておくのだ。」


 みんなの優しさに少しだけ目の潤んでいたショコルーをキャリンナが肩を叩きながら優しく諭してくる。


「はい・・・」


「よーし!ならば今日はプラハ奪回の前夜祭で骨の髄まで飲み明かしてしまうのだぁ!!!」


「「「「オー!!!!」」」」


 キャリンナの音頭で“プラハ奪回の前夜祭”と称した宴が幕を開けた。ともすると暗い雰囲気になりかねなかった会食だったがそれは回避され、終始和やかで少しぶっ飛んだような空気の中で一同は宴の席に酔いしれた。


 ~待っててね、ママ・・・そして、プラハのみんな・・・~


 そんな中でもショコルーは、頭の片隅でしっかり母と故郷の人々を思い続けていたのである。




 その頃、ショコルーの交際相手リョタク・オザスキーはミーヤケーラ軍団の包囲網をかいくぐり、チェコ西部の都市ピルゼンへと逃亡してうまく事無きを得ていた。


「いや~参っちまったよ。まさかプラハを狙ってあんな連中がやって来るなんてね・・・」


 気晴らしによったパブで店員の女性に(自分が助かったものだから)嬉々としてプラハの現状を面白おかしく話す。


「でも、あなた一人で逃げてきたんでしょ?彼女さんはどうしたのかしら?」


「ああ、あいつね。俺は一目散に逃げたから知らねーけど大方鈍臭いからすぐに捕まったんじゃねーのかな?ま、そん時ゃそん時だ。俺はここで新しい暮らしをスタートさせて新しい彼女を見つけるまでの話さ。」


 ゲラゲラと笑いながらリョタクがビールの大ジョッキを傾ける。


 これまで、甘いマスクで言葉巧みに何人もの女性を弄んできたリョタクにとってはショコルーもまた「一時的な暇つぶしの相手」の一人に過ぎなかったのである。




 翌朝(早朝)。パフォームともどもキャリンナの自宅に泊めてもらったショコルーは、目を覚ますとすぐに座禅を組んで精神状態を研ぎ澄ませていた。


 コンコン、コンコン。


「ショコルー、覚悟は出来たかな?」


「はい。」


 キャリンナに呼ばれて部屋を出たショコルーはすぐに庭へと案内された。


「待ってたよ、ショコルー。」


「交通機関なんか使わずにすぐに連れて行ってあげるから心配しなくていいよ。」


「準備が出来たら声をかけてね。」


 庭に出ると、パフォームのメンバーがすでに準備を整えていた。


「私はもう大丈夫です。何をするのかは知りませんけど連れて行ってもらえるのなら・・・?」


 言い終える前にパフォームがショコルーとキャリンナを取り囲むように円陣を組んだ。


「えっと、これは・・・?」


「今から空間転移が始まるから私たちはお口にチャックなのだ。」


 キャリンナが人差し指を口に当ててショコルーの言葉を遮る。


「行くよ、ノッティ、カシュカッテ?」


「「うん!!」」


 アーチャーの合図で3人は魔法の詠唱に入った。


「「「♪チョコレートディスク・チョコレートディスク・チョコレートディスク・チョコレートディスク・・・」」」


「「「♪タウリンドロップ・蜜がちょっぴりこぼれてた・タウリン補給が心のサプリ・・・」」」


「「「♪繰り返すこのポロリズム・あの瞬間はまさに萌えだね・・・」」」


 変な言葉の連続にショコルーが吹き出しそうになるのを我慢する。


 だが、そんなショコルーを尻目に詠唱が最後の段階に突入する。 


「めぇ?」


「めぇ。」


「めぇ☆」


「「「めぇ!!!」」」


 シュワワワワワワワ・・・     


 パフォームがヤギのような鳴き声を重ねていると、時空の渦が沸き起こって辺りを包囲した。


「す、すごい・・・」


「プラハに戻るよっ!」


「はい!!」


 ショコルーがキャリンナの腕をつかんで目を閉じる。


「「「時空よ!!私たちを然るべき場所へと導きたまえ!!!」」」


 ピシュンッ!!


 直後、パフォームのかけ声を経て渦は消滅し、一同もその中に消えた。


「あぎゃ、あぎゃ、あぎゃぎゃ!!」


 後には残された怪獣のパラジュラがエールを送るかのように鳴き声を上げ続けていた。




 ドシン!ドシドシン!!


 昨日と同じように微妙な高さから変な体勢で落下でして尻餅をつく。


 だが、昨日と違うのはショコルーの腰の下にあったのは草むらではなくアーチャーの背中だった。


「重いよショコルー・・・」


「わわっ、ごめんなさい!」


 ショコルーがあわててアーチャーから離れて立ち上がる。


「全く、あなたたちのワープは粗雑でいい加減なんだから・・・少しはスマートな空間転移魔法を使うのだ。」


 自分と同じぐらいの高さからまっ逆さまに落ちたのかキャリンナが頭をさすりながら愚痴をこぼしていた。 


 周囲を見回すと、ここはプラハ郊外に通じている裏山のようだった。


「ショコルー!!」


 ふと背後から聞き覚えのある声が響いてくる。


「ミオール!」


 振り返るとそこにいたのは間違いなく唯一無二の親友ユマニヤル・ミオールだった。


「良かった・・・無事だったんだね!」


「ミオールこそ!でも・・・」


 ショコルーは、再開を喜ぶのも束の間ミオールに母親の件を打ち明けた。


「そうなんだ。お母さんが自分を犠牲にして・・・でも、きっと大丈夫だよ。ショコルーのお母さんならこんな汚い奴らに屈してしまうほどヤワじゃないと思っているから。」


「ミオール・・・」


「他人の私でさえそう考えてるのに生娘まなむすめのあなたが信じてあげられなくてどうするの。ほら、元気出さなくっちゃ!」


 少し強めに肩を叩きながらミオールが励ましてくれる。


「プラハ市民の大半は捕まって捕虜にされちゃったけどうまく逃げて助かった人たちはこの裏山の避難所に集結して反撃の機会をうかがっているわ。ひとまずそっちに行きましょ。」


「うん!」 


「もちろん、後ろにいるみなさんにも来てもらいますよ。」


 キャリンナたちにも声をかけ、ウィンクを仕掛けるとミオールは背中を向けて先を歩き始めたのであった。  




 プラハ市民緊急時対策用避難所“パッケルホーン”。


 名称の由来云々は一切不明だったものの、内陸国であるが故に周辺諸国の脅威に常に晒され続けていたプラハ市民(およびチェコ国民)にとってその施設は永きに渡る心の拠り所だった。


「ショコルー!」


「ショコルーのお姉ちゃん!!」


「良かった、ショコルーは無事だったみたいだぞっ!!」


 避難所の大広間に行くと、避難していた市民たちが老若男女を問わず次々とショコルーの元へと集まり始めた。


「みんな・・・」


 自分をここまで気にかけてくれていた人たちの姿にショコルーが思わず言葉に詰まる。


「はいはい皆さん、落ち着いてください・・・ショコルーも!」


 だがそんな中でもミオールは現状を考えて冷静にその場を落ち着かせた。


「あのミーヤケーラ軍団から私たちが逃げ延びる事が出来たのは確かに良かったと思います。ですが、現に捕まってしまった不運な人たちもいるのです。それに・・・弱者の生き血を根こそぎすすり上げるとまで言われている彼らのスタイルを考えたら、ここがすぐに押さえられる可能性も否定出来ません。」


 ミオールの言葉はこんな時でも正当性のような物を帯びていた。


「大人だな、あの子・・・」


「それに引き換え雑食系女子のキャリンナと来たら・・・」


「違うよノッティ、キャリンナは雑食飛び越えて悪食あくじきのレベルだよ・・・」


「そもそも女子じゃなくて怪物か妖怪って話でしょ・・・」


 ミオールの姿に見惚れていたキャリンナの脇でパフォームのメンバーがとんでもない言葉を口にする。


「何だとぉ!!だったら貴様らの生き血から先に飲み干してくれるわぁ!!!!!」


「「「ひやー!!!」」」


 目を剥き上げたキャリンナがパフォームを相手にドスンバタンと暴れている姿にショコルーが微笑ましい気持ちになる。


 だがそれでもミオールはそれを尻目に話を続けたのであった。


「だから、私たちには彼らがいつここに来てもいいように対策を練る必要があります。その傍らでこの町を彼らの好きにさせるワケにはいかないので向こうのアジトも潰さなくてはなりません。そのためには・・・・・・」




 ピシュンッ!


 パフォームの転移魔法でショコルーとキャリンナがプラハ市庁舎の前に姿を見せる。


「な、何だお前たちは!」


 既に市庁舎はミーヤケーラ軍団の手に落ちたらしく、玄関前には手先とおぼしき男たちが槍を持って待ち受けていた。


「キャリンナ、やっぱりこの人たちこの市庁舎を根城にしてるっぽいね・・・」


「間違いないのだ。人様の役所を占拠して平気な顔をしている盗人どもには天誅あるのみなのだ・・・!」


 ミオールの“読み”は当たっていた。


「悪賢いとはいえ根本が単細胞である彼らはおそらくプラハの中心部に位置する市庁舎を根城にして活動を行っている事でしょう。」


 ここに送られる直前の対策会議でミオールが口にしたその言葉に間違いはなかったのである。


「ショコルー、こんな奴らはさっさとのして先に進むよ!」


「オッケー!」


 ショコルーとキャリンナが男たちの群れへと突進する。


「返り討ちだ!この反逆分子どもを血祭りにあげてしまえー!!」


「「「オー!!!」」」


 市庁舎前の広場で戦闘が開始された。


「ほわぁぁぁっ!!」


 自前のヌンチャクを振り回しながらショコルーが男たちを蹴散らす。


「ウガガガガー!!!」


 その脇ではキャリンナが吹雪を吐いて男たちを撃退する。


「こんなに強いなんて聞いてねーぞぉ!」


 強い相手との戦闘には慣れていなかったのか手先の軍勢たちは人数の割に反してあっさりと全滅した。


「ふん、ミーヤケーラの尖兵など恐るるに足らないのだ!」


「キャリンナ、ここからが本番だよ。先を急ごう。」


 こうして、ショコルーとキャリンナは人の手で魔窟と化してしまった市庁舎の内部へと突入したのであった。




「ようこそお嬢さん方。俺に抱かれたいがためにここまで来てくれた誠意に感謝します。」


 入り口のロビーには甘いマスクをした危険そうな男が待ち構えていた。


「しかし一度に二人を相手にするのも野暮というものだからなぁ・・・こうなったら!」


 何かの意を決したのか男はショコルーの前へと歩み寄る。


 ガシッツ!


「えっ?」


 急に両手を包み込むように握られてショコルーが目を丸くする。


「お嬢さん!今日の夜伽よとぎをこのトリューミンと・・・」


 グシャアッ!


「はぎゃっ!!」


 ショコルーをナンパしようと目論んでいた男・トリューミンだったが口説き文句の途中で背骨を砕かれて絶句した。


 その背後ではキャリンナの蹴りが見事なまでに炸裂していたのである。


「貴様ぁ・・・この私を差し置いてショコルーを選んでしまうなどとは無礼千万の極みなのだぁ!!」


「って、そこなの?」


 変なところに怒りを覚えていたキャリンナがすかさずトリューミンの背部にしがみついてきつく締め上げる。


「イタタタタ!潰れる潰れる潰れるぅ!!」


「ならば頭部に刺激を与えて脳の活性化を促してやるのだぁ!!」


 グシャッ!


「潰れたぁ!」


 悲鳴を上げていたトリューミンだったがバックドロップをくらうと目を剥いてそのままのびてしまった。


「ふぅ、怖いおじさんだったね。」


「キャリンナ、ありがとう。でも・・・」


「でも?」


 あなたの方がよっぽど怖かったよ、などとは口が張り裂けても言えそうになかった。


 だから、ショコルーは違う言葉でその先を繋げたのである。


「ここから先は別行動にしよう。」


「どうして?」


「それは・・・」


 ショコルーの脳裏に対策会議でミオールの言っていた言葉がよみがえる。 


「プラハ市庁舎の地下には現在は使われていない牢獄が存在します。おそらくは政治犯を投獄する目的で中世に作られたのでしょうが、その広さから察すると捕虜になった人たちはここに収容されていると見て間違いないでしょう・・・もちろん、ショコルーのお母さんもここにいるはずだよ。」


 私を助けてくれたママが地下牢に閉じ込められている。


 それを考えると早くそんなところから出してあげたいと思わずにはいられなかったのである。 


「ふむ、少しでも早くママンを助けてあげたいというワケだね?」


「!!」


 キャリンナに図星を突かれて思わず仰天する。


「いや、その、それは・・・」


「ショコルーの目を見てれば大体の考えは見当がついたのだ。ならば上に待ち受けているであろうアンポンタンどもは私に任せて地下へと行くが良いのだ。さぁ、私の気が変わる前にさっさと進んじゃって。」


 地下へと続く階段を指差してキャリンナが促してくる。


「キャリンナ・・・」


「勘違いしないでね。私はあなたのママンのためではなく窮屈な思いをしている大勢のプラハ市民をすぐにでも解放してあげたいからあなたを単独で地下に向かわせるってワケだからね!」


「何でもいい、ありがとう、恩に着るよ!」


 キャリンナに一礼をすると、ショコルーは地下へと続く階段を一目散に駆け出した。


「さ~て、上に巣食っている汚れどもにもお仕置きを見舞ってくれるのだぁ!」


 一方で、ショコルーに気兼ねをする必要のなくなったキャリンナは、蒸気機関車の如く鼻息を噴き出すとドカドカと階段を上り始めたのであった。




「な、何だこれは!?」


 プラハ郊外の裏山にそびえ立つ避難所“パッケルホーン”を制圧すべく侵攻していたミーヤケーラ軍団の尖兵たちはその有り得ない光景に目を丸くした。


 なんと、避難所の四方を青い壁が天高くまで覆っていたのである。      


「それは外部からの侵入者を遮断するために張られた結界という代物ですよ。」


 尖兵たちの前にミオールが姿を見せる。


「残念ですがあなたたちの進撃もここまでです。これ以上進むと大変な事態が・・・」


「けっ、あんなハッタリに騙される俺たちだと思うてか!お前ら!あんな壁はとっとと突き破って中の連中を一人残らず引きずり出してしまえ!!」


「「「オー!!!」」」


 ミオールの忠告を無視して尖兵たちが次々と避難所へと突き進む。


 ドガシャン!ドガシャン!ドガシャン!


「「「ぎゃあーーー!!!」」」


 だが、結界に触れた尖兵たちは次々と落雷に撃たれ続けたのであった。


「な、何だと・・・」


「ほら、だから言ったじゃないですか。これ以上進むと大変な事態になると。」


 そら見たことかと言わんばかりにミオールが口を挟む。


「ぐぬぬ・・・ならば貴様だけでも首と四肢を切り落として血祭りに上げてくれるわ!者ども、かかれっ!」


 尖兵の隊長は避難所への侵攻を断念すると即座にミオールの抹殺へとミッションを切り替えた。


「こんな大勢で女の子一人を手にかけようとするなんて最低な方々ですね!でも・・・狙う相手を間違えた事を後悔させてあげます!!」


 そんな卑劣漢たちに対してミオールも負けじと戦闘態勢に突入したのである。




「アーチャー、ちゃんと念じてるよね?」


「当然でしょ。私たちは歌手である前に人々の暮らしを守る任務を授けられた僧侶でもあるんだから。」


「ノッティもアーチャーも私語はいいから集中して。」


 ミオールが尖兵たちと戦闘を繰り広げている一方で、避難所内部・祈祷の間ではパフォームが背中合わせで祈りを捧げながら自分たちで作り上げた結界を維持し続けていた。


「でも、結局は歌じゃあ何の成果も得られてないんだよね、私たちって。」


「それを言ったらおしまいだよカシュカッテ・・・」


「やっぱり腕利きのプロデューサーが居てくれないと私たちって輝けないタイプなのかなぁ・・・」


 そこで数秒間の静寂が訪れる。


「「「はぁ・・・・・・」」」


 一斉に深いため息を吐くと、3人は気を紛らわせる意味も含めて再び結界の維持に精神を集中させたのであった。




 地下牢に着いたショコルーを待っていたのは小柄で気味の悪い笑顔を浮かべた中年の女性だった。


「キッヒッヒ・・・ここまで来やがったか身の程知らずめ。」


「悪い事は言いません。ここにいるみんなを今すぐ出してあげてください!」


 明らかに危なそうな相手を前にしてもショコルーは凛とした態度をもって交渉から始めた。 


「まぁそう怖い顔をしなさんな。あちしだって鬼じゃあねーんだ。あんたが金と体でご奉仕してくれりゃあちーとぐらいは解放させてやってもいいかなって思ったりもしてるんだぜ。」


 ニヤニヤと笑いながら女がショコルーへと歩み寄る。


「騙されるんじゃないよショコルー!そいつは・・・そのマウリャン・ド・カワターソンって女は平気で嘘を吐き散らして人々を苦しめてきた反吐が出るような小悪党なんだからな!!」


 そんな中、地下牢の一室から聞き覚えのある声が響いてくる。  


「ママ!」


 ショコルーは、近寄ってくるマウリャンを無視して一目散にケコルーの幽閉されている牢の前に駆け寄った。


「ママ、しっかりして、ママ!!」


 牢の中では立ち上がれないほど痛めつけられていたケコルーが、横たわったまま体をこっちに向けていた。


「すまないねショコルー・・・あたし一人でも何とかしたかったんだけどあの女と数人の手下どもに集中攻撃を受けちまってこの有様だ・・・」


「ふっふっふ、その通りなんだよショコルー君。」


 ショコルーの脇にはいつの間にかマウリャンが立っていた。


 自分の悪事を誇るかのように腕を組みながら。


「まー感謝してくれたまへ。本来ならその場で殺してやるところだったのだが敢えて生け捕りにして牢に入れておいたのだ。こうして虫の息にされて放置されながら衰弱死を待つというのも乙な最期であろう?」


 かっかっか、と笑いながらマウリャンがさらに続ける。


「それに、これを見せしめにしておいたおかげで他の捕虜どももすっかり抵抗もせず大人しく下僕暮らしを送ってくれているというワケだ。まーこのオバサンには死んでもらうが後の連中には奴隷として生涯働いてもらわないといけないからな。」


「・・・・・」


 マウリャンの身勝手極まりない行動と言動にショコルーが目つきで怒りを露にする。


「何だその目は?案ずるな、ショコルーよ。お主は使えそうだから殺しはせん。その代わり・・・」


 パチン!


 マウリャンが指を鳴らすとどこから来たのか数名の手下たちがショコルーを取り囲んでいた。


「お前たち!この間のオバサン(ケコルー)の時のようにこの女もしっかり痛めつけてやれ!!」


「「「了解であります!!!」」」


「後で売り飛ばすんだから殺さない程度にな!」


 マウリャンの指示の下、手下たちが一斉にショコルーに襲い掛かろうとしたその時だった。


「待ちな!!」


 力強い声が一帯に響き渡り、見覚えのある女性が姿を見せたのである。 


「あ、あなたは!」


 ブラチスラバのレストランで出会った気が強そうでとても頼りになりそうなかっこいい女の人。


 だけど名前はまだ知らない。


「えっと、その・・・」


「あたしの名前はクマエリュスだ。よく覚えとけ!」


 女性 ―クマエリュス― は名乗りを上げるとずかずかとマウリャンに詰め寄った。


「地下牢を舞台に集団リンチショーとは随分と楽しそうじゃないか。あたしも混ぜてもらうぜ!」


「はっは、誰かは知らぬが許可しよう。だがせいぜい傷物にならないレベルで痛ぶってくれたま・・・」


「ショコルーサイドでなっ!!」


 バキィッ!!


「んぎゃ!」


 奇襲のアッパーをまともにくらってマウリャンが宙を舞う。


「マ、マウリャン様!」


「すごい・・・」


 その一撃を目の当たりにしたショコルーはただ驚くばかりだった。


「でも、来てくれたんですね・・・感謝します!」


「感謝はいいけどボサッとしてんじゃねーよ!せっかくあたしが加勢してやるって言ってんだからあんたも動きな!!」


「は、はい!」


 気を取り直したショコルーがヌンチャクを取り出して戦闘モードに突入した。


「おのれっ・・・下々の生物どもがマウリャン様に危害を加えた報い、とくと受けるがいい!!」


 マウリャンの手下たち(総勢9人)が一斉にショコルーへと襲い掛かってきた。


「私は負けない・・・根性の腐ったあなたたちになど!」


「おいおい、あたしも混ぜろって言ってんじゃねーかよっ!!」


 こうして、ショコルーとクマエリュスはたった二人でマウリャンの手下たちに応戦をしたのである。




「たあ!」


 バシイッ!


「がはぁっ・・・!」


ショコルーのヌンチャクが最後の一人の頭部を直撃したところで地下牢での戦闘は終結した。


「どうやら一人残らずカタがついたみたいだな・・・」


 クマエリュスが周囲に転がっている手下たちが既に意識を失っている事を確認しながら声をかけてくる。


「ちょっと雑なところも目立ったけどあんた、結構いい動きをしていたぜ。」


 どうやら彼女は自分の戦闘パフォーマンスを認めてくれたみたいである。


「そこまで言ってもらえて嬉しいです。でも、私にはまだまだ精進の余地が・・・」


 視界の隅に見えた姿にショコルーは言葉を止めた。


「ん?どうした?」


「ジェノサイドマウリャンキーック!!」


「!!」


 あろうことか意識を取り戻したマウリャンがクマエリュスの頭部めがけて飛び蹴りを繰り出していたのだ。


「危なーい!!」


 とっさで動けなかったクマエリュスをショコルーが身を挺して突き飛ばす。


 ゴボォォォォッ!!


「きゃぁぁぁー!!」


「ショコルー!」


 クマエリュスをかばって頭部を蹴られたショコルーが吹っ飛ばされて床へと無様に転げ落ちる。


 その激痛は相当のもので、意識を失うのにさほど時間は必要としなかった・・・




「ゴールデンヘッドバッド!」


 グワキィン!!


「やられたんだもっ!」


 次々と現れる刺客たちをなぎ倒してキャリンナはついに最上階である市長室に到着した。


 根拠はないがここに黒幕が潜んでいる気がして仕方がなかったのである。


「きっとここがボスの間に違いないのだ・・・」


 ガチャッ!


 ドアを開けるとそこには冷酷な目つきをした長身の女性が待ち構えていた。


「ほほぅ・・・ここまで来るとは大したものだ。だが、お前は間もなく身の程をわきまえず我らにたて突いた報いを受ける事となる。覚悟はいいか!?」


「なるほど、まだこのような組織に属して愚行に愚行を重ねても後ろめたさの一つも感じぬとはどこまでも下劣な女よ・・・シャーリャン・ド・カワターソン!!」


 そこでキャリンナが目と歯をむき出しにして戦闘モードに突入した。


「ぐががががー!」


 キャリンナはシャーリャンめがけて灼熱の炎を吐いた。


「甘い、モードチェンジ!」


 ピシュン!


 シャーリャンの体が怪しい光を放つとキャリンナの炎はシャーリャンを包む事なく消滅した。


「何っ!私の炎が通じぬだと!?ならば・・・!!」


 炎が効かなかったキャリンナは凍える吹雪を吐いた。


 ピシュン!


 しかし、先ほどと同じようにシャーリャンの体が怪しい光を放つとキャリンナの吹雪は無効化され、またしてもダメージを与える事なく消滅してしまったのである。


「えぇい、声優崩れのシャーリャン・ド・カワターソンはバケモノか!」


「私はあらゆる属性攻撃に応じて耐性を切り替えられるスキルを持っている。故に、お前の炎や吹雪などこの私に傷一つ負わせられやしないのだ!!」


「ぐぬぬぬ・・・根性悪の分際で生意気な!」


「文句が言いたくばあの世で好きなだけ言うがいい!!」


 今度はシャーリャンが凍える吹雪を吐いた。


「ぎにゃーーー!!!」


 吹雪はキャリンナを真正面から直撃していたる場所に凍傷を刻み続けた。


「うっ、ううっ・・・」


「苦しんでいる暇など与えんぞ、キリングトルネード!」


 うずくまっているキャリンナに向かって今度は竜巻が強襲した。


「へぎゃーん!!!」


 竜巻をまともに受けたキャリンナが体のあちこちを切り刻まれながら宙を舞う。


「ギャガギガゲレゴゲーーーー!!!!!」


 そんな中でもキャリンナは起死回生のレーザー砲を大きな口から発射した。


「愚か者め!!」


 ピシュン!


 だが、そんな一か八かの攻撃も魔法によって無効化されてシャーリャンにはかすり傷すら負わせられなかったのである。


 やがて、竜巻はキャリンナを徹底的に切り刻み続けた果てに消滅してその姿を消した。


 ドガンッ!


「いいいい、いいいいい・・・」


 頭から床に叩きつけられてキャリンナがうめき声を立てる。


「ふん、この程度の女に消されるとはロキもチャムカサーラも晩年を汚したものだ。だがこの私とミーヤケーラ様が生きている限り我が組織は安泰、あやつらも喜んでいるであろう・・・」


 冷酷な笑みを浮かべながらシャーリャンがきびすを返す。


 しかし、もう立ち上がる事など出来ないであろうとタカをくくっていたキャリンナの体から黄色いオーラがふつふつと沸き起こっていたのを完全に見落としていたのである。


「な、な、な・・・」


「どうした?異世界のダンジョンを旅行する夢でも見ているのか?」


「なんだコラクショーーーーーーン!!!!!!!!」


「!!」


 余裕を見ていたシャーリャンはその光景に多少ながらも動揺した。


 全身傷だけになりながらもキャリンナが黄色いオーラを全身にまとい立ち上がっていたのである。


「貴様・・・この私を本気の本気のそのまた本気で怒らせてしまったみたいだな・・・」


 キャリンナの怒りに伴い辺りを微震が襲う。


「私利私欲のために弱者を襲い、金品を根こそぎ奪い取る・・・小国の都市を占拠して、逆らう市民を容赦なく投獄する・・・もー絶対に末代の末代まで許さないのだぁ!!!!!」


 キャリンナが怒りの咆哮を上げると市長室の窓ガラスが全部割れ砕け、突風が室内を吹き荒れた。


「こんなハッタリで私にかなうとでも思っているのか!今度こそ血の一滴も残らぬまでに葬り去ってくれる!!」


 シャーリャンが覚醒したキャリンナへと再び竜巻を放つ。


「そんなもの消し去ってくれるのだぁ!」


 キャリンナが力を込めて念じると両腕の付け根から2本の腕が生えてくる。


「お前、まさかそれは・・・」


「これで私の腕は4本なのだー!!」


 おたけびを上げながらキャリンナが渾身の力で1本ずつ増えた両腕を振り上げると2つの竜巻が発生した。


 ゴガガガガガ・・・


 片方の竜巻がシャーリャンの放った竜巻と衝突して相殺となった一方でもう片方の竜巻がシャーリャン自身へと突き進む。


 ピシュン!


 だがシャーリャンは動じる事なく魔法で風属性に対する耐性を最大限に引き上げて竜巻を無効化したのである。


「なるほど大した実力だ。だが全ての属性攻撃に応じて耐性を切り替えられる私の前ではお前の攻撃など・・・」


 ドボオッ!!!


 余裕を見ていたシャーリャンの腹部にキャリンナの拳が奥深くまでめり込んだ。


「あ、あああ、あ・・・」


「少し頭が冴えてきたおかげで攻略法が見えてきたのだ。お前、属性攻撃を無効化させる魔法は持っているけど打撃攻撃には何の耐性も持ち合わせていないというオチだな?」


 キャリンナの言葉はまさに図星を突いていた。


「・・・・・・」


「そうか、答えぬと言うのならその体にたっぷりと聞いてくれるのだぁ!!!!」


 ドカバキドコベキズドボボボボボ・・・


 4本の腕を持ったキャリンナの4つの拳がシャーリャンの体を無数に殴打する。


「ぶはっ、ぶへっ、ぶほっ!」


 シャーリャンが醜い悲鳴を上げるもキャリンナは攻撃の手を緩めない。


「これで・・・・・・いーのだーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」


 ボゴオッ!!!


 とどめに渾身の頭突きを胸部に見舞ったところでキャリンナの攻撃は終わった。


「怪物め・・・だが私を消したところでストックホルムの本部にミーヤケーラ様がいる限り略奪は永遠に続くのだ・・・弱者であるオタクどもはいつまでも我々に搾取される運命にあるというワケだ・・・・・・ぐふっ!」


 最後まで改心をする事もなくシャーリャンは息絶えた。


「そんな奴、放っておいたら善良な一般市民のためになるはずがないのだ・・・」


 だが、キャリンナの戦いはまだ終わっていなかったのである。




 屋上に上ったキャリンナは、はるか空の向こうを一瞥した。


「あの向こうにミーヤケーラ軍団の本拠地がある・・・私腹を肥やすがために万人を苦しめ続けている悪党どもの根城がある・・・ならば、灰も残らぬまでに消し去ってしまうのみなのだ!!」


 天に向かって4つの拳を突き上げてそこに力を注ぐ。


「うがーっ!!」


 そして、おたけびを上げながら全身に力を込めると4メートル近くの巨人に変貌したキャリンナは両足からロケット噴射をして光の速さで飛び立ったのである。




「おい、プラハの次はピルゼンだ。あそこの市民どもから全てを搾り取って私たちの財産にするぞ。」


 ストックホルム郊外の丘にそびえ立つ山賊一味・ミーヤケーラ軍団のアジトにて団長ショウス・ミーヤケーラは早くも次の侵略先の指示を手下たちに出していた。


「これまで通り市民たちは捕虜として投獄し、すぐに奴隷として売り飛ばす。逆らうものは容赦なく殺して・・・」


「ミーヤケーラ様大変です!!」


 話の途中で手下の一人が血相を変えて会議室へと駆け込んでくる。


「どうした?総監修様である私の話を遮るような話があるとでも言うのか?」


「空から何かが落ちてこようとしております!」


「何だと!?」


 あわてて窓を開けるミーヤケーラだったがそれはあまりにも遅すぎた。


「何だあれは!?」


 黄色い光を見にまとった巨人が光の速さでこちらに向かってくる。


 紛れもなくそれはプラハから飛び立ったキャリンナ・パチェクに他ならなかった。


「えぇい、私が生き残らねば話にならん!!」


 周囲の手下たちに避難指示すら出さずにミーヤケーラが逃亡を試みようとするももう手遅れだった。


「ぬおおおーーーーっ!!!!最後のアーククラッシュなのだぁーーーーーーーー!!!!!!!!」


 ドッガアーーーーン!!!!


「「「ぬがあぁー!!!」」」


 キャリンナの直撃を経てアジトが大爆発を起こす。


「ぬーぬぬ、ぬーぬぬぬ・・・オタクなど・・・この世にいらぬから一人残らず根絶やしになってしまえばよいのだっ・・・・・・がはあっ!!」


 混乱に狂う火の海の中で、ミーヤケーラが炎に包まれ朽ち果てる姿をキャリンナは確かに見届けた。


「はぁ、はぁ・・・これで私の役目は終わったのだ・・・プラハ市民よ、かつての同胞スロバキアの妖精であるこの私に感謝するが良いぞ・・・」


 流石に体力消耗が激しかったのかキャリンナはふらふらとした足取りで火の海を後にした。


 ミーヤケーラの手下たちが炎に包まれて断末魔の叫びを上げていたが、自業自得なので気にしない事にした。




「・・・コルー、朝だよ、ショコルー!」


 揺すられて目を覚ますとそこはベッドの上だった。


「良かった、気がついたんだね!!」


 目を覚ますとそこにはミオールがいた。


「私・・・一体・・・?」


 まだ状況が理解出来ていないショコルーにまぶしい朝日が射し込んでくる。


「ここは病院。ショコルーは変なオバサンの攻撃をくらってあれからずっと寝てたんだよ。」


「えっ!?じゃあみんなは・・・」


「全員一人残らず解放。んで、病院送りになったのはあたしとあんたの二人だけってオチさ。」


 今度は隣のベッドから声が聞こえてくる。


「ママ!!」


 隣のベッドでは、ケコルーが傷だらけになりながらも体を倒して自分を見守っていた。


「あれからあのクマなんたらとかいうのが逆上しちまってね、マウリャンの奴を袋叩きにしちまったのさ。そりゃあもう頭蓋骨がへこむぐらい殴打したって話だから相当あんたに危害加えたのに腹を立てちまったんだろうね・・・それからマウリャンをKOして奴が持ってた牢の鍵を手に入れてね、おかげでみんな自由の身になったというワケさ。」


「良かった・・・じゃあ、クマエリュスさんは?」


 ガチャッ!


 そこでクマエリュスがパフォームを引き連れて病室へと入ってくる。


「あんたの体を張った勇気のおかげであたしはこの通り元気だよ、礼を言うぜ。」


 親指を突き立ててクマエリュスが健在ぶりをアピールする。


「どうやら裏山の避難所とかいうところを狙っていた尖兵どももミオールが全員撃退したって話しだしスウェディッシュ・インベージョン(スウェーデン人の侵略)は完全に食い止める事が出来たみたいなんだ。ただ・・・」


「ただ?」


「キャリンナの奴がな・・・」


 クマエリュスは険しい表情を携えてキャリンナの身に起きた事情を説明した。


 目で見たわけではななかったものの、地下室にも響いてきた轟音と気配で彼女にも大体の見当はついていたのである。




 その日の夜。


 退院を翌日に控えたショコルーは、病院の屋上でミオールと空を眺めていた。


「ミオール。平和って当たり前に存在しているから分からないものであって、本当は尊いものなんだよね・・・」


「そうだね。ショコルーの言う通りだよ。」


 プラハ解放後、最初の夜。実際のところ占拠されていた期間が2日だけだったとはいえ自由を取り戻した町の姿は夜だったにも関らず活気があふれているように思えた。


「でも・・・」


「キャリンナの事?」


 沈んでいたショコルーの心中をミオールはすぐに察した。


「心配はいらないよ。キャリンナほどの子ならそんなもので簡単に死んでしまうほどヤワじゃないと思っているから。大体、気配が消えたってだけで死体が確認されたワケでもないのに希望を捨てて諦めるなんてショコルーらしくないよ。それに・・・」


「それに?」


「キャリンナはプラハ市民の笑顔を取り戻すために自らを犠牲にして特攻を仕掛けたんだよ?それなのにショコルーがそんな顔をしてたらキャリンナに申し訳ないんじゃないのかな?」


「それは・・・」


 確かにミオールの言う通りである。


「信じようよ。私たちと一緒に戦ってくれたかつての同胞スロバキアが生んだ稀代のハーフエルフを・・・」


「うん・・・」


 二人が寄り添って星空に目を凝らす。


 満天の星空は、優しい輝きを放ちながら心の澄んだ二人の女性を励ますかのように見守り続けていた。   




 かくてプラハの町はミーヤケーラ軍団から解放されて自由が戻ってきた。


 だが、これはショコルーにとっての新しい試練の幕開けでもあった。




―スウェディッシュ・インベージョン編 END―




―ヒーリングコントローラー編―




「ショコルー・ギザチェクだね?」


 プラハ奪回の翌々日。


 2週間近く仕事の予定が入っておらず何気なく近所のアニメグッズ販売店を散策していたショコルーに見知らぬ男性が声をかけてきた。


「はい、そうですけど・・・」


「先日はクマエリュスを助けてくれたそうじゃないか。彼女の関係者でもある僕からも礼を言わせてもらうよ、ありがとう。」


 男性が優しそうな笑顔を浮かべながら頭を下げてくる。


 どうやらナンパやスカウトといった類の用件とは違う感じの雰囲気である。


「いえ、あの時は突然で反射的に体が動いただけの話です。それに、私はただ危険に晒されている人を前にして当然の事をしたまでです。」


「その気持ちが大切なんだよ。本当の意味で人を救いたいと思う心を持っている人は多いだろうけど君のようにそれを実行に移せる人間なんてそうそういないだろうからね。」


 男性の澄んだ眼差しがショコルーへと向けられる。


「僕の名前はカメック。“マナカプセル”という音楽ユニットで全てのサウンドを操る司令塔をやっているんだよ!」


「マナカプセル・・・」


 そういえば以前CD店の洋楽コーナーでそんな名前のグループを見たような見てないような。


「いきなりだけど今日は君を是非にでも連れて行きたい場所があるんだ。来てくれるかな?」


「はい、特に今日は予定もないので・・・」


「じゃあ決まり!」


 ガシッ!


 男性・カメックがやや強引に腕を握ってくる。


「あっ・・・」


 だけど不思議と悪い気はして来なかった。


「よし、早速出発だ!」


「あの、ちょっと・・・」


 ビューンビューン!!


 返事も待たずにカメックは転送魔法を使ってショコルーと一緒にその場から消失した。




 ピシュンッ!


「着いたよショコルー。ここは僕の所属するレコード会社の本社ビルだ。」


「あれは・・・」


 ビルの屋上にでかでかと構えている「YAMAFA!」という名のロゴマーク。


「ヤマファ・・・?」


「そ、ヤマファ。レコード会社としてはギリシャでも1、2を争う大企業にして僕の所属先でもあるヤマファミュージックコミュニケーションズさ。」


 ロゴマークを指で示してカメックが説明する。


「ビルは全部で12階。そのうち10階までがヤマファの事業所関連で11階と12階に僕が籍を置く“カメコンテモード”が存在するワケだ。」


「カメコンテ・・・」


 福音のようなその名前を口にするとショコルーは心が癒されたような気分になった。


「とりあえず中に入ろう。まずは我らがメイド長にご挨拶だ。」


「はい!」


 カメックに連れられ、ショコルーはビルの中へと入って行った。




 コンコン。


「どうぞ。」


 ノックと返事を経てカメックがショコルーを伴い入室する。


「カメコンテモードのカメックただいま戻りました。」


「ご苦労です。では、そちらの子が・・・?」


「はい。彼女が自らの体を張ってクマエリュスを守ったプラハの名誉市民ショコルー・ギザチェクです。」


「そんな、名誉市民だなんて・・・」


 大げさな紹介にショコルーが思わず赤面する。


「ショコルー。この方こそがヤマファの創始者にして当社での最高職“メイド長”を務められているヤマファ・クルスガルさんだ。普段は温厚で物腰の柔らかい人だけど怒らせたら怖いから気をつけてね。」


「あらあら。カメック先生だって本気にさせてしまうと別次元だと言われていた気がするのですが?」


「はは、それはそれですよ。では僕はカメコンテの方に戻りますので後はごゆるりと☆」


 メイド長・ヤマファに手を振るような仕草をしながらカメックは社長室ならぬ“メイド長室”を後にした。


 一人残されたショコルーは、緊張して強張った面持ちでヤマファの顔を見据えていた。


「あの・・・その・・・」


「そんなに硬くならなくてもいいですよ。私の事は対等の相手だと思って構いませんから。」


「は、はい・・・」


 初対面で目上の相手を前に明らかに戸惑っていたショコルーだったがその一言でどこか気持ちがほぐれたような気がした。


「改めて自己紹介をします。私の名前はヤマファ・クルスガル。ヤマファの創始者にして音楽部門における責任者をしています。」


「えっと、ショコルー・ギザチェクです。普段はチェコでマルチタレントをやってます、以後お見知りおきを。」 


 ヤマファにつられるかのような形でショコルーが自己紹介を済ませた。


「さて、それでは本題に入りましょう。」


 場の空気にいまいち溶け込めていないショコルーだったがそこでヤマファの雰囲気が変わったのははっきりと感じ取れた。


「実を言うと今日カメック先生にお願いしてあなたをここに呼んだのは他ならぬ私だったりします。」


「そうなのですか?」


「はい。折り入ってあなたに頼みたい事があったのでここに連れて来させたのです。」


「頼み・・・」


 そして、ヤマファは聖母のような暖かな眼差しを添えてゆっくりとショコルーに本題を切り出したのであった。




 ガチャッ!


 12階・カメコンテモード管轄フロアの“まったりルーム”(休憩室)のドアを開ける音が響く。


「おや?ショコルー・・・?」


 中ではカメックが他数名の所属アーティストたちと一緒にトランプを楽しんでいた。


「君もババ抜きに参加するかい?それともセブンブリッジ辺りで手を打つかい?」


「この方がショコルーさんですね。なるほど、ピュアな感じがありありと伝わってきます。」


「こ、こんな可愛い子に見つめられたら僕、恥ずかしくてもじもじしちゃうなぁ。」


 カメックの後から彼の仲間たちが次々と声をかけてくる。


「紹介するよ。こっちの独特の声色を持っている目の綺麗な子はミコノス。我がヤマファが誇るボーカルロボットだ。」


「はじめましてお嬢さん。ミコミコなボーカルロボのミコノスです♪」


「はじめまして。」


「で、こっちのカバみたいな顔をした太目の体系をしている子はモーミンロボ。フィンランド産のロボットなんだけど諸事情でうちが引き取る形となったとある博士の忘れ形見だ。」


「どど、どうも。モーミンロボです。」


「どうも。君はカバみたいだけどすごく愛嬌のある顔をしているよ。」


「・・・・・!」


 シュウゥ~・・・


 ショコルーの笑顔と褒め言葉に赤面したモーミンロボが恥ずかしさのあまりオーバーヒートを起こす。


「クールダウン・・・お願い、誰か、クールダウン・・・」


「もう!しっかりして、男の子でしょ!!ほら、冷ましに行くからこっちおいで!!」


 ミコノスが呆れながらもモーミンロボに肩を貸して冷却室へと連れて行く。


「それじゃあ後はオタクな二人に任せて私たちはこの辺で失礼します。」


 そんな言葉を置き土産にしてミコノスはモーミンロボと一緒に姿を消した。


「・・・・・」


 ヤマファから色々と話を聞かされたもののいざ二人きりになると言葉が出てこない。


「・・・あのオバサンに何か吹き込まれた?」


「!」


 トランプを片付けながらカメックが図星を突いてくる。


「・・・はい。あなたの力になってほしいとヤマファさんからはっきりそう言われました。」


 事情を見抜かれていて動揺こそしたものの、ショコルーはごまかす事なく正直にそう答えた。


「そうか、分かったよ。でも・・・本題に入る前に連れて行っておきたいところがある。」


「はい、お願いします!」


「では・・・遠慮なく!」


 ビューンビューン!!   


 こうしてショコルーはカメックの転送魔法によって再度別の場所へとワープしたのであった。




 ピシュンッ!


「ぴきっ!」


 次に転送によって飛んだ場所はどこかの病室(一人部屋)だった。


「ここはヤマファメディカルセンター。ヤマファが運営する医療施設のようなものかな。」


 カメックが場所の説明をしながらベッド脇へと歩み寄る。


 ベッドの上ではあどけない顔つきをした女の子が上半身だけをを起こした状態で訝いぶかしむような目でショコルーを見据えていた。


「ここに入院しているこの女の子の名前はテトラ・クロセウス。ギリシャが誇る神々の血を引く少女にして音楽ユニット“マナカプセル”のボーカル。つまり、僕の相方というワケ。」


「クロセウス・・・」


 そういえば以前そんな名前を耳にした覚えがある。


 ギリシャ神話に名を連ねたとかそんな感じで語られていたような記憶があったようなないような。


「で、今から4ヶ月ぐらい前の話になるんだけどマンチェスターで“レイヤーゲーム”という仮装パーティーのようなノリのお祭りがあったんだ。その席でこの子、面倒な連中にからまれてリンチされちゃってね・・・幸い一命は取り留めたんだけど大怪我を負わされてこうして入院を余儀なくされたんだ。」


「それは酷い話ですね。」 


事情が事情なだけにカメックの表情が曇っているのが容易に見て取れる。


だが、事情が事情なだけにショコルーもまた安易な励ましの言葉で場を取り繕おうなどという気にはなれなかった。 


「一応、既に日常生活に差し支えない程度にまで回復を果たしているから退院は秒読み段階なんだけど・・・」


 カメックが申し訳なさそうに相方のクロセウスを一瞥する。


「言ってくれて構わないのれ(で)す。むしろ、私のような被害者をこれ以上ら(出)さないためにも多くの人に知ってもらいたいぐらいれ(で)す。」


 あえてカメックから目を背けながらそう答えると、クロセウスはそれ以上何も言わずただカメックへと左腕を突き出した。


 カメックがそんなクロセウスの左腕の服の袖をめくり上げる。


「!!」


 そこから露になったものを見てショコルーは絶句した。


「そんな、これって・・・」


 傷跡、傷跡、傷跡。


 いたるところに残された赤の刻印がショコルーの心に何とも言えぬ感情を巻き起こす。


「リストカットに根性焼き。足で踏みつけられたり竹刀で執拗に叩かれ続けた痕跡。でも、あくまでこれは一部分であって彼女は右腕にも背中にも太ももにも、体のあちこちに酷い傷を植えつけられているんだよ。」


「あ、あ、あ・・・」


 努めて冷静に話を切り出しているカメックだったがそれを目の当たりにしたショコルーはもはや話をまともに聞いていられるような精神状態にはなかった。 


「ショコルー?」


「はぁ、はぁ・・・!」


 傷跡。暴行。いじめ。昔の記憶。


傷跡。暴行。いじめ。昔の記憶。


傷跡。暴行。いじめ。昔の記憶。


「いやあぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!!」


 バタアッ!!


 自身に生じたあらゆる感情の渦に飲み込まれたショコルーは悲鳴を上げると意識を失って、そのまま倒れたのであった・・・




「あっ!あいつまた同じクラスにいるぜ。」


「知ってる知ってる。漫画ばっかり描いてる気持ち悪い子でしょ?」


 わざと聞こえるような陰口が胸に突き刺さる。


 そう、これは間違いなく学生時代に私が見ていた世界だ。


「おい!ここの机はどうせ誰もいねーんだから落書きに使ってやろうぜ!!」


 靴を隠された。ノートを破かれた。カバンを燃やされた。ありとあらゆる手で私は徹底的にいじめ抜かれた。以前、芸能界の友達の一人に当時の話をしたら3分もしないうちに泣きそうになっていた。(おそらく私も人のそういった体験談を聞いてしまえばすぐに涙を流すだろうけど)


 そんな時、いつも私を救ってくれたのは音楽でありアニメやゲームだった。どんなに辛く悲しい時も心地よいサウンドに心を委ねていれば、アニメの世界に心を浸していれば、ゲームの中に心を溶かしていれば、それだけで全てを忘れて幸せな気持ちになれたのだ。


 だから私はいじめられればいじめられるほどそっちの世界へと没頭し、自分の世界の中で自分の存在を構築していった。


 いつかアイドルになって同じような苦しみを持つ子供たちの希望の光になりたいという一心で・・・




「んっ・・・」


 目を覚ますとそこはベッドの上だった。


「おっ、目が覚めたか。もう少し寝顔を眺めていたかったんだけどな。」


「やっぱりクロセウスの件は君には少し刺激が強かったみたいだね。」


 両脇では見知らぬ男性が二人、イタズラそうな顔をしてショコルーを見守っていた。


「あなたたちは・・・」


「よっ、ショコルー。また会っちまったな!」


 不安そうに体を起こしたショコルーの正面に見覚えのある顔が飛び込んできた。


「ク・・・クマエリュスさん!」


 数日前、プラハの解放を手助けしてくれた感謝すべき女性の姿にショコルーが驚きながらも安堵する。


「ここはヤマファメディカルセンター隔離病棟の9階。さっき上の階の病室で失神しちまったあんたをカメックの奴がわざわざお姫様抱っこをしてここまで運んで来てくれたってワケさ。」


「お姫様抱っこ・・・」


 自分が抱きかかえられている光景を想像してショコルーが思わず赤面する。


「しかしアレだな。カメック先生がクロセウス以外の相手にお姫様抱っこを披露するなんて珍しいよな。」


「まぁそれはこの子が純粋で心の清らかな女性って証だと考えていいんじゃないの?」


「あれが俺やピカだったらせいぜいオンボロリヤカーに乗っけて搬送ってトコだろうに随分と待遇が異なるものだ・・・」


「俺もそこいらの子でいいからお姫様抱っこをしてみたいな・・・」


「マスター、ピカ。お姫様抱っこはいいから本題に入ろう。」


「「わわわっ!!」」


 お姫様抱っこをめぐって雑談を繰り広げている両脇の男性が予期せぬ突っ込みに仰天した。


 いつの間にやら噂の張本人であるカメックがクロセウスを伴って病室に来ていたのである。  


「さっきはすまなかったねショコルー。君に色々と余計な感情を起こさせてしまったみたいだ。」


 カメックが頭を下げている脇でクロセウスが複雑そうな表情でうつむいている。


「だけど、君もはっきりと見ただろう?」


「それは・・・」


 先ほどの記憶が痛々しいまでによみがえる。


 きっと、このクロセウスという子が味わってきた苦痛は自分のそれなど比較にならないほどのものだったのだろう。


「元凶は確かにこの手で駆逐した。だけど、事後処理まできちんと済ませておかないと問題の解決にはならないんだよ。」


 ため息を吐きながらカメックが話を続ける。 


「いたるところに刻み込まれたクロセウスの傷跡は根深く、現在の医療では治せない。だからといってどれほどの回復魔法でも体に残った痕跡までは消せやしない。そうすると、おのずと全ての状態異常を修復させられる“秘薬”の存在が不可欠になってくるというワケだ。」 


「秘薬・・・」


「ショコルー。君は“ヒーリングコントローラー”という万能薬の話を聞いた事があるかね?」


「ヒーリングコントローラー・・・あっ!」


 その名前には確かに聞き覚えがあった。   


間違いなくそれは幼い頃に今は亡き父親が好きで何冊も買い集めていたギリシャ神話に登場する魔法の薬の名前だ。


「知ってます・・・私、全てを知ってます!!」


 若くして逝去した父の笑顔と一緒にショコルーの脳裏にはヒーリングコントローラーの記憶が鮮明によみがえっていた。


 かつて、古代ギリシャには知恵を司る “マナカレス”という文学の女神が住んでいた。彼女はその豊富な知識を活かして数々の秘薬を作り出し、病に苦しむ多くの人々を救済した。やがて、彼女の妹である“イクシノン”も姉の影響からか医学の道を志し、より多くの民衆を救済したのであった。


 だが妹・イクシノンはその活躍をねたむ東方の魔獣たちよって程なくして殺害され、その死を悲しんだマナカレスは全てを忘れたいがために故郷を捨ててキリマンジャロの頂へと飛び立ち、そこで余生を送りついにギリシャに帰る事はなかったという。


「そこで彼女は命と引き換えに生涯最後の秘薬・ヒーリングコントローラーを作られたのですよね・・・」


「そう。キリマンジャロ時代に作った唯一の秘薬にして生涯最高峰の秘薬・ヒーリングコントローラーを地元の部族・ナンヨ族に託して天に召されたというワケさ。」


 そして、ヒーリングコントローラーは今なおナンヨ族の間で脈々と受け継がれ、全てを癒す万能薬として重宝されているそうな。


「で、僕たちはそれを手に入れるために明日キリマンジャロへと向かう。知っての通り僕の魔法があれば頂付近までの転送は可能だけど定員は4人までだ。」


 カメックが周囲の顔ぶれをキョロキョロと見回す。


「僕が行くのは当然として・・・マスターとピカ。3人は確定だ。」


 ショコルーが名前を呼ばれた二人の男性を交互に見やる。おそらく左側にいるセミロングでワイルドな感じの美男子が“マスター”で右側の短髪で地味目だけど優しそうな雰囲気の好青年が“ピカ”なのだろう。


「そして、最後の一人は・・・」


 周囲が緊張に包まれる。


「ショコルー、君だ!」


「ええっ!?」


 突然の指名にショコルーが思わずびっくりする。


 クマエリュスがおともに呼ばれると思っていたのにまさか自分にお鉢が回ってくるとは。


「えっと・・・」


「勘違いしないでくれ。君はヤマファさんから僕の力になるようにと頼まれたんだろ?だったら君を連れて行くのが筋というものだ。少なくとも僕が彼女の会社の一員であるからには彼女の意思を尊重するのが道理というヤツだろう。」


 カメックの隣では構想から外されたクマエリュスが舌打ちをしていた。  


「クマエリュス。君はここに残ってクロセウスを守っていてくれ。いくら隔離病棟で最上階に配置したとはいえこの子が誰かに狙われないという保証なんてどこにもないんだから。」


「そーかい、分かったよ・・・でも勘違いしないでくれ。あたしはクロセウスを大切に思っているからあんたの言いつけに従うだけだからな。そこんとこ忘れてあたしがあんたに惚れてるとかいう勘違いをしてやがったらぶっ飛ばしてやるからよーく覚えておけよ。」


「ご忠告ありがとう。それと・・・」


 指を突きつけてくるクマエリュスをいなしながらカメックがクロセウスの方を向く。


「ろ(ど)うしたのれ(で)すか?」


「これを。」


 カメックは、懐から水色の十字架を取り出すとそれをクロセウスの首にかけてやった。


「それは僕の魔力を結集して作った魔法の十字架だ。魔除けだと思って僕たちが帰ってくるまでつけておいてほしい。」


「カメック先生・・・」


「それじゃあそろそろ自分の病室に戻ろうか。」


「はい。」


「ではショコルー、また明日。君の母親にはヤマファさんの方から連絡を入れておいたそうだから心配しないでくれ。それと・・・今日分の宿泊費と食費は会社持ちだから夕飯は好きな物を食べるといい。それと、マスターとピカとクマエリュスも来客専用の部屋があるそうだから泊まりたければそっちを使ってくれ。」


 必要な事を言い終えると、カメックはクロセウスを連れてショコルーの病室を後にした。


「・・・・・」


「なぁショコルー、嫌なら無理に行かなくてもいいんだぜ?」


「そうそう、俺たちだけでも何とかなると思うしカメック先生には俺たちから・・・」


「パッケルホーン!!!」


「「わわわっ!!」」


 カメックがいなくなった後の病室で、両脇から口を挟んできたマスターとピカをショコルーは大声で遮った。


「マスターさん、ピカさん・・・気持ちは嬉しいけど私、引き下がるつもりなんてないですよ?」


 それは、虚勢でも強がりでもなく本心から出たショコルーの言葉だった。


「私、ヤマファさんと約束したんです。カメック先生の手助けをして必ずやクロセウスさんの傷を取り除くための力になると約束したんです。だから・・・たとえ大した力になれなかったとしても未知の場所に恐れおののいて約束を反故ほごにするぐらいなら私は戦う方を選びます!」


「ほぉ・・・」


「なるほど、カメック先生が一目置く女性は常に心の清らかな人ばかりで恐れ入るってね。」


 ショコルーの真摯な瞳を前にこれ以上は何を言って止めても意味がないと悟った。


「全く、いい年した女が熱血漫画みたいなセリフを吐きやがって暑苦しいったらありゃしない。」


「クマエリュスさん・・・」


「でも、今のいいセリフだったぜ。その言葉に嘘はないって事をあっちでも証明してきな。」


 クマエリュスもまたショコルーの姿勢を誰よりも見込んでいたのである。


「それと、なんだかんだ言ってもクロセウスがあんな目に遭っちまって一番ショックを受けているのはカメックなんだ。戦闘で貢献出来なかったとしてもせめて精神面ではあいつの力になってやってくれよな、頼んだぜ。」


 ショコルーの肩を軽く叩くとクマエリュスは病室を後にした。


「それじゃ、俺たちもそろそろおいとまをするかな。」


「そうだね。男二人に囲まれてちゃあショコルーもゆっくり休んでいられないだろうからね。」


「えっと、その・・・あ、明日はよろしくお願いします!」


 二人が出て行く前にショコルーははっきりとした声でそう告げた。


「オッケー、いい言葉だ。明日は楽しみにしてるぜ!」


「今日はしっかり食べてしっかり休んでしっかり眠って明日に備えてほしい。また明日!」


 クマエリュスに同じくショコルーの肩を軽く叩くとマスターとピカの二人も病室を後にした。


「・・・・・」


 一人残されたショコルーが意を決したかのように両手を強く握りしめる。


「よしっ、頑張るぞっ!!」


 自分を鼓舞するかのようにそう言い放つと、ショコルーは本棚に置いてあったギリシャ神話全集を手に取ってゆっくりと読み始めたのであった。




 その頃、ショコルーの交際相手リョタク・オザスキーはプラハ奪回の報を聞くや否や何食わぬ顔をしてプラハへと舞い戻り、行きつけの喫茶店でウェイトレスを相手に嘘で塗り固めた武勇伝を嬉々としながら吹聴していた。


「それでさ、変な連中にプラハを占拠されている間、俺はたった一人で侵略者どもの手先たちと戦いながら状況を打開しようとしてたってワケ。」


 ワインを威勢良く飲み干しながら酒臭い息を吐く。


「頑張っておられたのですね。・・・そういえば、交際相手の女性はどうされたのですか?」


「ああ、ショコルーの事ね。正直俺もあいつが心配で心配で仕方がなかったんだけど噂に聞いたところ無事だったって話だからとりあえずは一安心ってところかな。」


 心にもない「一安心」を口にしながらリョタクがウェイトレスの女性の腰に手を回す。


「あっ・・・」


「でも、あいつと会うのは2日後だ。今日は料理の後で君を召し上がっちゃおうかな・・・」


 ショコルーと会う日でなければ、他の女性と一夜を過ごす行為などリョタクにとっては後ろめたさや罪悪感など微塵もわいてこなかったのである。




 翌朝、一同はクロセウスの病室に集合した。


「みんなそろったね?」


「おう!」


「当然。」


「いつでも行けるお!」


 テンションが上がっているのか妙な言い回しをするショコルーに周囲から笑いが起こる。


「よし、じゃあクロセウス。僕たちが帰ってくるまでこの病棟から出ない事と昨日つけた十字架は絶対に外さない事。それと、クマエリュスは同じカメコンテの一員として必ずやクロセウスを守る事。いいね?」


「分かったのれ(で)す。」


「はいはいは~い。言いたい事は分かったからとっととアフリカに消えちゃってくださ~い。」


 素直に答えるクロセウスとは対照的にクマエリュスが手をヒラヒラと振りながらそっぽを向く。


「そりゃどうも。ではお望み通りとっとと消えるとしよう。」


 カメックが苦笑いを浮かべながら両手を広げて時空を捻じ曲げる。


「さあ!マスター、ピカ、ショコルー・・・行くよ!!」


「「「おう!!!」」」


 ビューンビューン!!


 カメックの転送魔法によって(クロセウスとクマエリュスを除く)一同は病室から姿を消した。


「ったく、てめーが一番辛いだろうに平気そうな顔しやがって・・・」


「られ(誰)が辛いのれ(で)すか?」


「いや、こっちの話だ。どっかのスポーツ選手が好きなチームを移籍するのが辛いって言ってたのを思い出してな・・・」


 後に残ったクマエリュスは、自分の気持ちを隠しながらも言われた通りクロセウスの隣に居続けたのであった。




 ピシュンッ!


 転送直後に一行が降り立った地点は、妙な形をした木々が生い茂る森の手前だった。


「ここはキリマンジャロ山頂に最も近い“ベントランの森”の入り口だよ。本来なら山頂まで直に行きたかったんだけど、どうやら何らかの力に阻害されちゃったみたいなんだ。」


 カメックが不満そうな顔をしながら首をひねる。


「じゃあ、その力がなければすぐに山頂に行けたんですか?」


「もちろん。どうやら、僕のいけ好かない類の人間が何やら幅を利かせているような悪い予感がするんだけど・・・」


 ショコルーの問いにカメックが妙な含みのある受け答えをする。


「まーいいよ。だったら真相を確かめるって意味でもまずはこの森を突き抜けちまおうぜ。」


「その通り。カメック先生なら大型ダンボールに閉じ込めて高速道路に放り出しても無傷で生還できるタイプの人だから心配はいらないよ。」


 だが、マスターとピカはそんな不安などどこ吹く風と言わんばかりに二人並んで先頭を切って森の中へと入って行った。


「全く、褒めてるんだかからかってるんだか・・・」


 カメックが苦笑いを浮かべながら肩をすくめてみせる。


「ショコルー、あの二人の後に続いてくれ。僕は最後尾で君を守護する位置をキープする。」


 つまり、前方をマスターとピカ。後方をカメックが位置取る形で真ん中のショコルーを守る隊形である。


「こういう時は最も場慣れしていない人を最優先で守ってあげるのが常識だからね。」


「カメック先生・・・」


「さ、分かったら早くマスターとピカの後ろにつく!」


「はい!」


 ショコルーは、カメックの意図するところを理解すると迷う事なく二人の後を追った。


「カツヒクさん・・・これで、いいんですよね?」


 カメックは、誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと颯爽さっそうとした足取りでショコルーたちを追って森の中へと消えたのであった。 




 ベントランの森は、朝とはいえど曇り空だった影響もあって妙に薄暗く、大気は冷え込んでいた。


「カメック先生。結局のところヒーリングコントローラーってどんなお薬なんですか?」


「ヒーリングコントローラーはハートを癒すカプセル型の秘薬です。」


 ショコルーとカメックが他愛もない会話をしながら歩みを進めている傍らで、先頭を歩いているマスターとピカは神経を研ぎ澄ませ続けていた。


「ピカ、これは・・・」


「間違いない。誰か来る!」 


 ザッ!!


 複数の足音に気配を感じた一行が即座に歩みを止める。


「お前たち、何をしにここまできた?」


 出口の直前で、一行の前に五人の女性が現れて立ち塞がってきた。


「この先は我らが雇い主・オボータ様の領地なるぞ。部外者は入れぬ、早急に立ち去るがいい!」


 真ん中にいた桃色の奇抜な衣装に身を包んだ女性が一歩前に歩み出て一行を恫喝する。


「私たちは大切な人を助けるためにナンヨ族の人々が代々受け継いでいる伝説の秘薬・ヒーリングコントローラーを手に入れなければならないんです。どうか、そこを通してください!」


 そんな中、真っ先にそう切り出して頭を下げたのはショコルーだった。


「けっ、あの薬はオボータ様の管理下で何十万ドルもの値段にして取引をしている高価な代物なんだよ。てめーらみてぇな貧乏人が土下座をしたって一粒ももらえりゃしねーんだよ!!」


 バキイッ!


「ううっ・・・!」


 だが、女性はそんな真摯な気持ちを踏みにじるかのように頭を下げていたショコルーの頭部めがけて一撃を見舞ったのである。


「思い知ったか貧乏人!おい、お前らも一撃ずつこの女の頭にぶち込んでやれ・・・?」


 威勢よく手下たちをけしかけていた女性の背後にマスターが回りこむ。


 ドゴオッ!!


「へぎゃっ!」


 直後、マスターの鋭い蹴りが女性の背中奥深くへとめり込んでいた。


「あれっ?背骨やっちゃったかな?いいや、元は取れただろ。」


 ドサアッ!


「「「「モ・・・モモータ!」」」」


 それが女性の名前なのか取り巻きの女性たちが一斉に背中を蹴られたモモータへと群がる。


「グッ・・・お前たち!あれでこいつらを一気に片付けるぞ!!」


「「「「オーライ!!!!」」」」


 女性たちが肩車に肩車を重ねて5段の人間タワーを形成する。


「行くぜっ!竜巻ガール!!」


 最上段に立ったモモータの合図で高速回転が起こり、女性たちが大型の竜巻へと変貌する。


「そんな、こんなのくらったら・・・」


「大丈夫だよショコルー。」


 突進を仕掛けてくる大型竜巻を前に狼狽するショコルーにカメックが優しく声をかける。


「本当なら僕が見せ場を作りたいんだけど・・・今回はマスターとピカに委ねるとするよ。」


「へん、そりゃ嬉しい限りだね。だったらこの先はしっかりカメック先生にも働いてもらうからしっかり見ておきな!」


 マスターは軽く悪態をつきながらもピカと一緒に竜巻の前に立ちはだかった。


「スローダウン!」


 ピカが魔法を放つと竜巻の速度が目に見えるレベルで低下する。


「真空切り!!」 


 ブシャアァァッ!!ブシャアァァッ!!


 それをマスターが手刀で切りつけると戦いはあっさりと決した。


「「「「「きゃあーーー!!!!!」」」」」


 竜巻はいともたやすく分解され、跳ね飛ばされた女性たちが次々と地面に叩きつけられる。


「ぜ、全然歯が立たないとは・・・」


 モモータたちはその場にのびるともう動いては来なかった。


「ナイスアシスト!」


「ナイスアタック!」


 互いの健闘を称えながら肩を組み、マスターとピカは森を抜けて行った。


「ショコルー、さっき殴られた部分は?」


「はい、ありがとうございます、大丈夫です。」


 ショコルーもまた、カメックに気遣われながらも二人の後に続いて森を抜け出たのであった。




 キリマンジャロの山頂にたどり着いた一行は、その奇妙な光景に言葉を失った。


 山頂部を削りながら開拓し、集落を形成していたナンヨ族の村に軍服を着た者たちが立ち並び、農作業をしている村人を監視していたのである。


「おらっ!モタモタしてないで機敏に動かんか!」


 ピシッ!


「うぎゃ!」


 長時間労働で動きが鈍っていた老人に鞭が振るわれる。


「お前たちは奴隷として生涯俺たちの食料を工面する立場にあるのだ!働けぬ腑抜けには死、あるのみだぞ!!」


 軍服の男が見せしめと言わんばかりにうずくまっている老人を怒鳴り上げる。


「酷い・・・でも、ナンヨ族の村に押し入っているこの人たちは一体・・・?」


 視界に映る残酷な光景を前に怒りを露にするショコルーとは反対に、カメックたちは何かを理解したかのような神妙な面持ちで互いの顔を見合わせていた。


「カメック先生・・・」


「これはまさか・・・」


「間違いない。この村は“オボータ研究所”に支配されているみたいだ。」


 オボータ。


そういえば、あの桃色の服を着たモモータという子もそんな名前を口にしていたなとショコルーが思い出す。


「カメック先生、そのオボータというのは・・・?」


「ショコルー、教えておこう。オボータというのは君のような子が反面教師にすべき女性でね・・・」


 カメックは、淡々とした口調でこの状況を作り出しているであろう“オボータ”という人物について語った。


 オボータ・ハルム。トルコはイスタンブールに生まれたこの女性はオスマン・トルコ帝国皇族の血を引くまさに“帝国の忘れ形見”だった。しかし、血筋とは裏腹に学力や体力といった能力は低く、プライドが高いだけで常に揉め事を引き起こしていた彼女は周囲から疎まれ続け、ついには傷害と詐欺で逮捕され、懲役刑を受けて服役を余儀なくされたのである。やがて、出所した彼女は家柄を利用して人脈と資金を集めて研究所を設立してリーダーとなるも大した成果も上げずに国から研究費ばかりを搾取し続けた果てについには覚醒剤の密輸行為が発覚して再度警察沙汰を引き起こしてしまう。しかし、狡猾な彼女はそれを見越して数名の手下と一緒に捜査のメスが入る前にトルコ国内から消えていたのであった。


「恐ろしい人ですね・・・」


「おそらく僕の転送魔法が阻害されてすぐにここに出て来れなかったのも彼女が何がしかの小細工を弄ろうした故の結果だと考えて問題ないだろう。」


 カメックの澄んだ眼差しが少し遠くに建てられている大型の屋敷へと向けられる。


「大方あの中にアレが潜伏しているんだろう。ここの村人たちのためにも乗り込んでどうにかしないといけないけど、その前に・・・」


「!!」


 気がつけば、一行の周囲は軍服を着た集団によって完全に取り囲まれていた。


「貴様ら!ここは我らが主オボータ様の領土なるぞ!無断でのこのこと踏み込んでおいてただで済むとでも思っているのか!?」


「お前たちこそどこぞの部族の村を侵略した上に重労働を強制しておいて許されるとでも思っているのか?」


「悪いけど、どう見たって俺たちが善玉であなた方が悪役という構図になるよね、これって。」


「嬉しいね・・・僕の魔法のお披露目会にこんなにたくさんの参加者が群がるなんてかねてから魔力を磨いていた甲斐があったというものだ。」


 多勢に無勢をものともしないマスターたちの強気な姿勢を前にショコルーも戦闘を覚悟した。


「私も戦う・・・村人たちのために!」


「者ども、やってしまえ!!」


「「「おー!!!」」」


 オボータ研究所のガードマンたちが一斉にショコルーたちへと襲い掛かってきた。


「ミストイリュージョン!」


 そこでピカがすかさず霧を放ってガードマンたちの視界を奪う。


「な、なんだっ!?何も見えなくなったぞ!ええい、奴らはどこへ消えたっ!?」


 辺りが見えなくなったガードマンたちはいともたやすく狼狽する。


「炎刃切り!」


「ライトニングストライク!」


「ほあぁぁぁ!!」


 そこをマスターの手刀とカメックの魔法とショコルーのヌンチャク攻撃で一気に畳み掛ける。


 ビシイッ!


「ぎへっ!」


 そして、ショコルーのヌンチャクが最後の一人を大きく跳ね飛ばしたところで戦いは終わった。 


「勝負、終了!」


 カメックが周囲を確認しながらはっきりとそう告げる。


「よし!ならば次はあの宮殿へ突入だー!!」


「「「オー!!!」」」


 ショコルーの合図で一行は勇ましい足取りでオボータのいるであろう宮殿へと向かって行ったのであった。


 その後を、ナンヨ族の村人たちはただ羨望の目を向けて見守り続けていた。




「たあっ!」


 ベシイッ!


 宮殿に入るなり襲い掛かってきた総勢二十名の研究員たちを一人残らずなぎ倒し、辺りを見回すと一行は地下室への経路を発見した。


「怪しいな・・・」


「ああ、何かを隠しているような臭いがプンプンする。」 


 マスターとピカが疑念を抱きながら地下へと通じる道を凝視する。


「確かに。・・・でも、まとめて行くのは得策じゃない。ここは二手に分かれて行動しよう。マスターとピカは地下へ行く。僕とショコルーは上の階を進む。どっちにしても茨いばら道みちが待ち受けているのは避けられないだろうから注意するに越した事はないだろう。」


 “司令塔”の愛称そのままにカメックがその場の指示を出す。


 だが、どこまでも優しく澄んだような眼差しを添えて丁寧な口調で話すそんな彼を前に異を唱える者は誰一人として現れなかった。


「カメック先生・・・」


「胸騒ぎがするんだ。僕とショコルーは絶対にこの階段を上り、その先に進まなければならない。僕の本能がそう告げているみたいでね・・・」


 ショコルーは、その言葉に根拠はないものの妙な信憑性を感じていた。


「・・・よし、じゃあ俺たちは先生の指示通り地下を探ってみるとしよう。行くぜ、ピカ!」


「ああ!」


 カメックの肩を軽く叩くとマスターはピカを連れて地下に続く経路へと姿を消した。


「ショコルー、僕たちも急ごう!」


「はい!」


 そして、カメックもまたショコルーを連れて階段を上り始めたのであった。




「うっへっへっへっへ・・・こんな上玉がおんなじ病棟にいるとは俺も運が良いな・・・」


「チッ!まさかこの病棟内にこんな患者が潜んでいやがるとはな・・・!」


 ショコルーたちの戦いが終盤を迎えようとしていたその頃、クロセウスの病室に招かれざる客が手下を率いて押し寄せていた。


「ろ、ろ(ど)うしてこの人が・・・」


「クロセウス、このオッサン知ってんのかよ?」


「この男は悪名高きインドの作曲家・コーチーサムールなのれ(で)す!」


「何だって!?」


 クロセウスは目の前の男を知っていた。


 クマエリュスも姿形こそ知らなかったものの、コーチーサムールという名前は過去に何度も(悪い意味で)耳にしていた。


 作曲家とは名ばかりで他人に楽曲を作らせて、自分の名義で発表するミュージシャンの風上にも置けない男。(いや、風下にすら置かれる資格もない男とでも言うべきか)


「おいおい、俺は障害を抱えた体で数多の名曲を生み出してきた男だぜ。悪名などとは人聞きの悪い事を言う子だな、テトラ・クロセウス・・・」


 両手を広げて指をクネクネ動かしながらコーチーサムールが醜い笑顔で詰め寄ってくる。


「てめー、何が目的だ!」


「なに、金も命も取りはしない・・・ただ、この子を人質にしてカメックに俺のための楽曲を作らせるって寸法さ・・・あいつはそこいらのミュージシャンとは一線を画した物を持ってやがるから俺様の土台として扱うに相応しいと思ってな・・・・・・」


 ガシッ!


「しまった!」


 いつの間にか近寄っていた取り巻きたちに抑えられてクマエリュスが動きを封じられる。


「ヒッヒッヒ・・・さあクロちゃん、おじさんと楽しいところに行って楽しい事をしようね・・・」


「や、やめるのれ(で)す・・・」


 恐怖のあまりベッドの上で身動きの取れなくなっていたクロセウスはそう言って体を震わせるのが精一杯だった。


 ~クロセウス、クマエリュス、心配はいりません。その男の好きなようにさせておあげなさい。~


「「?」」   


 ふと、窮地に立たされていたクロセウスとクマエリュスの脳裏にそんな声が響いてくる。


 ~今から面白い事が起こりますよ・・・~


 ガシッ!


 コーチーサムールがクロセウスの右腕を乱暴につかんだその時だった。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!!!!


「アバラブベババボバラベベババ!!」


 直後、激しい電撃がコーチーサムールの全身を流れて大感電を引き起こしたのである。


「な、何だ!?」


「ろ(ど)うなっているのれ(で)すか・・・?」


 今ひとつ状況が理解出来ていないクロセウスとクマエリュスに再び声が聞こえてくる。


 ~これは紛れもなくカメック先生のご加護です。~


「カメック先生のご加護・・・あっ!」


 クロセウスが胸元につるしている十字架に視線を落とす。


「それは僕の魔力を結集して作った魔法の十字架だ。魔除けだと思って僕たちが帰ってくるまでつけておいてほしい。」


 そういえば昨日、これをつけてくれた時にカメック先生はそんな事を言っていた。


 つまりそれはこういう事ら(だ)というワケれ(で)すか。


 ~おそらく災いをもたらす者があなたに触れたら雷撃が施される仕組みになっているのでしょう。全く、カメック先生は魔力を駆使して面白い事を考えつくお方です・・・~


「じゃあ、あたしがいてもいなくてもクロセウスは大丈夫だったって話になるよな・・・あいつ、あたしにクロセウスを守ってくれとか言っといて自分がしっかり対策立ててやがったってオチだよな、これって・・・」


 ~クマエリュス、まんまと遊ばれてしまいましたね。~


 はっきりと指摘されてクマエリュスの顔がみるみるうちに鬼と化す。


 ドボオッ!


「ぶほ!」


 そして、すかさず呆然としていたコーチーサムールの取り巻きの一人にひじ打ちを食らわせる。


「あの野郎、絶対許さねぇ!だけどその前に女の子の部屋に大勢で押しかけてきたてめーらにお仕置きだ!覚悟しやがれ!!」


「「「や、やべー!逃げるぞ!!」」」


「うがー!!逃がすか悪党どもーー!!!」


 そして、生命の危機を感じて一斉に逃げ出したコーチーサムールの取り巻きたちを追いかけて病室を飛び出して行った。


 ~おやおや、元気がいいのは結構ですが病院内で走り回るのは感心しませんね・・・~


「ほんと、ろ(ど)いつもこいつもろ(ど)うにかしてやがるのれ(で)す・・・」


後に残されたクロセウスは、苦笑いを浮かべながらも優しく、どこまでも澄んだような眼差しで黒こげと化していたコーチーサムールを哀れむように一瞥すると速やかに警察に通報し、その後でヤマファへと報告をしたのである。




 何百段にものぼる地下へと続く階段を降り続けたマスターとピカがその先にあった扉を開けると、そこは化学薬品が立ち並ぶ実験室のようだった。


「お前たち、ここに何の用だ!」


「ここはオボータ様直轄の“ヒーリングコントローラー調合室”であるぞ!!」


 即座に目つきの悪い女が二人、好戦的なオーラを醸し出しながら詰め寄ってくる。


「なるほど、ここがね。それはいいけど君たち随分と物騒な物を持っているみたいじゃないか。」


「ここが調合室なのはいいけどそれは関係ないんじゃないのかな?」


 右側の女性は包丁を。左側の女性は両の手から電撃を。


 この二人が話し合いという選択肢を持ち合わせていないのは火を見るよりも明らかだった。


「助けて、お兄さんたち!!」


 そんな中、別の女性が現れてマスターの背後に逃げ込む。


「君は・・・」


「私はナンヨ族のカモリ。とにかく、あの二人をどうにかしてほしいんよ!」


「「・・・・・!」」 


一目で分かる刃物で切られた傷跡と火傷を負わされた痕跡。


「一応聞いておく。この子の傷は誰が植えつけたんだ?」


「決まってるだろ、僕たちさ。」


 努めて冷静にふるまっているマスターをあざ笑うかのように包丁を持った方の女が笑顔で名乗りを上げた。


「まずその刃物の跡は僕だ。その女が悪態をついたときは作業に差し支えが出ない程度に切りつけてやった。ま、今やヒーリングコントローラーを作れるのはそいつだけだし殺すワケにはいかないもんな。で、火傷の痕跡はその女が調合を失敗した時にもれなくこっちの姉さんがプレゼントしてやったってオチさ。」


 電撃女の方に親指を向けて包丁女が気味悪く顔を歪める。


「そういえば自己紹介がまだだったな・・・僕の名はモナ・ミラ。狂気の刃使いだ!」


「うわっ!」


 奇襲を仕掛けてきた包丁女モナ・ミラの攻撃をマスターが間一髪で回避する。


「そらそら!うまくよけないとノドブエをざっくりいっちゃうぞ!!」


「マスター・・・・・!」


「人の心配をしている場合か!」


 マスターを気遣うピカの前に電撃女の雷が飛んでくる。


「はっ!」


 ピカはすかさず魔法防御壁を張ってガードをしてそれを相殺に持ち込んだ。


「チッ・・・まぁいい、冥土の土産に教えといてやる!私の名前はヒサーダ・カネモッチ。声優業界きっての稲妻使いだ!!」


 大げさに名乗り上げると電撃女・カネモッチが再び雷をチャージする。


「こういうふざけた女が相手なら俺も本気で戦えるというものだ・・・」


 ピカはうろたえる事なくサングラスを外して胸ポケットにしまいこむと即座に戦闘の構えを取った。


「お兄さんたち・・・頑張るんよ・・・」


 そして、ナンヨ族の娘・カモリはマスターとピカを信じてその場から逃げず純粋な気持ちで祈りを捧げていた。




「ちょいやっ!」


 バゴオッ!


 残っていたガードマンたちの最後の一人をヌンチャクで仕留めると、ショコルーたちはついに5F最上階へとたどり着いたのであった。


「カメック先生・・・」


「ああ、分かっている。こんな邪悪な気配ははじめてだ。」


 これまでの階層には(入らなかったとはいえ)様々な部屋がありガードマンの残党が待ち受けていたものの、ここには人の気配は一切感じられず、余分な部屋もなくただ最奥部に禁断の部屋“オボータの間”が存在するだけだった。


「・・・覚悟はいいね?」


「はい。ここまで来たら後は突き進むのみです!」


 ショコルーの覚悟を再確認すると、カメックは深呼吸をしてゆっくりと扉を開けた。


 ガチャッ!


「うっ・・・」


 部屋の中を見て、ショコルーがすぐさま気分を悪くした。


「なるほどな。」


 床のあちこちに突き出た人間の顔。壁のあちこちに飾られた頭蓋骨。


 そして、棚に置かれたホルマリン漬けの臓器たち。


「ほっほっほ。ここまで来るとは面白い奴らじゃな。」


「あなたは!」


 背を向けていた玉座がゆっくりと前を向き、その姿が露となった。


 奇抜な厚化粧と凶悪な目つき。そして、きらびやかな服装。


「オボータ・ハルム!」


「ほほう。我が名をまだ覚えているとは感心したぞ、カメックよ。」


 そう、それこそがオボータ・ハルムその人だったのである。


「して、まだあの底辺をはいつくばっている小娘を連れて音楽ごっこを続けておるのか?」


「残念だが底辺をはいつくばっている小娘に心当たりなどないし音楽ごっこなんて遊びに興じた覚えもない。僕は常に神々の血を引く清廉せいれんなる少女と一緒に真の音楽を作り上げている、それだけだ。」


「カメック先生・・・」


 普段は見せないようなカメックの真剣な表情が、ショコルーには輝いて映っていた。


「ふん、戯れ言を・・・ならばその神々の血を引く少女とやらの創造主を前にして、そなたは何とするのかな?」


「何だと?」


 ビュッ!!


 直後、ヤリによる鋭い一突きがカメックを強襲した。


 幸いカメックはうまく回避したものの問題はそこだけではなかった。


「うげっへっへっへ・・・俺の娘を随分とたぶらかしてくれているそーじゃねーかよぉ!!」


 酒臭い息を吐き散らかしながら男がニヤニヤとカメックを見据えてくる。


「このバッカス・クロセウス様に無断で娘を連れ回すような男がどんな奴だと思って見てみりゃあ単なるオタクのいじめられッ子で音楽だけが取り柄とかいう頭のイカれた野郎だったりしたんだもんな!そりゃあ俺様に心臓貫かれて血の海でのたれ死ぬしか選択肢はねーってなぁ!!」


「・・・・・堕落した神にかける情けはない・・・この僕が然るべき制裁を与えてやる!」


 だが、カメックはそんなクロセウスを捨てて蒸発した実父・バッカスに動じる事なく戦闘態勢に入ったのである。


「ほっほっほ、せいぜいわらわが操る神の前に無様なダンスを繰り広げるがよい。さて・・・」


 オボータの視線がショコルーへと向けられる。


「さすればおのずとわらわの相手はおぬしになるというワケじゃな。」


 玉座から立ち上がり、右手に持っている杖の先端をショコルーへと向けてくる。


「最近下らぬ探りを入れてくる者が多くて気分を害しておったのじゃ。気晴らしにおぬしをなぶり殺して楽しませてもらうぞ。」


「そんな理由で人を手にかけようとするなんて許せません・・・村人たちのためにもあなたを退治してヒーリングコントローラーを手に入れ、クロセウスさんに届けてあげます!!」


 そして、身勝手な理由で標的にされてしまったショコルーもまたオボータの邪気にひるむ事なく戦闘態勢に入ったのであった。


「何だぁ?俺様にヒーリングコントローラー飲ましてくれるってかぁ?」


「「お前じゃなくて娘の方!!」」


 時折、カメックとハモったりしながら。




「そーれそれそれ切り刻まれろ血を噴き上げろぉ!!」


 モナ・ミラの包丁さばきにマスターは回避するのが精一杯で完全に防戦一方となっていた。


「逃げてばかりじゃ面白くないぞオッサン!大人しくこの包丁の錆になって無様な最期を遂げちまいな!!」


「あいにく俺は万人の幸せを願っているんでね・・・それを見届けるまではイエスのお導きがあっても天に昇るワケにはいかないんだ・・・よっ!」


 バシッ!


「ああっ!」


 一瞬の隙を突いてマスターが手刀を叩き込み、モナ・ミラの手から包丁を払いのける。


 包丁は天井に突き刺さり、まさにモナ・ミラの手の届かない場所へと飛び立っていた。


「形勢逆転だな、悪ガキ。」


 マスターが額の汗を拭きながらイタズラな笑みを浮かべる。


「俺はいつだって人のために己を犠牲にする男。お前は自分の欲望のために人を犠牲にする女。つまり、精神面の差が現れたってヤツだな。」


「わ、悪かった。今までの事は全部僕が悪かった。だからもう、許してくれ・・・」


 分が悪いと悟ったのか武器を失くしたモナ・ミラは両手を上げて命乞いを始めた。


「チッ、さっきまで殺す気満々だった悪党が旗色悪くなった途端にそのザマかよ。」


 口はそう言いながらもマスターは性格上こういった相手に鬼にはなれなかった。


「まぁいい、俺はともかく先に散々いじめていたあのカモリって子に頭を下げて・・・」


 マスターが背中を向けたその時だった。


「・・・・・!」


 モナ・ミラが懐から取り出した「予備の包丁」でマスターの左胸へと一突きを繰り出す。


 ブシャアッ!!!


 直後、血しぶきが飛び散って辺りを真っ赤に染め上げた。


「お、お前・・・!」


「へへ、背に腹は変えられぬ・・・そして、肉を切らせて骨を断つってな。」


 左胸(心臓)を守るために左腕を盾にしたマスターは、その左腕を包丁に貫通され激しい出血を余儀なくされていた。


 だが、彼の右腕は手刀となってモナ・ミラの腹部を貫通していたのである。


「うすうす勘付いてはいたんだが、まさか本当にやって来るとはな・・・とっさの判断がなければ危なかったところだ。」


「この僕が、お前ごときに・・・!」


 モナ・ミラは腹部から大量の血を流しながら目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「やれ、最近は大人の方がフェアでクリーンなケースが多かったりするのかな・・・」


 戦いに勝利したマスターは、足元がふらつきながらも近くの椅子に腰を落としてピカの戦況を見守った。




「サンダークラッシュ!」


「はっ!」


 カネモッチの雷魔法がまたしても魔法防御壁によって相殺される。


「けっ、ガードばかりで張り合いのない男だ。たまにはカモリのように黙って餌食になって悲鳴でも上げてみたらどうなんだ?」


「なるほどね。こういう事をしてあの子を責めさいなんでいたってワケだ。」


 カネモッチの挑発をピカが笑顔で受け流す。


「あん?それがどうした。私が自分の奴隷をどう扱おうとそれは私の勝手だ。それよりも、サングラスを外して本気で戦うんじゃなかったのかよ?まさか不細工な素顔を晒して私の笑いを誘う戦術だったと言うのではあるまいな?」


「そろそろ頃合いかな・・・」


 カネモッチの言葉には耳も貸さずにピカが大きく息を吐く。


「何が頃合いだ!今度こそ黒こげの感電死体にしてくれる、サンダークラッ・・・」


 ドボオッ・・・!


 その直後、ピカのボディーブローがカネモッチの腹部奥深くへとめり込んでいた。


「魔法詠唱時にこうも隙が生じるなんて君は声優としても稲妻使いとしても3流でまさに失敗作だ。でもいいや、これで一発。」


 グワン!ズドッ!バキッ!ベキッ!グシャ!


「二発!三発!四発!五発!六発!!」


 そこから淡々とピカの肘と拳がカネモッチの背中やあごを殴打する。


「さて、フィニッシュの七発目は君にご協力を願おうか・・・」


 だがピカはあえてその先の攻撃をしようとはしなかった。


「貴様、私を侮辱しているのか・・・ならば今度こそ亡き者にしてくれる!」


 少し離れた距離で両手を広げておどけた顔をしているピカにカネモッチが憤慨する。


「くらえ!サンダークラーッシュ!!」


「カウンターシールド!」


「なにィ!?」


 バン!


 カネモッチの放った雷が再びピカの魔法防御壁に遮られる。


 しかし、今回の光の壁は相殺とならず、雷をそっくりそのまま跳ね返してしまったのである。


 ドシャアァァン!!!


「ギャアーーーース!!!!」


 自身の雷をまともに浴びたカネモッチは、醜い悲鳴を上げて黒こげとなりその場に崩れ落ちた。


「言っただろ?最後の七発目は君に協力願うって・・・」


 外していたサングラスをかけ直すと、ピカはマスターに勝利のVサインをアピールした。


「でかしたぞピカ!これでカモリも明日から一安心だ、な!」


 マスターがピカに駆け寄り無邪気にはしゃいでいる傍らで、カモリもまたどこまでも純粋な笑顔で両者の健闘を喜んでいた。


「お兄さんたちありがとう!これで明日から他人におびえる事なくヒーリングコントローラーを作れるんよ!」


「それはいいんだけど・・・」


 ピカは、事情を正直に説明してカモリにヒーリングコントローラーを分け与えてくれるよう要請した。


「当然でしょ!お兄さんたちは命の恩人なんだもん!1ヶ月分は無料投与なんよっ!!」


「「やった!!」」


 カモリは二つ返事で承諾し、マスターとピカは激闘の末についにヒーリングコントローラーを手に入れたのである。


「本当はこの薬、万能薬と言っても病に苦しむ貧しい人々のために無料配布しとったんよ。それを、あのオボータの一味が占拠してからはあいつらが高い値段で売りつけるようになって社会弱者の人たちは・・・」


「その先はいい、大体想像つくから。」


「ね、それよりもあれって・・・」


 声に詰まるカモリの肩を叩きながらマスターがなだめている一方で、ピカは部屋の奥にエレベーターが設置されてあるのを見つけた。 


「あれはオボータの部屋に直通するエレベーターなんよ。ここで作ったヒーリングコントローラーを持ち上がってあの女が最終確認をしとったんよ。」


 それを聞いてマスターとピカが顔を見合わせニヤリと笑う。


「なるほど、直通ね・・・」


「そういう事なら話が早い。カモリ、行くぞ!」


「・・・・・・はい!」


 かくて、マスターとピカはカモリを伴ってエレベーターに乗り込みオボータの間を目指したのであった。




「うりゃあ!」


 ビシュッ!


 バッカスのヤリがまたしても無様に空を切る。


「何故だぁ・・・何故俺様の突きが一つも当たらぬのだぁ!?俺は神ぞ!そして、このヤリはオボータ様より授かった“ヘラクレスのヤリ”なるぞぉ!!」


「この程度で神を名乗るとは始末の悪い冗談だ・・・エアーカッティング・トリプル!」


 ズシャズシャズシャアッ!!


「ぐぬあっ!」


 一方で、カメックの放った真空刃はまたしてもバッカスの体を切り刻みダメージを負わせていた。


「どのような卓越した神であれ堕落の色に染まってしまえば何の権威も持たないただの下級妖魔も同然だ。ましてや酒に操られ、自分の娘を虐げるような男に神を名乗る資格はない!」


「るっせぇ!俺様は酔拳の達人だぞ!!俺様の一撃は娘の顔を腫れ上がらせる破壊力があるんだぞ!!」


「ならば、その自慢の酔拳とやらを是非とも僕に見せてもらおうか?」


「うっ!」


 虚勢で言ったその言葉は自身の首を絞め上げただけだった。


「そんな取って置きがあるのならヤリなど捨ててその拳で僕に思い知らせてみるといい。おそらく今度はあなたの顔が腫れ上がって今より格段醜い面構えになるだけだろうけどね・・・!」


「や・・・やかましーーーーー!!!!!」


 カメックの挑発にまんまと乗ったバッカスがだらしない足取りで突進を仕掛けてくる。


「酔いどれ突き!!」


 ビューン!!


 そして、これまで以上に力のこもった一突きを繰り出すもやはり無様に空を切るだけだった。


「野郎、どこへ消えた!?」


「ここだよ。」


「!」


 カメックは既にバッカスの背後へと回りこんでいた。


「僕の残像すら捕らえられないあなたには正直ガッカリした。これで終わりにしよう。」


「ま、待て。命だけは・・・」


「ああ、分かっているよ。ちゃんと瀕死の重体で済む程度に魔力を調整しておくから安心してくれ・・・ライトニングストライク!!」


 ドシャアァァン!!!


「ぐえー!」


 カメックの左手から放たれた稲妻は即座にバッカスの全身に飛び移り、ものすごい感電を引き起こした。


 後には黒こげとなったバッカスが煙を吐きながらその場に転がっているだけだった。


「悪いけど、もう二度と僕にもクロセウスにも関わらないでくれ・・・」


 バッカスを哀れむような目で一瞥すると、カメックは気持ちを切り替えショコルーの戦況に目を向けたのである。   




「ほあーーーー!!!!」


「無駄だというのがまだ分からぬか、うつけめ!!」


 バシッ!


 オボータが自慢の杖“ストップロッド”の先端でショコルーの顔を殴りつける。


「くっ・・・!」


 杖による度重なる殴打と時折織り交ぜてくる魔法攻撃をくらい続けてもはやショコルーは満身創痍と化していた。


「どうじゃ、身に染みたであろう?おぬしごときがイキがったところでわらわには傷一つつけられぬのじゃ。いい加減わらわの前にひざまずき、非礼をわびるがよい。さすれば命は取らず永久に奴隷として生かし続けておいてやる。」


「嫌です・・・あなたのような女性に屈して生きながらえるぐらいなら私は命が尽きるまで善良なる人々のために戦います!!」


「ほほほ、そうかえ。ならば今すぐここでなぶり殺しにしてくれるわ!!」


 ショコルーの態度に腹を立てたオボータが杖の先端を目の前へと向けてくる。


「はあっ!」


「!」


 杖の先端が怪しい光を放つと、ショコルーは全身が麻痺を起こしてその場から動けなくなってしまったのである。


「まさかおぬしごときに奥の手を使うとは思いもせんかったわ・・・じゃが、これでおぬしはわらわのサンドバッグとなって朽ち果てるという選択肢しか残っておらぬというワケじゃ・・・」      


「・・・っ!!」


 納得は出来ないものの、こればかりはオボータの言う通りに他ならなかった。


「フレイムスプラッシュ!」


 身動きの取れないショコルーを炎が容赦なく包み込む。


「うあーー!!」


「ほっほ、よい悲鳴じゃ・・・さあ、次は鋭利なるこの杖で体中に穴を開けてくれようぞ!」


 オボータが嬉々として杖の先端をショコルーの目の前でちらつかせる。


「くっ・・・」


「案ずるでない。心臓は最後の楽しみに残しておいてくれる・・・」


 動けなくなったショコルーには何を言われようとももうどうする事も出来なかった。


「まずは腹部に風穴を施してくれる!ちょえや~!!」


 シュッ!


「ぐぬっ?」


 しかしその一撃はあたらずショコルーが目の前から消える。


「勝敗は決したんだ、もういいだろう。」


「なんとっ!?」


 オボータが振り返ったその先にはカメックがいた。


「君のような輩に彼女が殺あやめられる姿など見たくないから乱入させてもらったよ。」


 動けなくなったショコルーを抱きかかえた姿で。


「カメック先生、私は・・・」


「大丈夫。炎はさっき消火しておいたから心配ない。君は安心して見守っていてくれ。」


 ショコルーを脇にそっと寝かせると、カメックは再びオボータへと向き直った。


「礼を言うよ。もっと強い相手ならまだしも用心棒のつもりだったのかは知らないけどあんな口先だけの酔っ払いを仕向けてくれたからすぐに決着がついた。おかげでこっちに目を向けられてショコルーを助けられたんだから。」


「ふん、わらわの虐殺ショーを邪魔立てすると言うのならそなたから先に餌食となってもらうぞ。」


「それは出来ない相談だ・・・君に餌食にされるいわれもなければ君ごときに僕が餌食にされるはずもないのだからね!!」


 突如、カメックの体から水色のオーラが沸き起こり全身を包み込む。


「す、すごい・・・」


 ショコルーは、そのクールなオーラをまとったカメックの姿をただ羨望の目で見続けていた。


「文学の女神マナカレスが人々のために残した秘薬を独占すべくナンヨ族の集落を占拠して村人たちを奴隷化する・・・秘薬に法外な値段をつけて不当な取引で売りさばく・・・それだけでは飽きたらず、己が憂さ晴らしのためだけに弱き者を虐げて命までも奪い取ろうとする・・・君にかける情けはもはやどこにも存在しない!」


「何のつもりじゃ?そのようなこけおどしでわらわを張り合おうというのならやめておけ。すぐに泣きを見てしまうぞ。」


「残念ながら今の僕に見えるのは自滅して無様な醜態を晒す君の姿だけだ。」


 カメックの挑発にオボータがまんまと刺激される。


「そうかえそうかえ。ならばそなたの自慢の魔法を全て封じ込めてくれる!封魔ふうま・キラー!!」


 オボータの両手から黒い渦が沸き起こってカメックへと放たれる。


「知っておるかうつけめ!その渦を体内に吸入されたが最後・・・」


「使い手が朽ち果てるまでその者永久とわに魔法の使えぬ者と化す!!」


 パン!


「なんじゃと!?」


 黒い渦は水色のオーラによって跳ね返され、それは使った張本人であるオボータの体内へと吸い込まれていった。


「ななな、何という事じゃ!わらわの魔法によってわらわの魔法が封じられたというのか・・・ええい!フレイムスプラッシュ!!」


 沈黙。


「ダイヤモンドレイン!!」


 沈黙。


「エアーカッティングスペシャル!!」


 沈黙。


「おいおい、封魔ふうま・キラーを侮ってはいけないな。魔力を持ちすぎた者たちによる破壊と暴走を防止するがために先人たちがあみだした魔法絶対主義に楔くさびを打ち込む制御魔法が君ごときに打ち破れるとでも思っているのか?」


 あろうことか、先ほどの言葉通りオボータは自分の放った魔法を受けて自分の魔法を封じ込めてしまったのである。


「ぐぬぬ・・・ならば、そなたの動きを封じ込めた上でこの杖でなぶり殺しにしてくれる!!」


 逆上したオボータはショコルーの時と同じように杖の先端をカメックへと向ける。


「はあっ!」


 そして、ショコルーの時と同じように怪しい光を放つと完全に動きを止めてしまったのである。


「これは驚きだ。まさかここまで思い通りに自滅の道を歩んでくれるとは流石はオボータ・ハルム。クロセウスとは違った意味で僕の想像をはるかに超える女といったところか。」  


「くっ、何故じゃ、何故なのじゃ・・・!」


 あろうことか、怪しい光は水色のオーラによって遮られた上に反射され、オボータ自身に浴びせられてしまったのである。


「何故と言われてもね・・・強いて言うなら精神面の差というヤツじゃないのかな。」


 自分の魔法で自分の動きまでもを封じてしまったオボータを前にカメックが遠い目をしながら語る。


「幼き頃から支配者として育ち、支配者の視点で私利私欲のためにしか生きてこなかった君と常に弱者の視点から弱き立場の人々の幸福と救済のために生きてきた僕との違いだよ。」


「弱者の視点だとぉ・・・ほざけ!社会弱者などわらわにとってはうってつけの踏み台にしかならぬわっ!!いじめられっ子崩れのそなた風情に指摘される筋合いなどない!!」


「ならばそのいじめられっ子の手で支配層から転落するがいい・・・エアーカッティングスペシャル・パーフェクトアンサー!!」


 数多の真空刃がオボータの全身を切り刻む。


「ぐわあーーー!!!」


「村人たちの苦しみ・・・弱者の小さき叫び・・・無数の刃の中でとくと思い知れ!」


 ズシャア!!


 やがて、最後の一刃がオボータの右肩をえぐる。


「くっ、あと200回戦えれば全部わらわが勝っておったはずじゃ・・・ぐふっ!」


 ドサ!


 根拠のない負け惜しみを口にしたところでオボータは意識を失くしその場に崩れ落ちた。


「あっ・・・!」


 オボータの魔力が消えてショコルーの麻痺が解除される。


 ウイィィン!


「カメック先生!ショコルー!」


「良かった、無事だったんだな!!」


 ほぼ同じタイミングで部屋脇のエレベーターが開いてマスターたちが駆け寄ってくる。


「マスター、ピカ・・・」


「ほら、ヒーリングコントローラーをゲットしてきたぜ!!」


 マスターが紙袋に入れられたヒーリングコントローラー(1か月分)を掲げてみせる。


「これだけあればクロセウスだけじゃなく他の患者さんにも分けてあげられそうだね。」


「良くやったよ二人とも。で、その子はどちらさんだい?」


「ああ、この子はカモリといってナンヨ族の娘でね・・・」


 男性陣がカモリを交えて楽しそうに談笑している傍らで、ショコルーはその場に座り込んだまま朦朧といた意識の中にいた。


 麻痺こそ解除されたものの、オボータとの戦いで気力も体力も削り取られたショコルーには動く気力すら残されていなかったのだ。


「良かった、みんなが幸せになれそうで・・・」


 ガクッ!


 そして、ショコルーもまた意識を失くしてその場に倒れこんだのであった・・・・・




 ~ショコルー。ショコルー。~


 誰かに呼ばれたような気がして目を覚ますと、そこは桜吹雪が無限に舞い散る桃色の園だった。


 こんな世界に迷い込むなんて私は死んでしまったのだろうか。


 ~心配はいりません。あなたは今、夢を見ているだけです。~


 そうか、夢の中か。


 じゃあ、現実世界で起こっていたさっきの出来事はあれから一体どうなったのだろう?


 ~彼らの事も心配はいりません。ナンヨ族の村人たちは全員解放されてオボータ一味は一人残らず御用となりました。村人たちはあなたにもたいそう感謝していたそうですよ。~


 そこまで活躍したワケでもないのにこんな私に感謝の気持ちを抱いてくれたというナンヨ族の人々の心遣いに胸が熱くなる。


 ~それと、男衆もあなたへの感謝の思いを伝えてほしいと私に言付けていましたよ・・・~


 男衆。つまり、マスターさんとピカさんとカメック先生の事か。


 ~特にカメック先生はカツヒクの娘であるあなたと一緒に戦えた事をそれはそれは喜んでおいででした。殺されかけていたあなたを救えた事でカツヒクへの恩返しが出来たと私に感慨深そうに言っていたぐらいですからね。~


 カツヒク・・・カツヒク・ギザチェクの事か。


 って、ええっ!?


 ~そうです。若くして亡くなったあなたの父・カツヒクはカメック先生の命の恩人なのです。~


 その優しい声は、父とカメック先生の馴れ初めについて事細かに教えてくれた。


 ~他界する2年前、カツヒクは映画のロケでギリシャに行きました。その自由時間に彼は不良にからまれていた当時中学生だったカメック先生を自慢の拳法で守ってあげたのです。そこから彼はカメック先生に興味を持ち、以来ギリシャのロケに出向く際は必ずやカメック先生のお宅を訪ねていたといいます。その頃は学校でも散々いじめられていたというカメック先生にとってカツヒクの存在はさぞや頼もしかったでしょうね・・・~


 亡くなってから数年は女性関係の悪い噂ばかりが取り沙汰されていた父にそんな側面があったとは。


 あの無類の強さでオボータですら全く歯が立たなかったカメック先生にそんな過去があったとは。


 歴史の1ページに刻まれるはずもないそんなヨーロッパの街角のどこにでもあるような一コマが私には新鮮でとても大きな物に感じられた。


 ~だからこそ、しばらくしてカツヒクの訃報を知ったカメック先生はそれは悲しんだと聞きます。ですが、彼から得た尊き教えを胸に正しく強く生きる事を誓い、それが現在のカメック先生に繋がっているというワケです。~


 我が父カツヒク。私の前ではいつもおちゃらけていたけどやはりあなたも正義のために生きた男だったのか。


 でも、こういう形で父の新たな一面を見つけられただけでも今回の戦いに臨んだのは間違っていなかったんだ。


 ~さぁ、そろそろお目覚めの時間です。この経験を経てきっとあなたは一回り以上の成長を遂げている事でしょう。~


 それはいいけどこの声は誰の声だろう?優しくて、聞いているだけで安心感の芽生えるこの声の主は・・・


 ~我が名はイクノン。ギリシャ神話にその名を刻みし聖獣です・・・~


 聖獣イクノン。ああ、父に読まされたギリシャ神話にそんなのがいたような気がする。


 でも、段々と視界が遠くなって思考が鈍り、何も考えられなくなってくる。


 ~縁あらば、いつかまたどこかでお会いしましょう・・・~


 それが優しい声の主のお別れの言葉だった。


 気がつけば、辺りはまぶしい光に包まれて私は追い出されるかのように桃色の園から弾き飛ばされたのである。




「ううっ・・・」


 目を覚ますとそこは自宅のソファの上だった。


「ようやく起きたかこの眠り姫!」


 その脇では母・ケコルーが腕を組みながら何とも言えない奇妙な形相で見下ろしていた。


「ママ、あの・・・」


「あんたはあのカメックとかいうオタク野郎に抱きかかえられてここまで連れて来られた。んで、大怪我負わされたそうだがそれもあのオタク野郎が魔法で回復させた。つまりそういう事。それじゃ仕事行って来るから留守番頼んだぞ。」


「ママ、あたし・・・」


「言うな言うな。あんたが言わなくちゃならん事は全部ヤマファのメイド長とかいう女から聞いたから心配するな!」


 バフッ!


 ケコルーが面倒くさそうにクッションを投げつけてくる。


「つまり、まだ疲れが残ってるだろうからしばらく休んどけって事だ!」


 足早に仕事へと向かおうとしていたケコルーだったが途中で再び立ち止まる。


「ああ、それと・・・お疲れさん。ガキの頃から知ってる身として言わせてもらえばあんたよく頑張ったそうじゃないか。まだまだあたしにゃ及ばないけど少しは認めてやるよ。」


「ママ・・・」


「分かったらゆっくり休んどけ!土産話は今度たっぷり聞いてやるから!」


 バタン!


 そこまで言うとケコルーは家を出て今度こそ仕事に出かけた。


「ピカ・・・カメック・・・マスター・・・」


 窓を眺めながら束の間の同胞たちの名前を呼び捨てで口に出してみる。


 すると、窓の向こうの世界が突如として切り替わった。


「!!」


 ショコルーがあわてて立ち上がり窓枠に手をつけてその先を凝視する。


「あれは・・・」


 そよ風なびく昼下がりのパルテノン神殿。


そして、ショコルーを見守る3人の男たち。


「俺たちはずっと君の事を忘れないよ、ショコルー・・・」


 それは確かにマスターの声だった。


 その両脇ではいつものサングラスをつけたピカがショコルーへと手を振り、いつもの優しく澄んだ目をしたカメックが穏やかな笑顔をショコルーへと向けていた。


 やがて景色が切り替わり何事もなかったかのように窓の向こうにいつもの庭が映し出される。


「・・・・・」


 だけど、それでもショコルーは満足だった。


「さようならマスター、ピカ、カメック・・・さようなら、新世紀ギリシャ神話の住人たち・・・」


 夢のような現実世界の中で、小さくとも弱き立場の人々への救済に貢献出来たのだから。




 ―ヒーリングコントローラー編 END―




―エピローグ―




「ここなら人も来そうにねーし何だって出来ちまうだろ?」


 再会をするや否や即座にショコルーを路地裏へと連れ込んだリョタク・オザスキーは醜い笑顔を近づけてきながら自分の上着のボタンを外した。


「・・・・・」


 あれからショコルーは、様々な風の噂を耳にしていた。


 ストックホルムで玉砕突撃をして行方不明になっていたキャリンナ・パチェクがバルト海の小島で発見されて無事に保護された事。


 ヒーリングコントローラーによってテトラ・クロセウスの体に刻まれていた数多の傷跡が修復され、元の素肌を取り戻した事。


 そして、自身初の交際相手である目の前のリョタクが知人女性を孕はらませていた事。


「げっへっへっへ・・・外でヤッちまうってのもたまにはスリルがあって面白いよなぁ・・・」


 だが、盛りの狒々(ひひ)のようなその姿からは自身の行為に対する後ろめたさなど微塵も感じられそうにはなかった。


「ほーらまずはその手で俺のオベベを脱ぎ脱ぎさてくれぇ・・・」


「・・・・・」


 やがてショコルーが左手をリョタクの前に差し出す。


「おぉ~?その手はどこをお触りしちゃうのかしら~ん?」


 パン!


 直後、ショコルーの平手打ちがリョタクの頬に炸裂した。


「悪いけど、あなたとは今日でもう終わりにするから!」


 ショコルーの口からついに別れの言葉が告げられる。


「私、分かったんだ。誠意の欠片も持たれていない上に片方の身勝手に振り回されるだけの交際なんて本当の交際じゃないんだって。」


「何だとこのアマ、いい気になりやがって・・・!?」


 すぐにつかみかかろうとしたリョタクだったがショコルーの空気に気圧されて躊躇ちゅうちょする。


 凛としたショコルーの体から桃色のオーラが沸き起こっていたのである。


「何をするつもりだったの?男だったらためらってないでやってみたらいいじゃない。本気になったら私一人ぐらいどうにか出来るんじゃないの?」


「そ、それはだな、その・・・」


 勇ましくもショコルーが暴漢も同然のリョタクへと詰め寄る。


 だが、自分より強い相手とケンカをした経験のないリョタクには今のショコルーを前にしてどうする事も出来そうになかった。  


「うぎゃ~!助けてくれーーー!!!」


 結局、身の危険を感じたリョタクは上着をはだけてベルトを緩めたままの状態で無様に逃走するのが精一杯だった。


「・・・・・」


「ショコルー!」


「わっ!」


 程なくしてミオールが路地裏に顔を覗かせる。


「見てたよ、今の。何かされたらすぐに助太刀しようと思ってたけどしっかり一人で対処しきれたね、偉い。」


「ミオール・・・」


「しかもこんな場面でピンクのオーラを出しちゃうなんてショコルーらしくて最高だよ!」


 ミオールが親指を立てながらウィンクを仕掛けてくる。


「そうだよね・・・本当に大切なのはうわべだけの交際相手じゃなくて心の底から分かり合える友達だよね・・・!」


「その通り、よくぞ言ってくれた!ショコルーよ、それが分かっただけでも君はノーベル平和賞モノだぞ☆」


 満面の笑みを浮かべたミオールが腕にしがみついてくる。


「ミオール・・・私、すっごく幸せだよ・・・この1週間色々な事があり過ぎて言葉では言い表せないほど大変だったけど今この時をこうしてミオールと一緒にいられるんだもん・・・幸運の女神に感謝だよ。」


「んじゃ、その幸せな時間を過ごせる相手と一緒に今からショッピングと行きますか!」


「賛成!」


 ショコルーとミオールは、まるでカップルのように寄り添いながら路地裏を離れて表通りへと姿を消した。


 その時既に桃色のオーラは消失し、ショコルーは「いつものショコルー」に戻っていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ